徒然なるままに・・アメリカ、そして日本

二度のアメリカ生活。
ボストン・オハイオ州・フィラデルフィア郊外に住み、
2010年夏、日本に帰国しました。

ピンクリボン

2005年09月29日 | 思った事
テンプレートをピンクリボンに変えてみた。

実は、私の母は乳がんからのサバイバーだ。
私が学生の時に母は乳がんで手術を受けた。幸い、腫瘍は直径2.5cm程で転移も無く、今でも元気(元気すぎる!?)てす。でも、当時はガンが発見されると乳房すべてを切除する時代だったので、母もそれに同意せざるを得なかった。痛みも無かったので、そこまでする必要があるのかとかなりショックだったと思う。まだ、母が40代の頃の事だ。

何はともあれ、ガンは早期発見が一番です。健診はきちんと受けましょう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

個人面談

2005年09月29日 | アメリカ学校/教育事情
日本でもある個人面談だが、こちらの現地校では夫婦で来ている人が多いようだ。

我が家でも私の英語力があやしい事もあって、時間の都合がつく限り夫にも一緒に行ってもらうようにしている。というか、私が無理やり夫の時間に合わせて早朝などに面談を入れてもらっていると言う見方もあるが・・。

小学生の末っ子は、もちろんしっかりESLのお世話になっているので、ESLの先生も同席してくれる。担任の先生とESLの先生の両方から子供の様子や学習の達成度を聞く事が出来る。
渡米して1年半が過ぎ、英語に対して恐怖心は無くなってきた物の、やはり学習用語となると難しく、とくに社会や理科などは理解するのが難しい。担任の先生もそれは知っているので、他の子供達と同様に出来る事は要求しない。「彼女なりに」という評価だ。
ESLの先生は、さすがに彼女の英語力に関しては熟知しているので、彼女が分かっていないのか、本当はサボっているのかお見通しらしい。がんばれ、末っ子!

中学・高校は担任制なので各教科担任に面談を申し込む。ESLにお世話になっている場合にはESLの先生に面談を申し込む事が多い。
特別に、各教科の事が知りたい場合には教科担任の先生と面接したり、ESLの先生を通してコメントをもらう事が出来る。
今までで2回ほど教科担任の方に面談を希望した事がある。すると先生は事細かに評価基準を表にした物を見せてくれる。例えば、●月●日の宿題は10点満点の8点。授業態度は5点満点の4点。授業中のグループワークは満点等と言うように、事細かく点数化されている。それを見せられれば、我が子の芳しくない成績にも納得せざるを得ない。

ガイダンス・カウンセラーと言う、進路の相談に乗ってくれる人も中学、高校には居て、次の年度に選択する教科の相談や、大学進学のための相談などに乗ってくれるらしい。申し込み制で行われるSAT等のテストの窓口もここだ。我が家の長女は時々そこに顔を出しているらしく、チラシなどを持ち帰る事がある。

幸い、我が家の住んでいる地域は日本人が多いと言う事も有って、日本語英語のバイリンガルエイドの先生が居て、何かと手助けしてくれる。
また前回駐在した州では、外国人があるパーセンテージを超えるとTBE(ごめんなさい、なんの略だか忘れてしまいました。)と言う教室が設けられ、やはりバイリンガルの先生を置かなければならない決まりだったようだ。
英語で勉強するのだけでも大変なのに、さらに社会や理科となると専門的な言葉も入ってチンプンカンブンなので、それをESLのように抜き取り授業(普通のクラスから時間になるとESL等の教室に行って勉強する。)形式で日本語で教えてくれる。一旦日本語で説明されていると、後で一般クラスに戻った時に、英語で聞いても理解しやすかったらしい。

あ、これは余談ですが、前回の駐在の時に、よちよち歩きでハイハイ全盛期だった我が家の末っ子。上の子の面談の最中に教室から抜け出したらしく、他のクラスの先生から抱えられ「これは誰の子ですか?」と連れて来られた事が会った。私も「やばいなぁ~」と思ってはいた物の、先生が話してくれているんだから聞かなきゃと思っていたのよねぇ。
学校が始まる前に面接時間を設定していて、それはちょうど生徒達が登校し始めた時間だったかな?小学校の中で赤ん坊がハイハイしてるなんて、なんじゃこりゃと思っただろうなぁ。

