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競馬のスポーツとしての魅力や、感動的な人と馬とのドラマを熱く語ります。

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2008-10-05 20:50:03 | お知らせ
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競馬と人生

2007-12-14 23:43:10 | 感動エピソード
廃止という最悪の方向への流れを止めることのできない地方競馬。
売り上げ不振による赤字経営を回避するために行われるコスト削減。
その骨身を削るような努力がレースの魅力を下げてしまう。

勝っても得られる賞金は雀の涙。
故に力のある馬は入ってこなくなる。
流れてくるのはもう他では通用しなくなった馬ばかり。

また安すぎる賞金はレースに出走するだけでもらえる手当てと
あまり変わらなくなってきている。
一度の勝利を得るよりも三回ただ走って惨敗する方が得してしまう。
勝つためにリスクを犯す厳しいトレーニングをしてレースで
全力を尽くすよりも、壊れない程度に調教を加減して
無難に多くのレースに出走することを優先する。

レベルの高い争いでもなければ懸命に勝利を得ようとする場でも無い。
そんな競馬を続けていれば客離れを起こすのは至極当然のことだろう。

だが、彼らとて最悪の結末へと向かうのを手を拱いている訳ではない。
強いスターホースを生み出す体力の無い競馬場は別の手段で
世間の注目を集めようとする。
負けても負けても走り続けるという馬が一世を風靡したことは
記憶に新しい。
しかし、それは本来の競馬の魅力とはかけ離れていると言わざるを得ない。

負け続けるのは勝利を最優先にしている訳ではないから。
それでも走り続けるのはそうしないと馬も人間すら生きていけないから。
そこに馬と馬とが競い合う真剣勝負がもたらす感動は無い。
だから私はその手の報道には一定の距離を置いていた。
ある馬が成し遂げた記録に対してもそうだった。

話は戦後間もなくの混乱期に遡る。
ダービー制覇という歴史的快挙を成し遂げた繁殖牝馬が
現役復帰を打診された。
仔出しが悪く産駒成績も振るわなかったという理由で
15歳の牝馬がレースを走った。
老いたとは言えそこは昔取った杵柄で何戦かして見事勝利を収めた。
だが、その後もう体がついていかなかったのか調教中に
非業の死を遂げてしまう。
その亡骸は行方知らずとなり墓も残っていない。
この馬の最期の勝利がかつてのサラブレッド最高齢勝利記録だった。
その記録をある地方の馬が更新した。

人間ですら食うに困り馬資源が極限まで欠乏していた時代。
そんな時代に作ってしまった悲しい記録。
それを塗り替えることに何の意味があるというのだろうか。

高齢になっても走らざるを得ないが故に達成した記録。
そのような馬でも勝てる馬たちを相手にした勝利。
果たして本当に価値があるのだろうかと。
どうしてもそんなことを考えてしまい素直に祝福する気になれなかった。

つい最近この馬が引退したことを聞いた。
彼はは持病である屈腱炎を再発した。
乗馬に転向するのも困難な程の重症だったという。
そして、彼は処分されるため九州の場へ送られた。

優勝劣敗の厳しい世界であり実際大半の馬たちは処分される。
しかし彼はずっと戦い続けることにより記録を作り名を馳せた。
彼の馬券を長寿のお守りにするファンも居たほどだ。
それなのに走れなくなったとたんにこの仕打ち。
あまりにも理不尽では無いだろうか。

しかし、彼に手を差し伸べる者が居た。
それはいつもパドックに応援幕を張りその姿を見つめていた女性だった。
彼女は処分寸前だったその馬を探し出し、養老牧場へと送り出す手配をした。
その馬は絶体絶命の状況からの生還を果たした。
この話を聞いたとき私は心底安堵したと同時に心の奥が震えた。



競馬は人生に似ていると言う。
人生が競馬に似ているだけだと言う人もいる。

優勝劣敗の無味乾燥した世界。
一握りの勝ち組とその他大勢の負け組み。
負け組みは最低の環境でいつまでも走らされ続ける。
驚くほど類似点が見つかる。

だったら最後まで走り続ければ。
走れなくなるまで走り続ければ。
きっと誰かが見ててくれる。

そんなこともあるだろうか。
そんなことがあるのならば。
きっと人生も悪くない。

頂上決戦

2007-11-25 21:28:20 | 競馬観戦記
雲ひとつ無い青空。
力強い日差しが降り注ぎ体を温めてくれる。
だが陽が遮られるパドックは身の引き締まるような空気が漂っている。
座った地面のあまりの冷たさに思わず腰を浮かす。

周りを見渡せば赤や黄色に色付いた木々が目につく。
季節は確実に次に移り変わろうとしている。
晩秋の府中の杜に強豪達が集まった。

春秋の盾を制し現役最強と目されている馬は落ち着いている。
時折グイとハミを引っ張るような仕草で秘めたる気合を感じさせる。
500キロを超える雄大な馬格は威風堂々とした雰囲気を漂わせている。

その後ろを歩く女の子はとてもおっとりしている。
伸びやかな体にスラリと長い脚も相まってとても三歳牝馬とは思えない。
さすが男たちを蹴散らして頂点を極めた馬だと思わず見惚れてしまう。

