思ったこと

思ったことを書きます

自分の感覚で

2014-09-27 | 日記
国内経済について、、
今、需要不足なんですよね。(家計にせよ企業にせよ政府にせよ)トータルで、「お金を使う事」が不足している、と。

という事は経済を潤わすには、トータルで「手に入れたお金に対して、使用する量を増やす」必要があると。
トータルのお金の量が変わらないとすると、トータルの「消費率を上げる(入ってきたお金に対し、(貯蓄に回さず)使用する割合)」か、元々消費率の高い主体にお金を多く渡すか、ということになるかと。

といっても、各主体(家計、企業、政府等)は機械じゃないので、いつ何時も一定の消費率で動いているわけではない。
入ってくるお金の相対的な量や社会の状況など、精神的なもので消費率も変わる。
といっても、「どのようにすれば消費率(お金の使用率)が上がるか」は、どんな人や団体でも、だいたい似通っていそう。

とりあえず(独身の)家計目線で想像してみれば、、
・今が不景気だったり、将来に不安定性を感じたら、「消費率」は下がるでしょう。
 (「この先何が起こるか分からない。お金さえ持っていればなんとか生きていける」という事で、貯蓄に回すかと。)

・給料が継続的に(今の物価的に見て)少なかったら、基本的に「消費率」は下がるでしょう。
 (この先も給与システム的にたいして給料上がる見込みが無いなら、必需品もできるだけ切り詰め、あとは貯蓄に回すかと。)

・期間限定もしくは限定を匂わすような状態で給料が上がっただけでも「消費率」は下がるでしょう。
 (「こんなチャンスもうないかもしれないから、今のうちにお金貯めよう」という事で、貯蓄に回すのでは)

・多くの人にとって世の中が弱肉強食化して厳しくなればなるほど、「消費率」は下がるでしょう。
 (「この先、生き残れる保証はない。今調子良くても、いつ急に不調になったり、もっと有能なやつが現れたり、怪我や病気になって使い物にならなくなるか分からないし、働けてる今のうちにお金だけでも貯めとこう」、という事で貯蓄に回すのでは)

こうして見ると、基本的に家計が消費率を減らす原因として、「先行きの不安定さ」というものが大きいように思います。
こういう「先行きの不安定さ」を助長させるような話題は、日本に一杯ありますね。思いつく限りでも
・不景気が続いてることそのもの
・財政危機とかいうもの
・少子高齢化で膨れる社会保障費や年金しっかりもらえないかもというもの
・コストカットで給料が下げられていくこと
・競争激化や規制緩和で我が社もいつ傾いたり首切られるか分からないこと
・グローバル化で国内でたいした知識も人脈も無く英語も喋れずのんびりしてたらいつ振り落とされるかわからないこと
・昨今増えている自然災害でいつ我が身に降りかかるか分からないこと
・きな臭い周辺諸国にキッチリ対応してるとは思えない日本にいつ火の粉が降りかかるか
等々。。。

こういった事を一個ずつ確実に払拭していかないと、家計一つとっても「消費率」は上げられない。
だから「わしら不安定なのに、どうせ天下りばっかしてる公務員だけ安定してズルいぞ」
とかいう発想は、ただ国内で足を引っ張るだけの、若干嫉妬じみて醜い上に何の結果も出ないものなんでしょう。
また、効率化を進めたり、「値段が安くなることで客が増える」っていうのも、結果的に「消費率」は上がらない。ある業界で値下げして客が集まっても、それはあくまで「あら、こっちが安いから『あっちに使うのをやめて』こっちに使おう」という、あくまで「元々使うつもりだった分のお金の方向先を変えた」に過ぎない(まあ中には「安いからいつもより余計に使っちゃった」て事もあるでしょうけど、それは一時的な勢いによるミスみたいなもんで、そんなに続かないでしょう。)。つまるところそれは「パイの奪い合い」に過ぎない、ということかと。それは言い換えれば、売上げが伸びた業界がある背後で、売上げが減った業界がある、という事。今、国内の「トータル」の話をしているのだから、「安くすればいい」なんてんのは解決にならない。寧ろその背景で少しでも賃金カットされてたのなら、なおさら「トータル」の需要が落ちる。。
あと、競争によって「商品やサービスの質を上げる」というのも、同じように「トータル」の需要向上には繋がらないかと。質が上がることは個人的にも喜ばしいですが、やはりそれによって人の貯蓄が減る、とは思えない、ということはこれもまた「パイの奪い合い」に過ぎない。品質が上がって長持ちして「もうこれさえあれば良いや。十分だ」という事で、その後の消費も伸びないってことも。こういう競争も大事なのでしょうけど、経済成長をこれだけに頼れば、進めば進むほど頭打ちの構図が見えてきてならない。。どこかで「安定的に回す」路線を作っていく必要があるのではと。。

