August 31, 2010
暑い暑と言っている間に、8月も今日で終わりだ。長い夏休みもあけて、点字講座も明日から始まる。新宿の雑踏へ暑さの中出かけなくて済んだのは助かったが、そろそろ教室が恋しくなってきた。読みたいと思っていた本は、結局1冊も読めなかった。ぼんやり過ごしていなくても、1日があっという間に過ぎていく。姉妹や姪に頼まれた手仕事に励んだり、パソコンを含めて点字の練習をしたりといったところだろうか。
9月に入ると、やはり読書の秋だ。8月は読書会がお休みで、次回の本は、小林多喜二『蟹工船・党生活者』(新潮文庫)と決まっている。そのあとは私がレポーターなので、本を決めなければならない。しばらく日本文学が続いたので、がらっと趣を変えてみるのもいいかなと思っている。候補としては、鶴見俊輔『思い出袋』(岩波新書)、同『新しい風土記へ』(朝日新書)、高山文彦『エレクトラ 中上健治の生活』(文春文庫)、森茉莉『贅沢貧乏』(講談社文芸文庫)、ジェイバリーニ『終着駅-トルストイ最後の旅』(新潮文庫)がある。どれも読んでみたい。これまでに読書会で読んだ本の一覧表を見ると、ずいぶん分厚い本を読んできている。しかし40年近くを経過した今、私たちも皆それぞれに歳を重ねた。分厚い本は持ち運びに不便だし、何よりもそういった本に立ち向かう力がなくなってきている、というのは私の見解だけで、皆さんと話し合ったことはないが、最近は新書や文庫本が多くなっている。これは社会の傾向でもあるらしい。名作も今どんどん文庫本化されているし、読みたい本は新書に多い。というわけで、この中のどれかに決めよう。
このところの政治の世界には全く失望しているのであまり触れたくないが、朝日新聞の「オピニオン」欄を読んで一言。前内閣官房副長官・松井孝治さんが政治主導とやらについてこんなことを語っている。
官僚にない政治家の最大の強みは、有権者の怒りや肉声に日々向き合えること。有識者からも意見を聞くべきです。政治家は、役所以外の情報源を「セカンドオピニオン」としてネットワーク化し、政策決定のプロとして自ら汗をかかなければなりません。そして、最後に大いなるアマチュアとして国民目線に立ち返る。役所以外の知恵袋を持たない政治主導では意味がない。政治主導とは、つまりは国民主導なのです。(朝日新聞、2010年8月31日)
すばらしいとは思うが、今のばか騒ぎをしている政治家たちにそれだけの力量があるのか、また例えば小沢一郎が首相になってその唱える政治主導を行った場合、この理想論に近いものになるのか、私は正反対の方向をむいていくように思うが、どうだろうか。
暑い暑と言っている間に、8月も今日で終わりだ。長い夏休みもあけて、点字講座も明日から始まる。新宿の雑踏へ暑さの中出かけなくて済んだのは助かったが、そろそろ教室が恋しくなってきた。読みたいと思っていた本は、結局1冊も読めなかった。ぼんやり過ごしていなくても、1日があっという間に過ぎていく。姉妹や姪に頼まれた手仕事に励んだり、パソコンを含めて点字の練習をしたりといったところだろうか。
9月に入ると、やはり読書の秋だ。8月は読書会がお休みで、次回の本は、小林多喜二『蟹工船・党生活者』(新潮文庫)と決まっている。そのあとは私がレポーターなので、本を決めなければならない。しばらく日本文学が続いたので、がらっと趣を変えてみるのもいいかなと思っている。候補としては、鶴見俊輔『思い出袋』(岩波新書)、同『新しい風土記へ』(朝日新書)、高山文彦『エレクトラ 中上健治の生活』(文春文庫)、森茉莉『贅沢貧乏』(講談社文芸文庫)、ジェイバリーニ『終着駅-トルストイ最後の旅』(新潮文庫)がある。どれも読んでみたい。これまでに読書会で読んだ本の一覧表を見ると、ずいぶん分厚い本を読んできている。しかし40年近くを経過した今、私たちも皆それぞれに歳を重ねた。分厚い本は持ち運びに不便だし、何よりもそういった本に立ち向かう力がなくなってきている、というのは私の見解だけで、皆さんと話し合ったことはないが、最近は新書や文庫本が多くなっている。これは社会の傾向でもあるらしい。名作も今どんどん文庫本化されているし、読みたい本は新書に多い。というわけで、この中のどれかに決めよう。
このところの政治の世界には全く失望しているのであまり触れたくないが、朝日新聞の「オピニオン」欄を読んで一言。前内閣官房副長官・松井孝治さんが政治主導とやらについてこんなことを語っている。
官僚にない政治家の最大の強みは、有権者の怒りや肉声に日々向き合えること。有識者からも意見を聞くべきです。政治家は、役所以外の情報源を「セカンドオピニオン」としてネットワーク化し、政策決定のプロとして自ら汗をかかなければなりません。そして、最後に大いなるアマチュアとして国民目線に立ち返る。役所以外の知恵袋を持たない政治主導では意味がない。政治主導とは、つまりは国民主導なのです。(朝日新聞、2010年8月31日)
すばらしいとは思うが、今のばか騒ぎをしている政治家たちにそれだけの力量があるのか、また例えば小沢一郎が首相になってその唱える政治主導を行った場合、この理想論に近いものになるのか、私は正反対の方向をむいていくように思うが、どうだろうか。