イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「文士と釣り」読了

2017年06月24日 | 2017読書
丸山 信/編  「文士と釣り」読了

釣り好きの作家たちについてその周辺にいた人たちが思い出のようなものを綴るというような内容だ。息子、娘、弟子、釣り宿の主人。そんな人たちが作家の人となりを語っている。
対象になっている作家はほぼ全員明治の後半に生まれ昭和50年代には亡くなっている人たちで、ちょうど僕の祖父くらいの年齢の人たちばかりだ。
だから、この年代の人々を見たことがある最後の世代が僕たちではないのだろうか。
僕のふたりの祖父なんかの記憶は、ものを言わずにいつもブスッとしているという印象だった。いったいどんな人たちだったのだろう。

勉強不足で、読んだことがある作家は佐藤垢石、林房雄、福田蘭童くらいしかなく、名前を知っているのは幸田露伴、室生犀星、山本周五郎、サトウハチローくらいでそのほかの人はまったく知らない。

この人たちは戦争の動乱期を過ごし、思想犯として迫害を受けたり、作家特有の精神的な圧迫に耐えながらも釣りをあきらめることがなかったのはどうしてだったのだろうか。
かく言う僕も自分のふがいなさをどこかに置いておきながら船に乗っている。

葉山嘉樹という作家はこう語っている。
「悪く思ふな、生活が楽だから(釣りを)やってる訳では無いのだ。ものを思うことがいやさにやってゐるのだ。」
また、林房雄は、
、「釣師はみんな暗い、みんな心の中に、傷をもっている。しかもその傷がなんの傷だか、自分ではわからない。」
と書いている。

では、僕はどうして釣りに行くのか。そう聞かれたら、
「さぁね。」としか答えることができない。

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初島沖釣行

2017年06月22日 | 2017釣り
場所:初島沖
条件:中潮 4:06満潮 10:48干潮
釣果:マルアジ 2匹

毎年、夏を迎えるころになると、サビキに食いついたイワシに青物を食わせるという釣りを加太や初島でやっているという。
数年前から知ってはいたが、この季節だと南風が強くなり船足も遅くなるので僕がやれる釣りとは思っていなかった。

しかし、周りの人たちがどんどん釣果を上げているのを見ているとやっぱり僕も行きたくなってきて、とうとう、今日、それを敢行した。

出発まではドタバタだった。
数日前から家の床の張り替えをやっている。家の中の荷物があちこちに移し替えられてしまっていてチョクリの仕掛けを入れた袋も行方不明になってしまった。飲ませサビキがダメならチョクリ釣りに転進しようと考えていたのにそれができなくなる。
とりあえずストックに残っているチョクリ仕掛けと見よう見まねで作った飲ませサビキの仕掛けを持って出発。



昨日の朝は台風並みの強風でデッキのキャプテンシートが倒れてしまっていた。相当な風が吹いたらしい。



しかしながら心配した波はまったくと言っていいほど穏やかで水潮も大したことがない。



あとは初島の沖ノ島を目指すのみだ。今日はあの島の南側まで行く。僕にとっては月の裏側を見に行くような大冒険だ。(ちょっと大層か・・・。)

小さな島影が少しづつ大きくなってゆく・・・。

  

そしていよいよ島の南側へ!



到着してすぐに魚探にはイワシの群れと思しき巨大な影が映しだされている。
おお、これが噂に聞くイワシの群れなのか!



急いで仕掛けをセットしてこの群れの中に落としてゆくと竿の先にわずかだが手ごたえがある。
イワシが食いついているようだ。
ためしに引き上げてみるとたしかにイワシが食いついている。これにブリが食いつくのを待つのだ。



そして、本当に何かの魚が食いついた。が、使っているハリがあまりにも華奢だったようだ。
秒殺でハリが伸びてしまった。



う~ん、残念。2回のアタリは魚とのやり取りをすることなくあっけなく終わってしまった。

加太でハマチを狙おうと作ったサビキを持っていたので取り替えて使ってみたがこれでは大きすぎるのかイワシが掛からなくなった。
これではまったくダメだ。残念だがここをあきらめてチョクリに変更。
しかし、魚の影もなく、1匹目のマルアジを締めている間に掛かったマルアジに2本の仕掛けを絡まされ、これが引き際と午前9時に終了。