だから今競争を激化した所で、基本的に「パイの奪い合い」をするだけじゃないでしょうか。それは幸福になった人の数だけ、不幸になった人が出てくる、かと。もしそれが幸福になった人の数が(得た利益の割に)ごく少数なら、そのごく少数の成功者の裏に、(相対的に)多くの敗北者が生まれることにもなる。
そしてその成功者ですら、その競争の激しい環境では、自分を守るために「消費率」は簡単に上げられない。そんな環境で中途半端に食えている人達は尚更、浮き沈みを恐れて貯蓄を増やすのではないでしょうか。。

ということで、今問題なのは「トータルの消費が少ない」こと。
その閉塞状況を打破する手段が、「競争を活性化させること」とは到底思えないのであります。
「じゃあどうすれば?」と言われそうですが、特に何も言いませんwというか言う実力ないw。
でも経済や経済学とか分からないこと難しいことやその権威とか関係なく、自分の身近な感覚で、とりあえず(上に書いたのはあくまで自分の感覚です)今お金を使えないのはどういう状態であるからか、を想像し認識した上で、
じゃあどんな感じにすれば良さそうか、色んな言論人の中で誰の言うことが正しいっぽいか、
各々ぼんやりでも思い描いて見ていただけたら、幸いだと思います。

ホントにうまくいくと思うのだろうか

2014-09-27 | 日記
ブックマークをふとみたら、TPPに関するとある記事のページが入っていたので開いてみました。(
3年前くらいの古いもので、自分でブックマークしておいて見たこと無い(書いてる人もあまり知らない)ページだったので、参加賛成派の意見はどんなものかな、となんとなく拾っただけなんだと思います。

その中の結論である最後の一文を。

本来は韓国のように今後アジア太平洋で進む地域統合へのフリーハンドを保持すべく、外の動きに先んじて国内改革を進めておくべきだったが、後手を引いたせいで、米国主導のTPPの方が先にやって来てしまった。しかし、遅ればせでもTPP参加を触媒として国内改革に着手すべきである。理想からは遠いが、参加を断念して「昼寝」を続けるよりは百倍マシである。同時に、「最後はFTAAP」「やがてその主導権を巡る米中の角逐が来る」ことを忘れないようにしたい。


FTAAPていうのは、APEC(アジア太平洋経済協力)間での貿易自由化のことで、1994年のAPEC首脳会議でのボゴール目標ってやつで、いずれFTAAPを実現させることを決めた、っていうやつですね。
要はこの「世界自由貿易化」の流れで生き残るには、早いうちにFTAやTPPなどの局所的・中域的な自由貿易を進め、国内でもそれに向けたような産業構造にシフトさせるべきだ、っていう結論なんだと思いますが、

反対派の方々等が仰るTPPの反対背景には、そもそもそういう完全自由化を目指すような自由貿易自体に反対で、このまま「世界自由貿易化」の流れに行ってしまわないよう、歯止めをかけたいという目的があります。その理由は今更ここで詳しくは書かないですが、とにかくそんなものでは国が壊れるだけで、行く末良くならないといことで。