それらとは対象的に外国の馬たちは入れ込んでいた。
海外ではこんなに長く歩かされる習慣は無いので戸惑っているのか。
あるいはアウェイの雰囲気に飲まれているのか。
何れにしても彼らたちでは見るからに役不足ということだろう。
世界と互角に戦える日本のトップホースたちが頂点を争うこの舞台では。

しばらくすると騎手たちが内側にいる関係者の元に集まる。
そのまま直ぐに騎乗するのではなく軽く談笑や打ち合わせをしている。
他のレースでは見られない、まるで海外のような華やかな光景である。

そんな中、他の騎手よりもかなり前から出ていた男がいた。
この夏に巨額トレードが成立したあの馬の騎手である。
前オーナーと真剣な表情で会話を交わしていた。


スタンドへ出ると眩しい光が迎えてくれた。
上着が要らないほどの陽気の中、出走馬たちがターフへ駆け出した。
有力馬たちは皆スムーズにキャンターに入っていく。
しかし、圧倒的な最有力候補だけは鞍上に逆らうような仕草を見せた。
気合なのか気負いなのか……かすかな違和感を感じた。
それは待機所からゲート近くまで進んでくるときも同じだった。

スターターが台に上がると大歓声が上がる。
スタンドに反響してワンワンと鳴る音も聞こえる。
ファンファーレが手拍子掻き消され、やがてゲートが開いた。

遅い。
一目でそう分かるようなスタートで誰も積極的に前へ行かない。
これはある程度前へつけなければ苦しい展開になるだろう。
そう思ったが最も人気を集めている馬は先行しようとはしない。
そのまま馬なりで中団をゆったりと進んでいった。

対照的に有力馬の古豪に乗る外国人騎手は出鞭を入れた。
何が何でも前につけて一発を狙う構えだ。
女傑は最大の武器である切れ味を生かすべく最後方に下げた。

前に行かなかったのか行けなかったのか。
スタートから押していって引っかかるリスクを避けたのか。
レース前のあの仕草からそういうことは考えられる。
じっくりと構えても充分に勝ちきれると踏んだのか。
どちらにしても受けて立つような余裕を持った戦い方だ。
それは一歩間違えば驕りとなる。

そんなことを考えながら向こう流しを見ていたからだろうか。
それとも最初から距離が長いと有力馬から外していたからか。
見慣れない勝負服に変わったあの馬が前につけているのを見逃していた。

3~4コーナーで徐々に進出を始める。
馬群の外々を回り王者の貫禄を見せるような横綱相撲である。
他の有力馬達は皆内をついて馬群に紛れて見失う。
自然と馬場の真ん中から堂々と抜け出しにかかった彼に注目した。

それほど切れ味がある馬ではない。
それでもグイグイと力強く着実に脚を伸ばして行く。
このまま楽に勝つのか。
そう思ったときに外から物凄い脚で女の子が迫ってきた。

道中は最後方だったのに。
4コーナーでは内に突っ込んだはずなのに。
なぜこんなところから。
後から見直すと横っ飛びするように馬群を縫って来ていた。

最高の武器を生かす為の一か八かの乗り方。
その賭けに勝ち一気に前を交わし去る勢いで王者に迫る。
しかし、彼女の脚はそこで上がってしまった。
同じ脚色になり差せそうで差せない。
彼女は古馬最高峰の壁を乗り越えることはできなかった。
彼女の戦いは終わった。

その抜けそうで抜けない強者を内から交わした馬が居た。
外人騎手が積極的な競馬をさせていた古豪である。
道中は前につけコーナーでは内の馬群に突っ込んだ。
下手すれば出てこれないが勝つにはこれしかない。
そんな気迫が壁を切り裂き本命馬に襲い掛かった。
リスクのある騎乗は一転して脚の温存につながりそれを爆発させた。
グイと半馬身ほど抜け出しこの馬が勝ったかに思えた。
この三頭の競り合いだけならばそれは間違いではなかった。

そんな争いに眼を奪われていた私は内に居る馬が分からなかった。
逃げた馬がまだ粘っていてそのうちバテるだろうとそんな感じで。
しかし、ゴール直前であの末脚自慢の中距離王だと分かった。
道中からずっと彼を見失っていた私は混乱した。
と同時にあまりに予想外な戦い方に戦慄が奔った。
そう、一番攻めの騎乗をしたのはこの人馬だったのだ。

道中は積極的に前につけた外人騎手の直後に付けた。
今まで後方から差す競馬ばかりしていた馬なのに。

大本命馬が勝負所で上がって行ってもまだ動かず脚を溜めて。
結果、外から次々と被せられて馬群に包まれてしまう。

4コーナーでは最内を付き先に抜け出す。
東京の長い直線と坂で最後に止まってしまう危険性もある。

最もリスクが高く最もロスの少ない戦い方。
この人馬は受けて立つのではなく攻めて勝ちに行ったのだ。

距離が長かったのか掛かり気味に前へ付けたからか。
ゴール直前で見るからに脚が上がった。
後続がグングン迫ってくる。

だが、この日の勝利の女神は一番攻めた彼らに微笑んだ。
後ろから交わされる直前にゴールラインを鼻面が通過していた。


勝者しか通ることを許されないターフを彼らが戻ってくる。
今までの悔しさをかみ締めるようにゆっくりとゆっくりと。

春競馬が終わった頃、現役最強馬と目されていたのはこの馬だった。
秋の初戦で敗れてからはそう呼ばれることは無くなった。
あれは不利を受けてのものだったのに。
今日は大レースを勝ってない馬よりも人気が無かった。
でも、やはりこの馬は強かったのだ。