港に帰り、イワ〇キ釣具で本格的な飲ませサビキ用のハリを購入。船速が遅くなってしまう前に再挑戦したいと考えている。




初島まで来れば宮崎の鼻はすぐ目の前のように見える。そしてその先は白崎だ。
ひとりで船に乗り始めてどれくらい経ったのだろう、思えば遠くまで来たものだ・・・。(ちょっと大層か・・・。)



記録:


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浜の宮沖~下津沖釣行

2017年06月18日 | 2017釣り
場所:浜の宮沖~下津沖
条件:小潮 7:09干潮
釣果:キス 8匹 カワハギ 2匹

去年の釣行は6月24日だったのでまだ早いのかもしれないが、そろそろキスも気になってきた。

まずはいつものとおり浜の宮沖からスタートしたが、海底には藻がたくさん残っているようだ。



これがあるところではキスは釣れない。やっとアタリがあっても2年後は高級魚という小さなアナゴだ。



すぐに見切りをつけて下津ピアーランドの横に移動。



ここは少し水深があるので早い時期でも可能性があるのではないかと思ったが、やはり釣れてくるのは2年後は高級魚ばかりだ。



まだ水温が低いというのもあるのだろうが、今日は午前7時過ぎまでは全然潮が動かなかった。それも要因のひとつではないだろうか。
そして、干潮時刻を過ぎたら、今度は一気に潮が流れ始めた。どうも中庸というものがない。
そんなことも災いしたのか、午前9時半に終了するまでにたったの8匹。それも、悲しいかな、ちょっとグロイけれども仕掛けを回収する途中で食ってきたエソの体内から取り出した1匹を含めてだ。



今度行くときは、だれかがたくさん釣ったという情報を聞いてからいくことにしよう。

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「日本人は思想したか 」読了

2017年06月17日 | 2017読書
吉本 隆明,中沢 新一,梅原 猛 「日本人は思想したか 」読了

この本は梅原猛、吉本隆明、中沢新一の3人による鼎談を1冊の本にまとめたものだ。
ちなみに吉本隆明は吉本ばななの父親だ。
テーマは日本人の「思想」について。

しかしながら、「思想」という言葉が何を意味しているかがわからなかった。
「思想」という言葉はその前の何かの言葉がくっついて“OO思想”となっていると、ああ、OOについて何か考えをまとめているのだなとなるが、この単語だけで、日本人は思想したかと書かれていても一体何を思想しているのだ?となってしまう。

読んでいるうちにこの言葉は、哲学や宗教、歴史、文化の枠を超えて、「日本人とは何者なのだ」ということを指しているのだとわかってくる。
梅原猛は哲学者、吉本隆明は評論家で詩人、中沢新一は宗教学者であるが、それぞれの専門分野(といってもどの人もその分野を超えて著作や発言があるが。)から日本人とはということを話し合っている。

僕みたいな凡人には半分も理解できなかったのだが、縄文の時代から続く人々の営みの流れが日本人というものを形作り受け継いできた。それは形而下では短歌や俳句、能やその他の文化として、形而上では日本人が持つ独特の気質のようなものとして受け継がれているというようなことがおぼろげながらわかってくる。
それは貴族社会から武家社会、昭和時代の戦争などの大きな転換点があったにせよ何らかのつながりを持って連綿と引き継がれてきた。

