MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

扇動家ハイドン

2012-07-14 00:00:00 | 私の室内楽仲間たち

07/14 私の音楽仲間 (405) ~ 私の室内楽仲間たち (378)



              扇動家ハイドン




         これまでの 『私の室内楽仲間たち』




                関連記事

                   名曲に拝謁
               同じリズムがあちこちに!
                  音の上下も?
                   錦の帝衣
                 翻弄された讃歌
                  皇帝の騎兵隊
                  政治家ハイドン
                  戦術家ハイドン
                  扇動家ハイドン
                  芸術家ハイドン
               傑作への誘 (いざな)




 "行軍" を表すピリックの脚韻(戦闘の象徴)?

 そして "貴族" を表すトリル?



 謎なぞ解きに、完全にはまってしまった私。 これら
が「楽譜に記されている」…というのです。

 曲は、ハイドンの弦楽四重奏曲『皇帝』、その第Ⅰ
楽章です。




 ピリックね…。 "短短格"? ピリ辛坦々麺じゃなくて?
文学に疎い私は、こんな言葉、聞いたこともない。 淡々
と向き合うしかありません。



 When the blood creeps and the nerves prick

  "アクセントの弱い2つの音節"。 それが、
「下線の部分に当る」…というのです。



 やはり、これはリズムの問題? では、どんなリズムで
この文を読んだらいいのか? 私は考えてみました。

 すると思い浮かんだのは、以下の読み方です。



 When the blood creeps and the nerves prick

   ♪  ♪ / ♩   ♩   ♪  ♪ /    ♩



 長い音、短い音、それぞれを単純化して音符の長さで
表わすと、こうなります。 これは 3/4拍子。




 でも、『皇帝』の第Ⅰ楽章は 4/4拍子です。 それらしいリズム
は、どこにあるのでしょうか? ご一緒に探してみてください。



 [譜例




 すると、最初のテーマ自体が、このリズムを含んでいるよう
です。 【Sol、Mi、Fa、Re、Do】。

 1小節目、3小節目、5、6小節目。 最初は全員で、そして
1人で、2人で…。

 スラーの記号は、むしろ最初の音の長さを強調することに
なるので、問題はありません。



 この最初のテーマ、【Sol Mi Fa Re Do】は、ドイツ語の
【G、E、F、D、K】(神よ、守りたまえ、フランツを、その、皇帝を)
"音名" から来たと考えれば、皇帝自身が、まず "戦いの
リズム" で登場していることになります。




 でも、これだけでは確証が持てません。 さて…。 すると、
次の部分に目を引かれました。



 演奏例の音源は、[譜例]の "" からスタートします。

 まず短いトリルが、ViolinⅠから3回聞かれます。

                           ↓



                                ↑

 しかし6小節目に入ると、これは長いトリルになります。



 演奏者も、2人、3人と増えていきますが、気付いてみる
と、実はこの2拍から成るリズム、"  ♪♪" が全体の
基本だったことが解ります。

 このリズムは、やがて3人で繰り返されるようになります。
それは全部で3回ありますが、下の[譜例]は、その2回
目、3回目の部分です。





                   ↑

 この譜例の2小節目では、同じリズムの "駄目押し"
も見られます (ViolinⅠ以外の3パート)



 それに、このトリル! ひょっとして、これが "貴族を表す"
トリル
なのでしょうか?

 だとすれば、最初は皇帝だけが唱えていた "戦いのリズム"
に、貴族たちも同調したことになります。 それが2人、3人と、
どんどん増えていく…。




 この後に、"戦いそのもの" とも解釈できるような、f、ff の部分
が続きます。 調性はト長調になっています。 喜ばしい勝利?

 それが一旦収まると、また f の賑やかな部分が始まります。
譜例は、その3、4小節目です。



 [譜例




 先ほどのリズム、"  ♪♪" が、ここでは入れ換わって、
"♪♪  " になっていますね。 戦いは、一区切りついた
のでしょうか。

 ここまでの "勝利" の音楽は、第二主題部分に当ります。



 そして提示部が終ると、展開部では「"ハンガリー貴族の
決起" が見られる」…というのが、ラースロー・ショムファイ
教授の見解でした。

         関連記事 戦術家ハイドン




 さて前々回、名前だけ登場した作品、"Il Combattimento
di Tancredi e Clorinda" です。

 「文中の "ピリック" とは短短格の韻律で、古代ギリシャ
の兵士たちによる "戦舞" で用いられた。 近くはモンテ
ヴェルディ
タンクレディとクロリンダの戦いなどで
戦闘を表すものとして用いられている。」

 おなじみの書籍、『ハイドンのエステルハージ・ソナタを
読む』(春秋社2003年)に記された、著者の伊東信宏氏
の解説です。

         関連記事 政治家ハイドン



 ムスリムの女性戦士、クロリンダは、キリスト教の騎士、
タンクレディを愛します。 あるとき彼女は、鎧を纏ったまま
逃げ場を失い、それと気付かぬタンクレディに一騎打ちを
挑まれてしまいます。 そして胸に負う、深い傷。

 鎧を取り除き、初めてそれと知るタンクレディ。 息絶える
直前に、キリスト教への改宗を請い願うクロリンダ。



 オペラではありませんが、全9部分から成る、20分ほどの
劇的な作品です。




 [譜例]は、その第6部 "GUERRA" (決闘) の
最初の部分です。

 上から、① ヴァイオリン、② ソプラノ ヴィオラ、
③ アルト ヴィオラ…と書かれています。 今日
では①、②をヴァイオリンで演奏することが多い
ようです。



  



 "Testo" は "語り"。 タンクレディ、クロリンダ役の歌手の
出番は少なく、大半は "語り" によって、場面が進行します。




 [譜例]は、その後しばらくしてから。

 戦いが始まり、「切っ先は至るところ、武具と肉とに達し…」
と、語り手が歌う場面です。



  



 先ほどの "戦いのリズム"、"  ♪♪" が、やはり
3度聞かれます。

 弦楽器には、その反対のリズムがありますね。



[『タンクレディとクロリンダの戦い』 音源ページ]




 さて今回は、一応それらしきものが見つかりました。

 "行軍" を表すピリックの脚韻(戦闘の象徴)、そして
"貴族" を表すトリル




 でも、まだ難問が残っています。 それは、"王" を表す
付点のリズム


 "王" って、"貴族" のこと? "皇帝" とは、どう違うの?




 私には、"馬を駆る騎兵の進撃" のように聞える、この
リズム
…。 一体、何なんでしょう?



 [譜例




 [譜例]は、前回の "ハプスブルク軍を支援して
立ち上がったハンガリー貴族たち" の部分です。