MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

さようなら クーちゃん

2013-10-22 00:00:00 | 生活・法律

10/22       さようなら クーちゃん




           これまでの『生活・法律




 「いました、いました。」

 そう言いながら玄関のドアを開け、中へ入ってきた
Nさん。 そして懐中電灯を手に、また外へ。



 「クーちゃん、クーちゃん。」 しきりに呼ぶNさん…。

 (本当かな?) 半信半疑ながら、私もそれにつられて靴を履く。



 (いた!) 私が思っていたより大きい。

 (ついに逢えたね、クーちゃん。)



         クーちゃんの声 1




 先日、東京から車で兵庫県まで出かけました。 あいにく
の悪天候のさ中のドライブです。 伊豆大島で大きな被害を
出した、あの台風26号が接近していました。

 出発は夜中。 スケジュールや費用を考えると、この時間
帯が私にとっては最適なのです。



 怖かったのは、伊勢湾岸道路。 横風をまともに受け
てハンドルを取られ、雨で視界も悪い。

 スピードを落としている私の車の横を、大型車が立て
続けに追い越していきます。 後ろから見ると、車体が
激しく横揺れしている。

 (倒れてきたらアウトだな…。)



 三重、奈良を過ぎると天候も治まり、京都、大阪辺りで夜
が明ける。 光を浴びて眠気も去り、元気が湧いてきます。




 現地に近づくと、また雨風が強くなる。 でも私にはもう
影響はありません。

 まもなく7時半になる頃、Nさん宅に到着。 すぐ自宅に
メールし、無事を伝えます。



 片道600㎞も、この時間帯だと7~8時間。 もう私も
トシですが、根っからの運転好き。 苦になりません。

 今回も目的は、室内楽合宿その他。 関西の友人と
会える、年に数回の貴重な機会なのです。

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 さて、現地の予定も無事終了。 仲間は昼過ぎに、それぞれ
帰途に着きました。

 私だけは今回も、Nさんの心尽くしの夕食をいただきました。



 その前後には、お得意の “寝溜め” を何度もしつつ、
帰途の余力を蓄えました。 帰るとすぐ、私には珍しい
ことに、ハードスケジュールが待っているのです。



 さて夜の11時も過ぎ、出発の時間です。 ちょうど、
車に荷物を積み込もうとしていたときのこと。

 「いました、いました。」 先ほどのNさんの声です。



 「よく現われるんですよ、時には真昼間からね。 そのうち
逢えるんじゃないですか。」

 しかしこれまで何度もお邪魔しながら、それが叶わなかった
私…。 今回も諦めていたのですが、最後の最後になって、
本当にそれが実現するのだろうか?

 Nさんの後に着いて、足音を忍ばせ、戸外へ出ました。




 出ると、すぐ左手は山の斜面。 Nさん宅の敷地は、ちょうど
その麓にあります。

 懐中電灯に照らされたのは、横向きの姿。 大きい! 斜面
を駆け上がったところで動かず、二階の屋根ほどの高さに映し
出されている、クーちゃん。



 もちろん、Nさんが勝手にそう名付けたのですが、その正体
は仔鹿です。 あの可愛い動物ですが、すでに栗毛色の斑点
は消え、全身灰色。 お尻だけが白い。

 「クーちゃん、クーちゃん!」 それに答えるように、クーちゃん
は啼き声を上げます。



 しかしクーちゃんは、少しずつ斜面を上の方へ。 やがて姿が
見えなくなりました。

 声だけは聞えるが、そのトーンも徐々に低くなる…。 これ以上
の逢瀬を諦め、私は手にしたままの荷物を、車のトランクに積み
込みます。



 この録音の後にも、低く遠く、声はしばらく続いていました。

          クーちゃんの声 2




 Nさんから聞くところによれば、クーちゃんは敷地を左から
右へ横切り、下まで降りて行くとか…。 草が踏み倒された
“けもの道” があるので、それと判るそうです。

 クーちゃんの目的は、おそらく畑の作物…。 下には疎ら
ながら、人家があるのです。



DSCF0655

           クーちゃんのお食事処?


 Nさんの敷地への “侵入者” は、クーちゃんだけではない。
生ゴミを荒らしに、キツネもやってくるのだそうです。



 しかしクーちゃんの父親は、すでに、この世にはいません。
網に捕まり、猟銃で撃たれてしまったのです。 クーちゃんの
兄弟ひとりと共に…。

 人間側にしてみれば、畑の貴重な財産を荒らす、鹿の害。
それは、この地域に限りません。



 クーちゃんには、もうひとり兄弟がいる。 母親と “三人”
家族なのです。

 クーちゃんは、そのうちで、最も人懐っこい性格なのだそう
です。 時には、Nさんから目と鼻の距離にまで近づきます。

 【おい、お前は、なぜボクの領分に侵入してるんだい?】
その表情は、まるでこう尋ねているように見えるとか。



 でもクーちゃんが近付くときには、決まって母親の警告の
声が。 もちろん姿は見せませんが。

 【人間は危険だよ! そんなに近寄っちゃいけないよ!】



 Nさんは、鹿が敷地を横切って下へ行かないように、防護
ネットを敷設しています。

 地元の住民が被害に遭わないようにするために。 そして
おそらく、クーちゃんたちが危険な目に遭わないように。

 でもクーちゃんは、それを軽々跳び越えてしまう。 人間の
背丈以上ある高さですが。




 初めてクーちゃんに逢えた私。 次の機会は、早くても
半年以上先のこと。 もちろん逢える保証は無い。

 ボクはトシだし、無理もだんだん出来なくなる。 一方で、
キミは若いけど、危険が一杯。



 それまで、無事でいられるでしょうか? お互いに。



 クーちゃんは灰色の鹿です