鞍上の男が指を一本天に向けて突き上げた。
今日は彼が、彼らがナンバーワンだ。

最後まで

2007-11-18 19:29:05 | 競馬観戦記
何かを諦めること。
それが大人になるということ。

何も知らなかったあの頃は先のことを想像しても
所詮自分の知っている範囲を越えない。
大人がこんなに詰まらなくて夢が無いことを知らないから。

平凡でいることに幸せを感じ変化を望まない日々。
毎日が当たり前のように過ぎていつの間にか月日が流れていく。
期待することもされることも無くなっていく。

私も大人と呼ばれる年になった。
同じように君も年をとった。
一線を退いてもおかしくないほどに。
そういえば今日が最後のレースだってね。

折り合いさえつけば。
力を発揮できれば。
スピードはトップレベルなのに。

そう言われ続けて。
そう言われることに慣れて。
そう言われることも無くなった。

先頭を走る君を早くも追い抜いていく者がいる。
レースの主導権を奪いスピードで押し切る。
彼はまるで全盛期の君みたいだ。
そう、君は彼のような実績を残せるものだと思っていたんだ。

彼は力強く上がっていくが、君はズルズルと下がっていく。
そんな光景にも誰も失望したりなんかしない。
だってもう誰にも期待されていないんだから。
たとえ夢を見ていても先回りして最初から諦めているのだから。
それが当たり前のことなんだから。

力強く抜け出した彼に後ろから刺客が迫る。
思わず負けるなと応援してしまう。
彼はそんな期待に応えるようにゴール前でもう一度伸びた。
先頭でゴールを駆け抜けもう一つ勲章を手にした。
彼も今年で引退ということで、栄光に包まれてのものになりそうだ。

君は結局最下位でのゴールとなった。
もう限界だと自他共に認める結果。
精一杯最後まで走りぬいた。
もう思い残すことは何も無い。
そうだろう?


最近読んだ本にこんな一節がある。

昨日という日があったらしい。
明日という日があるらしい。
だが、わたしには今がある。

君もきっと同じような気持ちで走ったんだろう?
昔、凄く期待されていたとか。
この先どう生きていこうとか。
そんなこと関係なく今日のレースを走りきる。
それだけを考えて。


私の引退はまだまだ先だ。
しかし、無邪気に夢を見られるほど若いわけでもない。
先のことを冷静に想像できるくらいの経験は積んでいる。
でも、そんなことは関係ないんだよな。

とりあえず、今感じたことを今書いてみる。
そこから始めてみることにする。
これにどんな意味があるかなんて考えずに。

君のように限界まで。
君のように最後まで。

第57回安田記念

2007-06-03 20:29:27 | 競馬観戦記
現在の短距離路線は主役不在の大混戦。
今日行われる春のマイル王決定戦はどの馬が勝ってもおかしくない。
そんな世間の声に対して彼はどんなことを思っているのだろうか。
昨年、最優秀短距離馬に選ばれてここに駒を進めてきた彼は。

相変わらずの二人の引き手ともう一人お目付け役がいる三人引き。
もう幼い頃のように寝転がったりしないのにまだ信用されていないようだ。
彼はそんなことは無かったかのようにゆったりと歩いている。
しかし、ホライゾネットの奥はなんだか鋭く光っているように見えた。

パドックで落ち着いていた彼は本馬場入場になるといきなり暴れだした。
スタンドの方に向かって激しく頭を上下させてチャカチャカしている。
まるでこちらに向かって何かを訴えているようにも見える。
やがて飛び跳ねるようにキャンターに入ると直ぐに落ち着いて走り出した。
彼は我々に対して何か不満でもあるのだろうか。

出走時刻までの輪乗りの時も彼は落ち着いていた。
ファンファーレが鳴り響き、ゲートに入るときも素直だった。
前にある扉が開きスタートが切られても彼は冷静に飛び出した。

グイグイと鞍上の手が動く。
その指示に従い前へ前へと進んでいく。
ハナを窺うくらいの勢いで先頭争いをしている。

その後すぐに今度は鞍上が手綱を引き絞った。
彼はその意図を汲み取り前に行きたい馬たちを先に行かせた。
そして、その馬たちを見るような位置に控えてストライドを伸ばす。
それは全く力みの無い自然なフォームだった。

道中の流れは速い。
それでも前をいつでも捕まえられる位置に彼はいる。
展開の助けではなく自らの力で勝ちにいける場所がそこだから。
そういう競馬ができる馬だから。
4コーナーを回った。