こうして、たくさんの先生方に助けられて現地校の生活を送っているわけだが、とても生き生きとした楽しい先生方が多い。何人が名物先生なる人物もいたりして、なかなかおもろい。そんなパワーに引かれて、我が家の子供達も張り切って学校に通っているようだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

"おしん"はすごい!

2005年09月27日 | 映画・テレビ番組・本など
そう言えば、今日英会話で会ったソマリア人の彼女に、「"おしん"を知ってる。」と言われました。
んー、"おしん"が日本のイメージなのか・・・。日本人は皆もんぺ姿だと思われちゃってるかな?
でも、時代劇のイメージで、いつも着物を着ていると思われているよりは、少し時代が進んだかな。
それにしても知人の中国人のお気に入りの日本のドラマも"おしん"だと言っていたっけ。
世界中で有名なんだなぁ・・・。改めて感心したりしています。
"おしん"と言えば、私の高校時代。(おー、年がばれますねぇ)
学校に遅刻してまで見てくる男の子が居ましたっけ・・・。
私はあまり見ていなかったし、我慢我慢の物語らしいと言う事以外に内容も良く知らないのですが、日本人として見ておくべきか・・・
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

世界の国々

2005年09月27日 | 思った事
今日から今までと違う英会話教室に行き始めた。

そこは、日本人よりも他の国から来ている人が多いが、四分の一くらいがソマリア人のようだった。
たまたま、私は彼女達の隣に座ったのだが、彼女達は日本と中国と韓国の違いが分からない。日本は何処にあるのかと聞いてきた。日本も彼等の国にしてみればその程度の認識なのだ。逆に、私だってソマリアが何処にあるのか、どんな国なのかを分からない。ここ何年かでソマリアからの移民が増えたと言う話は聞いていたが、あえて調べてみようと言う気にもならずにした。

今日の授業中に、ハリケーンからどのように避難するかと言う質問が出た。車に乗せられるだけの人と食料を乗せて行ける所まで行く、と彼女達は言う。家族で車に乗ってドライブの様にどこかに行けばいいやぁ~なんて思っていた私とは大違い。
また、彼女達の中の一人が自分の経験を語ってくれた。彼女は40日間十分な食料も持たず、逃げ続けた。ハリケーンから逃げるには隠れる必要はない。私が逃げた時には、見つかったら殺されると思って逃げていたと言う。しかも、明るく笑いながら話してくれた。
今まで、のほほ~んと暮してきた私には少々ショックだった。そのような話は耳にする事もあるし、テレビなどでも報道される。でも、自分の目の前にそのような経験をした人は現れなかった。そして、平和ボケしている自分を反省すると共に、自分の置かれている環境に改めて感謝した。

世界の主要な国については知っていても、他にもまだたくさんの私の知らない国がある。改めていろいろ調べてみようかと思った。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アメリカお風呂事情

2005年09月26日 | サバイバル in America
日本の家とアメリカの家の違い一つに、お風呂があげられる。日本のお風呂は、湯船があって洗い場があって、体を洗ってゆっくりお湯に浸かる事が出来る。最近のお風呂は、スイッチ一つでお湯をはり沸かす事が出来る。おまけに、お湯の量も温度も調節出来る。結婚して以来、それ以外のお風呂を使った事が無かった私は、意外にも先進国アメリカでお風呂で苦労する羽目になった。

