通訳クラブ

会議通訳者の理想と現実

手強い日本語

2010年08月13日 | 『毎日フォーラム』コラム


 同時通訳を行う場合、日 ⇆ 英双方向に訳すのを私達は当たり前のように思っているのだが、欧州の通訳者は複数の言語から自分の母国語へ一方向のみの通訳を行うのが一般的だ。確かにその方が聴衆の耳にはやさしい。しかし最近は母国語へ訳出するよりも母国語から訳した方が正確なのではないかという認識も生まれてきているそうだ。

 日本語の通訳者にとっては深く頷ける話である。日本語ネイティブでなくてはこのニュアンスは分からないだろうと思う表現には日常的にお目にかかるし、同じ日本人でも少々探りを入れないと判断が難しい言葉も多い。「味のある」が実は「下手な」をオブラートにくるんだ sugar-coated 表現だったり、「制度を見直した」というから手を入れたのかと思いきや、ただ見ただけで何も変わっていない場合があったりする。日本語は日本人にとってさえも決して簡単ではない。

 さらに通訳者にとっての鬼門は辞書に載っていない言葉、つまり業界特有の表現や社内用語だ。日本語に聞こえなかったりすることさえある。「アラバンテ」と言われて商品名かと思ったらサンドペーパーの肌理が粗いことを意味する「粗番手」coarse grade だった。駆け出しの頃、現場のおじさんの言う「チョーバン」が分からずまごまごしていたら「こんなのも知らんのか」と指さされたのが蝶番 hinge だったこともある。化学薬品や医薬品の世界で当たり前のように使われる「ジョウシゴ」は「上市」 market launch という業界用語を知らないと「上市後」という漢字が浮かばない。

 証券アナリスト向けの説明会で関西の保険代理店の経営者が「うちにもようけヨウカイがいてましてな」とおっしゃった時には本当に固まった。ヨウカイって、溶解? いや、いてましてって言った。じゃあ、妖怪? 一反木綿とかぬらりひょんとか、出るの、代理店の店先に?

 ・・・ 正解は要改善先(保険加入率の低い顧客企業)の略でした。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2010年8月号掲載)


ジュネーブにあるとある国際機関の会議場
後方上階にずらりと並ぶ各国語の通訳ブース


通訳ブースから会議場を見下ろす


参加者の席にはマイクとヘッドセットが

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