lightwoブログ

競馬のスポーツとしての魅力や、感動的な人と馬とのドラマを熱く語ります。

第135回天皇賞(春)

2007-04-29 22:05:53 | 競馬観戦記
彼はハミを噛み締めグッと首を下げた。
何かに耐えているように見える。
あるいは何かを堪えているようにも見える。

相変わらずボテッとした馬体でもっさりと歩く姿は見栄えがしない。
鮮やかな末脚を持っていないのもこの見た目からすれば頷ける。
今風な華やかさよりも古臭い地味さを感じさせる。
そんな彼に親近感を感じるのはなぜだろう。

彼がここまで歩んできた道のりがそう思わせるのだろうか。
愚直なまでに前へ前へと突き進み自ら勝ちに行く闘い方。
競り合いになったら決して負けない気迫と精神力。
彼は弛まぬ努力と闘い続けることでそれらを手に入れた。
その他大勢だった馬が競馬界の最高峰を極めるまでの存在になった。

彼はその他大勢である私たちの代表のように感じてしまう。
もしかしたら自分もこうなれたかも知れない。
そんな気がして理想の自分を彼に重ね合わせているのだろう。


本馬場入場では彼への声援が一番大きかったような気がする。
私とは関係ないことなのになんだか誇らしげな気持ちになってくる。
そして、彼こそ歴史と伝統の盾を手にするに相応しい馬だと改めて思った。

スピード全盛の今では長距離戦は時代に合わなくなってきたのだろうか。
最近では古馬最強決定戦とは言えないようなレースになりつつある。
だが、昨年は英雄が春の盾の権威を取り戻すような走りを見せてくれた。
そのバトンを引き継ぐのはクラシック二冠を制したこの馬しかいない。
そして我こそが現役最強馬だという走りを見せて欲しい。
そんな想いを私は勝手に彼へと託していた。


発走の時刻となりファンファーレが響き渡る。
距離がもたないのかも知れない。
三冠を達成できなかった時の記憶が蘇る。
天性のスピードが足りないのかも知れない。
勝てなかった昨秋の情けない姿を思い出す。
まるで自分が走るかのように緊張してくる。
そんな私の思いをよそにゲートが開いた。

彼はいつものように先行集団を見る位置につけた。
そのまま3~4コーナーを回り一周目のスタンド前へとやってきた。
馬群の外目につけた彼の姿を私は肉眼でとらえる。

大きなストライドで実に伸び伸びと走っている。
心配していた行きたがるようなところは全く見せない。
真っ直ぐ前を見据え走りに集中しているようだ。
今やるべきことを一生懸命に頑張っている。
彼の姿は美しかった。

じわりとポジションを上げつつ、3コーナーの坂を上っていく。
ゴーサインが出ればいつでも前を捕らえられる位置につけた。
そして、坂の下りでレースが動いた。

スタミナ自慢の馬が早めのスパートで逃げ馬を交わしに行く。
それに呼応するように後ろの馬たちも前に押し上げてきた。
まだ早い、ここからでは最後まで持たない。
そう思えるような場所から流れが速くなった。

どうする。
そう思った瞬間、外から前を追いかける彼の姿が目に入った。
彼はこの勝負を受けて立つつもりだ。
そのまま先頭に並びかけ4コーナーを回る。
4角先頭。
それは古き時代の王者の闘い方と同じだった。

彼は先頭に立った。
そのまま後続を引き連れて前へと進んで行く。
ゴールはまだまだ先だ。

一気に後続を引き離すことはできない。
でも、決して後ろの馬には抜かせない。
一歩一歩着実にゴールへと近づいて行く。

ゴール板近くにいる私の方へと彼が近づいてくる。
直ぐ後ろに追いすがる馬たちがいて、今にも交わされてしまいそうだ。
あんなところから仕掛けたのだからいつ脚があがってもおかしくない。
おかしくないはずなのに彼の走りは全く乱れていない。

気持ちで脚を振り出しているつように前へ前へ進んで行く。
全身全霊をかけて後ろの馬に抜かれることを拒んでいる。
そんな彼の姿を見て私は震えていた。

彼の気迫に押されたのか。
懸命な姿に感動したのか。
何だか分からないがとにかく全身がガタガタと震えた。
私は祈るような気持ちで彼の名前を叫んでいた。

ゴール直前でついに後ろの馬に並ばれる。
それでも彼は諦めずに愚直なまでにゴールへ向かう。
もうこれは首の上げ下げだ。

彼は全身を前に投げ出すように脚を伸ばす。
彼が首を下げる毎に一瞬先頭になる。
そして、もう一度彼が首を下げたところがゴールだった。


勝った。
ゴールの瞬間、私には彼の下げた首がはっきりと見えた。
安堵と興奮と歓喜ととにかく色々なものが入り混じりますます体が震えた。
私は全身を震わせながら戻ってくる彼に拍手を贈った。

