米国の造血細胞(骨髄)ドナー記事がふたつ。
◆シリーズ「骨髄移植の真実①」:人種との深い関係、異人種間結婚で複雑化
◆シリーズ「骨髄移植の真実②」:辞退するドナーは60%、加州は法改正へ
・・・(下記は記事より)◆「骨髄移植の真実①」:人種との深い関係、異人種間結婚で複雑化
「骨髄移植のドナー」と聞いて、多くの人の頭にはまず、「激痛」という二文字が浮かぶかもしれない。しかし、どれだけの人が、骨髄移植には全身麻酔で骨から骨髄液を抽出する方法と、麻酔なしで腕から末梢血幹細胞(PBSCT)を採血する方法の2種類あることを知っているだろうか。またどれだけの人が、米国内で行われる骨髄移植の75%がこのPBSCTであることを知っているだろうか。そしてどれだけの人が、適合者が見つかる確率は自身の人種に深くかかわることを知っているだろうか—。
生きるため、日々適合者を待ち続ける患者、「苦しんでいる人を助けたい」と骨髄を提供したドナー、移植を受け生きる喜びを日々噛みしめるレシピアント、そして専門家。それぞれの立場から、骨髄移植の実情についてまとめた。
【取材=中村良子】
ウエストロサンゼルスのクリッシー・コバタさん(27)が体の異変に気付いたのは、今から2年前。広告代理店に勤務し、活発に毎日を送っていた25歳の時だった。「どこにもぶつかった記憶がないのに、体中に青あざができていたの」。それが、すべての始まりだった。 検査の結果、骨髄機能の異常により正常な血液をつくり出せない「骨髄異形成症候群」(MDS)と診断され、前白血病状態と言われた。病気の進行を遅らせる薬物療法はあるが、治療法はない。助かる可能性は、骨髄移植しかないと宣告された。「MDSや骨髄移植なんて、今まで聞いたことも考えたこともなかった。
わずか25歳で、人生を180度変えてしまう診断を受け、言葉では言い尽くせないほどの不安に襲われた…」 骨髄移植と人種の関係 骨髄移植をするためには、まず移植を必要としている患者と同じ白血球の血液型(HLA型)を持つ骨髄提供者(ドナー)を見つけなければならない。
現在採用されているこのHLA型適合性検査を完成させたのは、UCLA名誉教授のポール・テラサキ医師だ。 内科、血液、腫瘍を専門とするUCLA医学部教授で、鎌形赤血球病治療薬の開発に努める新原豊医師によると、HLA型は父親と母親からそれぞれもらった血液の遺伝子の組み合わせ(全4通り)で決まるため、同じ両親から生まれた兄弟姉妹から同じ組み合わせを持つ人が見つかる確率は25%。残りの可能性は、骨髄バンクに登録されている非血縁者からとなり、遺伝性のため同じ人種から見つかることがほとんどだという。
新原医師によると、「日本人はほぼ単一人種のため、各自が持つHLA型のパターンがもともと似ており、日本人同士でマッチが見つかる確率は90%と非常に高い」という。白人系も元をたどるとそのほとんどが北欧系のためマッチ率は80%と高いのに対し、アフリカ系は5%弱。これは、アフリカ系とひと言で言ってもさまざまな人種がおり、各人種が持つHLA型のパターンが均一でなく数が多いからだという。 そして、ハーフや複数の人種背景を持つ人にとっては、このHLA型のパターンがさらに複雑化し、自身と全く同じ人種背景をもった登録者がいるとは限らないため、適合者が見つかる確率はさらに低くなる。
日系3世の父と白人系の母のもとに生れたコバタさんのケースがまさにそうだ。兄が適合者でなかったため、骨髄バンクを通してのドナー探しが始まったが、その道は想像以上に険しい。
全米骨髄バンクには現在、約800万人の登録者がいる。うち、74%を占めるのが白人系(600万人)、10%がヒスパニック/ラテン系(80万人)、アジア系とアフリカ系はともに7%。そして、コバタさんのように複数の人種背景をもつ登録者は、たった3%。 コバタさんの適合者を見つけるため、全米骨髄バンクをはじめ、米国が提携を結ぶ日本やその他アジア諸国の骨髄バンクすべてを照合した。
しかし、2年が経過した今でも、コバタさんの適合者は見つかっていない。コバタさんは、「適合者を見つけるのに、ハパ(hapa=アジア系ハーフ)であることがネックになるとは思ってもいなかった」と話す。 コバタさんは現在、薬物治療を受けていないため、このままドナー探しが長引けば、白血病を発症する可能性もある。