内ラチ沿いを進んでいたので前にも外にも馬の壁がある。
それでも彼は慌てずにじっとしている。
鞍上が示した狭い進路も難なく通り抜ける。
前が開けたがまだ鞍上の手綱は持ったままだ。

残り200mの手前でようやくゴーサインが出た。
その瞬間、筋肉の塊の様な巨大な馬体が躍動した。
一気に前の先頭を走る馬に並びかける。

並んだらもうこの馬のものだ。
グイグイと相手を圧倒するように前にでる。
力の違いを見せ付けるように。

相手を競り落としクビほど前に出たところがゴールだった。


3歳時にクラシック一冠目を制した。
古馬になってからは秋の盾も手に入れた。
彼は初めからこのメンバーの中では格が違っていた。
そんなことを思わせるような走りだった。

彼が芝コースをウイニングランをしながら戻ってくる。
心なしか胸を張って威張りながら走っているような気がする。
そんな彼に恐れ入りましたという気持ちで拍手を送った。

スタンド前まで戻ってきた彼に祝福の声が飛ぶ。
皆、彼の強さを讃えるように手を叩いている。
そんな光景に彼は冷ややかな視線を送っていた。

やがて地下馬道に消えるときに大きく頭を上下させた。
何か気に入らないことに対して文句でも言うように。
その姿は我々に対してこんなことを言っているように見えた。

「レース前は俺のこと信用してなかったくせに」
「終わってから急に手のひら返してんじゃねえ!」

ごめん、我々は見る眼が無かったよ。

第74回東京優駿

2007-05-29 21:26:49 | 競馬観戦記
今年もまたこの日がやってきた。
競馬場がいつにもまして熱気を帯びる特別な日。
体の熱さは初夏を思わせる気候のせいだけではないだろう。

パドックを何重にも取り囲む人たちはまるで壁のよう。
そんな光景が今日がどんな日であるのかを語っている。
競走馬として生を受けた全てのものが目指す舞台。
その頂点を極めるべく18頭の優駿が姿を現した。


圧倒的な人気を集めている馬は引き手を従えるように歩いている。
首を上げゆっくりと周囲を見渡す様は全てを見下しているかのよう。
己の力を知っていて、その力で周りをひれ伏させる術も知っている。
この馬は自分が王様にでもなったような気でいるのだろうか。

三冠の資格を唯一有する馬は自然体で歩いている。
二人の引き手は馬の気持ちを害さないことに神経を使っている様子。
いつも人に反抗するのを楽しんでいるこの馬にしては妙に大人しい。
我侭を通し続けた成果がでたと周りの対応に満足しているのだろうか。

男馬の中に入っても見劣らない紅一点の牝馬は落ち着いている。
その外見とは違い性格はとても奥ゆかしいというのは本当のようだ。
首をぐっと下げて周回路の外々を進む姿には内面の激しさが伺える。
そんな心の内を抑えて涼しい顔をしているのは女性の慎みだろうか。


広々としたスタンドは多くの人で埋め尽くされている。
特別な日の雰囲気を肌で感じたいと思う人々から大きな声が上がった。
我々が待ち焦がれた舞台に主役たちが登場した。

さすがにここまで選び抜かれた馬たちはこの大歓声にも動じない。
王様のような彼は人間を威嚇するように顔を上げて口を開けた。
隊列の最後に回った奥ゆかしい彼女は素直に返し馬に向かう。
天邪鬼な彼は最後尾の誘導馬の更に後ろ、一番最後で入場した。


発走時刻が近づくにつれ徐々に緊張が高まってくる。
出走馬たちはコース脇の待機所で輪乗りを続けている。
その輪の中に加わらず未だに人に引かれて歩いている馬がいた。
そんな特別扱いを当然のものだと我侭な彼は思っているのだろうか。

やがて、ゲート付近に馬たちが移動し始める。
その最中に首を上げ顔を上下に振り盛んに吼えている馬がいた。
圧倒的な力を持つ彼は自分でもそれをもてあましているのだろうか。

慎み深い彼女は当然ここまで目立つようなことは何もしなかった。
ただ静かにその時が来るのを待っていた。

スターターが台に上がると張り詰めていたい空気が一気に弾ける。
ファンファーレが手拍子と歓声にかき消されボルテージが高まる。
一頭また一頭とゲートに吸い込まれ、その扉が音を立てて開いた。

横一線の馬群から先に行きたい馬たちが前に出てくる。
その中に牡馬クラシック第一弾を逃げ切った馬はいなかった。
彼はスタートの時も自分のやりたいようにやってしまった。
そして、コーナーを回ると今度はグングン前に行ってしまう。
周囲の思惑をことごとく裏切った彼はしてやったりというところか。

そんな動きに触発されたのは何度も吼えていた彼だった。
噛み付かんばかりに前を追いかけてポジションを上げていく。
いくら手綱を引っ張られても心の中で燃え上がった炎は鎮火しなかった。

紅一点の彼女は内枠という条件も相まって馬群に閉じ込められていた。
それでも腐ることなく虎視眈々と勝負を懸ける時を待っていた。
それは3コーナーに差し掛かったところで早くも訪れた。

