通訳クラブ

会議通訳者の理想と現実

なんてオーバーな!

2013年04月14日 | 『毎日フォーラム』コラム

 春の訪れは急だった。予算オーバー overspend して買った分厚いオーバー overcoat はもう必要ない。オーバー exaggeration でなく長くて寒い冬だった。毎日のようにカイロのお世話になったのも決してオーバー over-reaction ではなかったと思う・・・というようにオーバーを訳そうと思うと一筋縄ではいかない。

 一方英語の over には便利な合成語 compounds が多い。日本以上に失業問題が深刻なアメリカでは大学を卒業しても就職がままならず、最近ではいっそ高卒で仕事に就いてしまう方が良いのではないかという議論があると聞いた。ピザ屋の店員に応募してきた大卒者を体よく断る表現が You are overqualified for the job. 「あなたには役不足ですよ」(この日本語表現も誤解が多いらしいが、役の方が不十分の意味なので、「私では役不足です」という謙遜は成立しない)。ドレスコードがビジネス・カジュアルの会合に一張羅で出かけて浮いてしまったら I’m overdressed. と反省する。

 基本的に under- と対義語になるが使用頻度が高いのは過大/過小評価の Don’t over-/underestimate me. 「買いかぶらないで/甘く見ないで」あたりか。予算やノルマ quota の過達/未達には over-/underachieve が使える。

 単独では距離を移動したり何かを乗り越えたりする意味になる。Come over here. にはわざわざここに来てもらう相手への若干のねぎらいがある。I’m totally over her. と言ったら「彼女のことはもう忘れたよ」。お気づきの通り、日本語のオーバーとほぼ同じ意味で使える表現は割と少ない。講演などで「時間をオーバーしてしまいました」 I’ve gone over my time. とあやまる時くらいだろうか。

 スポーツシーンで使われる It’s not over till it’s over. 「最後まであきらめるな」の over は完全に終わるという意味だ。だから「君はオーバーだな」のつもりで You are over. なんて言っては絶対にいけない。「おまえはもう終わりだよ」ととられてしまう。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2013年4月号掲載)