こういった自由貿易構想がうまくいった先には、どういった「うまくいった」国家像が描かれているのか、その中で一人一人の国民がどうのような「うまくいった」生活をしているのか、どこまでそれが想像されているのか疑問です。各国が自分の得意分野の輸出や海外投資を増やして儲けたい、とか、その方が経済学的にも1番効率的でうまくいけば全ての国がwinwinだ、とかいう理由だけなら、あまりに粗雑で安易で危険な「思想」だと感じます。全て国や業界のルールを(基本的に規制を取っぱらう方向で)画一化して、でも所持してる資金や土地には最初から偏りや国によっても制限があるので(もっというと言語や性格や人種も)、その結果格差が広がれば「それがフェアなルール下での個々人の努力によって出た正しい結果だ」という事で誰も責任を取らない体質にもなるだろうし。
そういう個々の差異をうまく考慮して調整して、もっというと大事にしてやっていくのが国とかの役割でしょうし、そういう差異(歴史伝統文化も含む)を守りながらやっていけるような土台を考える必要があるのでは。しかもそういう差異が購買意欲をそそる様な価値にも繋がりそういう価値を生む源にもなるのでは。
そういう差異の部分は「認知的複雑性」の高い曖昧なもので、だから数理的な学問ではこういう概念を切り捨てたり対象としないですね。でも実際生きるにはこの認知的複雑性の高い部分が大事になってくると思うし、保守というのはこの部分の大事さに着目し、それをそのまま守り保つような方向の政策を支持するのでしょう。
なのでこういう部分の抜け落ちた、もしくは超単純化してパラメータにしたような数理モデルの結果が「効率的だ」という事で、それをトップダウン式に現実に当てはめるのは、かなりの弊害が出るのは当然なんだろうと思います。しかも「効率的」を至上とする価値観自体が、認知的複雑性を排除したい、逃れたい、とにかく目先の分かり易い結果を、という豊かとは思えない心を育んでしまうのでしょう。

完全自由化を理想とするような自由貿易の目指す方向性は、国がその認知的複雑性の高い部分を考慮することを諦め、そういった価値が希薄になったり無くなるような政策によって、その価値観が国民の実生活にもいずれ反映し、国民もそのようなデジタル脳な価値観になっていき、結果、個々人の中で多くの数値化できない魅力や価値が失われていき、各国同じようなモノで満足すると、その後中々購買意欲も増えず、そんな中では結局資金力とか立地や土地の規模の条件で格差が広がったり、国同士も結局各国の土地制限や資源制限やなんやらで国の運営が不平等になって争ったり、自由化の裏でバッチリ自国だけの繁栄を見据えていた国にまんまと富を、下手すると領土すら吸い取られたり、、そしてそれでも「それが結果だ」(あらかじめ特定の社会的結果を求めたモデルじゃなく、「最も効率的な資源分配」であることを目指したモデルで、それに個々人が自由にやった結果なのだから、これが個々人の理想的な結果なのだと粛々と受け止めるべきだろう、なんて)という事で何の総括も責任もなし。。

とか考えると、今からでもいいから、なんとかしてこの流れに歯止めをかけたいと思うのは、時代の逆行だろうがなんだろうが、至極全うだと思います。

反省したり。

2014-09-22 | 日記
安倍政権について、もっと言えば安倍さんについて、「信じる」か「信じない」か、という意見対立での争いは、なんかちょっと勿体無いな、と思ってしまします。

勿体無いというのは、どっち(信じる派も信じない派も)も目指すべき「目的地像」は同じなのに、その途上の道でどっちに行くか、で争い、お互いの存在自体を否定しようとしているように見えるので。そういう否定をしたら、あたかもその人の「目的地像」すら否定しかねない。「そんな浅はかな思考の奴の考える目的地像ってのも、似てるようで怪しいもんだ」みたいな。でも実際は「方法論」が違うだけなのでは?

