徒然なるままに・・アメリカ、そして日本

二度のアメリカ生活。
ボストン・オハイオ州・フィラデルフィア郊外に住み、
2010年夏、日本に帰国しました。

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The Biggest Loser Final

2009年05月14日 | 映画・テレビ番組・本など
今週今シーズンファイナルを迎えた、テレビ「The Biggest Loser」
いやぁ~、すごかったです。もともと太ってはいるんだけど、ファイナリストはもとの半分の体重になっちゃってるんですから。

優勝した48才のHelenさんは身長168cmで、もともと117キロあったのが、64キロも減って最終的には53キロまで落としました。
もとモデルのTaraさんは、ずっとトップをひた走っているように見えましたが、最後の最後に逆転されちゃいましたが、流石元モデルすっごく奇麗になりました。
そして、三位のMikeくんは、176キロもあった時には冴えない男の子でしたが、最後にはすっごくカッコいい男の子になっちゃいました。
そして誰より、64才のじいちゃん、Jerryさんです。最初は168キロあったのが、最終的には87キロになり、糖尿病や高血圧、通風などの持病も治ってしまったそうです。

その番組から出ている、The Biggest Loser: The Weight Loss Program Book Bookを図書館で借りてみました。
人気ある要で、予約して1ヶ月待ちました。図書館の方は、もうボロボロになっていました。
ダイエットをするための色んな要素が書かれています。

ここのところこの本のレシピを参考に、料理してみたのですが、けっこう美味しかったです。
日本の低カロリーのレシピを見ても、材料が手に入りにくい事もあったので、アメリカのダイエットレシピが意外と役立つ事に気がつきました。
その中から、作ってみて簡単で美味しかった物をちょっとずつ紹介してみようかなと思っています。
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ドラマ三昧

2009年02月24日 | 映画・テレビ番組・本など
結局末娘は、先週ほとんど現地校を欠席してしまいました。でも、Presidents dayの三連休だったおかけで、一週間と言っても4日間だったので、授業もあまり進展せず、重要なテストや行事も無かったようで、良かったです。

風邪がなかなか治らないとイライラしてもしょうがないので、こんな時はゆっくり休めてラッキーだと思う事にしています。
娘と二人、ごろごろと友達から送ってもらったDVD等を見ながら過ごすのもまた良い物です。ただの怠け者ですけど。

今回は、ホントにたくさん日本のドラマを見ました。
たくさんのDVDをありがとう。

「流星の絆」
ちょっと残酷なシーンもありますが、テンポよく展開しておもしろかったです。セリフや効果音もおもしろおかしく、絶妙のタイミングです。脚本が良いんですね、きっと。
林ジョージと謎の女サギが出てくると、それだけで笑ってしまってました。

「風のガーデン」
テーマは、在宅介護や終末医療なのだけれど、出ている一人一人が優しくて、暖かいストーリーです。緒形拳演ずる、医師がガーデンに咲く花々に色んな花言葉をつけるのですが、それがまた面白くて、次はどんな花言葉なのかと期待してしまいます。
このドラマが緒形拳さんの遺作になってしまいました。どんな気持ちで、この役を演じていたのだろうかと思ってしまいました。素敵な俳優さんでしたね。ご冥福をお祈りします。

「tomorrow」
日本だけでなく、アメリカも抱える医師不足の問題。無くてはならない職業なのに、その過酷さ故になり手がいない。病院が儲け主義になってはいけないと思うけど、赤字では経営して行けない。難しい問題だと思います。
サブタイトルの「陽はまたのぼる」がついた理由も、話しの中にあったりして、なかなか凝ってますよね。

「夢をかなえるゾウ・ドラマスペシャル」
おもしろおかしい像の神様ガネーシャが突然現れて、あれこれ支持をする。これがほんとうに成功のために必要なのか?と思えるけれど、だんだん「ありたき自分」に気がつく主人公。
自己啓発なのだけれどドラマ仕立てで、キャラクターも面白いので、あっという間に時間が経ってしまいましたが、実は深くて考えさせられる物があるのですよね。

「ガリレオ0」
「流星の絆」と同じく、東野圭吾の原作。福山雅治演じる湯川助教授の大学時代の話も出てくるのだけれど、また福山雅治に似た俳優さんを見つけてきたもんだと思ってしまいました。
ところで、この「ガリレオ0」は、映画「容疑者Xの献身」の前フリのような形でドラマ化されたようですが、このドラマの中に映画「容疑者Xの献身」と繋がる場面が一ケ所あります。気づきましたか?
私は映画「容疑者Xの献身」の方は原作を読んだだけ(感想こちら)なのですが、本ではけっこう淡々と暗く展開されていますが、映画はどうなんでしょう。やっぱり見てみたいです。

と、こんなテレビ番組を見ながら、末娘のベストを編んでおりました。



まぁ、来てくれるかどうかは別にして、ボケ防止にも良いかな?

