建物のカケラ 一木努コレクション

2000-01-05 19:10:14 | ・アート・展覧会
江戸東京たてもの園開園15周年記念  昨年春から始まった特別展日本の建物もいよい最終第四部となりました。有終の美を飾るのは`建物のカケラ、一木努コレクション`です。700点近くにもおよぶ壊された建物のカケラが目の前に現れる、私はトキメキを感じて胸の高鳴りを押さえられず、初日にさっそく出かけました。思い描いていた以上にそれはとてもステキな展覧会でした。会場に着いてすぐ意表を突かれたのは、これまでとは違って会場の展示室の出入り口が反対になっていたことです。その理由はすぐわかりました。選択の結果、展示空間の構成はよかったです。

★展示構成
1.始まりのカケラ
2.場のカケラ~TOKYOカケラの街~
3.時のカケラ
4.カケラの園
5.カケラの壺~コレクター、建築史家キュレーターによるベスト・セレクション~


一木努さんは解体されたさまざまな建物の、そのカケラを40年以上も長きにわたって収集されてきた個人コレクターです。展示室外部からの導入部分は人物紹介のカケラたち、プロローグの展示ケースのなかの物語は、きっかけとなった少年時代の記念すべきコレクション第1号から始まっていきます。一木さんは現役の歯科医師でもいらっしゃって、出身歯科大学のモダンな学舎の゛歯゛の文字を象ったレリーフなどユニークなカケラなどもありました。

そして、入り口の自動ドアがオープン、ここからさらに特別展内部空間へと誘われます。最初は実際にいくつかの展示物に触れることができる、うれしい(さわってさわって)タッチコーナーです。ひんやりしてツルツル、ザラザラ、その大きな建物自体は一度も目にしたことはないのですが、指先から伝わる感覚に親近感がぐっとわきます。気持ちよくて手触りの感触をしばらく楽しんでいました。

そして、場のカケラと称して、展示室の真ん中メインに360度ぐるっと、ドーンと視界に飛び込んでくるのが~TOKYOカケラの街~です。たくさんの石やタイルやレンガといったいろいろな素材のカケラを並べて組み合わせ、かつての建物が建っていた東京の街が立体的造形的に表現されています。中心は皇居です。これはお見事です。エリアごとにここは丸の内、日比谷、日本橋など案内表示も出ています。どの建物がどこにあったかが一目瞭然にわかります。取り壊された建物のカケラたちがもう一度ここに集結してかつての東京の街をうまいぐあいに浮かび上がらせています。ひとつひとつ添えられたキャプション(この作業もタイヘンですね!)にも目を配ると私の知らない建物もたくさんありました。まだまだ学習不足を認識します。まるで夢のような立体東京地図を目の前にして、「スゴイー」「よくこれだけ集めたよね。」そんな声が展示室内のあちらこちらから聞こえてきます。

ひとたび会場内にはにぎやかな子どもたちもいました。新春のたてもの園で、コマ回しなど昔ながらのお正月遊びを楽しんだ、その後でしょうか、カケラの街を双眼鏡でのぞいています。このカケラの街の四方には双眼鏡が用意されているのです。こんな愉快な仕掛けの演出がさらに冒険心をくすぐりあるいは探検気分を盛り上げてくれます。「君たちが生まれるずっとずっと前に、こんなステキな建物があったんだよ、東京の街にね。」なんてつい教えてあげたくなります。

腕に腕章を付けて、大きな三脚カメラを従えて、お仕事をされている男性がいらっしゃいました。「取材を抜きにしてもテンションが上がるー。」なんて素直にしぜんにうれそしうに言葉をこぼされていて、失礼かもしれませんがまるで少年のようでした。それもほほえましく思いました。

