花と文。(暮らしと本と花と)

日々の心に残る記しておきたいこと。

好きな詩。~茨木 のり子さん

2010年04月20日 | 
   「汲む」  ーY・Y-に  
             
           茨木 のり子

 大人になるというのは
 すれっからしになることだと
 思い込んでいた少女の頃
 立居振舞の美しい
 発音の正確な
 素敵な女のひとと会いました
 そのひとは私の背のびを見すかしたように
 なにげない話に言いました

 初々しさが大切なの
 人に対しても世の中に対しても
 人を人とも思わなくなったとき
 堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
 隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました

 私はどきんとし
 そして深く悟りました
 
 大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
 ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
 失語症 なめらかでないしぐさ
 子供の悪態にさえ傷ついてしまう
 頼りない生牡蠣のような感受性
 それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
 年老いても咲きたての薔薇 柔らかく
 外にむかってひらかれるのこそ難しい
 あらゆる仕事
 すべてのいい仕事の核には
 震える弱いアンテナが隠されている きっと・・・
 わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
 たちかえり
 今もときどきその意味を
 ひっそり汲むことがあるのです


とても長い語りのような詩です。
少女時代の作者と美しい女性の姿が浮かんできます。

何事にもなれて堂々としてくることが
悪いことではない。
けれど、いつも心に静かなみずうみがあるような
そんな女性が理想です。

自分自身が鮮やかな感受性を失わないように
いつも立ち返り読みたくなる一篇の詩です。


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