そう言えば、少し前に長女のセーターと長男のベストも編んだんだけど、写真を撮りわすれ日本に送ってしまいました。
安い毛糸で編んだら、洗ったら縮んじゃって、きっとベストは長男には小さいです。そう言えば、「防弾チョッキみたいだ」と言っていたので、ずいぶんピチピチだったのでしょう。
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クイズ! ヘキサゴン

2009年01月14日 | 映画・テレビ番組・本など
これは、私の勝手な感想なので、"違う"と思う方はスルーして下さいね。

最近、日本のクイズ番組「クイズ!ヘキサゴン」のDVDを見ています。
知ってる方はご存知でしょうけれど、18人の出場者がテストを受けて、成績順に均等に振り分けて、6人ごと三つのチームにわけます。当然個人の点数は公表されるので、はっきり言ってそれぞれの頭の良し悪しがわかってしまいます。
その中のあるクイズの出題形式は、チームの中で成績の悪かった人に問題を読ませるものがあります。問題の中で読めない漢字があって変に読んだりするので、解答する方も、それを予想して答えを探さなければなりません。
まぁ、全ての問題がそんな感じで、成績の悪い人を笑っちゃうような番組です。(説明が下手でごめんなさい。)

流行っているのは知っていましたが、夏に一時帰国した時に初めて見て、普通に「面白いじゃん!」と思いました。
そして、何度か見ているうちに、「ちょっとは日本語の勉強になる?」と思いました。
「ホントにこの回答者、頭悪ぅ~」と思い、「でも、他に何か出来る事がある?」とも思いました。

そして何度か見た今、どう思うかと言うと、特定の回答者を攻めすぎる。言葉を変えれば、デブだバカだと苛めているように感じます。それも、司会の島田紳助はじめ、その他比較的正しい解答が出来る回答者達。
これってまさしく今の日本の社会を表しているのかなぁ~と思いました。
だんだん見ていて、攻められる回答者がかわいそうになり、司会者その他にイライラ・ムカムカしてしまいました。

思えば、「お笑い」も他人の事を笑うネタが多いような気がします。
自分が他の誰かよりも、少しだけ優位に立てる事で安心して、上を目指さず下を見て指さして笑う。
昔、あるコメディアンのポリシーとして、「他人の事を笑わない」と言うのを聞いた事があります。それが出来てこそ、尊敬出来るお笑い芸人だと思うのですが、いかがなものでしょう。そう考えると、チャップリンなんかはやっぱり今でも偉大ですよね。

この番組を見て、「お馬鹿でも有名になれるから、勉強しなくてもいいや」と言う子供が居たと聞きました。
はっきり言って、勉強は必要です。でも、その前にこうして「他人を笑うような大人になっちゃいけない」と、感じて欲しいと思いました。

テレビ番組一つに、なんだかんだと意見してしまいましたが、以上、私の勝手な感想でした。
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ラストレクチャー

2008年12月24日 | 映画・テレビ番組・本など
「The Last Lecture」と言う本が、アメリカの本屋さんにたくさん並んでいます。日本語にも翻訳されています。
この著者であるランディ・パウシュ氏は、カーネギー・メロン大学の教授でしたが、今年の夏、47才で癌のため亡くなっています。
その彼がカーネギー・メロン大学で行った講義の様子を本にした物です。

この講義の時には、すでに彼は癌に侵されており、半年の命と宣告された後でした。
それなのに、まるでそれを感じさせないほど元気で(?)、明るく、前向きな彼の姿に、漫然と日々を過ごしている自分を恥じると共に、「生きる事の意味」を教えられました。

この講義の始めで、「病気や家族については話さない」と前置きします。「精神性や宗教の話しもしませんが、死を前に改宗しました。マッキントッシュ派に。」とジョークを飛ばします。
我が家はずっとマッキントッシュを使っているので、彼のジョークはかなりうけました。
この講義を通して、彼はこのようにジョークを飛ばしながら、メッセージを伝えてくれます。

内容について、それぞれの受け止め方があると思うので、詳しくはここには書きません。
「最後の授業」サイト
(クリックでサイトに飛びます)をご紹介しますので、ぜひご覧下さい。

そして、彼のこの公演の模様は、YouTubeでも見る事が出来ます。
「Last Lecture」で英語で検索すると、全ての講義を通しても見られます。
日本語字幕付きの動画は、『ランディ・パウシュの「最後の授業」』で検索すると、9つにわけてアップされていました。
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ガイドブック

2008年11月14日 | 映画・テレビ番組・本など
Thanksgiving前に、我が家にはビッグなゲストがやって来る。(笑)
フィラデルフィアのセンターシティーの観光にでも行こうと、前から買ってあったガイドブックを取りだした。
それが、これ(クリックでamazonにとびます)。(写真↓)


日本語のフィラデルフィアのガイドブックって、少ない・・・と言うか、無いんですね。
大概は、「ニューヨークとフィラデルフィア」とか、「ワシントンDCとフィラデルフィア」とかメインは他の町だったりして、フィラデルフィアだけを扱った物って無いんでしょうか。

英語ならばと探して見つけたのが、このガイドブックでした。
アメリカのガイドブックは意外に写真が少なく、文字ばかり・・・。でも、このガイドブックはタイトルにも「EYEWITNESS TRAVEL」とあるように写真がたくさん入っていて、ペラペラ見るだけでも楽しいです。
センターシティーを4津の地域にわけて紹介するのはもちろん、フィラデルフィア郊外の観光地や、歴史についても書かれています。

