通訳クラブ

会議通訳者の理想と現実

どうする ダイエット

2013年10月23日 | 『毎日フォーラム』コラム

 2020年のオリンピック招致が決まり、翌日担当した会議では登壇する講演者の誰もがまずは東京を祝福した。何となく首都県全域がふわふわと浮き足立っている。景気の気は気持ちの気。みんなで浮かれてはしゃいだ方が元気が出るし、経済が活性化すれば復興財源も捻出しやすくなるに違いない(と信じたい。)

 海外から多くの観光客が押し寄せることを見越して道路標識のローマ字表記が見直されるらしい。意識したことがなかったが、言われてみれば国会正門前の交差点に掲げられた標識には日本語の下にアルファベットで Kokkaiseimon と書いてある。道路案内としては分かりにくいのでいずれ The National Diet Main Gate と変更されるそうなのだが・・・。

 デンマーク人のクライアントとタクシーで移動中、窓から見えた議事堂を指してあれは何だと聞くのであまり考えもせずに National Diet building だと答えたら National what? と聞き返された。ああ、しまった、議会を指すのに diet を使う国はもはやレア。あわてて parliament と言い換えたが、あれ?デンマークも diet じゃなかったっけ?昔勉強した時、辞書にそう載っていた気がしたが、あっさり否定されてしまった。

 気になって調べてみたら1950年代に二院制だった議会が一院制になった時にその呼称も変更された模様。もともと神聖ローマ帝国の帝国議会を指した言葉が翻訳されて、日本には明治時代に当時影響の濃かったプロイセンから輸入された。そう言えば明治憲法下ではローマよろしく帝国議会だった。今ではドイツも含め欧州の議会は parliament が主流で米州ではカナダ以外で congress が多く使われている。

 そんな中、予備知識無しで diet building と聞いた外国の皆さんは何を想像するだろう。摂食障害 eating disorder の治療施設とか、高タンパク high-protein ダイエット中のムキムキのお兄さん達が闊歩するジムとか思い描かれちゃったら・・・ちょっと、困る。


(「毎日フォーラム 日本の選択」2013年10月号掲載)

Ladies Merely Glow 汗にまつわる表現

2013年10月01日 | 『毎日フォーラム』コラム

 この夏は記録破りの猛暑で尋常でない暑さだったから外に出る時間の長い人たちはきっとたくさん汗をかいたに違いない。「汗びっしょりだよ」 I’m soaked with / drenched in sweat! と嘆くのが日常化してしまったかもしれない。

 ある年輩の女性翻訳者は若い頃しばらく英国で暮らした。ある夏の日、暑い中を急いで英語の先生の元に向かい着いた時には汗だくだった。I’m sweating! と外の暑さを表現したところぴしゃりと言い放たれた。”Only horses sweat. Ladies perspire.” 「馬じゃあるまいし、淑女なら発汗しているとお言いなさい。」

 北米でも若い女性が sweat を使うと Animals sweat, men perspire, ladies merely glow. とたしなめられたりするそうだが、古めかしい Victorian/colonial と感じる人の方が多いようだ。ある男性などは長距離を走った後で You’re sweating! と言われたら誇らしい気持ちになるが You’re perspiring! なんて言われたら馬鹿にされていると思うそうだ。確かに「いい汗かいてるね」という頑張った感は sweat でしか表せない。額に汗する様子は by the sweat of sb's browと 表現する。

 ちなみに glow とは肌が赤みを帯び汗でうっすら濡れて光っている様子。数年前日本の研究者が運動をした時の発汗は男性の方が多く、女性が汗をかくには体温上昇が必要と言う論文を発表した時、複数の英語メディアがそれを取り上げ見出しに women glow を使っていたのが面白かった。古くさいが誰もが聞いたことのある言い回しということなのだろう。

 ところで sweat shirt をトレーナーと呼ぶのは和製英語だ。英語の trainer はコーチのような人や訓練用の装置、身につけるものであれば運動用の靴のことを言う。対になるトレパンは sweat pants だ。うっかり I’ll wear training pants tomorrow. なんて言わないようにしたい。「おむつを取る練習用のパンツをはくんだ」の意味になってしまうから。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2013年9月号掲載)