「方法論」を軽視したいわけではないんですけど、(経済問題も実行的には政治問題なので)政局を交えた方法論を正確に確実に論じられる人を、自分は見たことがありません。ていうかその真偽を確かめる術が無いので。例えば政局の内部事情に精通した評論家が何か言っても、それが正しいのか、一般人に分かるわけがない。勉強とかいう問題じゃないし。今までの政局の結果を照らし合わせて、この人の言ってた政局情報はやっぱ正しかったな、ていうので測るしかないでしょうね。おそらく元官僚とか、元政府関係者はある程度の内部事情を掴んでいそうですが、そういう人たちの中で自分が正しいと思える「目的地像」を持っていそうな人がいないようなのでw。まあ目的が違ってもその方法論だけ利用する、っていう手も大事なのかもしれないですが。。

とまああまり方法論に長けた人物を知らない現状、個人的には現実に進められている政策などで、安倍さんの是非を判断するしかない、と思いますが、
それでは確かに後手後手に回らざるを得ず、気付いた時にゃ遅かった、という可能性も高い。
(というかそれを言うと安倍総裁の自民が衆院選で勝った時点でもう遅いのですが。。その時点で民主党は論外だけど、安倍自民もヤバい、と思った人はどういう投票をしたんだろう。共産?いやいやそれもヤバイでしょうw)

現実、国を動かすには国会・行政・裁判所・民間勢力・他国も含めたトータルな政治の内部事情を知り、目的達成へ向けての現実的なアプローチをする事は大事だと思います。それが大事ってことは多くの人が分かってると思います。でもそれを、そんな「実行の為のトータルな分野のミクロな内部事情」の真偽を測る術がなくて中々うまくいかないのが現状かなと。
で、そのよく分からない部分の真偽で争って、最終目的地はほぼ同じだったとしても「あいつは無い」と見限ってしまう事は、勿体無い内ゲバだと思うんですよね。。

自分自身、「目的地像」の方ににかなり拘ってしまってる反省はあります。ただ一番大事なのはその人の主張する「目的地像」である、という考えは変わりません。だからいつもブレずに自分が正しいと思える「目的地像」で言論をされる方々は、仮に政局などの方法論的な部分を見誤ったとしても、言論界から消えて欲しくありません。それにその正しいと思える目的地像がまだまだ全然一般に広く伝わっていないという現状もありますし、目的地像が一番大事なら、方法論よりまずそこを広めない事には話にならないだろう、方法論で潰し合ってる場合じゃないさろう、っていう気持ちもあります。(西部邁さんなんかは「目的地像」という総論を常に念頭に置いて、それに従い各論について「どうすべきか」を語る極地の方かもしれないですね。それに対して「口ばっかりで行動しないのは駄目だ」という切り捨て方はマズいと思います。いつの時代も「正しいこと」を言う人間から本質を学ばないと、人間いつまでも同じ間違いをすると思うので。(自分の生々しい「死」や「損」というものに実際どこまで自分自身が耐えられるのかは分かりませんが、やはり少なくとも自分の平常な理性の中では『「目的地像」>「方法論」』の図式はどこまで行っても覆すべきじゃない、と思いますので。。)西部さんみたいな人はいつの世も絶対必要だと思います。当面長生きされることを心から望んでいますw)
とはいうものの、やはりその正しいと思える目的地に、現実に進んで欲しい。進まないと実生活にも被害が及ぶことも。となると、やはり正しいと思える「方法論」が必要になる。そこも重視していかなければこの先損ばかりするかもしれない。

となると、「目的地像」は置いといて、より客観的に正しく現在の政治の状態を知り、論じることのできる言論人が求められてるのかもしれません。そういう人は「目的地像」なんか持ってない方が何の情報のバイアスもなくて信憑性があるかもしれない。でも目的地に拘る自分なんかは「こんな国家観のない奴のいう事なんか軽々しくて信用できない」とか思ってしまうかも。それは最初に書いた「方法論の違いによってその人の目的地像すら否定する」という行為と同じくらい勿体無い事なのかもしれない。。
「目的地像」と「方法論」は切り分けて見るべきなのかもしれません。
「目的地像」を重視する人は(最終的にはほとんどの人がそうだと思いますが)、何の思想もない客観的「方法論」を語る人の言うことを利用するぐらいの許容力がないと、「現実的達成」には向かわないのかもしれませんね。それぐらい(「理想の目的地像」を広めさえすればうまくいくんだ、という純粋なやり方ではうまくいかない、寧ろ利用されて歪んだ結果にさせられるくらい)、現実の政治の世界には『難解で巧妙で複雑な壁』が立ちはだかってるのかもしません。。
まあ、マリオみたいなものかも。あのゲームは「ピーチを助けるか否か」云々というそもそもの本題はさておき、「このタイミングでジャンプする」とか「ここは一旦止まってジュゲムをやりすごす」とかいう「ステージに適した行動」という方法論の善し悪しによって結果が決まる。でないと死ぬ。まあクソしょうもない例えで申し訳ありませんがwもうちょっと現実的に言えばやりたい目的(仕様)を達成するための「プログラミング」部分の問題かな。目的の仕様達成には、専門的で優秀なプログラマーが必要だ、ていう。