このほんのシリーズで、アメリカ全国版もあります。

ボストンに住んでいた時には、子供も小さかったので、Kids Explore Bostonを頼りに、あちらこちらに出かけました。
もちろん、日本語の「地球の歩き方」には、ものすごくお世話になりました。

  

オハイオでは、残念ながら写真入りのガイドブックが見つけられず、「Day Trips Columbus」「Kids Love Ohio」の二冊と見て、どこに行こうか考えましたっけ。

 

「郷に入れば郷に従え」と言いますが、英語で書かれたガイドブックはアメリカ人が好みそうな場所なのかと、日本人の中では話題にならない所にも行ってみたりしました。もちろん、がっかりしたりもしましたが、それはそれで楽しかったです。
英語で書かれているけれど、読むのは地図と場所の名前くらい・・・。実際の場所や住所も英語で書かれているのだし、詳しい説明なんて読まなかったりもしますから、それで十分だと思いました。

さて、フィラデルフィア観光もどこに出かけるか、考えるとしましょうか。
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around 40

2008年10月04日 | 映画・テレビ番組・本など
今年春に放送された「around 40」と言うドラマ、遅ればせながら見ました。

やっぱり共感してしまうのは、中学生の息子を持つ主婦・瑞恵。いらいらしながら、見てしまいました。
家族のために家事を頑張っても、感謝もされず、やりがいが感じられない。周りの友人がどんどん社会参加して行く中で、取り残されたように感じてしまう。おまけに、息子が20才になる6年後に夫との離婚を計画し、仕事を始める。
義母の誕生日には花を贈るのに、自分の誕生日は祝ってももらえない。夫に「お前も花が欲しいなら、そう言えばいいじゃないか」と言われ、「欲しいのは花なんかじゃない!」と言う瑞恵。「そうだぁ~!」と大きくうなづいたのは、私だけではないと思います。
今どきの主婦なら誰でも考えてしまうような事じゃないでしょうか?
一昔前なら、なんの疑問も持たず主婦で居ただろうに、日本が経済的に豊かになってしまったがために、こんな悩みが出てきたんだろうなぁ~、と思いました。

でも、ドラマは瑞恵のような主婦が主人公では平凡すぎるのか、主人公は39才独身・精神科医の聡子。
仕事も良く出来るし、ルックスも性格もすこぶる良い。純粋に仕事に打ち込んでいたら、そんな年になっていた・・・と言うパターン。

実は、このドラマを見る前に「カバチタレ」と言うドラマを見ました。(2001年の放送。さらに古くてすみません。)
29才で結婚出来なくて焦る女性達の話でした。一昔前なら、女性はよくクリスマスケーキに例えられ、25才過ぎれば価値が無いなんて言われていたのを思い出す。
それが、39才の独身女性を主人公にしたドラマが出来るんだから、日本社会も変わってきた物です。

さて、実は私もaround 40。
このドラマの中で、「自分のために何かをするための最後のチャンス」と言われていた年齢。
アメリカでは、40才の誕生日は「Over the hill」と言われ、盛大に祝ったりもする。頂点(全盛期)を過ぎて後は下るだけ・・・と言う意味だけれど、「負けてなるか!」という意味で前向きにお祝いするような気もするのですが、本当はどうなのでしょう。
でも、年齢なんて関係なく、前向きに自立して生きている女性もたくさんいる。
50代になって子供の手が離れてから、大学に行き教師の資格を取った人。障害のある我が子のために、看護学校に行き、勉強し始めた人。新しく事業を始める人。50近いけど結婚を夢見る人。離婚し立派に子供を育てている人。
彼女達は、年齢に関係なく、常に「なりたい自分」を持っているように感じます。

自分が何をしたいのか? どんな生き方をしたいのか?
いろいろいろいろ考えても、結局は"自分次第"というところに行きつくのですよね。周りの人が何かしてくれる訳ではないのです。
自分が寂しいのは周りのせい・・・と逃げていたり。周りに期待ばかりして、自分からはなんのアクションも起こさなかったり。周囲の目ばかり気にしていて、本当はどうしたいのか見失ってしまったり。
ドラマの主人公が「将来後悔するかどうかではなく、今、後悔しないようにしたい」と言いますが、いつも結局は「今を一生懸命」という、非常にシンプルな答えにしかならないのかもしれません。
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How to Look Good Naked

2008年02月16日 | 映画・テレビ番組・本など
大好きだった番組「Queer Eye for the Straight Guy」の新シリーズはもうないのかなぁ・・と残念に思っていたら、このFAB FIVEの中のCarsonが出ている番組「HOW TO LOOK GOOD NAKED」を見つけた。
「ありのままの貴方でいいのです」と言う聖書の中のメッセージが聞こえてきそうなこの番組だ。