典型的日本人にとってアメリカのお風呂は不便きわまりない。
アメリカのお風呂はホテルによくある浅いバスタブに壁にシャワーが付いているという物。ホースがついている日本のシャワーと違って、その多くは壁に固定されていて、自分で体を動かして浴びなければいけない。そうそう、海の家のプールのようだ。
もちろん、バスタブに自動でお湯をはる機能などは無い。追い炊き機能などと言う物は望むべくもない。蛇口からお湯をマニュアルで入れたら、あとは冷めるのみだ。
おまけに、お湯のタンクはたいていが地下に有り、その中に入っている御湯が無くなると次の御湯が沸くまでに結構時間がかかる。
私達も初めてアメリカに来た時には、一人ずつお湯をはって入っては流していたので、1-2人しか温かい御湯を使えない。結局、バスタブに御湯を入れるのは諦めシャワーだけで済ませていた。
しかし、ある時ふと気がついた。一気にドバーッと御湯を入れてしまうから、タンクの中が空っぽになり、皆がシャワーを使うだけの御湯が無くなるのだと。

それを克服するために、我が家でしている方法をご紹介しようと思う。
1. タンクのお湯の温度設定を揚げる。
2. バスタブにお湯をはる時は、一番熱いお湯をチョロチョロ30分位かけてバスタブの半分くらいまで入れる。
3. 一番最初の人が入る時に、適当な温度になるまで水をいれて調節する。
4. ほとんどの家が二つ以上のバスタブかシャワールームが付いているので、体を洗う時にはもう一つのシャワーを使い、お湯を溜めたバスタブは暖まるのみ。
我が家のタンクは少し大きめと言う事もあるが、この方法で我が家では5人が温かいシャワーを使いつつ、湯船にもつかる事が出来ている。
ただし、先にも描いたように追い炊き機能などは無いので、家族が順番にさっさと入る事が要求される。流れ作業のように、次から次へと入る。
これって、他の家庭でもしている事なのでしょうか。あまりにもありふれているやり方なら、ここに書くまでもありませんでしたね。

それから、シャワーヘッドについては、ホームセンターに行くと、ホース付きのシャワーヘッドが売っているのでそれを買って付け替えれば簡単に解消出来るでしょう。比較的簡単に付け替えられるのではないでしょうか。

夏は我が家もシャワーだけで済ませてしまう事が多く、バスタブには綿ゴミが・・なんて事もありましたが、これから冬に向けて、暖まりたい時も多くなると思います。おまけに、誰かさんが腰が痛いと言い始めたので、最近はなるべくお湯をはって入るようになりました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Remember the Titan (タイタンズを忘れない)

2005年09月25日 | 映画・テレビ番組・本など
ここアメリカ中西部では大学のフットポールシーズンが始まり、毎日ゲームのある土曜日を前にして、老いも若きもチームカラーである真っ赤なTシャツを着ている。今年、男の担任の先生を持つ我が家の末っ子は、金曜日になるとチームのTシャツを着てくるようにという課題が出されたりしている。「これぞ郷土愛」と夫は言っていた。

今日も相手チームの黒人の監督がインタビューを受けていた。人種差別に関して質問されていたようだ。そこで思い出したのが、この映画
普段スポ根ものの映画はあまり見ないが、この映画はお勧め出来る。

これは実際にあった話を元にした映画で、1971年に白人の高校と、黒人の高校が合併する事から始まる。そして、フットボールチームの監督には政治絡みの理由からか、デンゼル・ワシントン演じる黒人監督が指名される。白人の高校の監督は今まで優秀な成績を残しつつも、監督の座を譲り助監督としてとどまる。
彼は黒人も白人も差別せず、それまで「褒めて育てる」やり方で指導してきた白人の監督とは対照的に、つねに厳しい姿勢で生徒に接する。
このフットポールチームを通じて、アメリカの国の中で黒人の人達がどのように認められて行ったかを感じる事が出来る。

この映画を見て思い出した一枚の絵。私の好きな画家ノーマン・ロックウェルの描いた絵。これは、やはり黒人の女の子が白人のいる小学校に始めて通った日を描いている。前後にはガードが付いている。それでも、トマトを投げつけられたのであろう、壁にこびりついている。

