「 花・住む・言葉 」  

Thanks for days.









  



人生に生かせれば。

2017年10月19日 | 

 書店に立ち寄れば、気になる本をぱらぱらとして

 ある一文に心掴まれれば、買う

 本との出会いは

 ~ある一文~

 装丁と、その著者の選ぶ言葉に惹かれるかどうか。

 美しいものが好きですけれど

 美しいだけではなく、機能的でもあったり(活かせる)

 何度も繰り返して読みたいものか

 判断して買うわけです。

 

 

    「文脈力こそが知性である」 

                 斉藤孝 

・・・・

 読んだ本を自分の人生に生かす。

 私自身は、斉藤孝さんのいくつかの本の中で気づかされたように感じています。

 知識は実践して活かしてこそ、意味のあるもの。

 自分の人生にどう活かしていくか。

 書くことよりも、話すということのほうが難しい。

 書くということは、読み直して修正ができます。

 ただのおしゃべりなら、ともかくとしても

 人前で話すこと

 簡潔にしてわかりやすく

 意味のあることを伝えられるかどうか。

 自分にとってはとても難易度の高いことです。

 ~・~・~・~
 斉藤孝さんの本は、見つけると買ってしまいます。

 すべてとは言わなくとも、買う率が高いです。
 
 勉強になるんですね。

 付箋を何枚も付けたけれど、

 読んでみたい本、気になった箇所
 
 再び読んで
 
 自分の中に擦り込みたい部分です。

 

 
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言葉に印を。

2017年10月16日 | 

 直観というものを、いつの頃からか大事にするようになった。

 さっき、なんとなくある言葉が浮かんで、たしか佐藤初女さんの本だったかな・・・

 と思って、その本を探す。すると、その本には幾枚もの付箋が貼られていて

 そのある一ページを開いた。

 
 ~出会う一人ひとりを大切にして、小さいと思われることも大事にして、今、ここにあることだけに一生懸命になる。~

 
   どんな小さなことでも、昨日と今日が同じでありたくないと思っています。少しでも進歩したい。

   気づきがなければ、その進歩している違いもわからないでしょうから。


   
                          (以上、いまを生きる言葉「森のイスキア」より) 佐藤初女




 その思い浮かんだ言葉を探す前に、このページにある言葉を見つける。

 ・・・・

 子どもを育てていた頃、気持ちが行き詰ることがありました。

 そんな時は、同じ子育て仲間に相談を持ちかけ、そしてある時は本に支えられたと思っています。

 佐藤初女さんの言葉は、どこまでも大きく受け止めてくれて、そして決して責めないでいてくれる。

 そういう一冊があれば、人はどれほど生きやすくなるでしょうね。

 本の持つ力は偉大ですね。

 本も人なり

 書いた人との一つの大いなる出逢いですね。

 
 気になるページに印をつける癖。

 今もずっとそうしているけれど、ずっと後になって、そのページに再び出会えば

 あの時は、そんなことに心引かれていたんだな

 当時の探していた言葉を知る機会を得ます。

 


        

 ~・~・~・

 肌寒い一日でしたね。

 まだ数日、雨の日が続くようです。

 みなさん、ご自愛くださいませ。



 
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本について語れば。

2017年10月11日 | 
さっき、仕事から帰ってくると

「ばぁちゃんから電話が来ていたよ、話したいことがあるから、時間のある時に電話ちょうだいって」

と次女。

話があるから・・・なんか不安になるセリフ。

食事を済ませて、すぐで電話をかけてみる。

すると、ある作家を知っている?