自分のルックスにコンプレックスを持っている女性に、自身を持たせ、ダイエットするのでは無く、そのままの彼女を美しく見せる方法を教えるという番組。
最初に、下着姿で鏡に囲まれ四面楚歌状態にされる女性達。そもそも番組自体、台本があって、女性モデルや女優の卵なのかもしれないけれど、それでもその状況はプレッシャーだろう。そこで、自分の体の嫌いな部分を挙げながら、泣いてしまう女性もいる。
その後、下着選びでは、プロがアドバイス。体形に合った下着の選び方を教えてくれる。下着だけでこんなに見た目が変わるものかと驚かされる。
洋服を選んだり、エステに出かけたりと、コンプレックス解消のために街に出かける。Carsonと共に、ダンスをしたり、ビーチでパーティーをしたりする事も。
終盤、ヘアスタイリストの所で、最後の変身。ヘアスタイルを変え、お化粧をしたらもう別人である。
最後に、写真を撮るのだが、それがヌード。もちろん隠す所は隠すので、我が家では子供たちも一緒見ています。

最初の鏡の前の状態で撮った写真をダウンタウンのビルに写して、通りすがりの人の意見を聞くのだが、自分で思っているよりも巷の反応は好意的。本人は漠然と太っていると思っていても、待ちの人は「足のラインが奇麗」とか「バランスがいい」とか何か見つけて褒めてくれる。
最後に、撮った写真をまたビルに写して、今度は本人自身が通りすがりの人に意見を求める。「私なんだけど、どう?」みたいに。そこで直接褒め言葉をもらう事によって、ますます自分の外見に自身が持てるようになる。

まさに、Before and After、よくあるMake up 番組ではあるが、エスコート役がCarsonであるというのがこの番組の魅力だろう。
彼は、男性でありながら(ゲイなのだけれど)、下着姿の女性と居てなんら違和感が無い。しかも、足が太いだのお腹が出てるだの鏡の前で自分の体を卑下する女性に対して、彼女達の体に触れながら、「肩のラインは奇麗じゃないのぉ~」「股は太くても、膝から下はとっても奇麗よぉ~」とオネエ言葉で褒めちぎる。次第に女性も自信を持って行く。
エステやビーチには、ちょっと不思議な格好で同行して、面白い事を言いまくる。Carsonのような人が近くに居たら、楽しくて、毎日がハッピーだろうなと思う。

明らかに病的に太っていたりする場合は別だけど、人にはいろんな体形があって、それでいいという考え方。そして、そんな自分を卑下せずに、良い所に自信を持ってアピール出来るようなファッションを教えてくれて、そのままの自分自身に自信を持つ事が美しく見える秘訣だと教えるてくれる。
肥満大国アメリカも行き過ぎるとどうかと思うが、ダイエット番組ばかりが高視聴率を挙げ、猫も杓子もダイエットという日本でこそ、こんな番組が必要なのでは無いかと思ったりしている。
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いまいじめている君へ・・・

2007年04月06日 | 映画・テレビ番組・本など
日本では1月に放送されたSMAP×SMAPの特別番組「いまいじめているきみへ・・・」を見た。
ヤンキー先生と呼ばれる義家弘介先生を迎え、ゲストや視聴者のいじめの経験談が紹介された。

番組の中のアンケートで「いじめられる側にも原因があると思う」に賛成した子供達は3/4以上。人が嫌がる事をするからいじめられるんだと子供達は言う。
確かに、私が子供の時にも、周りの人の事を考えられない生徒はいた。先生にこびたり、やたらに要領の良い子、逆に要領の悪い子。先生がひいきしている子、うるさい子、ちょっと不潔な子などなど・・・。子供の未熟な心では「あの子嫌い」「気にくわない」と思ってしまって当然だろうとも思う。大人だって、嫌だと思う感情はコントロール出来ない場合が多い。

だからと言って、その子をいじめていいのか?

それとこれとは別問題だと思う。
番組の中でも言っていたが、「その子が嫌な事をする」「私はあの子を嫌いだ」と言う事と「いじめ」は別の問題だと。
人が嫌がる事をしたとしたら、それを注意すばいいのであって、いじめるのはお門違いではないかと。

そう言うひねくれた、お門違いの考え方って、どこから来るのだろう・・・と、ふと番組を見ながら考えた。
やっぱり、そこには親のものの考え方が影響しているのではないかと・・・。
生まれた時から・・・もしかしたら生まれる前から、延々と植え付けられた親のものの考え方。それを基準にして子供達は物事を判断して行くのではないかと。少なくとも小さいうちは。
だとすれば、結局は「親」がしっかりしなければいけないのかなと、やっぱりそこに辿り着く。

いじめは学校や教育委員会だけの問題ではないのではないか?
各家庭ベース・地域ベースの問題でもあるのではないか?
大人達はなぜ、「だめなものはだめ」だと言えなくなったのか?
そんな風に思いながら番組を見ていた。

そして、最後にいじめから開放された女の子が、クラスメートの女の子から電話をもらつたと言う話を聞いて思った。
きっとクラスや学年に最低でも一人は、正義感の強い子供が居るのではないかと。そんな正義感の強い子供達も「いじめを助けたらいじめの標的になるかもしれない」と言う不安や恐れを捨てて立ち上がれるようになって欲しいと思う。
一人一人は弱いから、だからみんなでまとまって誰かをいじめるんではなくて、みんなでいじめを無くす方向に動いてくれると良いなと思った。一人一人が正義の味方になれるといいな。
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The Lake House (イルマーレ)