それにしても、この映画の背景となった1971年と言えば、そんなに遠い昔ではないはず。故ケネディー大統領が暗殺されたのが1963年、黒人差別問題に立ち上がったマーティン・ルーサー・キング・ジュニア暗殺されたのが1968年。その後もまだこのような差別があったのだ。
未だに所々でそのような事実を感じる事があって、未だに低所得者層は黒人が多い。だからといって、暴動を起こしたり、犯罪を犯しても良いと言う理由にはならない。正しく生きていかなければ、いつまでも周りからは認めてらえない。
この映画の中で、この黒人の監督が言いたかったのは、そういう事ではないだろうか。
異国で暮す日本人としても同じ事が言えるのではないだろうか、と思ったりした。

ところで、DVDには特典映像が入っていて、この映画の撮影風景を見る事が出来る。このモデルとなった二人の監督はこの映画の撮影に協力していて、選手役のフットボールの指導をしたりしていた。そして、二人で当時の思い出話をしていたりする。
こういう人達が、歴史を作って行くんだなぁと感じた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

カトリーナから学んだ事

2005年09月24日 | サバイバル in America
8月の末にアメリカに大きな被害をもたらしたハリケーンカトリーナ。一月近く経った今でも住民は避難生活を強いられている。
ニューオーリンズでは一旦自宅に戻った物の、何処に自分の家があるのか分からない有り様だったらしい。5軒に1軒の割合で、遺体が発見されると言う状況もあると聞いた。
現在、ハリケーンリタ(RITA)がテキサスを直撃している。ここには、ハリケーンカトリーナのため避難してきた人達がたくさん居るはずだ。その人達は、どんな気持ちで過ごしているのだろう。

このハリケーンの対応について、政府が遅すぎたとか様々な意見があるが、このハリケーンを通して学んだ事は大きいだろう。「天災には人間の力は及ばない」ということだ。
少なくとも、個人個人のレベルで言えば、今回のリタの避難状況を見ていて明らかだ。ハリケーンが来ると言うニュースの3-4日前から、高速道路は避難する住民であふれている。車で移動出来ない人の為に、早くからスクールバスでの移送も早くから開始した。
ただ、物資が追いつかないようで、ガソリンスタンドのガソリンは底を突いてるところもあるらしい。また、あまりの渋滞に疲れ果て、結局自宅に戻った人もいる。
ある空港は、脱出しようとする人であふれているが、空港の職員ですら避難しようと仕事に出ていないと言う。

以前、ハリケーンの名前について書いたが、こんなニュースも読んだ。
今年はハリケーンの発生件数が多く、名前が足りなくなる可能性があると言うのだ。
戦争に税金を使っていないで、もっと国内の事を考えろと言う暗示のような気がしてならないのは、そろそろ私だけではないと思う。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

オーガニックスーパー

2005年09月24日 | オハイオ・お出かけ
我が家から車で10分ほど行った所に、オーガニックのお店がオープンした。
オーガニック食品を扱うお店は、何軒があったが、このお店ははるかに大きい。
種類豊富で新鮮な野菜や果物、お肉、魚をはじめ、お総菜コーナーやチーズ、ワイン、食の祭典と言う感じ(言い過ぎか!?)。
チョコレートディップや鎌焼ピザ、フードコートまで、とにかく居るだけで楽しい。
特に野菜は、シシトウや苦瓜、日本のキュウリまである。チーズも、何が何だか分からないくらい山積みしてある。

お総菜コーナーのお兄さんによれば、全国展開しているこのお店の中でも、この店舗はテキサスに次ぐ全米二番目の規模を誇るそうだ。
実は、以前住んでいた東海岸の街にあった”Bread & Circus”というオーガニックのお店も、去年訪れた時にはこのお店に変っていた。

