出すことのない手紙

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ロシア

2022-03-12 00:06:39 | 世界




  ロシアに行ったことはない。しかし、シベリア鉄道に乗ってロシアや北欧に行くのは私にとって実現することのない『見果てぬ夢』だった。ヨーロッパには三度旅行した。ドイツ・オーストリア、フランスそしてスペイン。そしていずれの場合も、飛行機はロシアの上空を飛んだ。座席の前にはスクリーンがあり、飛行機がどの都市の上空を飛んでいるか常に映していた。スクリーンにはモスクワ『Moskova』やキエフ『Kiev』の名前がある。

  私たちはロシアによるウクライナ侵攻という歴史的現実を目撃している。侵攻を決断したのは大統領『プーチン』だが、そのスティグマはロシアという国が負うだろう。ロシアについては知らないことが余りにも多い。世界で最も面積の多い国、レーニンによって社会主義革命が行われた国、ナチスドイツがソ連に侵攻し、ソ連兵の死者1、470万人、民間人を含めると2000〜3000万人が死亡する空前絶後の被害を受けたこと。その責任は一義的に、愚かな指導者スターリンが負わなければならない。彼は『独ソ不可侵条約』を過信したのかヒトラーの意図を見抜けず、赤軍の有能な幹部を粛清する愚行を行なった。にもかかわらず、ソ連邦は侵攻を持ちこたえ、打ち負かしてヒットラーを自殺に追い込んだ。第2次世界大戦でナチスドイツを敗北に追い込んだのは、アメリカやイギリスではなくソ連邦だということは明らかである。

  望洋たるロシアには語る言葉が見つからない。しかし古びた記憶を辿れば本をいくつか読んだことが浮かび上がる。例えば、トルストイの『戦争と平和』。その中で唯一記憶に残っているのは、老将軍クトゥーゾフがナポレオンから奪った軍旗を皇帝アレクサンドル一世の前で披露した時、皇帝は将軍に対して敬意を払うのではなく道化のようだと嘲ったということ。ー皇帝も愚かというべきしかない。『戦争と平和』は何度か映画化された。高校生の時にソ連邦で作られた映画を見たが、監督の名前とヒロイン、ナターシャの名前は覚えている。『セルゲイ・ボンダルチュック』、『リュドミラ・サベーリエア』。50年経っても覚えているのだから大したものだ。ナターシャは12歳の少女、映画の中で『リュドミラ・サベーリエア』の美しさは群を抜いていた。

  『リュドミラ・サベーリエア』は、イタリア映画『ひまわり』にも出てくる。ただしその時は大人の女性である。『ひまわり』の主演は、マルチェロ・マストロヤンニとソフィア・ローレン。イタリアを代表する世界的なスターである。『ひまわり』のテーマも戦争による悲劇である。イタリアはドイツの同盟国、ナチスドイツがソ連に侵攻した時、イタリアも参戦する。二人は恋人だったが彼は兵士としてロシアに行く。しかし戦争が終わっても彼はイタリアに戻らなかった。彼を待ち続けた彼女にとって無残な事実が明らかになる。待っている者にとって戦場での死は悲劇だが、生き残っても違った悲劇があったということだ。

  ショーロホフの『静かなドン』、ノーベル文学賞を受賞している。読んだ記憶はあるが内容はほとんど覚えていない。時代背景として第1次世界大戦とロシア革命が描かれている。『ゾーヤとシューラ』、パルチザンだった姉はドイツ兵によって絞首刑にされる。戦車兵として戦った弟もベルリン陥落前に戦死する。『ゾーヤとシューラ』は母親によって書かれた彼らの記録である。『ドクトルジバゴ』、戦争がもたらす悲劇を描いている。しかし、監督デイビット・リーンが描いたロシアの風景は息を呑むほど美しい。シベリアに避難するが、トンネルを抜けたとき森林の美しさ、厳寒の冬と春の咲き乱れる花の対比。

  古い記憶を辿ったら残ったのはたった一つ、戦争の愚かしさとそれがもたらす悲劇だけだった。プーチンにはアメリカやNATOが約束を守らなかったという言い分がありその事実を否定することはできない。しかし、戦争という最悪の選択を彼は選んだ。結果としてアメリカやNOTOに対するロシアの主張は雲散霧消してしまった。戦争を始めたプーチンは愚かな指導者として永遠に汚名を残すだろう。一方、ロシアには戦争に反対する多くの市民がいる。プーチンは彼らを逮捕しているが、彼らの存在はロシアの名誉であり彼らが存在する限りロシアの威信はいずれ回復するだろう。

  シベリア鉄道に乗ってヨーロッパに行くのは実現することのない『見果てぬ夢』だが、もうしばらくその夢を持ち続けよう。


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