2007年03月20日 | 映画・テレビ番組・本など
キアヌ・リープスとサンドラ・ブロックの共演によるこの映画。何から何まで素敵です。

湖の上に立つ家に引っ越してきたアレックス(キアヌ・リープス)は、郵便受けの中に前の住人ケイト(サンドラ・ブロック)からの手紙を発見する。そこには2年間の時間の差があった。2年の時間を隔てて手紙が行きかって・・・と言う話し。
実はその家は有名な建築家であるアレックスの父親が設計して立てた物で、彼の生い立ちが感じられたりもする。
もとは韓国映画で、そのリメイク版だ。

ストーリーはかなり初盤で、ラストが予想出来て決まったけど、それでも許せちゃうくらい素敵な話しです。純愛物語と呼んでもいいかもしれない。しばらく忘れてた純粋な気持ちを思い出せるかも。
主役の二人を取り巻く周りのキャラクターもちょっと居地悪だったりはする物の、すっごく底意地時の悪い人は居なくて、「分かる分かるその気持ち」程度に見る事が出来る。

それにしても、この2年の時空の時間を行き来する手紙。e-mailとはまた違って、心温まる感じです。
久し振りに、いいラブストーリーを見たなぁ・・・って気がしました。

余談ですが、アメリカのタイトルだと「The Lake House」、日本だと「イルマーレ」になるのですね。なんで?と思ったら、映画の中では「イルマーレ」って彼等が待ち合わせするレストランの名前なのですね。
もともとの韓国映画のタイトルも「イルマーレ」だけど、アメリカ版になると、どうもピンと来ない。もともとの韓国映画では舞台となる家は、湖の上でなく海辺にあるので「イルマーレ」でも良いわけですが。その辺を日本語に訳す時に、ちーとは考えれば良かったのにと思ったりして・・・。

ところで、「イルマーレ(IL Mare)」って何語?どういう意味? と思って調べたら、イタリア語で「the sea」海と言う意味ですね。日本にも同じ名前のレストランやらリゾート施設やらがありました。実はとても一般的な名前だったりして・・・。
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THE OPRAH WINFREY LEADERSHIP ACADEMY

2007年02月27日 | 映画・テレビ番組・本など
タイム誌で、「世界で最も影響力のある人物のひとり」としてあげられたオプラ・ウィンフリー(Oprah Winfrey)が南アフリカに作った学校のドキュメンタリー番組を見た。(オプラ・ウィンフリーのサイト)

エイズ等の病気、殺人などで親を失った子供達。電機の無い貧しい生活をしている子供達。それでも夢を持ち、前向きに生きている少女達を集めたのTHE OPRAH WINFREY LEADERSHIP ACADEMYが今年1月オープンした。

生徒の中には、5才と6歳の時に両親を亡くした少女。父親が母親を射殺した後、自らも命を絶ったと言う。でも「父親の事は憎んでいない。なぜなら神様がすべて知っている。」と彼女たちは言う。神の計画の上での出来事だから受けいれられたと言う事だろ。
また、治安の悪い道を学校に通う少女。「どうか私を誰も襲ってきませんように」と常に神に祈りながら歩いていると言う。
電機の無い家の中で、ローソクの光の下で勉強する少女。水道がないのでバケツで水を運ぶ少女。
そんな生きて行くだけで精一杯の中、それでも勉強したくて学校に通う少女たち。いずれ自分がこの国のリーダーになりたいと夢見る少女。女優になりたいと言う少女。
どうしてそんな生活の中で、そんな希望が持てるのだろうと考えさせられた。

オプラ・ウィンフリーは未婚の母の元に生まれた。余談だが、聖書の中に一ヶ所だけ、女性の名前のついた箇所「ルツ記」の中に「Orpah」と言う人物がいるが、彼女の名前は母親がそのスペルを間違えて(rとpを間違えた)登録したのではないかとも言われている。
オプラの子供時代は幸せではなかったようだが、頭が良く奨学金を得て大学に行く。スティーブン・スピルバーグの「カラーパープル」と言う映画で1985年にアカデミー助演女優賞にノミネートされている。

オプラ自信、何故子供を持たないのかと聞かれると言う。「この学校の生徒が私の娘たちです。」と彼女は言っていた。
ダイエットに成功したとか、リバウンドしたとか、どんな洋服を着ていたとか、めまいで倒れたとかetc、些細な事でも話題に上り、確かに彼女は「世界で最も影響力のある人物のひとり」だ。そのプレッシャーに負けない彼女は強い人だ。それは、子供時代に苦労したからだろうし、それが糧になっているのだと思う。

今回この学校に入学して、色んな物を与えられた少女たち。与えられた事に感謝し、それに慣れる事無く、将来何か小さな事でも与えられる事の出来る大人になってほしい。そして、本当にその国のリーダー、ひいては世界のリーダーになる事が出来れば、本当に世界は変るのだろう。

私はかつて英会話クラスで難民だったという人達に会った。そこから這い上がり、職を得て活躍している人、今勉強している人もいるが、与えられる事に慣れ、甘え、落ちて行くだろう人も居た。
どうか、正しい道を選んで生きてほしいと思わざるを得ない。