とのことだった。(ホッとする)

友だちが貸してくれたという本の作家の名前だった。

かつて、一度か二度は読んだことがあるけれど

今の私にはあまり興味の湧かないタイプの本なので

おそらく母も「あえて」読む、そういう類の本ではないだろう

なので、そんなふうに私も言って、母も納得したようだった。

本にも好みというものがある。

私なんかは、色々と興味が散らばっているので

今、あえて時間を割いて読む気になれないものは読まない。

やりたいことがたくさんあるから

厳選しなくては時間が足りない

本を買っても、書棚に置いて、そのままになっている

そんな本もあるわけだから。



少し前に「ボローニャの絵本」展覧会に行って買った本。

宮沢賢治が大正12年に旅の途中、旭川に降り立った時の詩が残されていて

それを元に、あべ弘士さんが絵本にされた。

私の父と母の生まれた地の名前が出てきて

そして、それがとても美しいものと感じられたのが嬉しかった。

胸に迫りくるものがあります。

~大正十二年、夏。


 汽車はようやく旭川駅に着いた。

 朝もやの中、

 街はすでに起きはじめていた。

 ・・・・  ~中より抜粋

 こんな感じで始まり、


 最後は  

 
 ~ 空がつめたく白い ~


 で終わります。

朴訥したものに心震えます。そのピュアさに、どこかに置き忘れてきてしまったかも

そういう危機感を覚えて

心、ふるえてしまうのもある。

まだもったいなくて、きちんと読んでいないんです。

本は、いつも準備が整った時に読みたい。

出逢い方も大事です。



昨日の午後。

今日も暑い一日だったようですね。



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良い本でした。

2017年09月25日 | 

 


               「生きるとは自分の物語をつくること」  小川洋子 河合隼雄           


                                      新潮文庫 

 二人の対談は別の本でも読みました。そして、河合隼雄さんを追悼するかたちで、

 とある婦人雑誌では小川さんが河合さんへの思いや
 
 エピソードや著書を特集するというものも読んだことがあります。

 ふたりの息のぴったりとあった対話には、同じ価値観を持ち得るそれぞれの分野の知識の

 根底にある共通するもの、そこに引き込まれます。

 さらっと読めるのですけれど、ふむなるほど深いなと

 見逃して、きっと深く理解もせぬまま読み進んだ箇所もあるだろう

 それでも、私のような一読者が、尊敬して友愛の思いを抱かずにはいられない

 お二方の深く広い愛を感じるのです。

 
~ 小川 全部とっぱらって、本当に魂をむき出しにして生きざるをえない。

  河合 そう、すごい人を考えられたと感心しましたね。

  小川 それで、その魂と魂を触れあわせるような人間関係を作ろうというとき、

     大事なのは、お互い限りある人生なんだ、必ず死ぬもの同士なんだという一点を

     共有しあっていることだと先生もお書きになっていますね。

  河合 やさしさの根本は死ぬ自覚だと書いてます。やっぱりお互い死んでゆくということが

     わかっていたら、大分違います。まぁ、大体忘れているんですよ。みんなね。

      ・・・・・~途中省略~・・・・

  小川 あなたも死ぬ、私も死ぬ、ということを日々共有していられれば、お互いが尊重しあえる。

     相手のマイナス面も含めて受け入れられる。

  河合 それで、そういう観点から見たら、80分も80年も変わらない。

  小川 永遠を感じさせる、至福の時間というのは、そうして実現するんですね。

  河合 そのひとときが永遠につながる時間なんです。

        ~永遠につながる時間より・・・抜粋~


 「博士の愛した数式」を紐解いての対話です。

  わかるような気がします。けれど、そういう運命の時間も時がゆけば、薄らいでゆく。

  やはり、こういう出逢いや気づきも運命的なものを思いますよね。

  こんなふうに感じたことがある、誰しもあるのではないでしょうか。

  小川洋子さんの言葉の柔らかさや豊かさ

  心に染み入るものがあります。

  もっと、良い言葉に出逢いたい

  そんなことを感じました。

  ~・~・~・~・~
  

  少し涼しくなりましたけれど、今日は日中とても暑かったです。

  静かな秋を感じています。

  このような季節が長く続いてくれるといいですね。

  

  

  
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落ちこぼれ   ~茨木のり子~

2017年09月14日 | 

 

   「 落ちこぼれ 」



 落ちこぼれ

  和菓子の名につけたいようなやさしさ

 落ちこぼれ

  いまは自嘲や出来そこないの謂い

 落ちこぼれないための

  ばかばかしくも切ない修行

 落ちこぼれこそ

  魅力も風合いも薫るのに

 落ちこぼれの実

  いっぱい包容できるのが豊かな大地

 それならお前が落ちこぼれろ

  はい 女としてはとっくに落ちこぼれ

 落ちこぼれずに旨げに成って

  むざむざ食われてなるものか

 落ちこぼれ

  結果ではなく

 落ちこぼれ

  華々しい意志であれ



・・・・・

 