取材を受けていらしたのは一木さんです。そうです、この特別展の主人公、一木努さんご本人が会場にいらっしゃったんです。そして、一木さんと、こんなふつうの一般ケンチク好き素人の私とを、今回も展示企画担当でいらっしゃる米山先生がひきあわせてくださいました。先生、どうもありがとうございました。実はほんとはお会いしたかったのでうれしかったです。一木さんは穏やかな笑みをたたえながら、いろいろとお話を聞かせてくださってとても楽しかったです。ジョサイア・コンドル設計の鹿鳴館は明治16年竣工で昭和15年に解体されたのですが、その後、現在もその同じ場所に建つ大和生命保険会社時代の昭和57年、跡地の地中から鹿鳴館の松杭が見つかって採集され、一木さん、そのときは、自宅までタクシーで運んだそうなのですが、タクシーの運転手さんがそれはそれはビックリされたとか。展示されているのを私も見たのですがなかなか状態のよい松杭でした。手に入れたひとつひとつにはそのようなかけがえない思い出話がまつわっているのだとわかります。またコレクションは建物の持ち主や現場作業員の理解と協力がなければ成り立たなかったとも語っていらっしゃいます。そこには時間と共に多くの人との関わりやふれあいがあったのでしょう。

今週10日の土曜日には第1弾のミュージアムトークがあります。一木さんご自身ががゲスト出演されますので、このような楽しいエピソード、長年のカケラ収集にまつわるとっておきの秘話がうかがえると思います。当日トーク担当でいらっしゃる浅川学芸員さんも「この展示はいろいろな楽しみ方があると思いますよ。」と、お話しされていました。それこそ自分の美の壺をみつけたりするように・・・。

展示室の壁に配された時のカケラでは、歴史的事件や有名人ゆかりのカケラが紹介されています。たとえば昭和47年の浅間山荘事件、人質をとって立てこもった連合赤軍、その浅間山荘の外壁です。昭和の歌姫・美空ひばり邸の鉄扉飾りはト音記号のステキなもの。これらはまさしく歴史の、時代の生き証人です。そのとき何が起こったか、現在のこの地点から時間を遡って思いを馳せめぐらすのも楽しくよろしいです。

カケラの園コーナーではわかりやすく分類・整理されて紹介されています。石や金物、昭和初期に流行したスクラッチタイルにもいろいろあって、特徴のひっかき傷のニュアンスもさまざまで表情も豊かだと気づきます。私は特に彫刻やレリーフに心を惹かれました。陰影がある彫りの深いテラコッタや花びらなどを象った漆喰細工などのカケラがステキでした。豊かな装飾の背景にはまた豊かな時代の社会的背景があったのでしょうか。これらは実物の持つ輝きです。模型ではなくレプリカではなく、そこにはやはり本物だけがもつ輝きがあります。魂が宿っています。魂を持って今も息づいている、そんな気がしてなりません。とても魅力的です。そしてそれらは語りかけてきます。ときに静かにときに饒舌に。それらに耳を傾ける楽しさがあります。多くはカタチも色合いもキレイで、美術的芸術作品のようにオブジェとしても美しいです。これには正直驚きました。これまでていねいに愛着をもって大事に保管されてきたのだと感じます。そう、宝物のように。

これだけたくさんのこまごまとした小さなカケラをただ単純に並べてみただけでは、その魅力をあますところ発揮して伝えることは難しいのではないかと思います。こちらの見る側の見つめる眼も疲れてくるかもしれません。しかし、今回の特別展の成功の理由と私が感じるところのひとつは、やはり展示方法の構成の巧みさにあると思います。モノはガラスショーケースや壁にうまく秩序だてて展示され、それでいながら見る人、受け手によっては、それぞれいくつもの物語が生み出されるような、自由な想像力がかき立てられるような展示空間づくりになっていること、これがすばらしいです。きっとこれら建物のカケラたちもよろこんでいるのではないでしょうか。カケラそのものも艶やかに堂々として輝いているように思えます。しあわせなカケラたちです。