「つらいけど、前向きに考えなければやっていけない。私には、心から支えてくれる家族や友人がいる。彼らと一緒にいると、きっと乗り越えられる、きっと適合者が見つかる、という気持ちにさせてくれる。明るい未来があると思っていないと、すぐに目の前の道が暗くなってしまうの…」 忙しい仕事の合間を縫って、より多くの人に骨髄移植の事実を知ってもらおうと広報活動にも力を入れる。
「私たちは皆、祖先をたどればつながっている。あなたにも、誰かの命を救うことができるかもしれない。私には、骨髄移植しか生きる道はない。どうか、ドナー登録を検討してほしい」と、訴えている。
文化的背景も影響「A3M」永田あゆみさん 「国際結婚や異人種間結婚の増加とともに、今後、コバタさんのようなケースはさらに増えていく」と話すのは、「A3M」コーディネーターで日系を担当する永田あゆみさん。
「ドナーが見つかるかどうかは確率の問題。ドナー登録者が多くいればいるほど、適合者が見つかる可能性は高くなる。まずは骨髄移植の事実を知って」と話す。 「A3M」は1999年、アジア系をはじめ、ハーフやさまざまな人種背景を持つマイノリティーのドナー登録を増やす活動を目的に、リトル東京サービスセンター内に設立。日系、中国系、韓国系、フィリピン系、ベトナム系、南アジア系、ヒスパニック系などの窓口を設け、各コミュニティーと協力し、全米骨髄バンクとともに活動する。
全米骨髄バンクによると、800万人いるドナー登録者の中で、アジア系は55万人と全体の7%足らず。登録可能な18歳から60歳のアジア系が全米に約660万人いることからみても、登録者数が低いことが分かる。
その背景には、「文化的要素もある」と永田さんは指摘する。「アジアの文化の中には、健康な体の一部を取り除くことは、体を弱らせるといった概念があったり、また他の人種に比べ家族の意見を尊重する傾向にあり、本人がドナー登録を希望しても、親や家族の反対で断念してしまう人もいる」という。
・・・(下記は記事より)◆シリーズ「骨髄移植の真実②」:辞退するドナーは60%、加州は法改正へ
全米がん協会や赤十字社などといった団体と比べ、骨髄バンクの存在感が薄い理由の一つに、「骨髄移植=激痛」という方程式ができあがっており、拒否反応を示す人が多いことが上げられる。さらに、登録してすぐにドナーになれるとは限らない。中には登録から5年、10年後に連絡がくることもあり、「妊娠中」「病気になった」「気が変わった」「家族の反対」など、登録時から生活状況や健康面に変化があることが多いのも理由だ。
また、「適合の可能性がある」との連絡から、ドナーになるまで多くの検査や採血がある。ケースバイケースだが、移植前に平均3回から5回は病院を訪れなければならず、ドナーはこの間、会社を早退したり、半休をとったりと、手術日とその後の休養以外にも時間的な束縛があるため敬遠されがちだ。
実際「適合者の可能性があります」と連絡を受けてからドナーを辞退する登録者も多く、アジア系のコミュニティーでの辞退率は60%にも上るという。 A3Mは、「もちろん、ドナーの方には登録後から手術を受ける日まで、どの段階でも辞退する権利があります。ただ、多くの患者さんは時間と闘っています。また、適合者が見つかった後、移植に向けて患者さんにはさまざまな投薬が施されるため、手術直前に辞退となると、患者さんの体はもちろん、精神的な負担も大きい」と、辞退はなるべく早い段階が好ましいとアドバイスしている。
これらの問題を少しでも解決すべく、現在カリフォルニア州では、「臓器および骨髄移植ドナーの有給休暇法」(SB1304)が上院議会に提案されている。現行の州法では、「すでに与えられている有給休暇を使い果たした州職員に限り、臓器移植ドナーで最大30日間、骨髄移植ドナーで最大5日間の有給休暇を与えられる」となっているが、2月に提案されたSB1304では、
①有給の有無にかかわらず、臓器および骨髄移植ドナーには特別有給休暇が与えられる
②州職員のみならず、一般企業も同法に従う
③同休暇から戻ってきた社員には、休暇前と同じ職務を与える
④臓器および骨髄移植ドナー休暇を取得した社員に企業が報復することを禁ずる
⑤権利を侵害された社員は、休暇を要求する私権がある―が加えられた。
全米骨髄バンクによると、同様な臓器および骨髄移植ドナー有給休暇法が施行されているのは全米で11州(08年現在)。関係者らは、「加州でも同案が可決されれば、ドナー登録者がさらに増える」と期待を寄せている。
登録から15年後に連絡ドナー トニー・キムさん