 
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重くとも___。~海と毒薬~

2017年09月11日 | 

ふと平和な日常に、或る日の自分の行いがよぎることがある。

あの時、、なぜそうしてしまったのか・・・と。

考えてみても、そうでしかできなかった自分がいたから。

なんだかわからないのだ

仕方なかったと

流されていく日々の中で、うやむやにして

今からの自分が良くあろうと、そう決意して決着させてしまうのだ。


良い人間であろう、よりよい選択をしよう

そんなことを軽々しく口にするくせに、まったく別の行動をしてしまうことがある。

日常の中にあるごくありふれた場面でのことである。

自分とは? 人間とは一体?



「海と毒薬」 遠藤周作

~戦争末期、九州大学付属病院で実際にあったのは“生きたままの人間の解剖”____
 日本人にとっての良心とは何かを問う、不朽の名作。~(帯より)




~こんな少年時代の思い出はぼくだけではあるまい。形こそ変れ、あなた達だっておそらく持っているものだろう。
 
 だがそれに続く次のような思い出は一体ぼくだけのものなのだろうか。

 それともあなた達もこれと似た経験を心のどこかにしまっているのか。・・~(文中より抜粋)

 何か心にうずくものを感じたのはたしかで

 この一文がぐっと迫ってきました。

 戦時中を背景に日本人の持つ良心というものに、焦点を絞り

 どこまでも突きつけてくる人間の心の暗い部分。

 いつの時代にもあてまはる

 現代においてこそ、必読の書と感じました。
 
 夏川草介氏(医師、作家)の解説が、また良かったです。

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良い本に出逢えば。~意味を求めて~

2017年07月12日 | 

 それぞれに好みがあって、自分にとって良いものが他者にとって

 必要な書だとは思わないし、ピンと来なければ、どんな本であっても意味はない。

 その時々によるけれど

 人間の心を深く探る、そして、生きる力に変えてくれるようなものを好むほう。

 おそらく、生きることって大変なこと
 
 そう感じて生きた時代があったからだと分析する。

 生き抜く力を求めていたから

 生きる意味とか、なぜそのような経験をしなくてはならなかったのだとか

 問いかけの思いが強かったのだろう。

 そして、意味のある(自分にとって)本に出逢ったからこそ

 今の自分がいると考えられる部分もなくはない。

 イコールと矢印が納得できるものとして成りたち

 自分の中に落ちてきた経験

 もう本の面白さだけで退屈をすることはないだろう

 それくらいに惚れこむ

 そういう出逢いをしたことがあるということかなと考える。



 「フランクル 『夜と霧』への旅」 河原理子 著  

  
  強制収容所の体験の記録『夜と霧』(ヴィクトール・フランクル著)について

  彼の人生を辿り、取材し、その思想のなぜを追っていく。

  まえがきには「生きることに対するフランクルの思想は、広くて深くて、骨太で、そう簡単にはわからない。

         もっと知りたいという思いを止められなかった。」とある。

  ・・・・・
 
 私自身、「夜と霧」の本は、図書館で借りてきて読んだもので、実際には持っていない。

 ある方のブログで知り、時間を置いて図書館で出逢ってふいに借りて読んだ。

 そして感動して読み終えたのち

 買おうと思っても、思いとどまる。

 巻末の強制収容所の写真を正視できず、本を読んでも、写真のページは束ねて見ないようにして本を閉じる

 わが家の書棚に置いておける自信がないのだ。

 今回、この本を読み終えて、気持ち改まり、わが家の一冊にしようと思う。

 そして読み終えた本のページの端に折り目を付けたところを追ってみた。

 この本(フランクル『夜と霧』への旅)には色々な人物が出てくる中で

 エッセイストの岸本葉子さんは「意味への意志」と「それでも人生にイエスと言う」読んで感銘を受け、

 著書の中で、~フランクルが説いた三つの価値を説明する~と紹介されている

 以下、

 ~意味とは、あらかじめ与えられるものではなくて、そのつど発見されるべきもの、

 状況に直面した者がみずから見出さねばならないもの。

