07/12 私の音楽仲間 (403) ~ 私の室内楽仲間たち (376)
政治家ハイドン
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今日ドイツ国歌として知られている、ハイドンの名曲。
弦楽四重奏曲『皇帝』の第Ⅱ楽章では、メロディーそのもの
が変奏主題として用いられています。 また自身の編曲による
『皇帝変奏曲』は、今日でもピアノの演奏会で聞かれます。
[譜例①]は、すでにご覧いただいたもので、四重奏曲の第Ⅱ
楽章の一部です。 ViolinⅡが主題を担当していますね。
この旋律、元来は旧オーストリア帝国の、『神よ、皇帝
フランツを守り給え』として作曲されました。
ただし上記のサイトには、「ハシュカの皇帝賛美の詩
にクロアチア民謡を基にして曲を付けることにした」…
とあります。
とすれば、この歌は、クロアチア、オーストリア、ドイツ
…という流れを辿ったことになります。 讃美歌としても
広く親しまれ、また一時はポーランド国歌でもあったこと
を、これもご一緒に見てきました。
[オーストリア帝国国歌]という音源ページがありますが、
そこでは他国の国歌も色々聞かれます。
その中の[「神よ、皇帝フランツを護り給え」]は、以前も
ご紹介しました。 ドイツ語の歌詞が一緒に見られる音源で、
以下の行が何度も出てきます。
"Gott erhalte Franz, den Kaiser,"
各単語の最初の文字を抜き出すと、【G、E、F、D、K】。
さらにこれを音名として並べると、【Sol、Mi、Fa、Re、Do】
になります。
最後の "K" は、同じ発音の "C" で置き換えてあります。
また、"Kaiser" は "Caesar" から来たそうですね。
これが弦楽四重奏曲では、「第Ⅰ楽章の冒頭の動機となって
いる」…のだそうです。 これは解説サイトでも見られる内容で
すが、最近入手した本にも、他の記述と共に書かれていました。
その書物は、後ほどご紹介します。
やはり既出の[譜例②]は、第Ⅰ楽章の冒頭です。 なるほど、
そのとおりの音が Vn.Ⅰに見られます。 【Sol、Mi、Fa、Re、Do】。
最初の4音符に "C" と書いたのは、私の仕業。 第Ⅱ楽章
で中心的な役割を果たすモティーフとそっくりなので、私は両者
とも "C" と名付けています。 上下の動きが共通しているから
で、冒頭の動機も、これに関連する…と考えていました。
両者は "まんざら無関係" とも言えませんが、【Sol、Mi、Fa、
Re、Do】の説得力には及びません。 あるいはハイドンのこと、
やはり何か関連があるのでしょうか。
ちなみに原曲では、"Gott erhalte Franz, den Kaiser," の
下線部に当るのが、第Ⅱ楽章のモティーフ "C" です。
この【Sol、Mi、Fa、Re、Do】は、伊東信宏著 『ハイドンの
エステルハージ・ソナタを読む』(春秋社2003年)に記された
内容ですが、著者はそれを、ある論文で見かけたようです。
著書のほうは、全210ページの大半が、クラヴィーア ソナタ
について割かれています。
この書物の存在は、友人のチェロ弾き Su.さんから聞いて
いましたが、絶版となってしまっているのか、なかなか入手
できませんでした。 つい最近、やっと手に入れたのですが、
価格は発刊当時をかなり上回るものでした。
その28ページには、さらに以下のような記述もあります。
「"王" を表す付点のリズム、"行軍" を表すピリックの
脚韻(戦闘の象徴)、そして "貴族" を表すトリルが、この
テーマを取りまく。」
なんだって…!
先ほどの[譜例②]を、もう一度見てみましょう。
付点のリズムには、この後にも、跳躍する "E" など
が加わります。
そのうち、この "D" のリズムが "王" なの? 私は
"騎兵隊" だと思っていたけど。
ピリックだって、ビックリ! で、どれが "行軍"?
トリルが "貴族" ? Su.さんは "へつらう廷臣たち"
だって言ってなかったかな…。
これじゃ "音楽を書く政治家" です。 ハイドンは。
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さてこの著書には、まだ興味深いことが書かれていました。
「L.ショムファイは、この第2楽章の主題以外の点でも
この作品が政治的メッセージの強い作品であることを
指摘している。」
「László Somfai. "'Learned Style" in Two Late String
Quartet Movements of Haydn". in Studia Musicologica.
vol. 28 (1986), pp. 325-349.」
「なお、後半の弦楽四重奏曲作品76の2『五度』第1楽章
の分析と共に、この論文は恐ろしいほど鮮やかにハイドン
の作曲上の思考を跡付けている。」
「文中の "ピリック" とは短短格の韻律で、古代ギリシャ
の兵士たちによる "戦舞" で用いられた。 近くはモンテ
ヴェルディの『タンクレディとクロリンダの戦い』などで戦闘
を表すものとして用いられている。」
ついに、戦闘そのものを扱った曲まで出てきました。
さらに、「戦闘の場面は、この四重奏曲にも登場する」
…と書かれているのですが、さて…?