MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯917 保育の無償化をどうするか?

2017年11月13日 | 社会・経済


 過日の衆議院の解散、総選挙に当っての自民党の公約には、「3歳から5歳までのすべての子供たちの幼稚園・保育園の費用を無償化」が謳われています。

 安倍首相が、衆議院解散を表明した9月25日に「2020年度までに3歳から5歳まで、すべての子どもたちの幼稚園や保育園の費用を無償化します。0から2歳児も所得の低い世帯には全面的に無償化します。待機児童解消を目指す安倍内閣の決意はゆらぎません」。と話したのを覚えている国民も多いでしょう。

 しかし、内容については未だ明らかにされておらず、その具体的な方策を巡っては政府・与野党をはじめとした関係者の間で様々な議論が始まっています。

 10月29日の日本経済新聞では、「保育無償化 誰のため? 所得水準で恩恵に差」と題する記事において、保育の無償化が子育て世代にもたらす恩恵の意味に厳しく切り込んでいます。

 現在、日本における保育サービスは、養育者の事情により「保育に欠ける」児童に対する児童福祉事業として位置付けられています。

 このため、3~5歳の保育料の負担は世帯収入が高いほど大きく、(認可保育所に預ける場合で)生活保護世帯はゼロ、年収約260万円未満の住民税非課税世帯の場合は年7万2千円ですが、年収約1130万円以上の世帯では最大で年121万2千円(月に10万円以上)を支払っているのが実情です。

 従って、もしも安倍総理の言う「無償化」が全額補填を意味するなら、高額所得世帯は(当然ながら)年間100万円以上もの負担減になることは自明です。

 年収約1130万円以上の世帯は年収約260万円未満の世帯の実に17倍の恩恵を受ける計算ですが、片や生活保護世帯では、今回政策の恩恵は全く得られないということになります。

 一方、3~5歳の子どもが通う「幼稚園」の無償化は、一律に月の平均保育料(2万5700円)が補助される見通しだと記事は説明しています。つまりこの政策が実現すれば、(家に専業主婦のお母さんがいるような)子供を幼稚園に通わせている世帯では、新たに年間30万円以上の恩恵が得られる計算です。

 こうした政策について記事は、少子化対策を進める立場の政府にとって当面の保育料がタダになれば、若い世代が子どもを産み育てる経済的な負担感を軽減させることができる。また、消費増税のタイミングで家計負担を軽くし、消費低迷を抑える思惑もあるとしています。

 例えば、仮に2019年度に無償化で家計負担が約1兆円軽くなりその半分が消費に回るなら、実質国内総生産(GDP)を0.1%押し上げる効果があるということです。

 ただし、安倍首相の表明以降、与党内からも「年収が高い世帯の負担が減っても貯蓄に回るだけ。所得再分配にも逆行する」との批判が相次いでいるということです。

 また、実は、無償化の恩恵の4~5割は自治体が受ける(に過ぎない)という指摘もあります。既に子育て世代を呼び込もうと保育料を(既に)独自に補助している地方自治体は多く、この負担を国が肩代わりするだけだということです。

 記事によれば、2020年度の基礎的財政収支を見ても、(例え高い経済成長が続いた場合でも)国は13.6兆円の赤字が残るとされるが、地方は5.5兆円の黒字を保つ見込みだということです。

 さらに、国内の待機児童は2017年4月時点で2万6081人と前年から約1割増えており、無償化が実現すれば(これまで保育サービスを利用していなかった家庭が利用し始めることで)保育所の利用者がさらに増える可能性は高いと記事はしています。

 現在でも、認可外利用者の4割は認可に落選した子供たちで占められており、中でも認証保育所や企業主導型保育所は「認可外」だが公的な補助を受け、国が公表する待機児童2万6081人にもカウントされていないということです。

 無償化に伴って国が拠出する金額が(12月にならないと確定はしませんが)仮に5千億円だとしても、これを保育所整備に回せば約50万人分の保育の受け皿をつくることができるとされています。

 勿論、国もこれまで、この問題に手をこまねいて傍観してきたわけではありません。2017年度は1兆5千億円の公費を投じて、首都圏などの都市部を中心に11万人分の施設を増やしてきました。しかし、それでも待機児童は増える一方なのが現実だということです。

 こうして考えてみれば、利用者が求めているのは「無償化」よりは保育サービスの受け皿の拡大にあるというのが記事の認識です。

 加えて、今あえて「保育料の適正化」を唱える声もあると記事はしています。

 認可保育所の親の保育料負担は0歳児で費用全体の2割弱、全体でも3割程度に過ぎません。低所得者層は別として、例えば0歳児の個人負担分を増やし、育児休業や保育ママをうまく活用する人を増やせば、その財源を待機が多い1~2歳児に向けることも可能だということです。

 さて、11月11日の毎日新聞によれば、「無償化」の在り方に関する関係者らからのこうした指摘を踏まえ、加藤勝信厚生労働相は(10日に行われた閣議後記者会見で)3~5歳児について「全ての子どもを対象にするという首相の発言を踏まえて具体的な設計を進めたい」と述べ、認可外保育施設の利用者も含めた無償化に前向きな姿勢を示したとされています。

 政府は当初、認可外保育施設の利用者は対象外とする構えだったが、保護者らから不平等だとの批判が上がり、方針を転換して無償化の拡大を検討するということです。

 無償化について政府は、再来年度(2019年度)から段階的に実施し、対象年齢のうち0~2歳児については住民税非課税世帯(年収約250万円未満)に支援を限定する考えだと記事は説明しています。

一方、企業主導型保育施設や東京都の認証保育所、ベビーホテルなどの認可外保育施設の利用者は対象外とするというのが、現時点で、厚生労働省が検討している制度の枠組みだということです。

 「保育の無償化」と聞けば、単純に「安倍さんも考えてくれているね」「少子化のためにもどんどんやってよ」と受け止められがちですが、限られた財源の下で政策の効果を上げるにはまだまだ考えなければならないことがありそうです。

 現在、認可外保育所を利用している子供たちは3~5歳児だけでも全国に約8万人いると推計されています。これらの子供たちをどのように扱うのか、無償化に具体的な要件を付けるかどうかを来月までに詰めるとする厚生労働省の動向が注目されている所以です。