このお店で買物していて楽しいのは、新鮮で美味しい食材が手に入る事も去る事ながら、お店の人が生き生きしていると言う事。アメリカ人と言うのは、もともと話し好きなのだろう。お肉やお魚、お総菜などはカウンター越しに担当の人に頼んで買うのだが、とても楽しそうに働いている人が多く、聞けばいろいろ答えてくれる。
まだ開店したばかりと言うこともあって、働く人同士も新顔同士。お互いに自己紹介しているのを見かけた事もある。
先日は、ちょっぴり暇だったのか、お肉コーナーのおじさん二人で、「Fresh Beef!! Fresh Beef!!」と呼び込み(?)をして二人で大爆笑していた。客の方は、かえってひいちゃってましたけど・・・。

前回駐在していた時には、先の”Bread & Circus”というお店によく通った。そこでもカウンターのおじさんは面白いおじさんぞろいで、今でも笑っちゃうようなエピソードがある。

当時小学校低学年だった息子は、そのお店のチキンウイングが好きだった。彼を連れて買物に行くとかならずそのチキンウイングを買っていた。ある日子供達を連れてお総菜コーナーを通りかかると、「チキンでしょ。」と、注文する前にパックされてしまった。子供達は試食のチキンをもらってニコニコだったっけ。

またある日は、当時まだ赤ちゃんだった末っ子がビービーお店の中で泣いて、肩身の狭い思いをしていると、お魚コーナーのおじさんが「どうした?」と聞いてくる。「うるさくてごめんなさい。お腹が空いたみたい。」と答えた。そしたら、そのおじさん、近くに居た若い店員を捕まえて、「こいつもよくおなかが空いて泣くんだよなぁ~。」と言うではないか。おまけに、その若い男の子も「そうなんだよ~。」なんて言ってる。子供が泣いて申し訳なく思っていた私は、少し気が楽になった。

今回もこのお店でこんなエピソードがある事を期待して、また通い詰める事にしよう。

ただ、気になるのがこのお店の先行き。
既に開店して3週間になるが、最初の週は新し物好きのアメリカ人でごった返し、2週目は少し落ち着いたが、まだコーナーによっては混み混みだった。3週目の今週は、だいぶ落ち着きを取り戻した様に思える。
お店においてある物も、少しずつ品揃えが変ってきている。開店してから2週間の間置いてあったグレープフルーツ大の卵は姿を消していた。なんの卵だったのだろう・・。ガチョウ!?
日保ちがしない上に売れ行きの悪い物、他の一般スーパーの方が安いため売れない物などは姿を消したり、仕入れが少なくなっているように思える。
また、買物客の買物量も一般のスーパーに比べると、はるかに少なめである。値段が高いのでおいそれとは買えないのである。
あれだけの規模で、生鮮食品やお総菜を捌くのはマネージャーの裁量が問われる所であろう。

この周辺にある小規模のオーガニックのお店にも徐々に客足が戻りつつある。
高級住宅街に位置するこのお店はきっと大丈夫そうだ。ただ、ここはちよっと心配。開店当初からあまりフレッシュではなかったもの。ここは、タイプが違うので大丈夫だとは思いますが・・。

今後の生き残り合戦の動向に注目したい。
そして、もちろんせっせと通い詰める事であろう・・・。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

歯茎の移植と抜歯

2005年09月22日 | アメリカ歯科・医療事情
最後の歯茎のサージャリーが終わった。
今回は下の左側半分だけだったが、ちょっとだけやっかい。

サージャリーより少し前、病院から電話がかかってきた。
サージャリーをする場所の一本の歯は、抜かなければいけないと言う電話だった。これである。
それでも往生際の悪い私は抜きたくないと言うと、何故抜きたくなのか聞くので、アメリカに居る間は専門医も居るが、日本に帰ってからのケアが心配だと話した。
でも、抜かないと次に細菌感染して歯が腫れた時にはインプラントも出来なくなると言われ困っていると、先生と話をしたいかと聞いてきた。
私も電話で話しているよりも、直接先生と話をした方が、結局抜くにしても納得出来ると思ったので、次の日に予約をとって行く事にした。
私一人ではたよりないので、夫も忙しい合間を縫って付いてきてくれる事になった。

