lightwoブログ

競馬のスポーツとしての魅力や、感動的な人と馬とのドラマを熱く語ります。

第26回ジャパンカップ

2006-11-26 21:56:55 | 競馬観戦記
スタンドに出ると人が溢れていた。
まだ昼過ぎだというのに前のほうは場所取りをする人で一杯。
もちろん上の方の座席に空きなんて全然無い。
こういう光景は久しぶりである。
やはり彼が走る日は特別なんだと改めて思う。

待っている人たちの顔は明るい。
ウキウキしながら待っている様に見える。
背の低い女性は人込みで前が見えないと連れに話している。
そして、それでもここで観るとも言っていた。
その気持ちはここに居る全員がよく分かるのではないだろうか。

彼の走りを直に見たい。
彼を一緒に応援する歓声を聞きたい。
彼の生み出す空気を感じたい。
だから皆、競馬場に足を運ぶのである。

馬体重が発表され、いよいよその時が近づいてきたことを実感する。
彼はやはり軽く、いままでで一番だろうと思った。
でも、心配は全く無い。
これが彼の個性なんだともう分かっているから。

そのとき、上空からパラリと雨粒が落ちてきた。
降り出すのは夜からだという予報だったのに。
もう少しだけ我慢してくれ。
厚く雲が立ち込める空に向かってそう呟いた。

その声を聞いてくれたのだろうか。
少しパラパラと降っては止む位で何とか持ちこたえている。
天気を心配している間にパドックの様子がビジョンに映し出された。

彼は相変わらず元気一杯だった。
勢いよく尻尾をブンブン振っている。
ゆったり歩いてたかと思うと、チャカチャカとステップを踏み出す。
軽く首を振ったり、頻りに口をモゴモゴさせたり。
時折舌を出したと思ったら、ひとつ大きな欠伸をまでしている。
いつまでたってもヤンチャ坊主そのままという感じ。

やがて止まれの合図が掛かりジョッキーが跨る。
他の馬が地下道に消えてもまだパドックを歩き続けている。
そうか、最後尾の入場なのか。
なんて思っていたら、また軽く暴れていた。

本馬場入場が始まり続々と出走馬たちが返し馬に入る。
まだかまだかと待ちわびたところで最後に地下道から姿を現す。
それだけで一際大きな歓声が上がった。

そんな声を気にも掛けずにダートコースを横切ってくる。
早く走らせろと言わんばかりにチャカチャカ催促しながら。
芝コースに出てようやく引き手を外し解き放たれた。
その瞬間、それまでのチャカつきが嘘のようにふわっと走り出した。
そのまま満足気に軽やかにキャンターに入る。
やはり、走っている彼は生き生きとしている。

待機所で輪乗りをしているときも落ち着いている。
ジョッキーはその間中、鐙に足を掛けてたまま。
落ち着きながらも集中を切らしてない雰囲気が漂う。

だんだんとレースが近づいてくると私はなんだか息苦しくなってきた。
自分でも無意識の内に足がガクガクと震えている。
寒さのせいか立ちっぱなしの疲労なのか。
どちらも違うような気がする。

今日は、今日だけは負けてほしくない。
そんな願いにも似た想いが体を強張らせているのだろう。
スターターが台に上り大きな歓声が上がった。

府中の杜にファンファーレが木霊する。
立錐の余地もないスタンドから手拍子の音が鳴り響く。
その音も大歓声に掻き消され場のボルテージは最高潮に達した。

ゲート入りが始まる。
偶数枠の彼は後の方で無事に収まる。
だが、入ってから何やらモゾモゾと動いている。
よく見ると隣の馬と鼻面を合わせている。
この緊張感の無さに私も少し余裕が持てた。
ああ、今日も遅れるな。
などと思っていたらゲートが開いた。

案の定スタートは早くなかった。
だが、鞍上は焦った様子など微塵もなくゆったりとしている。
自然とポジションは最後方となり1コーナーに差し掛かった。

先頭を行くのは久しぶりに逃げを打った北の勇者。
盛んに鞍上が後ろを気にしながらの走りは見るからに遅い。
その1頭挟んだ後ろには彼に初めて土をつけたライバルが進んでいる。

私は他の馬のことはそんなに気にならなかった。
一番後ろにいる彼のことばかり見つめていた。
いつ行くのか、いつ上がるのか。
そればかり気にして見つめていた。

3コーナーでじわりと差を詰め馬群の最後方に並び掛ける。
よし行け、行ってくれ。
色々な事があった鬱憤が知らぬ間に私を気負わせていた。
負けてほしくないという気持ちに囚われていた。

そんな逸る私の気持ちをよそに彼はまだ落ち着いていた。
そんなに焦らなくても大丈夫だよと言わんばかりに。
大欅を過ぎたところでようやく上がって行った。

そこからはいつもの様に彼は魅せた。
馬群の外を音もなくスーッと捲くって行く。
まるで他の馬が止まってしまったかの様に。
4コーナーを回った。

直線に入った瞬間にはもう馬群から抜け出していた。
そこから更に外へ進路を取り、誰もいない場所を走り出す。
ダービーの再現だ。

内から一瞬の切れ味を生かして3歳馬が脚を伸ばしている。
後ろから欧州年度代表馬も迫ってきている。
でも、そんなのは関係ないようだ。

彼は自分の道を気持ち良さそうに走っている。
伸び伸びとしたフォームは他の馬など気にした様子も無い。
ただ、彼はこうして全力で走るのが好きなんだろう。
ただ、こうして飛びたいんだろう。

そのまま天を舞うようにゴール板を駆け抜けた。


スタンドの密集した人込みが叫び声を上げている。
スタンドの上の方からも拍手が聞こえてくる。
だが、そんな大音量も私の耳には入ってこない。

私はただスタンド前に戻ってくる彼を見つめていた。
大歓声をよそに、ただただ彼を見つめていた。
彼を見つめながら、心の中でひとつ頷いた。
私の中の強張りがスッと消えていった。

彼が地下道に消えても誰も動かない。
立錐の余地も無いスタンドの全員が待っていた。
やがて姿を現した英雄に皆が拍手と歓声で迎えた。

騎手はバンザイ、バンザイと何度も両手を上げて喜びを露にしている。
口取りで鞍上の五本と下にいる馬主の一本の指で六冠を作っている。
それを見守るスタンドの人たちは晴れ晴れとした笑顔だ。

肝心の主役の彼は満足したのか大人しくしている。
きっと人の気も知らずにこう思っているんだろう。

あー、気持ち良かった。

第7回ジャパンカップダート

2006-11-25 20:33:12 | 競馬観戦記
スタンドに出ると日差しが暖かい。
こんな陽気を小春日和と言うのだろう。
でも、澄んだ空気は冬の足音を感じさせる。
もうすぐ秋も終わりだ。

