神戸女学院大学名誉教授で思想家の内田樹(うちだ・たつる)氏は、7月に発行された近著「直観はわりと正しい」(朝日文庫)の中で、「何でも食えることの大切さ」を説いています。
内田氏はここで、「何でも食える」「どこでも寝られる」「誰とでも友達になれる」は、生存戦略上の三大原則だと説明しています。氏によれば、その中でも特に「何でも食える」は生き延びる上での大変有用な資質だということです。
例えば、多少の毒や腐敗物なら「食べても平気」というタフな消化器を私たちはもう持っていない(祖先たちはごく最近までそのような能力を備えていた)。賞味期限を見なくても、においや舌触りで「食べられないもの」を検知できる能力を、現代人はあらかた失ってしまっているのではないかと氏は指摘しています。
現代人のひ弱でデリケートな消化器でも耐えられる無菌で安全な食品を製造するために要するコストと、「食べられるもの」と「食べられないもの」を自力で選別できる(無理すれば「食べられないもの」でも食べてしまえる)身体を養成するコスト。両者を比較すれば、どちらが費用対効果に優れているかは考えるまでもないということです
さて、(話題は変わりますが)テレビ朝日系列の深夜枠でこの4月から始まったバラエティ番組「陸海空こんな時間に地球征服するなんて」が話題になっています。
7月2日に放送された2時間半の特番の視聴率が9.8%と好調だったこともあって、10月からはプライムタイムの放送への昇格が決まったということです。
ご覧になったことのある方ならお判りでしょうが、この番組は、「部族」「豪華客船」「ドローン」「釣り」「ミステリー」の5つのテーマで、ミッションを与えられたタレントや芸人5組が、それぞれ世界の各地での突撃体験取材を敢行する内容です。
中でも特に人気なのが「部族アース」のコーナーで、お笑いタレントの「U字工事」の二人がペルーに渡り、アマゾン川流域の未開部族を巡ってその生活ぶりを紹介していくという企画です。地元の人たちの小船やクルーズ船で村々を回り生活を共にしながら、流域に暮らす部族の人たちと漁をしたり狩りをしたりと、様々な冒険を重ねていきます。
「素晴らしい世界旅行」とか「世界ふしぎ発見」など、テレビの世界では海外の珍しい文物や人々の暮らしぶりを紹介するドキュメンタリー番組はこれまでもたくさんありましたが、この番組の特徴はその準備の程よいいい加減さ。戦闘部族から銃を向けられたり、だまされてまんまとお土産を買わされたりと、「これからどうなるんだ?」とハラハラするリアリティが売り物です。
「深夜枠」ということもあり、それだけであればこれほどまでに話題にはならなかったのかもしれませんが、実は人気の理由は、顔がナス色に変色したことで「ナスD」と呼ばれる同行ディレクターの破天荒な行動にあります。
この「ナスD」こと友寄隆英ディレクターは、実は「黄金伝説」などの人気番組を数多く手がけてきたテレビ朝日のゼネラルプロデューサー。テレビ番組の制作の世界ではそれなりに偉い方の様なのですが、ウィトという入れ墨に使う果実を(村人に騙されて)塗ってしまい全身がナスのように青黒くなってしまったり、言われたことは(実に素直に)何でも引き受けてしまったりと、まさに無茶苦茶な突撃取材を敢行します。
何しろ、勧められたものは(昆虫だろうが泥水だろうが)何でも目の前で「うまい、うまい」と食べたり飲んだりし、部族の人にも呆れられる。現地の人が困っていれば作業は何でも手伝い、人懐っこい笑顔ですぐに溶け込み、気が付いたら人気者になっている。
(例えば)アマゾン川を行くジャングル船「ヘンリー号」に乗船した「U字工事」は、船中にハンモックが吊るされた猥雑な状況に「大変な旅になりそうだ」と思わずつぶやきますが、ナスDの反応は「ワクワクする。この旅が面白くならないはずはない」というものでした。
こうして、本来主役であるはずの「U字工事」が完全に食われてしまうような彼の人間的な魅力が、この番組の高視聴率を支える最大の「売り」と言ってもよいでしょう。
彼自身からは、決して「屈強」という印象は受けません。むしろ「頼りない」印象の方が強いタイプの青年と言えるでしょう。しかし、その並外れた好奇心と、何よりも現代人が失ってしまった「タフ」な身体が、(私を含め)脆弱化した日本の視聴者に大変な魅力として映るのだろうと、内田氏の指摘から私も改めて感じているところです。