馬群に突っ込んだまま他馬を掻き分けるように前に上がっていく。
外を回ったり無理せず直線勝負に徹する手もあっただろう。
だが、彼女は困難だが自ら勝ちにいく方法に懸けた。
彼女は王者でもなく傍観者でもなく挑戦者だから。

4コーナーを回ると馬群は大きく横に広がった。
今まで塞がれていた前方が開けゴールへと続く道ができた。
後は今まで溜めに溜めてきたものを爆発させるだけ。
そう、この瞬間のために彼女は耐えに耐えてきたのだから。

馬場の真ん中を真っ直ぐに一頭の優駿が伸びていく。
その末脚はとても2000m以上走ってきた馬のものとは思えない。
いや、短距離戦であってもこれほどの脚は早々使えはしないだろう。
驚異的な速度で逃げ馬を交わし去り更にゴールへ向かって駆けていく。

もう彼女の周りには誰もいない。
この最高峰の舞台のクライマックスは彼女だけのもの。
彼女だけのビクトリーロードを力強く進んでいく。

そのまま彼女は栄光ゴールを駆け抜けた。


スタンドからは今までに聞いたことも無い声が上がった。
人は想像を超えた美しい場面を眼にしたときこんな声が出るのだろう。
歓喜とも驚愕とも違った何とも言えないような感嘆の声が。

全てを成し遂げた彼女は何事も無かったように落ち着き払っていた。
鞍上が何度も何度もガッツポーズしている最中でも。
スタンドの前で深々と馬上礼をしているときでも。
堂々としながらも慎ましやかなその姿は芯の強が滲み出ていた。

男を相手に頂点を極めた彼女は女傑などと呼ばれ称えられるだろう。
でも、私は彼女に対してそんな男勝りのイメージは無い。
古来美徳とされた清楚で凛とし慎ましやかな大和撫子。
そんな呼び名がしっくりくる。

多くの人に囲まれる口取りでも彼女は控えめだった。
誰かに顔を抱かれても大人しく佇み、僅かに眼を細めただけだった。
その表情は私には微笑んでいるように見えた。
それは今日彼女が初めて見せた素顔の気持ちだった。

第68回優駿牝馬

2007-05-20 20:57:17 | 競馬観戦記
今年の牝馬クラシックは近年稀に見るほどのハイレベルの争いになる。
本番を迎える前までは誰もがそう思っただろう。
しかし、三歳牝馬の頂点を決める戦いは大混戦の様相を呈している。

圧倒的な存在感だった二歳女王は早々と牡馬の頂点への参戦を表明。
その二歳女王を大舞台で完封した桜の女王は直前で熱発により回避。
クラシック初戦の一、二着馬不在という前代未聞の事態になった。

彼女が樫の舞台の一番人気になるとはな。
そんなことを思いながらパドックでの姿を見つめる。
黒目がちのつぶらな瞳がとても愛らしい。
少しチャカつき気味で短めに揃えられた鬣が風に靡いている。
こんな彼女が主役に押し出されてなんだかかわいそうに思えてくる。

強烈な末脚が示すとおり明らかに彼女には確かな能力があった。
だが運に見放されトップの馬たちと戦うことすらできなかった。
裏路線を歩み苦労してようやく辿り着いた大舞台。
そこには華やかな道を堂々と歩んでいた主役達は居なかった。
その役目は初めて大舞台に立つ彼女に託されていた。

いくら強いと言っても彼女はついこの間まで挑戦者の立場だった。
それがいきなり女王の代役を求められるのは酷ではないか。
そんなことを考えていると彼女がターフに現れた。

相変わらず少しテンションが高い。
それでも誘導馬の後ろについて歩いている内にだんだん落ち着いてきた。
ゆっくりとスタンドを見るように後ろへ向き直り、フワリと返し馬に入る。
眼の前を通り過ぎていく彼女を見送りながら「頑張れよ」と声をかけた。

無邪気な顔で輪乗りをする彼女の顔がビジョンに映し出される。
別にプレッシャーなど感じている様子もない。
それを感じているのは勝手に応援している私の方だと気づいた。
スターターが台に上がりファンファーレが鳴り響いた。
同世代の牝馬の頂点を決める争いのゲートが開いた。

よし、ちゃんと出た。
過去に何度か出遅れていたのでスタートが心配だった。
第一関門をクリアして安堵しながら眼の前を通る彼女を見つめる。

しかし、安心したのもつかの間だった。
彼女はいつものように後ろに控えようとはしない。
1コーナーを前から5番手の位置で回っていった。

引っかかってしまったか。
不安な気持ちで先行している彼女をビジョンで眺める。
スローペースを見越しての先行策ではないだろうか。
そんな希望的観測を1000m通過59秒台の表示が打ち消す。