今日も彼に大切なものを教わった。
今日も彼は私の期待に応えてくれた。
今日も彼はなりたい自分の姿を見せてくれた。

なぜ、彼はこんなにも頑張るのだろうか。
何が彼をここまで奮い立たせるのだろうか。
それが分かれば私も彼のようになれるのだろうか。

きっと彼のように闘い続け無ければ分からないのだろう。
彼のように弛まぬ努力を積み重ねなければ見えてこないのだろう。
でも、そんなことが私にできるのだろうか。

きっとできるさ。
心の中でそんな声が聞こえた気がした。
いや、心に焼きついた彼の姿がそう語っていた。
気がつけば震えは止まっていた。

楽しい場所

2007-04-22 23:22:59 | 競馬観戦記
今日はワクワクしながら競馬場へと向かった。
大レースを観戦しに行くときの高揚とは少し違う。
小さい頃に遠足へ行ったときの感じに近いのかも知れない。
何だかとにかく楽しそうだ。
そんな心の声に素直に従い行きたい所に足を向けたのだった。

まずはグランドオープンした新しいスタンドを歩いてみた。
中世欧州風のモダンなデザインの広々とした清潔感のある空間。
昔の寒々しいどこか近寄りがたいイメージなど全く無い。
競馬に偏見を持っている人でもここに連れてくればきっと印象が変わる。
ここは誰にでも胸を張ってお勧めできる素晴らしい場所になった。

綺麗なスタンドに満足して次はパドックへと向かう。
入れ物を見ることだけを楽しみにしていたわけではない。
そこで行われるレースを観ることも今日の目的のひとつである。
大舞台への切符を懸けた乙女達の争いに気になる馬が出てくる。
その姿を直に見て、その走りをこの目に焼き付ける。
そんな競馬場本来の魅力ももちろん堪能させてもらう。

綺麗な瞳だな。
彼女を見た瞬間思わずそう呟いた。
女神の名を持つ馬は眼のパッチリした可愛い娘だった。

少し胴の詰まった体つきで首も太く短い。
伸びやかさよりもキュッとまとまっているような印象を受ける。
時折チャカチャカとする子供っぽい仕草も相俟ってとても愛らしく見える。
美しい女神というよりは元気な美少女という感じだろう。

返し馬でもやや行きたがってますます子供っぽく見える。
こんな彼女があの桜の上位二頭を脅かす存在になれるのだろうか。
やれやれと思いつつも顔はなんだか綻んでしまった。

そんな思いはレース中も続いていた。
あんなに揉まれて大丈夫かなあ。
やっぱり少し行きたがっているんじゃないかなあ。
なんて言いながら、中団馬群の真っ只中を進む彼女を見守った。

4コーナーを回り直線に入ると前には先行した馬たちの壁がある。
外に出そうとすれば後ろから脚を伸ばした馬に進路をふさがれる。
結局、その馬をやり過ごして外に出せたのは残り300mほどだった。

この時点で普通ならもう絶望的な不利と言えよう。
でも私は全然暗い気持ちにはならなかった。
だって彼女はとっても一生懸命に前へ前へと向かっていくから。

飛びが大きいという走りではない。
脚を伸ばせるだけ伸ばして少しでも遠くに体を運ぼうとしている。
まるで前へ前へという気持ちがこのフォームを生み出しているようだ。

ここまで前向きな意思を見せ付けられたら応援せずにはいられない。
私の眼の前を通り過ぎるときに「行けー」と声をかけた。
彼女は真っ直ぐ前を見据えて弾むように四肢を伸ばしていた。

一気に馬群を抜け出す。
前にはあと二頭。
よし、届く、行ける、差し切れる。

グングン、グングン脚を伸ばす。
彼女は測ったように前の馬たちを差し切り、先頭でゴールインした。
「やったー」と私は子供のように喜んだ。


最終レースが終わったパドックに人だかりができている。
まるでG1レースのような人込みである。
しかし、雰囲気は和やかで大レースのような緊張感は無い。

やがて、パドックは暖かい拍手に包まれる。
ダービー、オークスを制した元騎手たちは柔らかい表情で観客に手を振る。
馬にまたがり歓声に応える彼らに対してそこかしこで笑いが巻き起こる。

誘導馬にはテレビでお馴染みの元女性騎手と関東の現役騎手が二人。
スターターには「ダービーを勝ったら騎手を辞めてもいい」のあの人。
細かい演出が憎らしくてスタンドは大盛り上がりである。

鳴り響くG1のファンファーレに手拍子を合わせて大きな歓声を挙げる。
現役さながらのフォームでレースに乗る元騎手たちに声援を送る。
スタンドを埋め尽くした人々は直線で叩き合う彼らを大きな拍手で迎えた。
競馬ファンにとっては夢のようなひと時だった。


今日は本当に楽しかった。
競馬場ってこんなに楽しいところなんだと改めて思った。
やっぱりこんな楽しい場所は他に無いでしょ。

第67回皐月賞

2007-04-15 23:31:46 | 競馬観戦記
何に対して反抗しているのだろう。
この馬を見る度にそう思う。

レースで鞍上がいくら手綱を引っ張っても前に行きたがる。
パドックでは常にイライラしてるし、返し馬でも首を上げる。
調教では騎乗者を振り落としてみたり鞭を嫌がってみたり。
この気性の悪さはなぜなんだろう。