 それは三つのしかたで見出されるとフランクルはいう。労働や、何かを作り出すことにより、
 
 実現される「創造価値」。自然や芸術を鑑賞する、あるいは誰かを愛することによって実現される

 「体験価値」。そして、それさえもあきらめなければならなくなっても実現しうる「態度価値」が

 人間には残されている。仕事は、いずれできなくなるかもしれない。音楽を聴いたり本を読んだりすることも、

 できなくなるかもしれない。それでもなお、変えられない運命に対して、どのような態度をとるか、

 その事実をいかに引き受けるのかという心構えと態度によって、人はなお意味を見出すことができるのだ____。~

                                          (抜粋)
 



 翻訳者の霜山徳爾氏のエピソードなども興味深かったし、フランクルの周囲にいた人たちの取材により

 人となりも伝わってきた。

 様々な環境で生まれ生きている人たちや

 いくつかの犯罪の被害者、加害者の背景にも迫り、取材されている。人間の複雑さ、奥深さ

 生きる背景はどう影響したのか。私達も同じ社会で生きるものとして感じるさまざまな点にも及び

 視ていく、考えて行く角度は幅広い。

 序盤、純粋に『夜と霧』だけを読むのがいいのかもしれない(本はその人それぞれの感想を持てばいい)

 そう感じながら読み進む自分もいたのだけれど

 読了した今になると、「夜と霧」という書が

 またずっしりと価値ある大切な一冊であったと確信した。

 

 河原さんの文の中に、大事な3冊として

 「夜と霧」のほかに2冊が挙げられていて、私の大事にしている本であったのも嬉しかった。

 本は時代を超えて、立場も何もかもを超えて、気の合う人と出会う貴重な機会であると

 今回もまたそんな気持ちになる。

 本を読む楽しさ、喜び、読むものとして選ぶものとして

 良い本に出逢えたことの縁というものに

 感謝の気持ちでいっぱいだ。

 

 



 

 

 
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ページをめくると。

2017年06月07日 | 

 ずっと以前に買って時々ページをぱらりとめくって読んでいた本を

 次女が出してきて、読んでいる。

 自分の今の考えていることで

 茨木のり子さんの「自分の感受性くらい」という詩の

 「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」・・・

 って書いてあったし・・・。とつい2、3日前に話し出した。

 (こころがフワッとする言葉 有川真由美著)

 の中からの言葉である。

 今さっき、夕飯の支度する合間に

 私もちょっと読んでみた。

「多数に追随すれば、必ず自分を見失う。孤独を恐れずに、したいことを続けるしかない」

 建築家 安藤忠雄さんの言葉だった。~恐れずに進んだ人だけが、自分らしく生きることを許可されている~

 と有川さんの言葉で結ばれていた。

 面白いなって思ったのが

「綺麗な足でいたかったら、男達の視線に足をさらしなさい」マレーネ・デートリッヒの言葉。

 ~恋人や夫がいても、街を歩くだけで意識する機会はあるでしょう。

 女が女であるためには、男性の力が必要なのです。

 男が男としての力量を発揮するにも、女性の力が必要なのですけどね。~と結ばれていた。

 誰かの放つ言葉を誰かが記憶して、どこかに記されて残っていく。


 

 ベランダ掃除。床を磨いた。

 

 プルン・パーゴ(ルリマツリ)の花が伸びてきて咲きだした。隣のお花の鉢に置かせてもらった。

 

 ~・~・~・~・

 今日は一日、しっとりとした雨模様。
 湿気があるので暑いような、寒いような。
 と言って次女が学校から帰ってきました。
 いよいよ梅雨入りするのでしょうか。

 
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いつか空ばかりを。

2017年06月04日 | 

 

  

  色んな専門的なブログを拝見すると、いいなって思います。私のブログは気まま過ぎて

  プロフェッショナルには程遠い。いつか、そんなブログをこれとは別に書きたいなと思う近頃。

  たとえば空ばかりとか、きっとあるでしょうけれど
 
  昨日、そんなことを思うくらい空の表情を感じました。

 

