彼はハミを噛み締めグッと首を下げた。
何かに耐えているように見える。
あるいは何かを堪えているようにも見える。
相変わらずボテッとした馬体でもっさりと歩く姿は見栄えがしない。
鮮やかな末脚を持っていないのもこの見た目からすれば頷ける。
今風な華やかさよりも古臭い地味さを感じさせる。
そんな彼に親近感を感じるのはなぜだろう。
彼がここまで歩んできた道のりがそう思わせるのだろうか。
愚直なまでに前へ前へと突き進み自ら勝ちに行く闘い方。
競り合いになったら決して負けない気迫と精神力。
彼は弛まぬ努力と闘い続けることでそれらを手に入れた。
その他大勢だった馬が競馬界の最高峰を極めるまでの存在になった。
彼はその他大勢である私たちの代表のように感じてしまう。
もしかしたら自分もこうなれたかも知れない。
そんな気がして理想の自分を彼に重ね合わせているのだろう。
本馬場入場では彼への声援が一番大きかったような気がする。
私とは関係ないことなのになんだか誇らしげな気持ちになってくる。
そして、彼こそ歴史と伝統の盾を手にするに相応しい馬だと改めて思った。
スピード全盛の今では長距離戦は時代に合わなくなってきたのだろうか。
最近では古馬最強決定戦とは言えないようなレースになりつつある。
だが、昨年は英雄が春の盾の権威を取り戻すような走りを見せてくれた。
そのバトンを引き継ぐのはクラシック二冠を制したこの馬しかいない。
そして我こそが現役最強馬だという走りを見せて欲しい。
そんな想いを私は勝手に彼へと託していた。
発走の時刻となりファンファーレが響き渡る。
距離がもたないのかも知れない。
三冠を達成できなかった時の記憶が蘇る。
天性のスピードが足りないのかも知れない。
勝てなかった昨秋の情けない姿を思い出す。
まるで自分が走るかのように緊張してくる。
そんな私の思いをよそにゲートが開いた。
彼はいつものように先行集団を見る位置につけた。
そのまま3~4コーナーを回り一周目のスタンド前へとやってきた。
馬群の外目につけた彼の姿を私は肉眼でとらえる。
大きなストライドで実に伸び伸びと走っている。
心配していた行きたがるようなところは全く見せない。
真っ直ぐ前を見据え走りに集中しているようだ。
今やるべきことを一生懸命に頑張っている。
彼の姿は美しかった。
じわりとポジションを上げつつ、3コーナーの坂を上っていく。
ゴーサインが出ればいつでも前を捕らえられる位置につけた。
そして、坂の下りでレースが動いた。
スタミナ自慢の馬が早めのスパートで逃げ馬を交わしに行く。
それに呼応するように後ろの馬たちも前に押し上げてきた。
まだ早い、ここからでは最後まで持たない。
そう思えるような場所から流れが速くなった。
どうする。
そう思った瞬間、外から前を追いかける彼の姿が目に入った。
彼はこの勝負を受けて立つつもりだ。
そのまま先頭に並びかけ4コーナーを回る。
4角先頭。
それは古き時代の王者の闘い方と同じだった。
彼は先頭に立った。
そのまま後続を引き連れて前へと進んで行く。
ゴールはまだまだ先だ。
一気に後続を引き離すことはできない。
でも、決して後ろの馬には抜かせない。
一歩一歩着実にゴールへと近づいて行く。
ゴール板近くにいる私の方へと彼が近づいてくる。
直ぐ後ろに追いすがる馬たちがいて、今にも交わされてしまいそうだ。
あんなところから仕掛けたのだからいつ脚があがってもおかしくない。
おかしくないはずなのに彼の走りは全く乱れていない。
気持ちで脚を振り出しているつように前へ前へ進んで行く。
全身全霊をかけて後ろの馬に抜かれることを拒んでいる。
そんな彼の姿を見て私は震えていた。
彼の気迫に押されたのか。
懸命な姿に感動したのか。
何だか分からないがとにかく全身がガタガタと震えた。
私は祈るような気持ちで彼の名前を叫んでいた。
ゴール直前でついに後ろの馬に並ばれる。
それでも彼は諦めずに愚直なまでにゴールへ向かう。
もうこれは首の上げ下げだ。
彼は全身を前に投げ出すように脚を伸ばす。
彼が首を下げる毎に一瞬先頭になる。
そして、もう一度彼が首を下げたところがゴールだった。
勝った。
ゴールの瞬間、私には彼の下げた首がはっきりと見えた。
安堵と興奮と歓喜ととにかく色々なものが入り混じりますます体が震えた。
私は全身を震わせながら戻ってくる彼に拍手を贈った。
今日も彼に大切なものを教わった。
今日も彼は私の期待に応えてくれた。
今日も彼はなりたい自分の姿を見せてくれた。
なぜ、彼はこんなにも頑張るのだろうか。
何が彼をここまで奮い立たせるのだろうか。
それが分かれば私も彼のようになれるのだろうか。
きっと彼のように闘い続け無ければ分からないのだろう。
彼のように弛まぬ努力を積み重ねなければ見えてこないのだろう。
でも、そんなことが私にできるのだろうか。
きっとできるさ。
心の中でそんな声が聞こえた気がした。
いや、心に焼きついた彼の姿がそう語っていた。