何れにしてもいつも通りの競馬では無いことは確か。
それが吉と出るか凶と出るか。
彼女は先行馬群に包まれる様に4コーナーを回った。

彼女はどこだ。
横一線に広がった馬群の中で一瞬彼女を見失った。
次の瞬間、馬群を抜け出してくる彼女を見つけた。
そこはまだ直線の半ばも過ぎていない場所だった。

いくらなんでもまだ早すぎる。
あれだけ先行していつもの脚が使えるのか。
次々に不安が頭をよぎり気が気でなくなってくる。
そんな心配を他所に彼女は先頭に立った。

先行馬群を置き去りにしてグングンと前に出る。
全身を大きく使ったフォームで懸命にゴールを目指す。
そんな彼女を格好の目標として後方から三つの影が迫ってくる。

四肢を一杯に伸ばし必死に逃げる。
そんな彼女を後ろの馬たちがドンドン追い詰めていく。
眼の前で繰り広げられる光景に胸が張り裂けそうになった。

彼女は頑張った。
しかし、もう後続はもう直ぐそこまで迫っている。

それでも諦めずに頑張った。
追いすがる三頭の中から一頭が抜け出し彼女を捕らえようとしている。

彼女は最後まで頑張った。
最後まで交わさないように頑張りに頑張った。

鼻面を合わせるようにゴールに飛び込んだ。
しかし、最後の最後で僅かに交わされていた。


彼女はよく頑張った。
しかし、どんなに頑張っても負けは負け。
栄誉は勝者にしか与えられない。

だが、私の脳裏には彼女の姿が焼き付いている。
どの馬よりも彼女の頑張りが心に焼きついている。
だから彼女にはこう声をかけてあげたい。

今日の主役は間違いなく君だったよ。

第2回ヴィクトリアマイル

2007-05-13 22:13:29 | 競馬観戦記
府中は今週、来週と女の戦い。
牝馬クラシックが乙女の争いならば、今週は大人な淑女の争いだろうか。
そんなことを思いながらパドックを眺める。

人気を集めている実質無敗の姫はやたらと気合が入っている。
ハミを引っ張るように首をブンブン上下させて前へ前へと行きたがる。
また、セカセカと急いで歩くため一周する間に前の馬に追いついてしまう。
仕方なくその場でクルリと一回転させて間隔を取る。
それでもまた一周で追いついてしまう。
ひたすら、ブンブン、セカセカ、クルリの繰り返し。
こんなお転婆姫からは大人な雰囲気など微塵も感じられない。

続いて姫の次に注目を集めている気まぐれで有名な彼女に眼をやる。
しずしずと大人しく歩くその姿は正に淑女そのものに見える。
調教を嫌がったり、馬場入りを手こずらせたり、ゲートに入らなかったり。
そんなことをする様にはとても見えない。
裏と表の顔を見事に使い分ける彼女は魔性の女なのだろう。

栗毛の小柄な彼女は少しチャカついている。
そんな気が強そうな仕草もこの娘がやるととても可愛らしく感じる。
小さな体でいつも健気に追い込んで勝てそうでなかなか勝てない。
どことなく応援したくなるようなそのキャラクター。
実は全部計算づくなのではないだろうかなどと思ってしまう。

天才の恋人であるお嬢様は相変わらず気品が漂っている。
背筋がピンと伸びているようなイメージの颯爽とした歩き方。
微笑を浮かべて「御機嫌よう」とでも挨拶しそうな雰囲気。
風にそよぐサラサラのたてがみがとても似合っている。
でもこれから行われるのはパーティーではなく競馬である。
果たしてこれでいいのだろうかと疑問に思ってしまう。

昨秋、繰り上がりのたなぼたで女王となった彼女は何かおかしい。
首を内側に向けて顔を斜めに傾けたまま歩いている。
そんな格好をしながら流し目のようにこちらを見ている。
飽きもせずに何周も何周もそのままで歩いている。
マイペースというかなんというか。
人間で言えば不思議ちゃんという感じだろうか。


本馬場入場ではまず先出しの魔性の女が本領を発揮した。
陣営は馬場入りを拒否させないように彼女を急がせた。
彼女は小走りになって、その速さで引き手を転倒させてしまう。
更に勢い余って騎手までも振り振り落とした。
幸いジョッキーが手綱を放さなかったので放馬せずに大事には至らず。
そんなことを仕出かしたのに彼女は涼しい顔で普通に返し馬を行う。
やはり彼女は恐ろしい。

そして、次々と後続の馬たちが返し馬に入る。
お転婆姫は鞍上の指示に従ってやるものかと口を割りながら走る。
可愛らしい彼女は小さな体を一杯に使って愛らしい走り方。
お嬢様は華麗なフォームでたてがみを靡かせて爽やかに走り去る。
不思議ちゃんは横っ飛びしながら出てきて、その後は普通に走り出す。
皆、自己主張しているかのようにそれぞれ個性的な走りである。


やがてスタートが近づいたところで魔性の女がビジョンに映し出される。
先入れするためにゲートへと引かれたところで立ち止まってしまう。
スタンドからはどよめきと笑い声が聞こえてくる。
そんなことをしている内にファンファーレが鳴り響く。
すると注目を集めて満足したのか今度は素直にゲートへ入る。
その瞬間、笑い声と拍手と歓声が軽く巻き起こった。
正にレースが始まるという直前まで彼女達はアピールしているのだろうか。
マイル女王決定戦のゲートが開いた。


