北海道新聞みなみ風の「立待岬」。
7月28日掲載のタイトルは「ふるさとに待たせたままの風がある」。
人を黙らせるのにはカニが最も有効だ。カニは進化の過程で外敵から身を守るためにかたい甲羅を得たが、一番の敵である人間には役立たなかった。最も賢明な進化は身をまずくさせることだが、カニがそれに気づいていないことは幸いである。
名前にカニがつくだけでも心が騒ぐ。今金町のカニカン岳を登った日は霧雨の中。灰色一色の山頂でリュックからパンとマヨネーズとカニ缶を取り出してお昼ごはんとした。
青森県の蟹田も気になる存在だ。太宰治は「津軽」で「蟹田のN君の家では、赤い猫脚の大きいお膳に蟹を小山のように積み上げて私を待ち受けてくれていた」と書いている。青函トンネルを抜け、列車が停車すると下車したい気持ちが膨らむ。小山のカニの正体は陸奥湾のトゲクリガニ。花見のお供に欠かせない春の味覚の漁が解禁されるのは一年のうち4月下旬からの短い期間。ようやく駅に降りた6月はすでに時期が過ぎていた。話を聞いた蟹田の女性は「かにみそや身がぎっしり詰まっている味を思い出すだけでよだれが出る」と教えてくれる。
蟹田駅から国道を北へ歩くと小高い丘がある。海からの風が心地よい。この観瀾山(かんらんざん)の頂上には「風のまち川柳大賞」の句碑が並べられている。風の町を全国に知らせたのはやはり「津軽」の次の名文だ。「蟹田ってのは、風の町だね」。句碑を順番に眺める。「ふるさとに待たせたままの風がある」の前でしばらく立っていた。
(メディカルはこだて発行・編集人)
7月28日掲載のタイトルは「ふるさとに待たせたままの風がある」。
人を黙らせるのにはカニが最も有効だ。カニは進化の過程で外敵から身を守るためにかたい甲羅を得たが、一番の敵である人間には役立たなかった。最も賢明な進化は身をまずくさせることだが、カニがそれに気づいていないことは幸いである。
名前にカニがつくだけでも心が騒ぐ。今金町のカニカン岳を登った日は霧雨の中。灰色一色の山頂でリュックからパンとマヨネーズとカニ缶を取り出してお昼ごはんとした。
青森県の蟹田も気になる存在だ。太宰治は「津軽」で「蟹田のN君の家では、赤い猫脚の大きいお膳に蟹を小山のように積み上げて私を待ち受けてくれていた」と書いている。青函トンネルを抜け、列車が停車すると下車したい気持ちが膨らむ。小山のカニの正体は陸奥湾のトゲクリガニ。花見のお供に欠かせない春の味覚の漁が解禁されるのは一年のうち4月下旬からの短い期間。ようやく駅に降りた6月はすでに時期が過ぎていた。話を聞いた蟹田の女性は「かにみそや身がぎっしり詰まっている味を思い出すだけでよだれが出る」と教えてくれる。
蟹田駅から国道を北へ歩くと小高い丘がある。海からの風が心地よい。この観瀾山(かんらんざん)の頂上には「風のまち川柳大賞」の句碑が並べられている。風の町を全国に知らせたのはやはり「津軽」の次の名文だ。「蟹田ってのは、風の町だね」。句碑を順番に眺める。「ふるさとに待たせたままの風がある」の前でしばらく立っていた。
(メディカルはこだて発行・編集人)