今回、このドキュメンタリーを見て、私は素直に感動したが、オプラの行動に対して、批判を含めて色んな意見があるのも確かだ。
テレビで放送される事はすべて作り物で、すべて脚本が有り、番組を作成する側が言いたい事だけが放送されているのだ、と言う人も居る。確かにそれは本当かもしれない。でも、正しい事、正義だと思う事を情報発信して、世の中が正しい方向に影響されるのであれば、それは現代の社会の中で望ましいコントロールの仕方ではないかと思う。
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「バイリンガルの子供たち」

2007年02月10日 | 映画・テレビ番組・本など
二カ国語を自由に使えること、またそれが出来る人の事をバイリンガルという。最近では、トライリンガル(三カ国語)と呼ばれる人も居たりして、親としても子供がバイリンガル・トライリンガルになる事を望んでいる人も多い。日本では英会話教室なども盛んだ。

「バイリンガルの子供たち/唐須 教光・著」は、初めての駐在の時に、現地校と補習校に通い、いずれは日本に帰る自分の子供の言語的成長がどうなるか、そして親としてどう対処したらいいかを考えるために手に取った本。
この本は、子供をアメリカで教育する上で、とても参考になったし、アメリカ駐在の初期に読んでおいて良かったと思った本でもある。

家族でアメリカ駐在がきまると、周りからは「英語がペラペラになるねぇ~」なんて言われる。親も本人もそのつもりで渡米するケースも少なくはないだろう。子供がバイリンガルになることを当然期待し、アメリカに連れて来る。
しかし、ぶちあたる言葉の壁。そんなに簡単に英語は覚えられない。

母国語がしっかりしてこそ、第二外国語が覚えられるとこの本の著者は言う。母国語がしっかりしないうちに、第二外国語を強要する事で子供の思考は混乱を来す。
数年前に小学校で英語の授業を必修にしようと言う案が出た時に、都知事が「日本語もろくに話せないのに、英語なんて!」と言っていたが、まさしくそれは本当なのである。私は「良く言った!」と大きく拍手してしまったが、「何言ってんの!?」とまったく逆の意見を持つ人も多いと思う。

アメリカに初めて住み始めた当時、私も「あわよくば我が子もバイリンガルに」と思う俗な親だったのだが、この本を読み、日本人の先生に相談してみた。彼女は8才まで香港で育ちそこでインターナショナルスクールに通い、日本に帰国後もやはりインターナショナルスクールに通っていたそうだ。その後、大学はアメリカ、そしてそのままアメリカに住んでいた。
その彼女はもちろんバイリンガル。しかし、日本のインターナショナルスクールに在学中は、バイリンガルになり切れず、日本語も英語も中途半端で自分の考えを表現出来ずに、ダメになっていった例を多く見てきたそうだ。
だから、はっきりと彼女は「アメリカに来たからと言って英語を強要する事は薦めません」「親の価値観で子供の未来を決めるのは危険です」と言う事だった。

アメリカに永住するならまだしも、駐在員と言うのは何年かしたら日本に帰るのだ。もちろん子供も・・・。だから、私も腹をくくり、日本の勉強に力を入れる事にした。

当時我が家の上二人は小学校低学年。今思えば、それで正解だったと思う。
いくらアメリカの現地校に通っていたと言っても、アメリカ人の小学生の英語だからそんなに難しい言葉は使っていないのだ。
例えば、日本の国語の授業だって、低学年の子供には「***について、あなたが思った事を書きなさい」と質問する所を、中学・高校になると「***について、あなたの意見を述べないさ」になるでしょう。英語だって同じ事。小学生の使う英語では限界があるのだ。

幸い、彼等は中学の途中でまたアメリカに戻ってきた。日本で殆ど英会話教室などには行かなかったが、「英語を聞く」という能力は残っていた。それはラッキーだったと思う。英語で必要な、第一段階の"Listning"はほぽ出来たわけでる。また、"Reading"においては、知っている単語や簡単な発音のものなら、まあまあ読めていた。もちろん、幼い頃にアメリカで暮した事が功を奏したのは言うまでも無いが、日本の中学で1-2年か英語の授業を受けたのもかなり助けになったのではないかと思う。
それでも、辞書が無くては分からない単語が山ほどあった。Writingにおいてはまだまだだったので、宿題をするにも時間がかかっていた。夜も遅くまで起きていて、体を壊すのではないかと心配した。
現在二人ともESLはなんとか終了したが、一般の英語のクラスでは苦労している。なにしろ英語の文を読む子ということ自体、やはり英語を母国語とするアメリカ人よりは遅いのである。それに、日本語の単語も未知数あるように、英語の単語も未知数あるのだ。それに、日本語の文法も難しいように、英語の文法もかなり難解らしい。アメリカ人でも苦労しているんだから。

現在、彼等は英語を聞いたり、話したりする時には、いちいち頭なのかで日本語に変換したりしないと言う。ある意味、バイリンガルなのかもしれない。でも、自分の意見や考えをしっかり考え、表現出来る母国語があってこその、第二外国語習得というのは間違いないような気がしている。