結局電話で聞いた事と同じ。レントゲンで見ると、歯の根元が黒く移っていて、いずれ感染して腫れるのは予測出来る。次に腫れた時にはあごの骨に影響し、インプラントも出来なくなってしまうと言う見解だった。
また前回も聞いたように、抜いた後はどうするかと言う質問に対しては、インプラントかブリッジかと言う答えだったが、今決めなくても歯茎が完全に癒えるまで4ヶ月くらいかけて考えればいいと言う答えであった。
これで、納得して抜歯することにした。

そして、もう一つ今回サージャリーを受ける部位で問題なのが、既に歯茎がもともとの位置よりも下がっていると言う事。要するに、もともと歯にしっかりくっついている部分がはがれていると言う事。
これに対しては、上の歯茎を切って、下の歯茎に移植すると言う処置がとられた。歯茎を切り取った所と、移植した所には、完全になるまで白いセメントのような物で覆いをすると言う事だった。要するに、バンドエイドだ。

結局今回は今までも受けた歯茎を切って掃除して縫ってというサージャリーの他に、抜歯と、歯茎の移植を受けた。全部で1時間半くらいかかったかな。さすがに3度目ともなると、精神的にも楽だった。目を開けて何をしているのかチェックする余裕もあったりして。麻酔をした時には、アシスタントの人に「It’s a piece of cake for you.」なんて言われました。そうでも無いんだけど・・・。

ただ、問題は家に帰ってからで、麻酔が切れる前に痛みが強くなってきて、4時間おきに飲むように指示されている薬を3時間で飲んでいいかと病院に電話した。抜歯した場所よりも、移植した所が痛かった。それと、1時間半の間、舌をずっと反対側によけていたため、舌の付け根が筋肉痛のようだった。これが結構つらい。

今後は、2週間後のチェツクアップ、1ヶ月半後のクリーニングをして、歯の土台となる部分の治療は終了するわけだ。
子供達の夏休みが入ったり、夫の出張が多かったりで、結局全部終わるまでに半年ちょっとかかった。長かったなぁ~。

ところで、今回抜歯した時に、抜歯した隣の歯に詰めていた銀が取れたので、抜歯した所はインプラントではなく、ブリッジでもいいかなと漠然と思っている。
インプラントは抜歯した所だけしか治らないが、ブリッジならその両脇も一度に治せる。しかも、治療費も同じくらいだと聞いた。
抜歯した両脇の歯が奇麗な虫歯の無い歯である場合、それをわざわざ削ってブリッジにするのはもったいないが、私の場合、抜歯した歯の両脇もかなり虫食いなので一石二鳥と言うわけだ。
まだまだ歯医者さんとのお付き合いは続くが、アメリカの土産話になると思って楽しんじゃおうかなと思っている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Parent Open House

2005年09月22日 | アメリカ学校/教育事情
子供達の通うハイスクールのParent Open Houseなる物に行ってきた。

高校では教科ごとに教室が決まっていて、教科担任は一日同じ教室で授業をするが、生徒は教科ごとに移動して授業を受ける。
その子供と同じ時間割で学校の中を移動する。各授業内容について教科担任の先生から説明を受けるのが10分、移動時間が5分である。ベルが鳴ると、まるでパブロフの犬のごとく、移動が始まる。
移動時間に知り合いを見つけて手を振ったり、こうして子供達も毎日過ごしているんだなと体験出来る。自分も学生時代に戻ったような気分で、なぜか皆さんはつらつとして見える。

各教科担任からの説明はもちろん英語で何を言っているかチンプンカンプンでも、実際に先生と会うという事が大事なようだ。百聞は一見に如かず、である。
子供達と学校の話をするにしても、一度先生に会ったり、教室を見たりしていなければ、真意は伝わらないだろう。子供達との会話も弾むというものだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Extreme HAKEOVER HOME EDITION