気がつけば震えは止まっていた。
何かに耐えているように見える。
あるいは何かを堪えているようにも見える。
相変わらずボテッとした馬体でもっさりと歩く姿は見栄えがしない。
鮮やかな末脚を持っていないのもこの見た目からすれば頷ける。
今風な華やかさよりも古臭い地味さを感じさせる。
そんな彼に親近感を感じるのはなぜだろう。
彼がここまで歩んできた道のりがそう思わせるのだろうか。
愚直なまでに前へ前へと突き進み自ら勝ちに行く闘い方。
競り合いになったら決して負けない気迫と精神力。
彼は弛まぬ努力と闘い続けることでそれらを手に入れた。
その他大勢だった馬が競馬界の最高峰を極めるまでの存在になった。
彼はその他大勢である私たちの代表のように感じてしまう。
もしかしたら自分もこうなれたかも知れない。
そんな気がして理想の自分を彼に重ね合わせているのだろう。
本馬場入場では彼への声援が一番大きかったような気がする。
私とは関係ないことなのになんだか誇らしげな気持ちになってくる。
そして、彼こそ歴史と伝統の盾を手にするに相応しい馬だと改めて思った。
スピード全盛の今では長距離戦は時代に合わなくなってきたのだろうか。
最近では古馬最強決定戦とは言えないようなレースになりつつある。
だが、昨年は英雄が春の盾の権威を取り戻すような走りを見せてくれた。
そのバトンを引き継ぐのはクラシック二冠を制したこの馬しかいない。
そして我こそが現役最強馬だという走りを見せて欲しい。
そんな想いを私は勝手に彼へと託していた。
発走の時刻となりファンファーレが響き渡る。
距離がもたないのかも知れない。
三冠を達成できなかった時の記憶が蘇る。
天性のスピードが足りないのかも知れない。
勝てなかった昨秋の情けない姿を思い出す。
まるで自分が走るかのように緊張してくる。
そんな私の思いをよそにゲートが開いた。
彼はいつものように先行集団を見る位置につけた。
そのまま3~4コーナーを回り一周目のスタンド前へとやってきた。
馬群の外目につけた彼の姿を私は肉眼でとらえる。
大きなストライドで実に伸び伸びと走っている。
心配していた行きたがるようなところは全く見せない。
真っ直ぐ前を見据え走りに集中しているようだ。
今やるべきことを一生懸命に頑張っている。
彼の姿は美しかった。
じわりとポジションを上げつつ、3コーナーの坂を上っていく。
ゴーサインが出ればいつでも前を捕らえられる位置につけた。
そして、坂の下りでレースが動いた。
スタミナ自慢の馬が早めのスパートで逃げ馬を交わしに行く。
それに呼応するように後ろの馬たちも前に押し上げてきた。
まだ早い、ここからでは最後まで持たない。
そう思えるような場所から流れが速くなった。
どうする。
そう思った瞬間、外から前を追いかける彼の姿が目に入った。
彼はこの勝負を受けて立つつもりだ。
そのまま先頭に並びかけ4コーナーを回る。
4角先頭。
それは古き時代の王者の闘い方と同じだった。
彼は先頭に立った。
そのまま後続を引き連れて前へと進んで行く。
ゴールはまだまだ先だ。
一気に後続を引き離すことはできない。
でも、決して後ろの馬には抜かせない。
一歩一歩着実にゴールへと近づいて行く。
ゴール板近くにいる私の方へと彼が近づいてくる。
直ぐ後ろに追いすがる馬たちがいて、今にも交わされてしまいそうだ。
あんなところから仕掛けたのだからいつ脚があがってもおかしくない。
おかしくないはずなのに彼の走りは全く乱れていない。
気持ちで脚を振り出しているつように前へ前へ進んで行く。
全身全霊をかけて後ろの馬に抜かれることを拒んでいる。
そんな彼の姿を見て私は震えていた。
彼の気迫に押されたのか。
懸命な姿に感動したのか。
何だか分からないがとにかく全身がガタガタと震えた。
私は祈るような気持ちで彼の名前を叫んでいた。
ゴール直前でついに後ろの馬に並ばれる。
それでも彼は諦めずに愚直なまでにゴールへ向かう。
もうこれは首の上げ下げだ。
彼は全身を前に投げ出すように脚を伸ばす。
彼が首を下げる毎に一瞬先頭になる。
そして、もう一度彼が首を下げたところがゴールだった。
勝った。
ゴールの瞬間、私には彼の下げた首がはっきりと見えた。
安堵と興奮と歓喜ととにかく色々なものが入り混じりますます体が震えた。
私は全身を震わせながら戻ってくる彼に拍手を贈った。
今日も彼に大切なものを教わった。
今日も彼は私の期待に応えてくれた。
今日も彼はなりたい自分の姿を見せてくれた。
なぜ、彼はこんなにも頑張るのだろうか。
何が彼をここまで奮い立たせるのだろうか。
それが分かれば私も彼のようになれるのだろうか。
きっと彼のように闘い続け無ければ分からないのだろう。
彼のように弛まぬ努力を積み重ねなければ見えてこないのだろう。
でも、そんなことが私にできるのだろうか。
きっとできるさ。
心の中でそんな声が聞こえた気がした。
いや、心に焼きついた彼の姿がそう語っていた。
気がつけば震えは止まっていた。