一方、最初の駐在の間、日中私と二人だけで過ごす事が多く、3才半で日本に帰国した末娘は、当時英語はもちろんゼロだが、日本語も危うかった。そしてやっと人並みになった小学低学年で、またアメリカに来て英語付けの環境。今は日本語も英語も中途半端という状況かなと思っている。でも、いずれは彼女も日本に帰り、日本の高等教育を受ける事になるだろう。そのためにも、やはり日本語が大事なのだと強く思う。

とは言え、滞在期間、そして子供の年齢などなど各家庭によって事情は違うだろう。また、場合によっては日本人として生まれても母国語が英語になる場合もあるだろう。そしてもちろん、私は言語学の専門家ではないので、言語学的にどうかはわからないが、我が家のサンプルを見るにつけ、かならずしも日本語ではないにしても、母国語(第一言語)の習得する事の大切さを痛感している今日この頃である。
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「絶対音感」

2007年02月06日 | 映画・テレビ番組・本など
「絶対音感(最相葉月・著)」は、10年ほど前に話題になった本だ。

絶対音感とは、「絶対的な音の高さに対する記憶であると言い換える事も出来る。」と、ウィキペディアにはある。
これに対して、相対音感とは「ある音の高さを基準に、聴いた音の相対的高さを判別する音感の一種。最初に与えられた音と次に与えたらた音の音階での位置関係を認識する能力。」とある。
オーケストラを聞きに行くと、指揮者が登場する前に、コンサートマスターが立ち上がり、音合わせをするが、この時に出す音は、「ラ」の音で、この「ラ」の音を基準に音合わするのである。

どんな音にも音程があって、それを聞き分ける能力のある人が居るらしい。そういう人は、絶対音感を持っている人と呼ばれる。この本の中でも、何人か絶対音感を持っている人が出てくるが、彼等には普通の生活音でさえド・レ・ミの音階で聞こえてしまうという。例えば、鳥が鳴いているのを聞いても「この鳥は、"ファ"の音で鳴いている」と分かるらしい。また、色になってみえる人もいるとか。
絶対音感を持っているという事が、音楽家になるために必ず必要なのか・・・。
音階云々に付いては、はっきり言って私にはチンプンカンプンで、お恥ずかしい話、この本の中でも理解出来ない部分が多かった。当時何故この本があんなにも話題になっていたのか、ちょっと不思議だった。

年末にDisney Worldに行った時に、”色んな音楽が各ショーやアトラクションで流れますが、その一つ一つがとてもワクワクとした気持ちにさせてくれます。これは何か科学的に根拠でもあるのか・・・と思ってしまいました。”と書いたが、この本でこの事についてのべてあった。
音楽家は、「音楽は本当の所、決まりなど何も無いのです」と言い、「音楽は人類研究の謎であり、音楽の謎が解き明かされれば人類進化の等の多くもと書ける」と文化人類学者クロード・レヴィ=ストロースが自書の中に書いたという。
もしかしたら、その謎は永久にとかれる事はないかもしれない。

また、クラッシック音楽界の未来も危惧される所だ。この本の中でも、「オーケストラを支える定期会員が激減し、団員の人数削減や給与のカット、レコーディング契約の打ち切りなど問題は多い。娯楽が多様化する一方で、レパートリーが急激に増える事はないクラッシック音楽は、これまでのように過去の遺産の上にあぐらをかいていては人を引きつける事は出来ない。企業経営のノウハウを導入するオーケストラ、ファミリー・コンサートやシリーズ物など、ブログラム作成にマーケティングを導入してちょうな企画を編み出さねば生き残る事が難しくなってきている。当然、子供にクラッシック音楽をやらせようという親は減少。そして果ては、オーケストラが減り、演奏会の回数が減る。」とある。
こんな中でも、まだクラッシック音楽は演奏され続けるのは何故だろう。そして、歌謡曲などと違って、何世紀にもわたって聞き継がれて行くのは何故だろう。
やはり、クラッシック音楽が人に感動を与えるからだろう。とすれば、何故音楽が人を感動させるのか・・・と言うまた謎に戻ってしまう。

この本の最後に絶対音感の持ち主としても有名になった五嶋龍の話が出てくる。みどりを姉として持ち、2才から母にバイオリンを教わり、みどりやその他有名バイオリニストを育てたディレイ先生のアシスタントとして働いていた父を持つ彼は、まさしくDNAに絶対音感は組み込まれていて然りである。
そのみどりと龍に対しての母・節の教育は親のエゴだと批判される事も多い、彼女ははっきり言う。「人の子供がどんな風に教育されようとかまわないではないか。他人にあれこれいわれる筋合いのものではない。私の子供なんだから私が教育する。その代わり、親は親としての責任を最後まで持ち、その子が自分で生活していける人間になれように徹底的に教育しなければならない。そうでなくては子どもに失礼だ・・・・。」
彼女の考えには共感するが、子供達が有名になり、そして自分が批判され、それでもそう言いきれる彼女は強い人だ。そして、その彼女はみどりには絶体音感を付けるのに苦労したという。それが龍はもともと持っていたという。
みどりは35歳。は18歳。この兄弟が日本だけでなく世界ののクラッシック界を引っ張ってくれる事になるか・・・。同じ日本人として楽しみである。
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「デセプション・ポイント」