2005年09月21日 | 映画・テレビ番組・本など
リフォーム番組は多々あれど、この番組はスケールが違う。今でも、どんどんスケールアップしている。

運悪く不幸になってしまった家族(必ずしもそうだと私は思わないが)の家を新しく奇麗にして幸せにしようというものだ。
例えば、太陽の光を浴びられない病気になってしまった子供に少しでも屋外の空気を感じられるような家にリフォームしたり、業者にリフォーム(増築)を依頼した物の解体の段階で業者が姿をくらましてしまった家族の家をもっと素敵にしたり・・・etc

比較的初期のプログラムは、私も純粋に「よかったね」と思えたが、最近はなんだかやりすぎじゃないかと首をかしげてしまう物もある。
家族全員分の車を買いそろえたり、家を丸ごと建て替えるだけでなく土地まで別の所へ移ったり、子供達に奨学金が出たり。そして、家を建てている間(リフェームしている間)家族はディズニークルーズに出かけているなんて事もある。
アメリカの番組は何度も何度も再放送されるので、人気番組にはスポンサーがたくさんつく。この番組も例外ではなく、きっと番組の趣旨も気に入られる所であったろう。

でも、人は物がそろうだけで、幸せになれるのだろうか・・・。苦労しているからこそ、家族が一つにまとまっていると言う事もあると思うのだけど。この番組で紹介された家族の”その後”に興味があるところである。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

SO YOU THINK YOU CAN DANCE

2005年09月21日 | 映画・テレビ番組・本など
我が家のGirlsがはまっている番組がこれである。
ニューヨーク、シカゴ、ロスでオーディションを勝ち抜いた男女がダンスを競う。
最初はベアでおどり、その中から番組の審査員が「いまいち」と思うペアを選び、今度はそのいまいちベアだった男女がソロを踊る。そして、そのソロに対して視聴者が電話投票する。最後には最下位だった男女一人ずつがふるい落とされる。
アメリカンアイドルのダンス版と言う所だ。すでに、今週の段階で男女4人しか残っていない。

面白いのは、ダンスと言っても色々種類がある。バレエ、ジャズ、タップ、ヒップホップ、モダン、社交ダンス、ブレイクダンス・・etc.
この番組に出ているすべてのダンサーがすべての種類のダンスをマスターしているわけではない。苦手なダンスを克服して行く様子も面白い。

我が家で一番人気があったのは、ブレイクダンスのRyan Conferidoだったが、すでに振るい落とされてしまった。
女の子では、毎週毎週いまいちペアに選ばれながらも、電話投票では勝ち残るMelodyを応援している。どうしてもアジア系を応援してしまうんだよね。
男性陣でRyanなきあとは、おもしろキャラのNickかな?
ダンスはメチャメチャうまいんだけど、性格が悪そうなBlakeはいつも我が家ではブーイング。
我が家の末っ子はジャズダンスを習っている事もあって、テレビに向かって拍手したり、ダンスをまねてみたり、最後にはこの人に投票しなくっちゃと電話番号までメモする始末で、大騒ぎで見ている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

DC Trip

2005年09月20日 | 旅行記
夏の旅行は、長女を迎えに行った後、DCへ行く事にしていた。

上の二人は現地校の修学旅行でも行った。
その時に、色々細かいルールの中に、男女で手をつないではいけないなど、そこまで・・・と思われる物もあった。日本ではルールは破られるためにあると言うくらい実際は厳しくないのに。
この現地校の修学旅行では子供達が部屋に入った後、先生方が各部屋の入り口のドアにガムテープを貼る。要するに、一度ドアを開ければ一目瞭然と言うわけだ。朝も、先生がドアを開ける前に出てはいけない事になっているらしく、我が家の長男の場合、先生が開け忘れ、他の生徒は出発したのに、ホテルに取り残されるなんてハプニングもあったらしい。それも、朝食無しで・・・。

今回DCに行ったのは、約5年ぶり二度目だが、やはり9-11以後警備が厳しくなった事と、至る所に傷跡が残っている。アメリカ史博物館では、ベンタゴンにかけられた星条旗が展示してあった。
戦争の記念碑もいつくか増えた物があったが、イラク戦争のモニュメントもいつか作られるんだろうと思いつつ、複雑な心境でその場を通りすぎた。
アメリカの歴史=戦争の歴史と言われるのもうなずける。