この鼎談は阪神淡路大震災の前におこなわれ、その後に発刊されたそうだが、もうひとつ、この年には地下鉄サリン事件も起こった。そんなことを受けて最後のあとがきで、中沢新一は、「この一連の出来事の衝撃は、今後の日本人の精神にボディブロウのように効いてくる。これをきっかけに、日本人の思想には、目に見えるような地殻変動がおこるだろう。」と書いている。その後、吉本隆明もこふたつの事件を「日本の切れ目」と評したそうだ。また、この年はウインドウズ95が発売された年でもあるけれども、確かに、日本人が持っている価値観を根底から覆す、もしくは覆し始めた年と言っていいのかもしれない。
僕は小売業界のなかで生きているが、消費ひとつを取ってみても、ブランド志向というものが崩れ始めたのもこのころだ。100均が世間でにぎわい始め、ユニクロもこの頃で、モノを買うより携帯電話の通信費にお金を使い始めたころでもある。人々の価値観が大きく変わってく曲がり角であったようにも思う。(まあ、ブランド志向というのは短期的なバブルの産物であったのかもしれないが。)
「思想」というものは人と人との関係で成り立ち、受け継がれてきたのだとすれは、インターネットの発達はそれをよくも悪くも大きく変えてしまった。
しかし、中沢新一が言うように、「日本人はこうであった。」ということはやはりみんな知っておくべきでそういう定義づけみたいなものも誰かが残しておくべきだとういうのがこの3名の考え方なのだろう。
これが多分、ヨーロッパでいうと、宗教というものが生活に密着しているからそれがその役目をになうことになっているが日本にはそれがない。そのかわりにこういう人たちにほとんどの人たちの目に触れることはないとしても残していってもらわなければならないものではないのかと思うのである。

吉本隆明はこの本の中で、科学技術がどれだけ進歩しても日本人はそれを受け止めてまたそれを利用してさまざまな困難を乗り越えてゆくのだ。原子力さえも数々の問題を乗り越えて使いこなしてゆくに違いない。と書いていたが、当時からもっと発達してしまったネット社会、東北の震災と原発のメルトダウンを見てどう評価するのだろうか。
2012年に亡くなったそうなので何か思うことがあったにちがいない。梅原猛は存命で、中沢新一はまだ60代だ。
これからの日本、日本だけじゃなくて世界は情報という目に見えないものを中心にして回っていくのは間違いない。永遠にそれが中心になってゆくのか、それとも手に取れるものに再び回帰してゆくのか・・・。
これからの日本人の思想とはどう変化してゆくのだろうか・・・。そういうことを聞いてみたい気がする。


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紀ノ川河口釣行

2017年06月15日 | 2017釣り
場所:紀ノ川河口
条件:中潮3:40干潮
釣果:ボウズ

今日は船底の塗装を終えた小船の方の走行性能を確認すべく紀ノ川河口へ向かった。
夜明けは早いもののなんとかまだ薄暗いうちにポイントへ到着。
まずはポッパーから始めるがまったく気配がない。小型のリップレスミノーに変更すると1度だけアタリがあった。
やっぱりいるのだとジグヘッドに交換したりしてみたがその後はアタリがなくなってしまった。

まだ日は上っていないので水面が穏やかなのをいいことに北港釣り公園の前に移動。青物のナブラなんかが見つかればいいなと思ったがここも沈黙。



まだまだ行けるぞと今度は双子島の沖へ。



速度が出るようになったので調子に乗ってどんどん移動してしまった。

今日はただの暴走族で終わってしまった・・・。
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水軒沖釣行

2017年06月12日 | 2017釣り
場所:水軒沖
条件:中潮 7:05満潮
釣果:サバ 4匹 マルアジ 2匹

1週間ぶりの久々の釣行だ。

もうすぐ夏至なので夜明けが早い。
午前4時過ぎ、24時間営業のスーパーで氷を調達したときにはすでに東の空が明るくなってしまっていて、



港の前の橋の下をくぐった時には日の出寸前になっていた。



予報では北風が強いとのことだがこの季節の北風は大したことがないだろうと考えて出港したが、けっこう吹いていた。
置き竿をセットして手持ちの竿の仕掛けをセットしている最中にすでに置き竿にアタリが出たので今日はこの風でもけっこういけるかと思ったけれども甘かった。
なかなかアタリが出ない。

釣りができないほどではないけれども、船が流される速度が速すぎて仕掛けが安定しない。この釣りではめったに広げないスパンカーを立てたがそれでもアタリはなかなか出ず、風も治まってこないので午前7時過ぎに終了。
このスパンカーも、進水してから7年余りで生地が裂けてきてしまった。ちょうど今日、テント屋さんに採寸に来てもらうようにお願いしていた。
次回の上架の時に張り替えるつもりなのでこのスパンカーを広げるのも今日が最後になるのかもしれない。スパンカーに感謝する意味では今日の風もまんざらではなかったか・・・。