レースは淡々としたペースで進む。
前半の半マイルは46秒台でさほど速くは見えない。
そのままの流れで直線に入った。

前につけた馬たちが競り合っている。
直線半ばに入ってもその競り合いが続いている。
そしてゴール直前でもそのまま競り合っている。
結局、そのまま前残りでレースは終わった。

個性的な彼女たちは見せ場も無く終わった。
レース前にはあれほど自己主張してたのに。
なんだか釈然としない気持ちで首を捻りながらスタンドを後にする。

やっぱり女はよく分からない。
でもそれは当たり前か。
同じ人間でも分からないのだから。
馬ならなおさらだな。
そんなくだらないことを考えながら。

第135回天皇賞(春)

2007-04-29 22:05:53 | 競馬観戦記
彼はハミを噛み締めグッと首を下げた。
何かに耐えているように見える。
あるいは何かを堪えているようにも見える。

相変わらずボテッとした馬体でもっさりと歩く姿は見栄えがしない。
鮮やかな末脚を持っていないのもこの見た目からすれば頷ける。
今風な華やかさよりも古臭い地味さを感じさせる。
そんな彼に親近感を感じるのはなぜだろう。

彼がここまで歩んできた道のりがそう思わせるのだろうか。
愚直なまでに前へ前へと突き進み自ら勝ちに行く闘い方。
競り合いになったら決して負けない気迫と精神力。
彼は弛まぬ努力と闘い続けることでそれらを手に入れた。
その他大勢だった馬が競馬界の最高峰を極めるまでの存在になった。

彼はその他大勢である私たちの代表のように感じてしまう。
もしかしたら自分もこうなれたかも知れない。
そんな気がして理想の自分を彼に重ね合わせているのだろう。


本馬場入場では彼への声援が一番大きかったような気がする。
私とは関係ないことなのになんだか誇らしげな気持ちになってくる。
そして、彼こそ歴史と伝統の盾を手にするに相応しい馬だと改めて思った。

スピード全盛の今では長距離戦は時代に合わなくなってきたのだろうか。
最近では古馬最強決定戦とは言えないようなレースになりつつある。
だが、昨年は英雄が春の盾の権威を取り戻すような走りを見せてくれた。
そのバトンを引き継ぐのはクラシック二冠を制したこの馬しかいない。
そして我こそが現役最強馬だという走りを見せて欲しい。
そんな想いを私は勝手に彼へと託していた。


発走の時刻となりファンファーレが響き渡る。
距離がもたないのかも知れない。
三冠を達成できなかった時の記憶が蘇る。
天性のスピードが足りないのかも知れない。
勝てなかった昨秋の情けない姿を思い出す。
まるで自分が走るかのように緊張してくる。
そんな私の思いをよそにゲートが開いた。

彼はいつものように先行集団を見る位置につけた。
そのまま3~4コーナーを回り一周目のスタンド前へとやってきた。
馬群の外目につけた彼の姿を私は肉眼でとらえる。

大きなストライドで実に伸び伸びと走っている。
心配していた行きたがるようなところは全く見せない。
真っ直ぐ前を見据え走りに集中しているようだ。
今やるべきことを一生懸命に頑張っている。
彼の姿は美しかった。

じわりとポジションを上げつつ、3コーナーの坂を上っていく。
ゴーサインが出ればいつでも前を捕らえられる位置につけた。
そして、坂の下りでレースが動いた。

スタミナ自慢の馬が早めのスパートで逃げ馬を交わしに行く。
それに呼応するように後ろの馬たちも前に押し上げてきた。
まだ早い、ここからでは最後まで持たない。
そう思えるような場所から流れが速くなった。

どうする。
そう思った瞬間、外から前を追いかける彼の姿が目に入った。
彼はこの勝負を受けて立つつもりだ。
そのまま先頭に並びかけ4コーナーを回る。
4角先頭。
それは古き時代の王者の闘い方と同じだった。

彼は先頭に立った。
そのまま後続を引き連れて前へと進んで行く。
ゴールはまだまだ先だ。

一気に後続を引き離すことはできない。
でも、決して後ろの馬には抜かせない。
一歩一歩着実にゴールへと近づいて行く。

ゴール板近くにいる私の方へと彼が近づいてくる。
直ぐ後ろに追いすがる馬たちがいて、今にも交わされてしまいそうだ。
あんなところから仕掛けたのだからいつ脚があがってもおかしくない。
おかしくないはずなのに彼の走りは全く乱れていない。

気持ちで脚を振り出しているつように前へ前へ進んで行く。
全身全霊をかけて後ろの馬に抜かれることを拒んでいる。
そんな彼の姿を見て私は震えていた。

彼の気迫に押されたのか。
懸命な姿に感動したのか。
何だか分からないがとにかく全身がガタガタと震えた。
私は祈るような気持ちで彼の名前を叫んでいた。

ゴール直前でついに後ろの馬に並ばれる。
それでも彼は諦めずに愚直なまでにゴールへ向かう。
もうこれは首の上げ下げだ。

彼は全身を前に投げ出すように脚を伸ばす。
彼が首を下げる毎に一瞬先頭になる。
そして、もう一度彼が首を下げたところがゴールだった。


勝った。
ゴールの瞬間、私には彼の下げた首がはっきりと見えた。
安堵と興奮と歓喜ととにかく色々なものが入り混じりますます体が震えた。
私は全身を震わせながら戻ってくる彼に拍手を贈った。