晩秋の東京競馬場を彩るのはやはりジャパンカップ。
でも、今年のダートはどこか寂しい気がする。

外国馬の参戦が無いこともある。
そしてなによりも、ダート王と呼べる馬がここに居ない。
それが物足りなく思えてしまう要因なのだろう。
パドックはどこかで見たような光景だった。

人気の馬は引き締まった筋肉はボクサーのような印象を与える。
その後ろの馬は相変わらず申し訳なさそうに首を下げて歩いている。
紅一点の女傑はグラマラスな体で堂々と歩を進めている。
この光景は地方競馬の祭典とあまり変わらない。

中央のダート王は競走馬の不治の病に侵された。
地方のダート王は調整が遅れて休養から戻ってきていない。
仕方ないのだが飛車角落ちのメンバーでの王者決定戦は違和感がある。

私の戸惑いを他所に出走の時は確実に訪れる。
スターターが台に上がり旗を振るとファンファーレが鳴り響いた。
砂のジャパンカップがスタートした。

レースを引っ張ったのは紅一点の女傑。
人気のシルバーコレクターは先行集団につけている。
その後の内目を進んでいるのがダート短距離王。
いつものメンバーはいつもの感じで競馬を進めている。

勝負どころの4コーナーでは抜群の手ごたえで人気の彼が上がって行く。
ああ、ようやくこの馬がG1を勝つのか。
2着続きにようやくピリオドを打つのか。
そう思いながら直線に入る馬群を見つめた。

逃げた女傑を交わし去る。
手ごたえは十分で満を持して追い出すと馬群から抜け出した。

やれやれ、今日こそは大丈夫だろう。
今まであまりにも歯がゆい結果ばかりだった彼がようやくG1を勝つ。
そういう結末で納得しようとしたときだった。

馬群をこじ開けて最内から何者かが力強く抜け出してくる。
そして、2着続きの彼と並んでもその勢いは止まらない。
グイグイと脚を伸ばし、ついに1馬身ほど前に出た。

この馬のことは一応知っていた。
春の終わりに未勝利を勝ち、その後も条件戦を3連勝。
計4連勝中の3歳の上がり馬。
でも、いきなりトップクラス相手では厳しいだろう。
そう思い軽視していた。

しかし、今現在ダートのトップクラスを押さえ込んでいる。
まるでねじ伏せるように後続との差を詰めさせない。
見慣れぬ馬の生み出した光景に新しい風を感じた。

そのまま、上がり馬は5連勝となるゴールを駆け抜けた。


ここまでの上がり馬は見たことが無い。
予想だにしなかった光景に呆然としてしまった。
気がつけばレース前に感じていたモヤモヤは無くなっていた。

新しい力の台頭は胸が躍る。
それが若い力ならなおさらである。
次はどんな走りを見せるのだろうか。
などと考えるとワクワクしてくる。

ダート界に期待の新星現る。
そんなジャパンカップも悪くない。
また未来に楽しみが増えた。

第23回マイルCS

2006-11-19 17:38:42 | 競馬観戦記
俺って成長してないなあ。
もういい年のはずなのに、まだそんなことを感じる。
若いころ理想に描いていた大人の自分に未だになりきれていない。

それに比べて彼は成長した。
この秋の堂々たる競馬振りは風格すら漂う。
以前はどこか頼りなかったのに。
彼のことは若いころから見てきたので今の姿に戸惑いすら感じる。

パドックで寝転がってしまうような幼い気性。
雄大な馬格から繰り出すスピードを上手く活かせないレース振り。
素質はあるけどいつまでも子供じみている。
彼のことをずっとそんな風に思っていた。

天皇賞馬としてG1に堂々と1番人気で望む。
そんな彼の晴れ舞台なのにどうもピンとこない。
それは彼がそんなに成長したように見えないからだろう。

いつものようにパドックは3人体制。
2人引きで歩く彼の内側でもう1人眼を光らせている。
そんなに見張られているのにどこ吹く風で彼はのんびり歩を進める。
マイペースな感じは昔と何も変わらない。

本馬場入場では引き手を振り払うように横っ飛びをして走り出す。
走るのを待ちきれない子供のような仕草だ。
やはり、私が以前から思い描いてきた彼と何も変わらない。

本当に彼は成長したのだろうか。
それを確かめられるのはやはりレースなのだろう。
その時が訪れファンファーレが鳴り響いた。

ゲートが開き持ち前のスピードでスーッと前に出る。
そのまま、すぐ内の逃げる馬を行かせてピタリと2番手につける。
このあたりのセンスの良さは昔から変わらない。

そのまま淡々とその位置をキープして勝負どころを迎える。
抑えたままの抜群の手ごたえで逃げ馬に並びかけに行く。
4コーナーでは馬場の良いところを選ぶように大きく外を回った。

直線入り口で早々と先頭に立った。
内外から後続が迫るが気にもかけずに馬群から抜け出す。
馬場の真ん中を堂々と我が道を行く様に。

このまま楽勝かと思ったところで外から一気に迫る影。
春のマイル女王が切れ味を溜めに溜めてここで爆発させたのだった。
この勢いなら交わされる。
私はそう思った。

だが、彼はそこから伸びた。
半馬身まで迫られてもそれ以上は差を詰めさせない。
その力強い走りは風格が漂っていた。

ああ、彼は強くなったんだ。
本当に彼は成長した。
もう、あの頼りなかった彼は居ないんだな。
私はようやく彼が大人になったことを認めた。

彼はそのまま後続に抜かせることなくゴール板を駆け抜けた。


彼はどうしてここまで成長できたのだろうか。
病を克服し困難を乗り越えたから。
それとも相性の良い人と巡り合えたから。
でも、そんなことは大なり小なり誰にでもあるような気がする。

だったら、日々の生活を大切にしていれば彼のようになれるのかな。
一見変わって無くても、大事なところで踏み留まれるような大人に。

そう問いかけた彼は優勝レイを掛けるのを少し暴れて梃子摺らせていた。
やっぱりコイツ変わって無いや。
私も成長できるような気がしてきた。

晩秋の競馬観戦

2006-11-18 18:46:56 | 競馬観戦記
晩秋の東京競馬場には冷たい空気が流れている。
でも、この時期の2歳戦にはそんな雰囲気は全く無い。

来年を見据えた期待の星が満を持して登場する秋競馬。
今日はその第一関門をクリアした者達が集う重賞レース。
パドックに現れた若駒たちはまだまだ初々しい。
私は人気を集めている馬に視線を向けた。