数はないものの、サイズはアジもサバも大きい。風さえなければもっと釣れている感じであったので残念だ。

おととい、仕事場の隣の劇場で公演中の梅沢富美男が僕の担当している売り場に買い物に来ていたので、今日は「夢芝居」の替え歌で悲しい釣果を振り返った。


サバの大漁 夢のなか~
妄想だけは 忘れはしない~
サバのキズシを食べたいな~
探知機の影は見えない~
チョクリをふたつ~ あやつりつられ~
細い仕掛けの 糸引きひかれ~
テクの不足を サバは待~たない
箱(クーラー)はいつでも氷だけ~。




記録:


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「エヴァンゲリオンの謎」読了

2017年06月08日 | 2017読書
特務機関調査プロジェクトチーム 「エヴァンゲリオンの謎」読了

50を過ぎたオッサンがアニメをみて何を喜んでいるのだと言われるだろうが、先だってBSで放送されていたのを見ていたので、ついでにこんな本を読んでみた。

「新世紀エヴァンゲリオン」は平成7年にテレビ東京系で放送されていたアニメだ。
当時から“エヴァンゲリオン現象”という言葉がニュースでも取り上げられていたり、ウチの会社の会議でも役員が「エヴァンゲリオンって知ってる?」と聞いていたほどだ。

今でもその人気は結構なものらしく、山陽新幹線に登場するロボット(ではないようだが・・)のカラーの車両が走っていたり、最近でもいらないことを言ってしまって首になった復興大臣のネクタイの柄になっていたり、「みちびき」という人工衛星を飛ばしたロケットの胴体に描かれたシンボルマークはこのアニメの製作会社が作ったりしていた。監督は「シン・ゴジラ」の監督もしたというのでも話題になっていた。
そういえば、アニメに出てくる槍を本当の刀鍛冶が玉鋼を使って作ったということもあったように思う。
ちなみに主題歌の作詞者は和歌山市出身だ。

タイトルは知っていたものの、今まで見たことがなかったがそのBSで放送していたものを見てみると、確かに世間で話題になるほどの内容だと思った。

物語は主人公である14歳の少年の成長物語として進んでゆく。
自分とは何者か、自分の存在意義とは、そして父親との確執と葛藤。
本当の自分とはどこにあるのか。自分自身の体の中にあるのか、それとも相手の心の中にある自分が本当の自分なのか。相手が期待する自分を演じ続けなければならないのか。そうしたら自分自身というものは一体どこにあるのか・・・。
そんな悩みを抱えながら主人公はロボット(みたいなもの)に乗って敵と戦う。
そしてそれは人が持つ欠けた部分である。人は誰でもそんな欠けたところ、空白になってしまっているところを持っている。それを解消するためには完全無欠のひとつの生命体に進化しなければならない。そのために立てられた計画が人類補完計画だという。
ここまではまさに世阿弥が書いた花伝書や近い将来人間にとって替わるかもしれない人口知能が征服した世界を暗示しているようにも思えないだろうか。

そして主人公とその父親との葛藤。子供(僕には息子しかいかいのでそれしかわからないが・・・)は父親を否定することで成長する。それがなければまともには育つことができない、しかし、それがわかっていながら否定されることへの失望や恐れ、落胆。そんなものも取り込まれている。
そういうようなものを旧約聖書や新約聖書、ユダヤ教などの世界観を織り交ぜながら物語りは進んでゆく。

物語は謎が多すぎるとか、中途半端に終わっているとか批判も多かったらしいが、この物語を、人とはいったい何者なのか、どこから来てどこへ行くのか、どうして存在するのか、そういうものへの答えの足がかりとして見るのなら、そしてかつて遠い昔の人たちがそれを神話で著したように、現代の人が新たに付け加えた神話として見るのなら、これはこれで見ごたえのあるアニメだと思うのはちょっとオタクすぎるだろうか・・・。


製作メンバーには痩せる本を書いたオタク評論家も参加しているほどなのでそういうことを世間の人が見るとイタく感じるような仕上がりになっているが、よくよく見たら、みんな同じ悩みを抱えて生きているのだということを表現している。
主人公の少年は僕自身だと監督はインタビューで答えていたらしいが、それとても僕にとっては少し救いになったのである。