韓国で生まれ、9歳の時にアメリカに移民してきたパロスバーデス在住のトニー・キムさんがドナー登録をしたのは、大学生だった15年前。教会のメンバーの1人が白血病を発病、アジア系のドナー登録を呼びかけていたのがきっかけだった。しかしその後、何の音沙汰もないまま大学を卒業し、就職、結婚、娘の誕生と、キムさんの生活環境は大きく変わった。
登録から15年後の08年、「適合の可能性があるため、血液検査を受けてもらえませんか」と、全米骨髄バンクから突如連絡がきた。とりあえず血液検査のため病院へ行き、結果が出るまでの一週間、骨髄移植について調べた。15年前、白血病で苦しんでいる人を助けたい一心で登録したものの、手術がどんなもので、自分や患者への健康リスクなど、よく理解していなかった。
「調べてみて思ったことは、移植を受ける患者さんが日々経験する苦しい化学療法や移植後に起こりうる拒絶反応などに比べたら、ドナーとして自分が経験することは何でもないということ。患者さんが生きるためにこれだけ大変な思いをしているのに、健康に生れた自分のことだけを考えるなんて利己主義だと思った。逆にドナーになりたい気持ちが強まった」
患者は14歳の日本人
一週間後に言い渡された結果は、「患者さんのHLA型と、99・9%マッチしています。どうしたいですか?」との内容だった。キムさんには、すでに答えが出ていた。「苦しんでいる患者さんを一日でも早く救ってあげたいので、ドナーになります」。そう力強く答えた。 米国では、患者のプライバシーを守るため、ドナーには年齢や性別などといった最小限の情報しか与えられない。しかし、患者とドナー双方が同意すれば、手術から1年後に会うことが可能となる。
キムさんの骨髄とマッチしたのは、14歳(当時)の日本人女性だと伝えられた。採取方法は、麻酔なしで腕から末梢血幹細胞だけを採血する方法(PBSCT)だった。
今や、米国内で行われる骨髄移植の75%がこの手法だ。 PBSCTは、人工透析のように腕に針を刺しチューブを伝って採血。右腕のチューブを伝って機械に入れられた血液は、機械の中で幹細胞(Stem cell)だけを分別、バッグに入れ、残りの血液を左手に付けられたチューブを伝ってキムさんの体に戻すというもの。時間は、5、6時間かかった。
PBSCT中はテレビを見たり、食事を食べさせてもらったり、昼寝をするなどして過ごした。「痛みは、フルー接種の後のように針を刺した部分が少し痛む程度。ただ、5時間も両腕を伸ばした状態だったので、しばらく腕を曲げることができなかったが、それ以外に不便なことはなかった」。1時間ほど病院で休憩し、帰宅した。
義母が経営するベニスの日本食レストラン「ハマ寿司」のマネジャーを務めるキムさんは、義母の勧めもあり念のため1週間仕事を休んだ。「さすがに運動は避けたが、その日から普通に生活ができた」と振り返る。骨髄バンクから連絡をもらい、PBSCTを受けるまでの期間は約2カ月。検査のための採血や白血球を増やすための注射、手術日を含め、計6回クリニックを訪れた。
ドナー経験を通じ、キムさんは「白血病&リンパ腫ソサエティー」のための資金捻出イベントをハマ寿司で催した。「一人の人の命を救えると思えば、ドナーが感じるちょっとした不快感や時間の束縛は大したことではない。PBSCTは痛みもなく、麻酔も必要なく、とてもシンプル」と、周囲にドナー登録を勧める。「うちの店には、日系、韓国系、ラテン系、白人、ハーフなど、さまざまな人種がいる。近いうち、ハマ寿司にA3Mのスタッフを呼んで、従業員全員に登録をしてもらうのが目標です」 「1年後、レシピアント(移植手術を受けた患者)と対面したいか」という質問に、キムさんは「イエス」と答えた。しかし手術から2年経った今でも、レシピアントのその後の情報を知らされていない。
A3Mによると、通常「レシピアントの健康状態」「面会の有無」など、ドナーには何らかの情報がもらえるはずだといい、情報がまったくない場合の多くは、レシピアントの在住国が米国外の可能性が高いという。
プライバシー保護は、各国によって異なる。例えば日本の場合、いかなる場合であってもレシピアントの健康状態が外に漏れることはなく、レシピアントとドナーが会うことも認められていない。 「今でも彼女が元気にしているのか気になるよ。いつか会えればいいなと思っているけど、今はとにかく彼女が元気でいてくれることを願っている」
【取材=中村良子】
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