MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯811 米国の白人のしんどさ

2017年06月15日 | 日記・エッセイ・コラム


 合衆国国立健康統計センターが発表した最新の統計資料によれば、米国における2015年の平均寿命が78.8歳と、前年(2014年)より0.1歳短くなっているそうです。

 これまでの常識として、先進国では、平均寿命は医療・衛生水準との上昇とともに伸び続けていくものと考えられてきました。

 例外として、近年ではエイズの蔓延により(世界的に)同性愛者を中心に若年者の死亡が増えた1993年の例などもありましたが、今回の米国に関して言えば、死因1位の心臓疾患の死者数は若干増えているものの2位のがんに至っては死者数が減っていて、どちらの影響も考えられないということです。

 感染症の蔓延や大きな災害や戦争などの要因が見当たらない中で、なぜ彼の国の平均寿命の延びに停滞が見られているのか。

 そうした疑問に応えるように、英経済誌「The Economist」は3月29日、「米国の白人中年、高死亡率の理由」と題する興味深い記事を掲載しています。

 記事はその冒頭で、米国で学卒でない労働者が経済的に豊かになれないことは昔から知られていたが、最近では(そこにもたらされた)経済的困窮が「命取り」になりかねないことがわかったと記しています。

 記事によれば、(ノーベル経済学賞受賞者の)アンガス・ディートン氏と妻のアン・ケース氏は2015年の研究報告書により、1998年までの20年間毎年約2%ずつ低下していた米国の白人中年の死亡率が、99年からは一転、上昇を続けていることがわかったということです。

 欧州における中年の死亡率が年間2%と同じペースで下がり続けているだけに、米国の反転はとりわけ目を引きますが、ディートン夫妻によればその原因は自殺や薬物の過剰摂取、アルコール中毒で、2013年には米国の白人中年の死亡率が同年代のスウェーデン人の2倍にまで達しているということです。

 記事は、白人中年の死亡率の上昇は米国のほぼすべての州に共通した現象で、都市部と農村部の違いもなく状況は徐々に悪化していると指摘しています。さらに、死亡率の上昇と所得の変動との相関を詳細に追ってみると、50~54歳の白人を世帯主とする家庭では、1人当たりの中位所得の推移が世帯主の死亡率と逆相関の関係にあることが判るということです。

 こうした状況についてディートン夫妻は、米国の中年白人の「絶望感」には、長期的な経済・社会の潮流がもたらす漠然とした力が働いているのではないかと推測しています。

 その根本的な要因としては、(普通に考えれば)貿易の拡大と技術の進歩により、特に製造業の低技能労働者が豊かになる機会を失ったことが挙げられるでしょうが、さらに夫妻は、その間の社会的変化も見逃せないと説明しています。

 生活が経済的に不安定になるにつれ、低技能の白人男性の多くは結婚より同棲を選ぶようになった。そして、同じ価値観を重視する宗教ではなく、個人の考え方を尊重する教会を頼り始め、現在では仕事や職探しも完全にやめてしまう傾向が強まっているということです。

 そして、(こうして)個人の選択を優先した結果、彼らは確かに家族や地域社会、人生から自由になったが、半面、上手くいかなかった人たちは自分を責め、無力感から自暴自棄に陥ったのではないかというのがこの研究における両氏の結論です。

 では、なぜ白人ばかりが強く影響を受けるのか?

 両氏は、その理由を、白人は出発点が(一般に)他の人種より高いうえ、到達点への期待値も高くそれが叶わなかったときの失望がその分大きいからではないかと分析しています。

 黒人やヒスパニックの経済環境が白人より厳しいのは事実ですが、そもそも彼らは最初の期待値が白人より低いことは十分に考えられる。対照的に、低技能の白人は人生に絶えず失望し、うつ病になったり薬物やアルコールに走ったりするリスクが相対的に高いということです。

 さて、とは言え、経済的困窮が(米国でのみ)致命的な打撃となっている理由を説明するにはこの論理では十分ではないと、記事は疑問を呈しています。

 確かに、製造業の雇用が失われたり、社会構造が崩れたりしているのは米国に限ったことではありません。オーストラリアや英国、カナダ、アイルランドなど他の英語圏諸国でも絶望死は増えているようですが、米国ほどではないとされています。

 記事はここで、特に米国人の絶望死が増えている(背景にある)要因について、いくつかの仮説を示しています。

 そのひとつは、鎮痛剤「オピオイド」(←医療用麻薬)を利用しやすいことです。米国におけるオピオイドによる死亡者数は、2002年から2015年にかけ2倍以上に増えているということです。

 そして、もう一つの仮説は、米国では銃が容易に入手できることを要因として指摘しています。

 現実に、米国おける自殺の約半数に銃が使われている。例え発作的に自殺を思い立った人でも、米国ではリビングの引き出しにある銃の引き金を引くだけで(何の準備もなしに)自殺を確実に実行できるということです。

 さらに記事は、より有力な要因として、米国には(とりわけ)医療分野における「セーフティーネット」がないことを挙げています。

 医療保険制度改革法(オバマケア)によって低所得者向け公的医療保険「メディケイド」が拡充される前は、扶養する子供のいない成人に多少なりとも公的保険を提供する州はほとんどなかった。もしも病気になったときに医療保険がなければ、明らかに死亡率は上昇するということです。

 確かに、建国以来の国民性として自立自助を旨とし、低負担低福祉を前提に作られた米国の社会保障は(他の先進諸国と比較しても)決して十分なものとは言えません。米国が労働者の教育訓練に充てている資金はGDP比でOECD加盟国平均の2割にとどまり、失業者への金銭給付はOECD平均の25%でしかないと記事はしています。

 米国では、個人の置かれた状況を本人の責任とみる社会的風潮が強いため、そのことで精神的に追い詰められる人は多いことでしょう。

 産業のIT化や経済のグローバル化が進む中、低技能者の生活が安定する可能性は依然として低いことを考えれば、未来が見えない彼らの絶望を減らすには(彼らに)人生に高望みをしないでいてもらうしかないかもしれないと、記事も諦念とともに指摘しています。

 実際、(日本でもそうですか)スマホが1台あって、SNSで人とつながりながらネットゲームなどをして暮らしていければ、人生はそれで十分という若者も増えていると考えられます。

 見方を変えれば、そうした(高望みしない)生活スタイルに若者が惹かれていくのは、「未来への絶望」から自分を守るための(彼らなりの)リスクヘッジの仕方なのかもしれないと、今回の Economistの記事から私も改めて感じたところです。