首を盛んに上下に振り、自分が王様だと言わんばかりに威張っている。
引き手に顔を向けて鼻先で胸を小突いたりとやりたい放題。
そういえば、父もかなりヤンチャな馬だった。
最高峰のレースを制した後に天に向かって雄叫びを上げていたっけ。

馬体の方は500キロを超える馬体は筋肉の塊のような迫力がある。
そして、周回を重ねると次第に落ち着いてきた。
まだまだ荒削りながら、滲み出る将来性に胸がワクワクさせられる。

本馬場入場でもガンガン首を振り、その若さについ頬が緩んでしまう。
さらに重厚で力強い返し馬には感嘆のため息が漏れる。
とにかくこの馬は見ていて飽きない。
こういう個性的な馬が現れると競馬は楽しくなる。

ゲートが開き好スタートを切ったこの馬はスッと先行集団につけた。
レースまでの大騒ぎが嘘のように上手な競馬である。
そのまま好位をキープしいつでも先頭に立てる位置で3コーナーを回る。
しかし、そんな上品な競馬も4コーナーまでだった。

体はコーナーを回りきっているのに顔はコーナーのときのまま。
つまり、前を向かずにスタンドの方を見ているのである。
この直線からが勝負なのに完全に遊んでいる。

それでも、抜群の手ごたえで先頭に立つ勢い。
だが、そんなふざけた走りで抜け出せるほど重賞は甘く無い。
外から一気に脚を伸ばしてきた馬に交わされた。
その瞬間、スイッチが切り替わるようにこの馬の走りが変わった。

低い姿勢から繰り出す四輪駆動のようなパワフルな走り。
雄大な馬格を最大限に活かした大きなストライド。
瞬時に抜き返し半馬身の差をつける。

そのまま競り合いになるが差は縮まらない。
いや、負けん気の強さで差を詰めさせない。
そのリードを保ったまま先頭でゴール板を駆け抜けた。


この時期の競馬観戦は秋から移り行く季節を感じる。
そして、この時期の2歳戦は来年への希望を見つけられる。

今日は冬の空気を感じて、春の光を見つけた。

第31回エリザベス女王杯

2006-11-13 00:20:35 | 競馬観戦記
東京では木枯らし1号が吹いたという。
秋も深まり冬の足音が聞こえてくる。

今日は全国的に気温が低いらしく京都競馬場も冷え込んでいた。
日向でも陽の暖かさよりも風の冷たさが勝っている。
やがて、寒さに震え待ち焦がれていた彼女たちがパドックに現れた。

今年は3歳牝馬が豊作で多くの有力馬を送り込んでいる。
その筆頭となる無敗の2冠馬は相変わらず激しいところを出している。
盛んに首を振り、チャカチャカと小走りになり引き手を梃子摺らせている。
だが、入れ込んでいる感はなく闘争心をむき出しにしているように見える。

その姫に前走、惜しいところで差し切られた彼女も気合が入っている。
首をたまに上下に動かし、軽くチャカつくのはいつもどおりの仕草だ。

三冠で全て1番人気で勝てなかったお嬢様はとても落ち着いている。
何が何でもという気迫を感じさせない上品で気品のある姿である。

3歳の中で一番の気まぐれ屋さんはまた妙なところを歩いている。
しきりに内へ内へと行きたがりずっと内側の芝の部分を進んでいる。

そんな、3歳馬を迎え撃つ立場の古馬たちは総じて落ち着き払っている。
大将格の前年の覇者はのんびりと歩いている。
これから競馬を走るとは思えないほどにゆったりした感じで。

末脚自慢の小柄な栗毛は時折チャカつくが入れ込んだ風ではない。
まるでタンゴのリズムでステップを踏んでいるように見える。

息の長い末脚が自慢、2歳戦のG1ホースも落ち着いている。
おっとりとしつつも着実な歩様は古馬の風格が漂っている。


スタンドに戻ると先出しの馬が飛んできた。
昨年の女王が我が侭なところも見せずにキャンターに入ったところだった。
不意を付かれた観衆はやや遅れて声援を送る。

シックなドレスに身を包んだ女性を背にした誘導馬が行進を始める。
他の馬たちも次々と入場し、3歳女王も迫力満点の返し馬を行う。
ここでひときわ大きくスタンドが沸いた。


やがて、ターフビジョンに過去の激戦が映し出される。
3歳ワンツー、女王連覇。
そして、昨年の末脚一閃でスタンドのボルテージが一気に高まる。
フライングで何度も手拍子が始まり、早く早くと待ちきれない様子。
それに急かされたのかスターターが旗を振る前にファンファーレが鳴った。

我が侭で有名な昨年の女王はゲートも先入れ。
普通に収まる姿は大人になった証だろうが何からしさを感じない。
最後に大外の3歳女王が誘導されゲートが開いた。


やはり飛び出したのは芦毛の3歳馬。
その後に予想通りに米国で強くなった3歳馬が続く。
意外にも桜花賞馬と勝ちきれないお嬢様も前につけた。
1コーナーを回ったところで縦長の馬群となる。

3歳女王は中団より後方の位置につけた。
すぐ前には末脚自慢の小柄な古馬に同期の我が侭娘。
そして、すぐ後ろには爆発的な末脚を誇る前年の女王。
前門の虎、後門の狼といったところか。

先頭は前を大きく引き離した。
向こう流しに入り、ビジョンに1000mの通過タイムが表示される。
57秒台。
底力の要求される厳しい流れになった。

3コーナーを回り下りに差し掛かったところでレースが動く。
後方集団が一気に前との差を詰めに行く。

3歳女王は例のごとく早くも鞍上の手が動き始める。
古馬の女王もやや仕掛け気味でそれについて行く。
4コーナーを回ったときにはもう先頭と後方馬群の差は無くなった。
横一線で直線を迎えた。

馬群は横に広がる。
その一番外に古馬の女王は持ち出した。
昨年の再現を狙ってそこから一気の末脚を炸裂させる構えだ。

3歳女王は後ろから馬群の真ん中に突っ込んで行った。
馬込みをこじ開けるように切れ込みグイグイと前に出る。
そこから内外の前にいる馬を次々と交わして行く。

桜花賞馬、お嬢様、同期のライバルたちを次々に蹴散らして行く。
何が何でも前の馬を抜くという気迫に満ちた大きなストライドで。
内から抜け出した小柄な栗毛の古馬をも抜き去り先頭に立つ。
昨年の女王も大外から脚を伸ばすが彼女に迫れそうな勢いは無い。