今日も彼に大切なものを教わった。
今日も彼は私の期待に応えてくれた。
今日も彼はなりたい自分の姿を見せてくれた。

なぜ、彼はこんなにも頑張るのだろうか。
何が彼をここまで奮い立たせるのだろうか。
それが分かれば私も彼のようになれるのだろうか。

きっと彼のように闘い続け無ければ分からないのだろう。
彼のように弛まぬ努力を積み重ねなければ見えてこないのだろう。
でも、そんなことが私にできるのだろうか。

きっとできるさ。
心の中でそんな声が聞こえた気がした。
いや、心に焼きついた彼の姿がそう語っていた。
気がつけば震えは止まっていた。

楽しい場所

2007-04-22 23:22:59 | 競馬観戦記
今日はワクワクしながら競馬場へと向かった。
大レースを観戦しに行くときの高揚とは少し違う。
小さい頃に遠足へ行ったときの感じに近いのかも知れない。
何だかとにかく楽しそうだ。
そんな心の声に素直に従い行きたい所に足を向けたのだった。

まずはグランドオープンした新しいスタンドを歩いてみた。
中世欧州風のモダンなデザインの広々とした清潔感のある空間。
昔の寒々しいどこか近寄りがたいイメージなど全く無い。
競馬に偏見を持っている人でもここに連れてくればきっと印象が変わる。
ここは誰にでも胸を張ってお勧めできる素晴らしい場所になった。

綺麗なスタンドに満足して次はパドックへと向かう。
入れ物を見ることだけを楽しみにしていたわけではない。
そこで行われるレースを観ることも今日の目的のひとつである。
大舞台への切符を懸けた乙女達の争いに気になる馬が出てくる。
その姿を直に見て、その走りをこの目に焼き付ける。
そんな競馬場本来の魅力ももちろん堪能させてもらう。

綺麗な瞳だな。
彼女を見た瞬間思わずそう呟いた。
女神の名を持つ馬は眼のパッチリした可愛い娘だった。

少し胴の詰まった体つきで首も太く短い。
伸びやかさよりもキュッとまとまっているような印象を受ける。
時折チャカチャカとする子供っぽい仕草も相俟ってとても愛らしく見える。
美しい女神というよりは元気な美少女という感じだろう。

返し馬でもやや行きたがってますます子供っぽく見える。
こんな彼女があの桜の上位二頭を脅かす存在になれるのだろうか。
やれやれと思いつつも顔はなんだか綻んでしまった。

そんな思いはレース中も続いていた。
あんなに揉まれて大丈夫かなあ。
やっぱり少し行きたがっているんじゃないかなあ。
なんて言いながら、中団馬群の真っ只中を進む彼女を見守った。

4コーナーを回り直線に入ると前には先行した馬たちの壁がある。
外に出そうとすれば後ろから脚を伸ばした馬に進路をふさがれる。
結局、その馬をやり過ごして外に出せたのは残り300mほどだった。

この時点で普通ならもう絶望的な不利と言えよう。
でも私は全然暗い気持ちにはならなかった。
だって彼女はとっても一生懸命に前へ前へと向かっていくから。

飛びが大きいという走りではない。
脚を伸ばせるだけ伸ばして少しでも遠くに体を運ぼうとしている。
まるで前へ前へという気持ちがこのフォームを生み出しているようだ。

ここまで前向きな意思を見せ付けられたら応援せずにはいられない。
私の眼の前を通り過ぎるときに「行けー」と声をかけた。
彼女は真っ直ぐ前を見据えて弾むように四肢を伸ばしていた。

一気に馬群を抜け出す。
前にはあと二頭。
よし、届く、行ける、差し切れる。

グングン、グングン脚を伸ばす。
彼女は測ったように前の馬たちを差し切り、先頭でゴールインした。
「やったー」と私は子供のように喜んだ。


最終レースが終わったパドックに人だかりができている。
まるでG1レースのような人込みである。
しかし、雰囲気は和やかで大レースのような緊張感は無い。

やがて、パドックは暖かい拍手に包まれる。
ダービー、オークスを制した元騎手たちは柔らかい表情で観客に手を振る。
馬にまたがり歓声に応える彼らに対してそこかしこで笑いが巻き起こる。

誘導馬にはテレビでお馴染みの元女性騎手と関東の現役騎手が二人。
スターターには「ダービーを勝ったら騎手を辞めてもいい」のあの人。
細かい演出が憎らしくてスタンドは大盛り上がりである。

鳴り響くG1のファンファーレに手拍子を合わせて大きな歓声を挙げる。
現役さながらのフォームでレースに乗る元騎手たちに声援を送る。
スタンドを埋め尽くした人々は直線で叩き合う彼らを大きな拍手で迎えた。
競馬ファンにとっては夢のようなひと時だった。


今日は本当に楽しかった。
競馬場ってこんなに楽しいところなんだと改めて思った。
やっぱりこんな楽しい場所は他に無いでしょ。