そういう「無臭の政治(政治家・官僚・他国との関係性)マニア」な人っているのかなあ。。w

まずいんですね

2014-09-20 | 日記
前回結い(現・維新?)の党の政策方針を批判しましたが、こちら()も負けず劣らずマズいようです。

安倍総理のTHE WALL STREET JOURNAL(日本語版)寄稿文のようですが、書いてる事を少しまとめると、、
・第2次安倍政権の最優先事項は依然「デフレ脱却し経済成長する」こと。
・これまでのアベノミクスで、景気は改善してきている。
・これからは第3の矢(構造改革・規制緩和)を進めたい。
・法人税をもっと引き下げたい(企業の利益を増やすため)。
・各企業に社外の取締役をもっと入れてもらうこと等で企業統治の強化を図りたい。
・電力市場、医療市場の自由化を進め、企業が参入しやすくする。
・ビザ発給要件を緩和し、外国人の訪問数を増やす。
・農地バンク法により農地の集約と大規模化をし、農業の競争力を上げ成長力を付けさせ、農協等も改革する。
・国家戦略特区内で多くの規制を緩和し、有能な起業家や外国人ホームヘルパーに快適な環境作りや、外国投資を誘致する。
・消費増税分は社会保障に当てるので国民の将来の懸念が払拭され、消費拡大に繋がる。
・女性の社会参加(就業率向上)の推進。
・年金の資産運用をもっと積極的にできるよう改革をしたい。
・TPP交渉を早く終わらせて実施し、成長軌道にのるのだ。


という感じですかね。
ヤバイ、どれを取っても賛成できない。。
まあ安倍総理は今年1月のダボス会議でも似たような目標掲げていたので、
今回の内閣布陣を見ても、これらの改革をリアルに進めていきたいんでしょう。
「もう金融緩和と財政出動のステージは終了した。次(第2ステージ)は構造改革・規制緩和で飛躍するのだ」みたいな感覚ということでしょうか。

これらの寄稿内容全体を見る限り、
1.とにかく外資を誘致したい
 (国内の中小企業の立場は…)

2.女性に活躍してもらってることをアピールしたい
 (今は共働きしないと結婚生活もままならないぐらい賃金低いから仕方ないけど、基本は女性が働いて自立した分、結婚率も減るし離婚率も増えるし出生率も下がると思うのですが。。)

3.消費増税したい
 (社会保障に充てて不安無くすとか無理過ぎるかとw。まだまだ財政破綻で煽ったり、政府や国の無駄遣いを批判する風潮も強いので、社会保障に充てるって事自体も信用されなければ(またTVとかで歳出先のフリップ持ち出して得意げに「やっぱりバラマキに使ってるぢゃないか!」なんていうつまらない声も出るだろうし)、先に借金返さないと意味ないだろという声も絶対多いだろうし、こういう風潮を殲滅でもさせない限り不安払拭など無理でしょう。でないと消費増税なんて消費を減らす為のブレーキでしかない。だからそんなことせずに経済の成長さえさせれば税収上がって解決の道に近づけただろうに。)