しかし、よく考えてみると本来ならばこれらのカケラたちは、いつぞやのあのときに壊されてしかるべき捨てられたはずのもの、ここに存在しないものだったのです。しかし、一木さんにより救われた命拾いしたカケラ、40年にも長きにわたってカケラを見つけ出し、よくぞ拾い集めてくださいました。お礼を申し上げたくなります。建物としての純粋な役目を終えて、もうどうしようもなく傷んで古かったり、そのために危険で壊さざるを得なかったものがほんとんどでしょう。多くはそうかもしれません。しかし、すべてそうではなかったはずです。そこのところをもう一度現代に引き寄せてさらに改めて真剣に考えなくてはならないのではないかと思います。人間が失ってきたものは何か、建物のカタチ、いや建物だけではなくて、そしてカタチ以上にその向こうに奥深く宿るカタチのないもの、それはきっと大切なもの、それを失ってはいけない・・・。そんなことを考え思いめぐらすきっかけをもこのカケラの街は与えてくれているのではないか、そのような気がしてならないのです。トキメキながらもあれこれと想像がふくらんで、気がつけば2時間近く閉園時間まで、居心地のよいカケラの街で私はすっかり戯れていました。

今回の特別展は、建物のカケラコレクターである一木勉さんの40年の歩みをていねいに受け止めて、目に見えるものと見えないものがあわさったすばらしい企画の展示であると私は感じました。いい展覧会でした。ですから、どうぞみなさん、こちら江戸東京たてもの園の展示室に足を運ばれることをオススメします。見逃したらもったいないです。とにかく行けば、足を踏み込めばビックリしますから。建築や美術に関心のある方ならもちろん、それに限らず多くの方にぜひ見ていただきたいと心から願います。でも、やっぱりあまり考えすぎずに大事なのはトキメキで素直に感じるまま楽しめればよいかな、それが何より一番だわ、なんて思ったりもします。会期は3月1日日曜日まで、長いようで短いですからお早めにお出かけなさってはいかがでしょう。・・・。カケラたちも見つめられるのを望んでいると思います。

今回もまたもやありがたくも無料でいただける美しいフルオールカラーの図録がすばらしいです。展示されているコレクター魂に愛されたカケラコレクションが写真で網羅されていて、かなり資料的価値が高いです。二十数年前に開かれたギャラリー図録は既に入手困難らしく、なおさらこの資料は貴重なものです。それから、この図録の裏表紙にステキなカケラのエピソード、愛のカケラがあります。それはみなさんが展覧会に訪れてお手にとってぜひ確かめてください。それに気づいたとき心があたたかくなります。

ベストセレクション、宝物のカケラが並ぶガラスケース、カケラの壺に関しては今後のミュージアムトークにぜひに参加してさらに楽しめたらよいなと思っています。そして、解体される「時」エピローグからの一木さんからメッセージについて、これは展示室会場でそれぞれに受け取めて確かめていただきたいと思います。人々の心につめたい風が吹き荒れる今の時代にこそ見ておきたい、そして感じたい何か、それがこの特別展にはあると思います。たてもの園開園15周年を飾る最後にふさわしい内容の特別展で、心から拍手を送りたいと私は思いました。すばらしい特別展をどうもありがとうございました。

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1 コメント

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特別展の、この1年。 (美)
2009-03-04 00:01:26
今、自分で読み直しみると、熱くてちと恥ずかしいのですが、でも、勢いでも書き残しておいてよかったなと思います。
ステキに思い出に残ったし。

これにトラックバックをかけて下さった方がいらして、えぇー読まれた方がいるのだと正直驚きました。(なんと無責任な!)


第4部もほんとにいい展覧会でした。
終わってしまって、米山先生はじめ、関わった方は、今、しみじみとした気持ちに包まれていらっしゃるのかな。
仕事をやり終えた充足感もおありでしょう。

昨年春からの特別展の1年を振りかえると、わたしも胸がいっぱいになってくる。ありがとうと共に。
今は自分のその想いだけにひとりひたっていたい。
でも、流れるのは悲しい涙じゃないから・・。

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