この馬は本当に強い。
力と力の勝負で全馬を捻じ伏せた。
そんな驚愕と共にゴールを駆け抜けた。

無敗の新女王誕生だ。
本当にこの馬は底が知れない。
ゴール後も彼女の強さにスタンド全体が興奮に包まれていた。
その雰囲気が変わったのはレースリプレイが流れたときだった。

審議のアナウンスは流れていたがどのシーンだか分からなかった。
もう一度良く見ると1着馬の走りに際どいところがあるのが分かった。
スタンドが一気にざわめき始めた。

何度も何度もリプレイが流された。
その度に直線入り口で馬群に切り込んだシーンが眼に入る。
降着になってもおかしく無いのは明らか。
長い長い審議だった。


結果を告げるアナウンスが始まるとスタンドが一瞬静まり返る。
直後、悲鳴のような大きなどよめきが巻き起こった。
無敗での新女王戴冠は幻に終わった。


どんな物事にもルールがある。
それは守らなけれならない相応の理由があるから。
そして、破ったときには罰が与えられる。
例え故意では無くても。
そうでなければ秩序が保てない。

しかし、誰でも失敗は犯すもの。
常に皆が完璧なんてありえないし、それではつまらない。
失敗や成功が織り成して思いもよらないドラマが生まれる。
だから未来に希望が託せる。

次はどんなことが起こるんだろうか。
それはそのときになってみないと分からない。
だからこそ楽しい。

第146回メルボルンカップ

2006-11-08 00:03:41 | 競馬観戦記
今日も競馬の祭典が行われる。
米国の次は豪州で世界一のハンデ戦、メルボルンカップが行われる。

国全体がストップする日とも言われるメルボルンカップデー。
競馬場の所在地であるヴィクトリア州は祝日となり本当に止まってしまう。
競馬の枠を超えた豪州を代表する大イベントなのである。

街のショーウィンドウには華やかなドレスと共に馬のモチーフも飾られる。
前日のパレードでは大通りを歴代の優勝馬たちがパレードを行う。
ドレスコードが定められた競馬場ではパーティーのような雰囲気。
華やかさも世界最大級のイベントなのである。

このレースに今年は2頭の日本馬が挑戦する。
菊花賞勝ちの実績を誇るステイヤーと4連勝で重賞を制した上がり馬。
両馬は一緒に現地の前哨戦を使い、勝ち馬と差のない競馬を披露した。
どちらの馬にもチャンスがある。
私は期待に胸を膨らませながらパドックの映像を見ていた。

まず映し出されたのは一昨年の菊花賞馬。
やや首を下げ落ち着いて歩いている。
500キロを超える雄大な馬格は頼もしさを感じる。

日本の上がり馬が画面に映った時にはちょうど騎手が乗ったところだった。
首を軽く上下に振り、一瞬小走りになりながら大きく尻尾を跳ね上げる。
いい感じで気合が乗ってきたようだ。

超満員のスタンドを横切り馬場へ向かう出走馬23頭。
菊花賞馬が返し馬に入る後姿が目に入った。
ふわっとした感じでとても良く見える。

輪乗りを行う日本の上がり馬が映った。
相変わらず時折首を振って適度な気合を表に出している。
格上挑戦で重賞を制したときのように何かやってくれそうな雰囲気だ。

海外ではレース前のファンファーレは無い。
徐にゲート入りが始まる。
日本の2頭もスンナリ収まりゲートが開いた。

真ん中から抜群のスタートを切ったのは菊花賞馬。
そのままの勢いで前に上がって行き、なんと先頭に飛び出した。
一方、上がり馬の方は対照的に出が悪く中団馬群の真っ只中にいる。

スタート地点は4コーナーの奥に長く引かれたシュート。
全馬先行争いをしながらスタンド前に差し掛かる。
暫く出たなりで先頭を行っていた菊花賞馬を外から地元馬が交わした。
縦長になった馬群を引きつれ菊花賞馬は2番手で1コーナーを回った。

2コーナーも回り向正面流しに入ったところで一頭づつカメラが捉える。
見た目にもスローペースが伺える全馬の足取。
日本の上がり馬はいつの間にか外に持ち出し中団を進んでいる。

レースが動いたのは3コーナー。
先行していた愛国のトップステイヤーが徐々に上がり先頭に並びかける。
それを追うように3番手の菊花賞馬も前に進出。
両馬共に逃げ馬を交わし去り、並んで4コーナーを回り直線を迎えた。

抜群の手ごたえの菊花賞馬は追い出すと一気に抜け出す。
残り400m地点で先頭に踊り出た。
そこから力強い脚取りでジワジワと後続を引き離しにかかる。

その先頭目掛けて外から襲い掛かってきた馬がいた。
満を持して末脚を伸ばしてきた日本の上がり馬だ。
残り200mでは2頭が抜け出した。

逃げる菊花賞馬。
追う上がり馬。
残り100mでは馬体を併せての叩き合いになった。

3/4馬身、半馬身、と後ろから差を詰める。
前はそれを懸命に堪え、それ以上の差を詰めさせない。
残り50mでは2頭が完全に後続を引き離した。
日本馬のワン・ツーはもう決定的だ。

同じ年に同じ牧場で生まれ、共に同じ厩舎に所属している馬たち。
その2頭がこの世界最高峰の舞台で叩き合いを演じている。
どちらが勝っても日本馬の勝利という歴史的快挙が達成される。
さあ、どっちだ。

お互いの馬体をぶつけ合い、激しく競り合う。
日本と豪州のトップジョッキーが渾身の力を込めて追う。
火の出るような熱い争い。

その差がクビ、頭と縮まって行く。
そして、ハナ差まで縮まった。
その瞬間、2頭はゴール板を駆け抜けた。

勝ったのは菊花賞馬と日本騎手だった。


ワンツーを決めた二人の騎手は走りながら馬上で手を握り合った。
お互いの健闘を称え合うように。
直後に海外ならではの馬上でのインタビューが行われる。
元地方騎手は「ベリー・ベリー・ベリー・ハッピー」と叫んだ。

引き上げてきた日本馬を大声援が迎える。
観衆にガッツポーズで応えていた鞍上の男は最後にゴーグルをはずした。
その眼には涙が光っていた。

こうして、1861年より続く歴史の146年目に日本馬の名前が刻まれた。

ブリーダーズカップ

2006-11-07 01:31:12 | 競馬観戦記
先週行われた地方競馬の祭典。
その範となった米国の、いや世界の競馬の祭典も先週行われた。
1日に8つのG1を行い8頭の王者を決める超豪華な祭典。
今年も8つのドラマが生まれた。