メインは1を進めたいのでしょう。
国内産業を大資本家の手に渡し、あとはなんやかや市場の原理でうまく活気付けばいいなー
みたいな感じなのでしょうかね。
総裁選の頃と比べ、完全に裏切られましたね。
もっと前からこういう考えは持ってたんでしょうけど(小泉構造改革を引き継ぐと言っていたので)、
総裁選の頃はそれらをぼんやり隠し「日本を取り戻す」というそれらしいワードや瑞穂の国の資本主義みたいな話で保守層を味方につけつつ総理にまでうまく上がっていったということですね。今回TPPについて「早く妥結し交渉を終わらせて実施したい」とハッキリ言ってるのを見て、交渉参加前に「守るべきものは守る」と言ってたのはただのリップサービスだったんだろう、と思えます。本音は自由化しまくりたいんだな、と。
以前チャンネル桜の社長が安倍総理に「竹中(平蔵)さんを産業競争力会議とかに加えるのは止めた方がいいですよ」と進言し、安倍総理は「政治ですから」と言ってはぐらかしたらしいですが、安倍総理からしたら、竹中さんを加えた事よりも、「日本を取り戻す」的なフレーズで国内の保守層を幅広く取り込んで首相の地位まで登ってきたそれまでの言動の方こそ「政治」だったのかもしれませんね。
第1期の総理の経済政策や、現状のこういう寄稿文を見てると、そう思えてならない。
むしろ野党時代や総裁選前ぐらいの安倍さんが本当の安倍さんだとか、その時に色々な意見を聞く事で安倍さんは目覚めたんだ、とか考える方が無理のある夢物語なのかもしれない。
でもまあ、こんな寄稿文は安倍さんの本心じゃない、海外向けに官僚に書かせたリップサービスだ、と思う人はそう思えばいいんでしょうね。実際総理と面識があって何らかの確信を抱いてる人もいるんでしょうし。。

でも今、TPPや増税やその他構造改革など、現実に確実に進めていますよね。
だからもうその現実が確実な結果。安倍さんにどんな考えやどんでん返しの策があったり、ガレキだらけの道である現状を1歩進もんでも2歩下がってしまうとしても、それみんなに分かるような材料や情報や説明や、確信できる証拠がないのなら、今の状態で生活困窮して犠牲になる人からすれば、それは信じる事はできないでしょう。「信じる」というのも確信的な材料がある程度の濃度で存在して始めてできること。だから信じて欲しい人はそれをもっと懸命に分かりやすく示そうとしないと無理がある。それがなければ「信者」と罵られても仕方のない事です。(そしていざ数年後、仮に安倍さんが実はすごい愛国でうまいこと日本を自主独立の道へ誘った、という事があっても、安倍さんを信じていた人がそうじゃない人に「それ見たことか、俺達の言うとおりだったじゃないか、お前たちのせいで安倍さんが降ろされてたら全てが台無しになってたんだぞ、反省しろ無能な愚民め」と言われても、全然響きませんw。結果良かったのは喜ぶ事ですが、むしろ安倍さんを信じる事を確信していたアンタらのその根拠不足な言動とか、あるいは自分らだけ内部情報に精通してただけで、それは戦略上公開できないものだったので他の人が疑うのは仕方ないだろ、それでも信じさせることのできなかった自分達のやり方の不味さを反省しろよ、と思いますねwまあ「じゃあ代わりに誰が」って話は現実見て慎重にならざるを得ませんけど。まさかまた民主なんて一生ありえないしw)
まあ遅かれ早かれ今後さらに「安倍の経済観はマズすぎる、もう安倍政権は駄目だ」と言わざるを得ないような国内状況になっていくと思われます。。

だからできるだけ今「構造改革とか規制緩和とかの何がマズいのか」「代わりにどうすれば経済回復するのか」などを一つ一つ論理的に確実に押さえていって少しでも世論を強く正しくしていかないと、どんどん手遅れな産業構造に変えさせられてしまう恐れを感じ、その為に経済学をもっと勉強しないとな(経済学を武器に何やら色々それらしい事言ってる人の意見の「言いたいこと」を理解し「どこかどう間違ってるか」をハッキリさせるために)、と思っている次第です。