2007年01月31日 | 映画・テレビ番組・本など
「ダ・ヴィンチ・コード」の著者・ダン・ブラウンの「デセプション・ポイント」を読んだ。
実は、この本一昨年の秋に買ったのだが、1年以上も我が家の本棚で眠っていた。なのに、読み始めたら2-3日で読み終わってしまった。読むのが早い人なら、1日かも。
彼の小説はすべてがそうだが、1章ずつが短く、場面がちょうど良い所で切り替わる。それにつられて読むのがやめられなくなり、あっという間に読んでしまう。

今回は「ダ・ヴィンチ・コード」「天使と悪魔」の宗教色がこかったものと違い、アメリカ政府の話。
大統領選のさなかのNASAの大発見についての話だ。しかも、この大統領選、焦点はNASAに投入されている莫大な予算。国民の税金をNASAに費やしている現政府を避難する上院議員 vs NASAを民営化から守ろうとする現大統領の一騎打ちだ。その発見にはちょっとした仕掛けが・・・・。 誰が!? 何のために!?

UFOの話やNASAは宇宙人の死体を保存しているという話を誰もがどこかで耳にした事があると思う。
「デセプション・ポイント」にはそんな話も出てくる。SFとしてもちょっと面白いかもしれない。

また、「小説に出てくる、デルタ・フォース、国家偵察局(NRO)、宇宙フロンティア財団(SFF)は現存する組織で、この小説の中の科学技術はすべて事実に基づいている。」と言う著者注記があるが、どこまでが現実で、どこからが物語なのか・・・すべてが本当にあり得そうだと思ってしまうあたり、ダン・ブラウンの魔法にかかったような気がする。


国立航空宇宙局/NASA(National Aeronautics and Space Administration)は、人口衛生の打ち上げで旧ソ連に遅れを取った事から、おくれを取り戻すために空・海・陸軍でバラバラに行っていた宇宙開発任務を統合することを決めた政府によって、1958年に設立された。
1960年代には有人宇宙飛行・月面着陸を成功させ、火星探索などその功績は大きい。
レーガン元大統領によって提唱された国際宇宙ステーション建設と運営においては、日本はじめ16カ国が協力しているがNASAの担う所は大きい。
大きな事故も何度か有り、2003年のコロンビアの事故などは記憶に新しく、大きな危険が伴う事業とも言えよう。

ただ、私の個人的な考えではあるが、地球上のちっちゃな人間が、こんなに大きな宇宙に立ち向かっていいのかなぁ・・・と思ったりする事もある。それには、いずれきっと歴史が答えを出してくれるのだろうが。
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LEFT BEHIND (レフトビハインド)

2007年01月24日 | 映画・テレビ番組・本など
世界規模で起きた謎の人体消失事件。
ある者たちは真相を聖書に求め、
ついに驚愕の予言に行きあたる。
「軽挙」が起こったのだ!
我々は取り残されて(left behind)されてしまったのだ!
世界はついに、終末に向かって歩き始めた!


聖書の最後の章「黙示録」は難解な箇所だと言われる。
それまでに起こった事柄を書いた新約聖書のそれまでの章とは違い、これから起こる事を預言していると言うのが理由だろう。
(この場合の、「預言」とは、神の言葉を預かると言う意味で、単に予想と言う意味での「予言」とは区別して使われる。)

その黙示録の中の預言が、今起こったら・・・と言う仮定の元に、この話は描かれている。
原作者はティム・ラヘイとジェリー・ジェンキンズ。元牧師でもあるティムの構想に基づいて、ジェリーが執筆。この「レフト・ビハインド」はアメリカでは12巻まで出ているが、日本語版は5巻まで翻訳されているようだ。
これはDVD化されていて、第三話が昨年発売された。

しかしながら本当のキリスト教は、この物語のような「この世の終わり」、「終末論」を振りかざして伝導する物ではない。いわゆるカルトと呼ばれる宗教団体が、この「黙示録」の部分にだけを取りざたしているような気がする。
よって、この本を読む、またはDVDを見る場合は、「こんな考え方もある」くらいの気持ちで見たほうが良いかもしれない。
聖書の「黙示録」には具体的にそれが「いつ」起こるかは書いていないのだ。
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「のび太」という生きかた

2007年01月22日 | 映画・テレビ番組・本など
「『のび太』という生きかた(横山泰行・著)」を読んだ。

日本で毎週と言っていいほど見ていた、「ドラえもん」
何か困った事があると、すぐ「ドラえも~ん!」とのび太がドラえもんに頼る所が情けない、といつも嘆いておりました。
そして、「しょうがないなぁ~」と言いながら、結局四次元ポケットから道具を出してしまうあたり、ドラえもんも甘やかし過ぎじゃん!と怒ったりして。
そんなら見なきゃ良いのに、なぜか見ていた「ドラえもん」

その「のび太が実は勝ち組だった!」と言うことが、マンガを題材に取り上げながら、解説されているという面白い本です。
でも、「ドラえもん」の原作者である、藤子・F・不二雄氏はそこまで考えて「ドラえもん」を描いたのかどうかは、疑問である。
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