最初のG1レースは2歳牝馬のジュヴェナイルフィリーズ。
ダートの8.5ハロン(約1700m)で行われる。
このレースで逃げ切りを決めた馬にはある想いが込められてた。

この馬の生産者でもあるオーナーは妹を亡くした。
その彼女への想いと共に彼女の名前をこの馬に与えた。
「Dreaming of Anna」と。
レース後のインタビューで馬主は言葉にならないと声を震わせた。


続いて2歳牡馬セン馬のジュヴェナイル。
ジュヴェナイルフィリーズと同じくダートの8.5ハロン。
このレースのラストは圧巻だった。

勝ち馬は道中は後方馬群のの内ラチ沿いを進んでいた。
4コーナーで内に1頭分だけ開いた隙間から抜け出すと後は独走。
後続をドンドン引き離し、鞍上は何度も後ろを振り返る。
ゴール板を駆け抜けたときには10馬身の差をつけていた。

このレースの過去最高着差は5馬身半。
その馬は2歳にして米国年度代表馬に輝いた怪物だった。
この日圧勝した馬は果たしてどれほどの馬になるのだろうか。
米国の2歳馬のスケールの大きさに、ただただ驚愕した。


次のレースは3歳以上の牝馬によるフィリー&メアターフ。
芝の11ハロン(約2200m)で行われる。
このレースの主役は一昨年の勝ち馬、欧州ナンバー1の彼女だった。

道中は決して楽なレースでは無かった。
内枠が災いし馬群に閉じ込められ馬ごみで揉まれ続けた。

それでも4コーナーで僅かな隙間を見つけなんとか外に持ち出す。
そこから追い出すと一瞬で前の馬を交わし去り一気に抜け出した。
更に後続をあっという間に突き放し格の違いを存分に見せ付けた。

彼女を巧みにエスコートしたのは欧州、いや世界一のジョッキー。
レース後、観衆の期待に応え馬上から高くジャンプした。
私は世界一の騎手と世界一の牝馬の共演にいつまでも酔いしれていた。


4つ目のG1はダート6ハロン(約1200m)のスプリント。
ここでは米国競馬の厳しさを思い知らされた。

このレースでは3歳馬が主役と目されていた。
G1二つを含む重賞三連勝でここに駒を進めてきた。
勝ちっぷりも10馬身、5馬身、2馬身と派手で時計も優秀。
短距離界のスパースター候補とまで言われていた。
しかし、その本命馬はスタートで僅かに後手を踏んでしまった。

米国のダート戦はとにかく前半から全力で飛ばす。
速いペースで行って更にゴールまで粘りこむ。
それが本場のダート競馬なのである。

前半で遅れた本命馬はダッシュ良く飛び出した他の馬に包まれる。
あっという間に後ろから3番手まで置かれてしまう。
そこから追い込もうにも前の馬は止まらない。
結局、見せ場も作れずに惨敗に終わった。

どんなに速くても、どんなに強くても小さなミスが命取りとなる。
故にこのレースは過去に何度も波乱が起きている。
短距離の一発発勝負の恐ろしさを改めて思い知らされた戦いだった。


次のカテゴリーは芝1マイル(約1600m)のブリーダーズカップマイル。
競馬がブラッドスポーツと呼ばれる所以が分かった気がした。

このレースは芝ということもありヨーロッパからも挑戦してくる。
過去にはこのレースを連覇した欧州の名牝もいる。
下馬評では米国と欧州のこの路線のトップが激突する混戦と見られていた。

しかし、勝ったのは上位陣に入れられていない人気薄の馬だった。
私はこの馬のことは知らなかったが、この馬の名前は聞いたことがあった。
いや、正確には名前を受け継いでいるこの馬の父の母のことを。

その馬こそこのレース連覇を含むG1を10勝した欧州の名牝。
ブリーダーズカップは持ち回りで開催場所が変わる。
奇しくも彼女のラストランは連覇達成となった、この地で行われたこのレースだった。
競馬とは血のドラマでもあるのだった。


6つ目の大レースはダート9ハロン(約1800m)のディスタフ。
競馬の恐ろしさに胸が締め付けられた。

戦前では3歳馬と古馬、それぞれの代表同士の一騎打ちと見られていた。
3歳代表はスタートが良くなく、後方から3番手で1コーナーを回った。
そのままのポジションで2コーナーに差し掛かったとき彼女は転倒した。
骨が皮膚を突き破るほどの重傷で予後不良と診断が下った。

一方、中団を進んでいた古馬代表も3コーナーで手ごたえが怪しくなる。
そのまま、ずるずると後退し競走を中止した。
だが、不幸中の幸いでこの馬は軽度の故障だった。

レース後、勝利を収めたジョッキーは複雑な表情を浮かべていた。
無理も無い、彼は今年のケンタッキーダービーの勝利騎手。
そのダービー馬はトリプルクラウンの第二戦で重度の骨折に見舞われた。
命を危ぶまれるほどの重傷だったが、今は奇跡的に回復しつつある。

これも競馬。
サラブレッドはいつも命を懸けて走っている。


7つ目は準メインとなる芝12ハロン(約2400m)のターフ。
ここでは世界の腕を見せつけられた。

このレースには日本の競馬ファンでもお馴染みのあの馬が遠征していた。
昨年の凱旋門賞馬にして、今年のキングジョージ勝ち馬。
ここまで偉大なる父の足跡を辿る様に大レースを制してきた。
そして、4歳秋にして下降線を辿るところまでも同じように。
結局、ここで見せ場無く敗れた彼は血の呪縛に勝てなかったのだ。

本命馬が惨敗する波乱のレースで勝負を分けたのは騎手の腕だった。
逃げを得意とする馬をペースが速いと見るや後方に控えさせる。
そして、4コーナーで満を持して追い出すと抜群の伸びを見せた。
彼が乗ると5馬身違うと言われるのが本当だと思えるほどだった。

欧州のジョッキーとして初のBCデイで1日2勝という称号を得た。
そんな世界一の騎手は嬉しそうに再び宙を舞った。


いよいよメインレース、ダート10ハロン(約2000m)のクラシック。
最後に競馬の醍醐味を味わった。

ダート10ハロン戦こそ米国競馬の王道路線。
ここでの有力馬たちは米国を代表する怪物ばかりだった。

本命は3歳の代表馬。
デビュー戦の敗戦以外は連勝につぐ連勝。
トリプルクラウンの2冠目を勝ち、その後もG1をぶっちぎりで連勝。
前走ではG1なのに相手が恐れをなして4頭立てになってしまうほど。
ここまで6連勝で駒を進めてきた。

