今日、訪ねた某蔵で、麹室の前に出麹が並んでいました。風の通りをつくるために、このような筋を刻みます。禅寺の枯山水の庭の白砂に似ているでしょう。白砂にこのような文様を付けるのは、禅が説く「空」の表現だといわれます。酒蔵の麹を通り抜ける風は、酒の神様の吐息なんだろうかと妄想してしまいました。
2月も早や半月。毎朝、3時4時に起きて簡単にデスクワークを済ませ、県内の酒蔵へ取材に行き、寄り道せずにまっすぐ帰って夜22時前には就寝するという禅寺のような?規則正しい生活をしているせいか、おかげさまで風邪一つ引かず、健康的に過ごしています。・・・というか、生活費を切り詰めて酒蔵取材に投資しているので寄り道する余裕どころか、日に一食はカップ麺か缶詰惣菜でしのぐ有様。少しは痩せるかなと思ったけどジャンクフード率が高くなるとダメですね(苦笑)。
紛争地域で命を落とした後藤健二さんとはレベルが違いすぎる話ですが、食費を切り詰めるしかない暮らしでも気持ちが萎えないのは、目的をもって取材活動できる幸せを噛み締めているから。どんな状況でも取材したい対象があって伝えるべきメッセージがあるなら自分の身は二の次、という思いに駆られるのがフリーランスの取材記者の性(サガ)だろうと思います。
哀しいかな、私のような請負仕事が多いローカルライターでは、自分が書いたものが読者にちゃんと届いているのか、反応らしいものを得る機会がほとんどありません。書いたら書きっぱなし。発注元から次に声がかかれば、「ああ及第点をもらえたんだな」と安堵する。その声かけが年々減る中で、フリーライターの矜持とは何かに向き合わざるを得なくなり、ライフワークである酒の取材を丁寧にやり直そうと一念発起しました。
いざ、取材に動いて、自分は少なくとも静岡県内では酒のライターとしてそこそこ知られているんじゃないかと自負していたのが、実際のところ、代替わりした蔵元や杜氏、新規に回る酒販店や飲食店では、一から名刺を差し出して自己紹介するところから始めなければならない。過去に自分が書いたものなんて、まともに届いていないんだという現実に直面します。そんな、自分の慢心に気づかされただけでも、今期の取材は意義がある・・・と実感しています。
先日、就寝前に読んだ山田無文老師の説話集『和顔』に、天龍寺の開山・夢想国師のエピソードが紹介されていました。国師がお若い頃、伊勢神宮を参拝し、神主から「神様は清浄がお好きで、穢れが一番お嫌い。ご神前で金を撒いたり願い事や頼み事をなさらないように」と言われたそうです。神様への願掛け=合格祈願、良縁祈願、病気平癒、家内安全、子孫長久など等は、欲という心の穢れ。人間に必要なものは何もかも承知なさっているのが神様であって、こちらから催促してはいけない。五十鈴川で手を清め、口を清め、参道を静かに歩き、心を清め、ご神前に立ったら柏手を打って「今日も無事暮らさせていただきまして、ありがとうございます」とお礼を申し上げる・・・それが真実の神詣であると。国師はそのように聞かされ、「日本の神様の教えも仏法の教えも同じだ」と悟られたそうです。
私の慢心を諌めたのは酒蔵におわす神様か、禅僧のような形相で酒造りに勤しむ杜氏や蔵人のみなさんに相違ない・・・。全人格を賭して伝えるに値する取材対象と出合えたことに感謝せねば、と思うのですが、煩悩多き身ゆえ、一筋縄ではいきません(苦笑)。
以下は、2月前半に訪ねた酒蔵写真をいくつか紹介します。
磯自慢(焼津市)の多田信男杜氏。多田さんの麹造りはまさに〈神業〉。つねに背筋がピーンと張り詰める、神聖な気持ちにさせてくれます。右の写真は、蒸し米を甑から掘り起こす蔵人の八木さん(イケメン!独身!)と受け止める寺岡社長。社長も現場の大事な戦力です。
2月4日立春の日は、若竹(島田市)で朝6時から取引先酒販店120店余が集まって、「立春朝搾り」のラベル貼り&梱包を行い、大井神社に参拝しました。初めて参加した友人が「ほんとうに日本酒らしい行事!」と感心していました。
杉錦(藤枝市)の生もと造り。味見させてもらったところ、酸味のない、ほのかに甘いヨーグルトのような味。徐々に酸味が湧いてくる=自然に乳酸が生成されるのをじっくり待つわけです。
臥龍梅(静岡市清水区)の鈴木社長が洗米作業を見つめています。杜氏と蔵人計7人。現在、世界13カ国へ輸出されている絶好調の蔵。それだけに社長が背負うものも大きいだろうと思います。一方、右の写真は、たった一人で全工程行なう葵天下(掛川市大須賀町)の蔵元杜氏山中久典さん。最も米の量が多い掛米(留)は蒸し上がりから仕込みまで3時間かかるそうです。一人でやるんだから仕方ないですね。臥龍梅に比べたら造りは小さいものの、背負う大きさは変わらないだろうと思いました。造り手がどうあれ、酒屋や飲食店で並んだら、うまいかどうかの判断だけ・・・ですものね。
このキュートで爽やかな女性は富士正(富士宮市)の蔵元長女・佐野由佳さん。最近マスコミでも紹介されていますね。朝霧フードパークにある富士正の酒蔵では、化学分析室や瓶詰めライン工場で女性が大活躍。「時代が一歩進んだ・・・!」と実感しました。由佳さんはこれからの静岡酒のシンボリックな存在になるはず。精一杯応援したいと思います!
「継醸」は、牧野酒造(富士宮市)の神棚。ハッとさせられた言葉でした。続けることは生み出すことと同じくらい難しいことですね。私の場合は「継筆」かな。いつまでライター稼業で食べていけるんだろうか・・・わびしい食卓を前についつい膨れ上がる不安や不満をグッと飲み込み、なんとか折り合いをつけながら、日々精進してまいります。