MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯813 その島の人は、ひとの話を聞かない

2017年06月19日 | 社会・経済


 厚生労働省と警察庁の発表(1月20日)によれば、2016年の全国の自殺者数(速報値)は前年より2261人少ない2万1764人で、減少率は過去最大の9.4%だったということです。

 日本の自殺者数は2003年に 34,427人でピークを打った後2011年まで3万人台で推移していましたが、2012年には27,858人、2014年には 25,427人と大幅な減少を見せており、昨年で7年連続の減少となりました。また、性別ごとに見ると、男性が1万5017人(前年比1664人減)、女性は6747人(同597人減)で、特に多数を占める男性の減少割合が高く、一方の女性も過去最少を更新しています。

 厚生労働省の分析によれば、(都道府県別で)自殺者の減少率が最も大きかったのは山口県(23.7%)で、島根県(23.4%)、鳥取県(21.9%)と中国地方の北西部の地域が並んでいます。一方、全国的の傾向に反して自殺者が増加している地域もあって、高知県では27.0%、福井県が18.9%、和歌山が15.6%と2割近い増加を見ています。

 人口10万人当たりでは秋田県(25.7人)が最も多く、岩手県と和歌山県(いずれも24.6人)と続いており、これは統計的に以前から自殺者が少ない奈良県、福井県などの2倍近い数字です。

 こうした自殺者の地域的な格差は、一体どうして生まれるのか。

 実際、国内には、自殺で亡くなる人が顕著に少ない地域が存在しているということです。1月30日の読売新聞のコラム「編集手帳」では、そうした地域に赴き、自らの目と耳でその理由を探った精神科医の森川すいめい氏の著書「その島のひとたちは、ひとの話をきかない」(青土社)を紹介しています。

 森川氏が訪ね歩いた(そうした地域の)環境は様々だったということですが、氏はそこには一つの「共通点」を発見することができたとしています。それは、人間関係が「疎にして多」。お付き合いは挨拶程度で、それぞれがマイペースというものです。しかしそういう社会ではみんなが(とりあえず)顔見知りで、逆に孤立は起きにくいということです。

 昨年9月(2016.9.5)に、THE HUFFINGTON POSTに掲載されていた森川氏のインタビュー(自殺が少ない地域の「生きづらさ」を減らす仕組みを探して)によれば、徳島県の旧海部町(現・海陽町)や青森県風間浦村、青森県の旧平舘村(現・外ヶ浜町)、島嶼部の東京都神津島村などの「自殺希少地域」では、総じて地域のコミュニケーションは軽く住民アンケートでも「緊密」と答えた人はごく僅かだったということです。

 一方、自殺で亡くなる人が多い地域では、「緊密」とする人たちが約4割を超えていたということです。コミュニティが緊密になるほど、排他性が生まれ、その中に入っていけない人が孤立するのではないかというのが、森川氏がフィールドワークの末にたどり着いた結論です。

 氏によれば、自殺希少地域では、住民の間にある「相手は変えられない」という思いの強さを特に感じたということです。そして、そうした地域では、人間関係が緩く広くつながっている。

 訪ねた地域にはそれぞれ自然が厳しいとか、個人ではどうにもならない圧倒的な環境があって、結局、変わるのは自分で「なるようしかにしかならない」という気持ちが強かったと森川氏はしています。なので、それぞれが自分をしっかり持っていて、「奴はそう言っているけど、私は同調しない」という関係の中で、同調圧力がかからないということです。

 氏は、そうした地域の人々を「我が道を行く人たち」だと説明しています。まさに、タイトルとおりの「ひとの話をきかない」人たちがそこには暮らしているということです。

 森川氏がフィールドワークで訪れた神津島(のエピソード)では、例えば島外から来た若者が島の人に「自分はこの歌手が好きだ」と話をすれば、相手は(一応)いいねと言ってくれるそうです。でも、興味がなければその音楽を絶対に聞かない。若者いわく「この島の人たちは強い。自分を持っている」…というものでした。

 (意見は違っても)相手を変えようとはしない。受け入れていくしかなくて、受け入れはするけれども同調はしない。厳しい環境の中でみんなと生きていくには、多様性を認めなければ孤立してしまうということではないかと、森川氏は考えています。

 その上で、「情けは人のためならず」という諺にあるように、相手が困っていたら助けるけど、助けっぱなし。助けられた方も助けられっぱなしで見返りを求めないという関係が生まれていると森川氏は言います。めぐりめぐってみんな幸せになるという、そういう安心感があるのかなと思ったということです。

 国内の自殺者は急激に減少しつつあるとはいえ、日本は自殺率がOECD加盟国の中でも(韓国と並び)最も高い国の一つです。

 地域の「ゆるい」関係の中で会話を交わし、相手を認めながらお互いにあまり立ち入らない。そうした(ある意味ドライな)関係の中で自分の居場所を見つけていくという(簡単な)お付き合いが、意外にも人々の自殺企図を抑える効果を生むという森川氏の研究結果を、私も大変興味深く受け止めたところです。