古馬は東海岸と西海岸のトップホースが顔を揃えた。
西の代表は今年7戦7勝で内G1を4勝している化け物。
この王道路線の主要レースを総なめという史上初の快挙を成し遂げた。

東の代表は元ウルグアイの無敗の三冠馬。
移籍直後のドバイでのレースは敗れるがその後、北米では負けなし。
G1レースを3連勝でここに挑む。

このビッグ3はここが初対決。
いったいどの馬が強いのだろうか。
その結論はこの最高峰のレースで分かる。
そんな胸躍る一戦のゲートが開いた。

果敢に先行したのは西の古馬代表。
その直後に3歳馬がつける。
東の古馬代表はその2頭を見るように中団を進む。

レースが動いたのは3コーナー。
3歳代表馬が前を行く西の古馬を交わして一気に前に出た。
いつものようにここからスピードで圧倒する構えだ。
4コーナーでは早くも先頭に踊り出た。

だが、直線に入ってもそれほど伸びない。
いつものように後続を突き放せない。
それでもジワジワと脚を伸ばし先頭に立ち続ける。
そこに襲い掛かってきたのが東の古馬代表だった。

外から力強く脚を伸ばし一気に先行勢を捕らえた。
そのまま、先頭も並ぶ間もなく交わし去り更に脚を伸ばす。
最後は手綱を抑えてゴール板を駆け抜けた。
それは、米国最強馬が決定した瞬間だった。

これぞ力と力のぶつかり合い。
これぞ競馬。
こういうレースを見るとやはり競馬は止められない。


こうして8つのビッグレースが終わった。
8つのドラマが刻まれた。

やはり競馬は面白い。
だって競馬の面白さは世界共通だから。
そして、世界はやっぱり広い。

馬名無き競馬日記

2006-11-06 20:11:29 | 競馬全般
この足あと誰だろう。
彼女はパソコンを操りディスプレイに表示された足あとをクリックした。

◇◇◇◇◇◇◇◇

職場の人に招待されて、とりあえず登録してみたソーシャル・ネットワーキング・サイト。
略してSNSと呼ばれ、ソコソコ流行っているらしい。
自分の自己紹介ページをインターネット上に作り、登録した人同士で交流して楽しむ。
そんなことが売りみたいだけど、イマイチ使い方が分からない。

色々と操作して自分のページを見に来た人の名前が足あととして残ることを発見、それをクリックするとプロフィール画面が表示された。

はて、名前に聞き覚えは無い。
競馬好きの方みたいだけど、やっぱり心当たりが無い。
他の欄を読んでみるとお友達からの紹介文で日記を絶賛されている。
どんな日記なのかと興味半分で読んでみることにした。

――――――――

女は男には敵わない。
そんな事を言う輩も居る。
確かに性別の違いによる生まれ持っての身体的能力差は如何ともし難い。
事実、スポーツでは男女混合で争うものは皆無に等しい。

人間のみならず馬の世界でもそれは同じである。
競馬は基本的に男女混合で行われる。
その場合、女つまり牝馬にはハンデが与えられる。
それでも牝馬が男馬相手に勝つことは容易ではない。
ましてやチャンピオン決定戦となる大レースでは尚更である。
だが、男馬を蹴散らしチャンピオンに輝いた牝馬がかつて存在した。

秋の盾と呼ばれる大レース。
最後の直線で本命馬が先頭に立とうとしていた。
昨年のこのレースの覇者。
今年も力の違いを見せつけるように横綱相撲の正攻法で勝ちに来た。
その馬に外から並びかけ、堂々と勝負を挑んできたのは牝馬だった。

牝馬特有の切れ味と称されるように、その特徴を活かしある意味奇襲のような形で男馬に勝利する馬は居る。
だがこの馬は正々堂々と力と力の戦いを挑んだのである。

両馬共に一歩も譲らない激しい叩き合い。
相手を力で捻じ伏せるべく意地と意地のぶつかり合い。
長い戦いの末、先頭でゴールを駆け抜けたのは牝馬だった。

この馬はその後も一線級の男馬を相手に回し正攻法で戦い続けた。
大レースを再び勝つことは出来なかったが常に上位争いを演じ、最後まで誇り高い走りを見せ続けた。

フロックや一発屋という言葉があるように一度だけ結果を残しても決して認められない。
戦い続け力を見せ続けることで初めてその実力を認められるのだろう。
そして、その評価には性別は関係ないのである。
彼女の走りはそう物語っていた。

――――――――

思わず読み入ってしまった。
今まで競馬は単なるギャンブルという認識しか無かった。
でも、この日記はまるで短い小説を読んでいるような感覚だった。
ふと馬を自分になぞらえて思いを巡らす。

そういえば私も前の会社では頑張っていた。
この馬のように男に負けるかと言う意気込みで戦っていた。
でも、男社会という言葉はまだまだ死語では無くてどんなに実力を見せても、なかなか正当に評価をしてもらえない。

それに反発して、とにかく誰よりも働いた。
誰に認められたいのかもよく分かってなかったけど。

それでも、ちゃんと見てくれている人が居た。
お前の頑張りは俺が一番知っているからと言ってくれた。
そういう上司に恵まれていたからあそこまで頑張れたし、やりがいも感じた。
今思うとあの頃は良かったな。
競馬のことは知らないけど読んで昔の自分を思い出す。
なんだかとても気になる日記を発見してしまった。
SNSの楽しみ方が少しだけ分かった気がした。

◇◇◇◇◇◇◇◇

またあの人の足あとだ。

仕事に追われ存在を忘れていたSNSに、久しぶりにアクセスして足あとを発見。
ふとあの時の日記を思い出し、ため息をつく。

今の私は何でこんなに無理しているんだろう。
昔もよく体調を崩すほど仕事をしたけど、こんな気持ちにはならなかった。
もっと自分らしく前を向いていた。

でも、そんな日々もあと少しで終わる。
無理をする必要も無くなる。

足あとをクリックすると新しい日記が書かれていた。
短編小説の次のページをめくるように日記を読み始めた。

――――――――

この牝馬は生まれたときから血の宿命を背負ってきた。

偉大なる母と同じように男馬を相手に勝利することを期待される。
だが、結果を出すことは出来なかった。

それでも女の子同士の争いでは十分な結果を残してきた。
昨年の女王決定戦では年下の馬を相手に意地を見せて女王の座は譲らなかった。
だが、どうしても母と比べられてしまう。

皮肉なことにこの馬が出走し惨敗した大レースで他の牝馬が男馬を捻じ伏せた。
その牝馬は奇しくも女王決定戦で負かした年下の馬だった。
最近は走りにも精彩を欠き今や立場は逆転。
世代交代などと囁かれている。

三連覇が掛かった今日の女王決定戦。
もはや、主役の座はこの馬ではなかった。
昨年負かした年下の子が一年経ち、男を負かした女傑として主役の座を射止めていた。

まだまだ女の子同士の戦いでは負けられない。
そんな意地が感じられる走りをこの馬は見せた。
一瞬勝てるのではと思わせるような。
だが最後の直線、同じような位置からスパートした年下の子についてゆけない。
完全に力負けである。
長年君臨してきた女王の座を名実共に奪われてしまった。

この馬の今の力は十分に見せてくれた。
年内一杯で引退が決まっているこの馬にとっては次の世代へバトンを渡した良いレースだった。
それでもこの馬を観続けて来た私は寂しさを感じずにはいられない。

次のレースがラストラン。
最後まで彼女の物語を見守り続けよう。
たとえそれがハッピーエンドで無かったとしても。

――――――――

偉大なる母。
ひょっとして前の日記の馬かな。
馬の世界も立派な親を持つと大変なんだ。
この馬は年内一杯で引退か。
私と同じだな。
それになんだか、今の私の状況と似ている気がする。

激務でとうとう体を壊し、派遣として新たに働き始めて早数年。
新しい職場でも自分の能力を活かし、次第に正社員と変わらぬ働きをしてきた。
それなりに忙しく、充実した日々を送ってきた。
でも、徐々に状況が変わってきた。

折からの不況で会社の業績は一向に上向かず、経費削減の嵐が吹き荒れる。
そして、ついに派遣の私にもリストラの手が伸びてきたのだった。

所詮私は派遣社員。
定められた派遣期間が終了し契約更新されなければ、もうここで働き続けることはできない。
どれだけ会社に貢献し頑張ってきたとしても。

私の後任はずっと一緒に働いてきた年下の正社員。
彼女が新人の頃には色々と教えてあげたっけ。
今では私と変わらないくらい実力をつけたけど、まさか彼女にポジションを奪われるなんて思ってもみなかった。
別に彼女が悪いわけではない。
それは分かっているんだけど。

日記の彼女と今の私は同じなのかな。
競馬のことはよく分からないけど、この馬の気持ちは分かったような気がした。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


あれ、足あとがあったのに。

あれから何回かSNSをチェックしてようやく見つけたのに新しい日記は無かった。
足あとは新作が書きあがったサインだと思っていたのに。

何度もチェックしたのは、私に少し似ている彼女のことが気になっていたからだ。
今年もあと残すところ二週。
年内一杯で引退と言うことは、そろそろ最後のレースを走っていてもおかしく無いと思うんだけど。

そこでふと思いついた。
そういえば今日はお休み。
競馬って確か日曜だっけ。
慌ててテレビを点けると中継が始まったところだった。

競馬をこうしてちゃんと見るのは初めて。
そう言えばあの日記には馬の名前が書いていなかった。
そもそも、あの文章自体どこか物語のようで実在の馬なのだろうか。
そんな事を思いながらもどこか確信めいたものがあった。

「今日が引退レースになります」
そんな言葉がテレビから聞こえてきたとき思わず鳥肌が立った。
間違いないこの馬だ。
このレースだ。
物語の中の彼女を私は初めて目にした。

ピカピカの毛並み。
スラリと長い脚。
キリリとした目。
額から鼻筋にスッと通った白いライン。

彼女はとても綺麗だった。
その凛とした表情は戦う女性のそれに見えた。
間もなくレースの時間となり、最後の舞台の幕が上がった。

内側から一頭飛び出してドンドン後ろを引き離して行く。
彼女は後ろの方。
どうしたの。
元女王なんでしょ。
相手は同じ女の子でしょ。
そんな思いも空しく彼女は未だに後ろにいる。

やっぱりもうダメなんだ、全然ついて行けてない。
もう見ていられなくて目を逸らそうとした、そのときだった。

彼女が外側からグングン前の馬を追い抜いて行く。
一頭また一頭と順位を上げてゆく。

「行けっ、行けっ」
彼女の走りに釘付けになりながら思わず声が漏れる。
ほとんどの馬を抜き去り後はスタートで飛び出して先頭を独走していた馬だけ。
その先頭との差もみるみる縮まって行く。
最後の直線に入ると、とうとう前の馬を抜き差って先頭に踊り出た。

「やったー」
喜びの声を上げたのも束の間、今度は後ろの馬が迫ってくる。
ゴールまでどのくらいなのか分からない。
彼女は必死に抜かせまいと走り続けている。

「頑張れ、頑張れ」
せっかくここまで頑張ったんだから。
ゴールまで後少しなんだから。

その応援が届いたかのように彼女は先頭を譲らない。
ジワジワと後ろから差を詰められても決して並ばせない。

女のプライド。
女の意地。
忘れかけていた感情が私の胸を締め付ける。

彼女はそのまま先頭でゴールを駆け抜けた。
その瞬間テレビから大歓声が聞こえてきた。
多くの人たちが彼女を祝福している。
私も思わず拍手と共に祝福の声を上げた。

「おめでとう、かっこよかったよ」

◇◇◇◇◇◇◇◇

私も引退まで後少し。
それまでに終わらせなければならない仕事、そして後任への引継ぎ作業に追われている。
でも、モチベーションが上がらず思うようにはかどらない。
そんな自分が嫌になる。

それでも、私はここまで自分の力で戦い抜いてきた。
それに対する小さなプライドもある。
ゴールまで後少し。
最後の意地をみせてやる。
彼女に負けないくらいのね。

◇◇◇◇◇◇◇◇

彼女は今日が仕事の最終日。
真っ直ぐ前を見つめながら職場に向う。
ふと見上げた冬の空は雲ひとつ無い晴天だった。
それは彼女の新しい門出を祝福しているかのように澄み切っていた。

第6回JBCクラシック

2006-11-03 20:57:38 | 競馬観戦記
パドックの馬たちが大分傾いた太陽に照らされている。
今日も祭りに参加するため川崎にやって来た。
やはり夜と昼とでは雰囲気が異なる。

祝日の午後はゆっくりと時間が流れている気がする。
そんなときに競馬をしかもG1を楽しめるというのはお得な気分になる。
それぞれ違う魅力を2日に分けて味わういうのも悪く無い。


人気を集めているのはG1で2着続きの惜敗王だった。
スラリとした馬体は一見ダートを得意とするようには見えない。
でも、よく見るとボクサーのような引き締まった筋肉が体を覆っている。
年齢的にもピークを迎え、最良の馬体が出来上がっているように見える。

それに比べると3歳の若い馬たちはまだまだ未完成に思える。
だが、現時点で見劣っても彼らには将来がある。
これからそういうものを作り上げれば良いのである。

一方、そんな若手の倍以上走り続けているベテランもいる。
特に最年長の彼は歴としたG1ホース。
しかし、のんびりと歩く彼の注目度はそれほど高くない。
最近の成績から全盛期の力が無くなっているのは明らか。
時の流れが止められないように仕方の無いことだろう。


本馬場入場を終えた頃には夕日が建物に影に隠れていた。
それは2日にわたる祭りの終わりが近づいた合図。
名残惜しむような想いをファンファーレと拍手にかき消される。
ゲートが開き祭典はフィナーレを迎えた。

向正面の2コーナー付近からのスタート。
格馬一斉に飛び出し早くも独特のきついコーナーに差し掛かる。

普通ターフビジョンは内馬場にあるが川崎は向正面に設置されている。
それだけコースの縦が小さく必然的にコーナーは急になる。
そんなコーナーを6個回るこのコースは攻略が難しい。

人気の惜敗王は抜群のスタートから行きたい馬を行かせて好位をキープ。
最内枠を利して内ラチ沿いを淡々と進んでいる。
ベテランG1ホースはちょうど中団で最初のコーナーを迎えた。

先行争いが終わり自然と1週目のスタンド前ではペースが落ちる。
それを敏感に感じ取ったのはベテランの彼だった。
外からジワジワと上がって行き、先行した人気馬を早くも交わし去る。
1コーナーでは単独2番手にまで進出した。

きついコーナーで上がって行くことは難しい。
後続馬の多くは向正面に入ったところで前との差を詰めにかかる。
内ラチ沿いにいた人気の彼はその上がってきた馬たち一瞬包まれる。
スパートのタイミングが僅かに遅れる。

前を行くベテランの彼は後続の動きに慌てない。
一旦引きつけて脚を使わせておいて並ばれる前に上がって行く。
鞍上の駆け引きに応えられる老獪さはこの馬ならではだろう。

3~4コーナーで逃げた馬を捕らえて早くも先頭に踊り出る。
持ったままの抜群の手ごたえで。
直線に入った瞬間、一気に後続を突き放した。

そこから更に伸びる力はもう残ってはいない。
しかし、それは後続も同じこと。
馬群から抜け出してきた人気の彼も同じ脚色になっている。

こうなれば後は我慢比べ。
だったらベテランの彼でも若いものにはまだまだ負けない。
その差は全く縮まらない。

そのまま若い人気馬を抑えてゴールを駆け抜けた。


いつまでも若いままではいられない。
年齢を重ねる毎に何かが衰えていく。
そうして失ったものを完全に元に戻すことはできない。

だが、変わりに得られるものもある。
それは経験という名の宝物である。
それを駆使すれば失ったものを補うことができる。
ときに補ってなお余りがあるほどに。


ウイニングランで戻ってきた彼を拍手で迎える。

まだまだ若いものには負けられんな。
ベテランの彼にそう言われた気がした。

JBCマイル

2006-11-02 23:58:47 | 競馬観戦記
仕事を終え駅まで歩く。
ごく日常のひとこま。

しかし、向かう先は家ではない。
今日は地方競馬の祭りの初日。
非日常を味わいにナイター競馬にやってきた。

ここ川崎には昼間しかきたことが無い。
あのどこか、のんびりとした雰囲気しか知らない。
夜の川崎は祭りということも相俟って別の場所の様だった。

パドックはカクテルライトに照らされている。
手を伸ばせば届きそうなくらい馬との距離が近い。
そんな小さな場所に掻き分けないと馬が見えないほど人が集まっている。
私は背伸びをしながら光を浴びて歩く馬たちを眺めた。

昨年のディフェンディングチャンピオンは落ち着いている。
というより首を下げて、のんびり歩く姿はどこか申し訳なさそうに見える。
こういう馬があんなに力強い末脚を使うのだから競馬はやはり難しい。

対照的に重賞3連勝中の女傑は見るからに強そうだ。
牝馬ながら500キロを越す雄大な馬格は筋肉質で惚れ惚れする。
堂々とした歩き方といい、男馬より男らしく感じる。

地元、南関東の勇はしばらく見ない間にずいぶん垢抜けていた。
枠に合わせた黄色い手綱に、たてがみの編みこみも黄色。
バンテージも黄色でおまけに引き手のネクタイも黄色。
お祭りのを華やかに彩っている。


スタンドへ向かうとここも人で溢れかえっている。
早くも熱気溢れる空気にトランペットが響き渡る。
本馬場入場が始まった。

中央馬はコースに出るなりサッと返し馬に入ってしまう。
でも、地方馬は外ラチ沿いをゆっくりと歩いている。
馬との距離が近いので馬の息遣いや騎手の表情がよく分かる。
このあたりは地方競馬ならではの醍醐味である。


やがて、熱気を冷ますように空から小さなと雨粒が降りてくる。
しかし、スターターが台に上がると再びスタンドが熱気に包まれた。
祭りばやしとなるファンファーレが鳴り響きゲートが開いた。


飛び出したのは南関東の勇。
昨年はゲートで座り込んでしまったが、今年はどうやら違うらしい。
果敢にハナを切り馬群を従えて1コーナーを回る。

女傑はちょうど中団を進みいつでも外に出せるポジション。
昨年の覇者は後方で息を潜めている。

レースは向正面で早くも動き出す。
ディフェンディングチャンピオンが外に持ち出し徐々に進出し始める。
それを待ってたかのように女傑も外から上がって行く。

女傑はそのまま3コーナーから一気に先行集団を捕らえにかかる。
あっという間に捲り切り4コーナーでは早くも先頭に踊り出た。
そして、直線の入り口で後続を突き放す。

力の違いを見せつけられた馬たちは、抵抗できるはずもなかった。
先頭との差は全く詰まらない。
しかし、1頭だけ脚を伸ばしてきた馬が居た。
パドックで申し訳なさそうに歩いていたあの馬だった。

馬群から抜け出してきたかと思った瞬間には先頭との差は詰まっていた。
そして、並ぶ間も無く前を交わしその差を広げる。
そのままゴール板を一気に駆け抜けた。


正に王者の走り。
堂々の連覇達成。
祭りの盛り上がりは最高潮に達した。

ウイニングランで戻ってくるチャンピオンを皆、拍手で迎える。
今日の祭りを盛り上げてくれた感謝の気持ちを込めて。
ここに居る誰もが平日の夜の非日常を満喫していた。

だが、祭りはまだ終わらない。
明日は昼間に祭りがある。
もちろん私は観に行くつもりだ。
やっぱり、祭りは楽しまなくちゃ。