それにしても夏のDCは暑い!
おまけに、車で移動するのにしても駐車場もなかなか見つからないので、歩く事が強いられる。我が家の根性なしの末娘は真っ赤な顔をしてヘロヘロになっていましたっけ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

かわいい子豚に旅をさせ

2005年09月20日 | 旅行記
いろいろあった夏休みのなかでも、実は一番のチャレンジであったのが、これかもしれない。
去年、前回の駐在地を訪れた時に、長女の友人家族から「来年は泊まりにおいで。」と言われた事が実現したのだ。

メールでやり取りしながら日程を決め、8月の中旬、途中DCで乗り換える格安チケットで、長女は一人で旅立った。
英語に問題は無いとは思われたが、高校生とは言え、見た目が小学生と言っても通用する彼女、なんと頼りない事か・・・。
目的地に無事到着したと連絡を受けた時にはすごくホッとした。

約1週間、友人宅にお世話になった。その間、いくつかの大学の見学に連れて行ってもらったり、ここ中西部には無い”海”に行って波乗りなんてコジャレタ事をしたり、これまたここ中西部には無い”中華街”にも行き、飲茶を食べたり、懐かしい香りに包まれて有意義な時間を過ごしてきた事だろう。

そして私たちは長女とその友人を迎えに行き、タングルウッドのコンサートに行ったのであるが、開演30分前、どしゃぷりに耐えきれず、退散。聞くはずだったヨー・ヨー・マ(友友馬)のチェロの音は幻となってしまった。
ホテルで一泊し、次の日にノーマン・ロックウェル美術館に行き、夕方長女の友人を自宅に送り届けた。

中国系アメリカ人とアメリカ人の両親にもつ長女の友人は、長女とは約3年間同じクラス、登校した初日からとても親切にしてくれた。今でも、そのまま素敵に成長していた。そんな彼女と今でもこうして、我が家の長女が友人でいられる事をとても嬉しく思えた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

サマースクール(末っ子子豚編)―レクレーションセンター編

2005年09月20日 | アメリカ学校/教育事情
我が家の末っ子のサマースクールの取りを務めたのが、このレクレーションセンター主催のサマースクール。これは、人気があるのか、2月の始めに申し込み、末に抽選結果が発表される。

場所は、レクレーションセンターの他、小学校など全部で3箇所の中から選べる。
期間は、夏休みに入った6月の中旬から8月いっぱいやっているが、一週間単位で申し込める。我が家の末っ子は8月に1週間しか行かなかったが、共働きの家庭などはずっと預ける人もいると聞いた。
時間は、働いている親も利用出来るように送り迎えの時間に幅がある。朝は7時半~9時の間に送ればいい。帰りはおおむねプールからあがる4時過ぎから6時の間に迎えに行けばいい。
内容は、月・火・木・金曜日の午後はプールで、水曜日は一日遠足に出かける。遠足の行き先は、その週や会場となっている場所によって違う。申し込みの際に一覧表が渡されるのでそれを見て決めても良い。

我が家の場合、やはり決め手となったのは、遠足の行き先。Kings Islandに遠足に行く週を選んで申し込んだ。幸い、申し込む期間がたった1週間だと言う事と、当選順位が5番だったと言う事もあって、なんの問題もなく希望どうりに申し込めた。

やはり、甘えん坊の末っ子は、家族で行くと怖がって乗らないジェットコースター物も友達と行くと乗らざるを得ないらしく、結局は「ドキドキして楽しかった。」と喜んで帰ってきた。こうして、少しずつ親離れしていくのよねぇ~なんて寂しく思いながらも、出来なかった事が一つクリアできて、嬉しかった。
プール大好きなのに、実は金槌の彼女も最後までおぼれる事なく、最後のサマーキャンプを終えた。実は、それが一番の心配事であった。(笑)来年は水泳の特訓をしてくれるサマーキャンプに入れようかと、ひそかに目論んでいる所である。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする