日本福音ルーテル二日市教会 筑紫野市湯町2-12-5 電話092-922-2491 主日礼拝 毎日曜日10時半から

ルーテル教会は、16世紀の宗教改革者マルチン・ルターの流れを汲むプロテスタントのキリスト教会です。

4月7日

2024-04-11 16:43:56 | 日記
使徒言行録4:32~35、ヨハネの手紙11:1~2:2、ヨハネ20:11~18
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二日市教会主日礼拝説教 2024年4月7日(日)

「墓に来た女たち―その2」
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私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安が皆さま一人ひとりの上にありますように。アーメン。
Ж
  今読んだヨハネ福音書は、復活のイエスとマグダラのマリアの出会いの話でした。ところで、マグダラのマリアとはどんな女性だったのでしょうか。それを考える上でまず参考になるのが、マルコ15章です。15章は、イエスがピラトから尋問を受け、死刑の判決が下り、十字架につけられたという話ですが、この後半「イエスの死」が、彼女のことを具体的に考えさせてくれるからです。

 15章のここは、イエスが息を引き取る場面です。それを見ていた人たちの中に女性がいた、「その中には、マグダラのマリア、小ヤコブとヨセの母マリア、そしてサロメがいた」、つまり彼女もいたと書かれているからです。
 それから、41節にはもうひとつ重要なことが書かれています。「この婦人たちは、イエスがガリラヤにおられたとき、イエスに従って来て世話をしていた人々である」。ところでこの「イエスに従って」ですが、これは「イエスの弟子として」という意味が含まれる新約聖書の重要な言葉です。ということは、彼女はイエスの弟子だったのですよとマルコ福音書は暗に匂わせているのです。

 それともうひとつ、今のマルコ福音書は、女性たちがイエスに従っていたのは「ガリラヤにおられたとき」からだと書いています。つまり、彼女たちはもともとガリラヤの住民で、マグダラのマリアもその一人だった。ところで、マグダラは町の名前です。ガリラヤ湖畔の町で、湖で取れた魚を塩漬けにして外国に輸出する基地のような町でした。

 なお、聖書にはマリアという名がたくさん出てきますが、マリアは当時人気ナンバーワンの名前で、親がこぞって生まれた女の子にマリアの名をつけていたためでした。だから、マグダラのマリアもほかのマリアと混同されないために出身の町の名と共に呼ばれていたのでした。
 ところで、彼女を理解するためにもう一か所、ルカ福音書8章を見ておきたいと思います。「婦人たち、奉仕をする」という見出しになっていますが、そこはイエスに従って伝道旅行をしていた女性たちの紹介となっています。そして、イエスに病気を治してもらった数人の女性の一人としてマグダラのマリアの名前が挙がっています。イエスに癒された女性がいかに多かったかを思わせる箇所ですが、3節の最後には「彼女たちは、自分の持ち物を出し合って、一行に奉仕していた」という言葉があります。

 つまり、彼女たちの中にはイエスのグループに対して経済的な支援が出来る女性が何人もいたということなのです。マグダラのマリア以外に名前が挙げられている中にヘロデの家令クザの妻ヨハナの名がありますが、彼女の夫はヘロデ王の家臣だったわけで、そのことでここに紹介された女性たちが皆上流階級の人たちだったと言っているのです。ということは、一緒に紹介されたマグダラのマリアもまた裕福な暮らしが出来ていた一人で、しかし彼女は、何もかも打ち捨ててイエスに従ったと言う感じなのであります。もちろん3節の最後に、「彼女たちは自分の持ち物を出し合った」と書かれていますから、自分の所有物を売り払ってそのお金をイエスの活動費に充てたりもしていたのでした。

 ところで、このマグダラのマリアのことを「彼女は娼婦だった」と言う人がいます。けれども、今聖書にあったプロフィールをしっかり読んでいれば、そういうことは言えないのではと思うのであります。
 さて、多くの女性も従っていたイエスですが、彼女たちに「小さな群れよ、恐れるな(ルカ12)」と声を掛けました。その彼女らは、全員の食事作りを引き受けており、そのため、ゆく先々で食材の買い出しのために行った村や町の市場で出会う冷ややかな目線やひそひそ交わされる陰口を背にして戻って来るのをイエスは知っていたからでした。

なお、イエスのたとえ話は家庭の主婦たちの労働に触れたものが少なくありません。たとえば、「パンだねのたとえ(マタ13)」では、女の作業だったパン作りが取り上げられ、「地の塩(マタ5)」のたとえでは、料理の塩加減をしている主婦たちが取り上げられていたからです。
 またイエスの教えには「思い悩むな(マタ6)」があります。その教えで彼は「何を着ようかと思い悩むな」と言いました。これは明らかに女性たちに向けての言葉で、しかしそれは着るものがたくさんありすぎての悩みなどではありませんでした。なお、一人の男性の弟子はイエスに「私たちは何もかも捨ててあなたに従ってまいりました(マタ19)」と言いましたが、それは女性たちも同じで、持参している衣服は必要最低限で、洗濯は川や池で、木陰に干せばよかったが、人前で「何を着ようか」というのは当然すぎる悩みなのに、今はその装いも許されない環境なのでした。だからこそ、イエスは「野の花がどのように育つのか注意して見なさい」と教えたのでした。野の花でさえそうであるように、あなたがたを装わせてくださるのは天の父なのである。それをまとっているあなた方こそいちばん美しい・・・。

 こうして、彼女たちを含むイエス一行はエルサレム入りをし、あげくのはてに彼は逮捕されますが、その時男性の弟子は全員逃げ出したのに、女性たちは一人残らずその場にとどまった。と どの福音書も書いたのでした。ところで、福音書はどれも、イエスに従った女性の話をする時は、かならずトップにマグダラのマリアを挙げます。なぜそうなのか。やはり彼女が女性グループでナンバーワンだったからです。そこで、本日のヨハネ福音書20章ですが、復活のイエスはそのナンバーワンの女性のマグダラのマリアに姿を見せたのでした。

 さて、この話の最後をもう一度見ておきたいと思います。なぜなら、そのイエスは彼女に「わたしの兄弟たちのところに行ってこう言いなさい」と命じたからです。彼女はそこですぐ彼らの所に行っていますが、その程度の距離なのにイエス自身は彼らの所に行こうとはしなかったのでした。

 でも、男性の弟子たちの中にもナンバーワンはいたはずです。マリアはあくまで女性たちの中のトップにすぎません。ところが、イエスは彼女一人だけで充分という態度をしめしたのでした。ということは、弟子たち全員のトップがマグダラのマリアであるとイエスが認識していたことに他なりません。
 さて、聖書がここまで書いていたにも関わらず、その後の歴史を見ると、マグダラのマリアの存在はぼんやりして、やがて消え去っています。ところが私たちはイースターになると、ナンバーワンの彼女とイエスの出会いの物語を読まされるのです。過去二千年間少なからぬキリスト教徒がその矛盾に気がついて来ましたが、それを公に口にするようになったのはようやく百年ほど前からでした。
従って私たちも、この矛盾をほったらかしにしないで、何が問題となっているのかを考える必要があるのです。その意味で、次週も引き続きマグダラのマリアのことを考えたいと思う次第であります。(日本福音ルーテル二日市教会牧師:白髭義)

次週4月14日 復活節第3主日
説教題:墓に来た女たち その3
説教者:白髭義 牧師

4月14日(日)午後2時~
能登半島地震
チャリティーコンサート・ピアノ連弾&ソプラノ
参加費:小学生以上一人500円
出演:和田朋子、西田祐子
※どなたもおいでください。
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