自分の思い通りにさせてもらえないから。
自分の気持ちを分かってくれないから。
自分は意思表示をしているだけなのに。
だったらあれほどまでに憤るのも無理はないか。

でも、今日はいつもとどこか違う。
神経質そうに首を振る仕草は少し機嫌が悪そうに見える。
だが、チャカつくとか入れ込むという感じではない。
このらしくない雰囲気はどうしたのだろうか。

本馬場入場では最後に登場した。
一番後ろを歩く誘導馬の更に後ろにつけている。
そのままずっと歩いていて、最後まで返し馬はしなかった。
嫌なものは嫌と伝え続けたから気持ちが通じたのだろうか。

ゲートが開き、いつものようにスピードの違いで前に出た。
1コーナーを回ったところでガクンと全体のペースが落ちる。
だが、彼は周りになんか合わせたくない。
自分のペースで走りたい。

今日の鞍上はそれを直ぐに察したようだ。
好きなように行かせて結果、彼は先頭に踊り出た。
いつもと違ってノビノビと走っている。

ここまで自分の好きなようにやらせてもらえたからだろうか。
直線に入っても彼のスピードは全く落ちない。
これが彼の持っている実力なのだろう。

二番手の馬に競りかけられそうになっても頑張っている。
自分の好きにやるからには結果を出さなければならない。
そんな責任感のようなものを感じる。

そして、自分の気持ちを分かってくれた人に恩返しをしなければ。
そんな彼の気持ちが最後のハナ差に繋がった。
彼は今日、大仕事をやってのけた。

第9回中山グランドジャンプ

2007-04-14 19:05:12 | 競馬観戦記
初夏のような日差しの中、小柄な馬がパドックを周回している。
その傍らに寄り添う女性は胸を張り誇らしげに馬を引いている。
終始穏やかな笑みを浮かべ、時折馬を気遣うようにその体に優しく触れる。
馬は引き手を信頼しきっているようにとてもリラックスしている。
三連覇という偉業に挑戦する気負いのようなものは微塵も感じられない。

本馬場入場でもこの馬はとても落ち着いている。
芝コースに出ると首を下げゆったりとしたキャンターに入った。
そして、障害の前で立ち止まり馬にじっくりと見せる。
馬が納得すると次の障害へ向かい同じ事を繰り返す。
障害レースの前のいつもの光景である。

やがてファンファーレが鳴り響く。
平地のG1レースのような手拍子はない。
その代わり鳴り終わった後に拍手が巻き起こった。
過酷なレースに挑戦する勇者達に敬意を表するように。

ゲートが開き各馬一斉に飛び出す。
そして10秒もしない間に最初の障害に差し掛かる。
それをふわりと飛び越えて何事も無かったようにコーナーを回っていく。
ここで早くも一頭騎手が落馬した。

残った馬達は次々と現れる障害を巧みに飛越していく。
やがて馬が一瞬見えなくなるようなバンケットを下って上る。
そして、年に2回しか使われない大障害コースへと向かっていく。

高さ1m60cmの大竹柵。
そこに馬達が突進し大きくジャンプした。
その瞬間、スタンドから拍手が巻き起こる。
こんな光景を目の当たりにすれば思わず手も叩きたくなる。
それは無理も無いことである。

もう一度大障害コースを通過し再び拍手に包まれた時だった。
中団を進んでいたあの馬がついに前に出てきた。
三連覇を自らの力で掴みにきた。

そこからレースが動き始めた。
2コーナーから外回りコースに入ったところで後ろの馬が一頭勝負にでた。
馬群を一気に捲くりきり3コーナーで早くも先頭に立った。

だが、そんな奇襲では王者は全く動じなかった。
直ぐにその馬を追いかけあっという間に内から並びかけた。
しかも手綱は持ったまま。

そのまま二頭は併走して3~4コーナーを走り抜ける。
片や手綱を持ったまま、片や何度も鞭が入っている。
そして、4コーナーを回ったところでついに王者が動いた。

軽く追い出されるとあっという間に併走馬を置き去りにした。
そのまま先頭で最後の障害を飛越する。
着地で一瞬躓いたように見えたが勢いはそのままでスパートに入る。

鞍上が大きなアクションで手綱をしごく。
腕をグルグルと回して風車鞭が唸りを上げる。
馬はそれに応えるようにグイグイと急坂を駆け上がる。

一気に後続を引き離した。
王者としての力を見せ付けるように。
この馬が12歳なんて嘘のようだ。

王者は力強く三連覇のゴールを駆け抜けた。

スタンドでは大きな拍手が巻き起こった。
これで何度目の拍手だろうか。
それでもまた手を叩きたくなる。
今日はそんな素晴らしいレースだった。