 

 辰巳芳子さん、雑誌の特集で、BSのスペシャル番組などでずっと前のことですけれど知りました。


 語り口調で綴られているこの本、辰巳さんの声がそのまま聞こえてくるかのようです。

 フレーベルというドイツの教育者の思想を学んだことについて(先生運が良いというお話から)

 ~たとえばフレーベルはこういうことをいうんですね。

  赤ちゃんがお母さんにオムツを替えてもらっているとき、

  赤ちゃんはオムツを取ってもらって自由になるから足をバタバタさせるでしょ。

  お母さんがそれを見て少し遊ばせてやって
 
  またちゃんと押さえ込んでオムツをあてる、

  そのわずかな遊びのような親子の取り交わしの間に意志の強い子供ができるって。

  お母さんが赤ちゃんのオムツを替える、ただそれだけの情景から、

  そこに潜んでいる人間が仕上がって行く一つの心理を

  フレーベルは見出すわけ。
  
  そして、そういう一つ一つの現象を詩のように書いて、

  その現象の向こうにあることを見つける稽古をさせるんですね。
 
  本当に素晴らしい思想家ですね、フレーベルは。

  ご飯を食べて、器がもう空っぽになって、子供がもっと欲しがった場合に、

  その食べものはお腹の中に入って

  あなたの力になるのよって、そのときにこそ因果関係を教えなさいって、

  そういうことを説いた人ですね ~(中より抜粋)


 
 「いのちのスープ」の人。そういうふうに覚えています。

 生い立ちから、現在に至るまでのエピソードをご本人の言葉で語られています。

 人間、生き方も在り方もそれぞれであっても

 感ずるところには共通するものがいくつもあって

 興味深いし

 学ぶって、人を育てて、方向性がつくられる

 大切なものを見つけて、そこにしがみついて掘り下げていく人しか

 得られない境地、そういうことってあるでしょうね。

 

 
Comments (2)

好きな文体に。

2017年01月10日 | 

  

「四月になれば彼女は」

       川村元気       (株式会社 文藝春秋)

 

久しぶりに自分で買って現代小説を読みました。

このタイトルとウユニ塩湖の背景に惹かれました。

「世界から猫が消えたなら」で初めて、川村元気さんの存在をはっきりと知りました。

うっかりと字だけ読み進んでしまって中身が抜け落ちてまた戻るという、爽やかな文章。

心地よい文に集中力がいるようです。

余計なものが削ぎ落とされている。

たとえば、事細かに丁寧に描かれた文ももちろん好きですけれど

この小説のように行間をしっかりと感じなければ、この会話はどちらが言った言葉なのか

読み返す、単純に私がうっかりものなのかも知れませんけれど。

詩的なものを感じます。

そうして、読み終わったあとに、物語の余韻が残っている

川村元気さんの本、また読んでみようと思いました。

それにしても、小説を読むと、書いた人の洞察や、研究したものを考える時に

自分はなんて単純に生きているのだと痛感してしまいます。

複雑だと思っているのに、単純

というより、薄々気づいているのに気付かない振りをしているか

考えをはっきりと表すことができない

そういうことなんでしょうね。

ぐんぐんと読み進む時は、好きな本ということになる

飛ばしたくなる、あとで読もうって思う時は

あまり好みではない

自分の性格の通りはっきりとしている。

私の友人で、本を買う時はハードカバーを買うと言った人がいた。

理由を聞いたら、本棚に飾ってあってもかっこいい。

本を大事にしているのでしょうね。

私のように文庫本を買って、挙句の果てにカバーも取ってしまったのなら

内容の様子も伝わってこないしね、だめよ~とのことだった。

最近はそういうことはしなくなったけれど

やはり良い本はなるべく買いたい

今は、そう思っています。

映画でも、本でも、借りて観たり読めばいいかな

そういう部分もあるけれど、しっかりと手に取り、大事なものとして扱う時間

自分の中にある、ぬくもりも本に伝わるような気もしています。

 

 

 

 

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