真逆だ

2014-09-19 | 日記
ふと、久々に江田憲司さんのブログを見ました。(

内容はまあなんてこともない、基本的に安倍政権の経済政策批判なんですが。
安倍政権の経済政策は、今のとこ、日銀総裁を変えての金融緩和、民主党時代よりは増えた財政出動、民間の参考人等を軸に進められつつある規制緩和(TPP含め)、消費増税、という4点がおおまかなところですかね。

このブログでは上記4点の内、金融緩和、財政出動、増税、の3点を批判しています。

増税の批判は個人的にも賛成です。なんで消費を熱したい今、よりにもよって消費に水をかけるような事を進めるのか。。先延ばしにしたって誰も責めない上に、実施可能だろう、何を焦ってるんだろう、という感じなのですが。。アベノミクスってのがうまくいけば、もっと犠牲も少なく効果的に実施できるタイミングが必ず来るだろうに、安倍政権にとってもその方が絶対良いだろうに、と思いますね。。そこまでゴリ押しで進めてしまいたいほど自分の政策に自信がないのか?とか勘ぐってしまいますw仮にアベノミクスによって、「デフレ脱却と財政再建を両立する」っていうモデルを示したくて試したのであれば、消費増税は明らかに失敗でしたね。デフレ脱却だけ実施することで税収が増えて財政再建の一端を担えたかもしれないし、少しタイミングをズラすことで財政再建との両立もできたかもしれないのに。。増税分を社会保障にまかなうとかどうこう言ってますが、結果消費が落ち込んで景気が悪化してたら何の財源にもなってないのでは。。

それはさておき、相変わらず江田さんは財政出動を「バラマキ」と一言で締めくくります。
変わってないですね。この人は昔から「政府の無駄」を許せないんですね。
この人が党首である結いの党の政策を見ても、まああらゆる分野の「民営化」を推進してる。
みんなの党をよりみんなの党的にしたのがこの結いの党、という感じでしょうかw
まあ、悪いですが、大反対です。
たとえ好景気でインフレだったとしても、この考え方には賛同できませんw。

例えば、結いの党HPの主要政策欄の復興支援項目に載ってる
「巨大なコンクリート防潮堤に代表されるハード偏重からソフト重視の復興支援策へ。」
とか、、
え、もの凄い津波が無残に街を襲った映像、TV中継でみんな見てるはずですよね。。
それを見た結果「ハード偏重からソフト重視」って、どうやったらそういう真逆の発想になるんだろう。。確かに危険度の高い土地に住宅を設けるような事は避けたり、一人一人の危険察知力を上げる事は進めるべきですが、基本的に自分達の郷土を「もっと防げるようにしないと」と考えるのが普通なのでは。。復興支援とか言っときながら、ソフトを重視して「郷土がぶっ壊れても(ソフトの力で)人が生き延びたらオッケー」っていうのは、東北はじめ、人々の郷土ってのを軽視しすぎで、そんな発想で復興支援なんてよく言えるなあ、と思ってしまします。

もう結局そんな復興云々じゃなくて、この人の地の思想である「公務員や半国営的な団体の天下りや無駄な行為がとにかく許せない」っていう本音が全面に出てるのがよくわかります。
ある意味一貫しているので、ブレない事自体は良いと思いますが、その内容が安直すぎてどうしようもない。本当にその結果、いい国になると本気で思ってるんでしょうか。。
色々な権限を地方や民間に委ねて、本当に効率良く進むのか、しかも効率だけでなく国家運営は公の調和も必要。それが地方や民間にできるのか。。
国の悪い部分を批判するのは分かりますが、その先の解決策が自分の考えてるのと真逆過ぎて話にならないなあ、という感じです。でも方法論を重視する人は根本が違っても増税反対ってだけでこういう党と手を組んだりするんでしょうね。で、その途上で意見が合わずに脱退。この結いの党も含め、そういう節操のない離脱や結成が野党で行われていますね。政治なので小さい政党にとっては目先のお金や力が必要なのは分かりますが、今のとこ方法論に依り過ぎて節操の無さを露呈してしまって支持を低くしてるのが現状なんじゃないでしょうか。。(正直次世代の党だって、そういうなりふり構わない残念な点が見られますしね。。)