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船底塗装

2017年06月04日 | Weblog
今日は魚釣りを一休みして小船の船底塗装をやった。
例年は秋にやっているのだが、今の季節から船足が一気に落ちてくるので早い目に作業をやってみた。

そして今回は秘密兵器を準備している。
いつも山菜採りでお世話になっている森に暮らすひまじんさんに切り出してもらった丸太と手回し式のウインチだ。
いつも大潮の日を選んで満潮のうちにコンクリートブロックを沈め、その上に船を留めておいて潮が引くのを待ってコンクリートブロックの台に乗せるというパターンでカキ落としを始めるという流れであったのだが、時間がかかるし体が濡れてしまう。
毎年、ひまじんさんのお宅にお邪魔するたびに、奥の杉林にはコロに使えそうな木がたくさん生えているよな~と思っていて、今年は無理をお願いして切り出してもらった。
人力ではスロープを引き上げるのは無理そうなのでメルカリで手回し式のウインチも調達した。

 
これで潮の満ち干をあまり気にせずに引き上げることができるのではないかという目論見だ。
船を2艘も抱えているとお金がかかるというのもあるが、この船では自力でどこまでのことができるかということにも挑みたいと考えている。
お金のない分を知恵でカバーしていこうということだ。

今日の干潮時刻は午前9時26分。午前6時に家を出て港に行くと思いのほか潮が引いてしまっている。引きすぎると台車のレールの残骸が海底に残っているので引き上げられなくなる。急いでウインチをロープで固定し、コロをセットして船を回送してきて着岸。
ウインチで巻き上げ始めるがウインチは後ろからロープで引っぱって固定しているだけなので浮き上がっててしまって力が入らない。ここで渡船屋のモトヒロ君が登場して手助けをしてくれる。
(今日を選んだのは彼が営業する日だったのもある。いざというときは助けてもらおうという他力本願作戦なのだ。)
引っぱっているロープを足で踏んでもらうとやっとウインチが回り始めた。コロが2本噛むと一気に船が動きはじめる。エジプトのピラミッドの時代からの知恵は素晴らしい。人間は偉大だ。(僕以外は・・)
ジャッキで船を浮かせ、下にコンクリートブロックを入れて船を固定しカキを落とし始める。
まだまだ成長途中のフジツボは簡単に落ちてくれる。これは楽ちんだ。



1時間足らずでカキを落とし終えて塗装も30分かからずに終了。ウインチをセットしてからわずか2時間半で作業を完了してしまった。



ウインチの固定方法には課題が残ったが、すばらしい効率だ。こういう工夫を仕事のうえでも一所懸命やってればもっと出世もできそうなものだが、いかんせん仕事ではまったく頭が働かない。まあ、仕事ができすぎて出世しちゃうと遊ぶ時間がなくなってしまうのでそれはごめん被りたい。

潮が満ちてきたときを見計らって進水。舳先を持ち上げると一気にスロープを滑り降りてゆく。ちょっと危険な気もするが、コロの回転力はなかなかのものだ。

試しに運転してみると水面を滑るようなあの感触がよみがえっていた。
こういうのを感じると、大きい方の船も掃除をしたくなってくる・・・。
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「有次と庖丁」読了

2017年06月02日 | 2017読書
江弘毅 「有次と庖丁」読了

新聞のコラムに、「いま、一をたくさん売る人のことを拍手し過ぎ。……面白くないですよね。何もないところから一をつくれる人の方がすごいですよ。」という文章が掲載されていた。
この文章は、この本の中の一節であると紹介されていた。
“何もないところから一をつくれる人”というのは確かにすごいと思う。

タイトルの「有次」というのは京都の錦市場にある包丁店の名前だ。鍛冶屋ではない。今風にいうと、OEMで作られた包丁を自社ブランドとして売っている。ということになる。
主な商品は堺で作られているそうだ。本文を読むと、コラムの言葉を言った人はとあるレストランのオーナーで、包丁鍛冶のことを言っているのだが、そこには「有次」の橋渡しがあってこそのプロの要望に答えられるものづくりが存在するのだというのがこの本の趣旨である。メーカーではないけれども、ちゃんとものづくりをしているのだということだ。
顧客である料理人のニーズを製作者に伝えて満足のいくものを作る。それが本当の「店」の役割であるというのだ。
僕も一応、小売業で給料をもらっているわけだが、そういう文章を読むと地面に顔を埋めたくなる。
「これが今年の流行ですよ~。」と言われて、はい、そうですか。と答え、「このバーゲン品は安いですよ~。」と言われて、はい、そうですかと答え、「ウチのブランドはこういう売り方をしますから口出ししないでください。」と言われて、はい、そうですかと答える。
99.9%はそんな感じだ。そこには顧客のニーズの橋渡しがあるわけでもなく、ましてやものづくりにかかわっているという感触もない。

なんだか僕の存在する業界がかなり厳しいところにきているというのもうなずけてしまう。
これくらいの規模で商売をやっているうちは顧客の顔がよく見えてその橋渡しをすることでものづくりにかかわることができるのだろうが、それを超えて規模が大きくなってくるとそれができなくなってしまう。大量に売りさばかないと会社が立ち行かないから最大公約数が必要なのだ。それも一理ある。
しかし、自分のことを振り返ると、プロの顧客相手に満足のいくものづくりをコーディネートできるかというと、どの業界に存在していたとしても、そんな集中力や説得力や根気、体力がないのは明らかで、大きな流れのなかでなんとか沈まないように浮かび続けているしかないのだと納得してしまった。

給料をもらいながら言えたことではないが、毎日なんだか物足りないのは、“何もないところから一をつくる”という行為がないからだとあらためて気付いてしまった。
そうなんだ、もともと、なんでも自分で作ってみたい性分の人間が、営業マンが持ってきた商品を見て「はい、そうですか。」と言うしかできないというのは服の上から背中を掻いているようなものだ。今となってはしかたがないが・・・。


せっかく「有次」というお店を知ったので魚の骨抜きを買い求めてみた。さすがに包丁には手が出なかったので500円の骨抜きだ。しかし、ちゃんと刻印が押されている。
使い心地はどうだかわからないが、これが本当のブランドだと骨抜きが自慢しているように見えた。

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水軒沖釣行

2017年06月02日 | 2017釣り
場所:水軒沖
条件:小潮 5:46干潮
釣果:(ふたりで)サバ1匹 マルアジ50匹

今日はいつも山菜採りでお世話になっている森に暮らすひまじんさんをお招きしての釣行だ。僕の経験とヘッポコな勘ではサバの群れはあっという間に通り過ぎてゆく。前回好調だったのですかさず山を下りてもらった。
しかしながら、朝からいやらしい色の雲が垂れ込め、突然の大雨が降ってくるし、おまけに今日は北寄りがポイントだと踏んで目星をつけた場所はまったくアタリがない。



およそ1時間、アタリがないままどうしたものかと思案していると陸に近いところに見覚えのある青いスパンカーを張った船が浮いている。あれはフェイスブックで釣果の情報交換をしているOOさんの船ではないだろうか。
近づいてみるとたしかにOOさんだ。「どうですか?。」と問いかけてみると、とりあえずここで粘りなさいという指示をいただいた。彼はほぼ毎日この海域でチョクリ釣りをやっている。彼の言葉には間違いがない。きっと。まったく手立てがない中で心強いアドバイスだ。
僕ひとりならボウズでもなんとも思わないが、ひまじんさんにはなんとか魚を持って帰ってもらいたい。

言葉を信じて仕掛けを下すと間もなくアタリがあった。マルアジだ。それからは僕にもひまじんさんにもポツポツとアタリが続く。
ひまじんさんは年に1回しかこの釣りをしないはずだが、なかなかうまいこと長い長い胴突き仕掛けを操っている。

前半は魚探に映らないほどの薄い群れのようだったが次第に魚探にも魚影が映るようになってきた。一荷で上がってくることもあり、生け簀の中も次第ににぎやかになってきた。
サバは1匹しかなかったものの、マルアジは50匹。まずまずの釣果になった。
釣れるタナは水深15メートル~20メートルだ。これだけ浅ければサバも食ってくると思うのだが、やはり昨夜の嵐のような天気が影響しているのだろうか・・。

なんとか釣果も形になったので午前9時に終了。帰りは心配した天気も回復し、真夏のような雰囲気であった。

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