静かな場所

音楽を聴きつつ、自分のため家族のために「今、できることをする」日々を粛々と重ねて行きたい親父りゅうのつぶやきです。

私のがん治療歴(多発性骨髄腫編)その1

2016年10月13日 19時58分17秒 | 履歴書(昔話、音楽など)
写真は昨日の空(多気町相可にて)



さて、私のがん治療歴、第2部は多発性骨髄腫です。

こちらについては別ブログで現在書き続けています。


 今回は、その病気発覚から治療開始までの諸々です。例によって、今まで書いたことと重複した内容が多いです。
 特に、このへんの話は2014年3月9日のブログの後半で家族のバタバタも含めて書いていますが、ここでは治療のことを中心に書いていきます。



2013年12月27日。

いつもの血液検査と年一回のCT検査がありました。

検査のあと、いつものように長時間待たされて診察室へ呼ばれました。

先生との会話・・・

「最近、腰が痛むとかないですか?」

「えっ、腰?ないですけど・・・。」

「あのね、今から整形外科へ行ってもらいますね。」

「???」

 CT検査の結果、「左腸骨の内部と背骨の一部に腫瘤が認められ『骨転移』の疑い有り」ということでした。
 それで、整形外科にてさらに詳しく調べてもらいなさいということになりました。




 上の写真は骨盤部分のCT断面写真。向かって右側が「左の骨盤」です。足裏側から見た写真ですので向かって右が体の左側です。
矢印部分の内部の色が薄黒く抜けていて、骨が溶けて変質していることが分かります。半年前の写真では「異常なし」だったのに、半年で骨がこんなに「溶けて」しまっていました。


 整形外科に行くと「MRIを撮りましょう」ということになり、昼をはさんで(昼食は抜きでしたが)MRI検査を受けました。年末最後の診察日でしたので結果は年明けに、ということで撮影後帰宅しました。
MRI検査についてはこちらに少し書いています。


2014年1月10日・・・MRIの結果を妻と一緒に聞きに行きました。

 MRI検査での写真。
(MRIでは腫瘍が疑われる部分は白く光って映ります)



 MRIの所見には「左腸骨に軟部腫瘤あり。DWIで拡散制限を認め、転移性腫瘍を疑う。L4にDWI高信号スポットを認め、CT所見と併せ、これも腫瘍を疑」と記されていました。


1月22日・・・・全身への転移状況を調べるためにPET-CT検査を受ける(当然ながら「大腸がんからの転移」が強く疑われていた)。

1月24日・・・PET-CTの結果が届く。「明かな再発、転移を示唆する集積は指摘できません」とのこと。この結果は、今考えても不思議、不可解。

2月18日・・・腫瘤部分の生検検査(骨髄中の血液を採取して腫瘍細胞の有無を検査する)。一日入院。

2月23日・・・日曜日の朝であったが、整形外科の先生から電話があり、明日の朝一番で血液内科を受診するように告げられる。

2月24日・・・血液内科受診。CTなどいくつかの検査を受ける。「すぐに入院」と言われるが、家庭の事情を話し「明日から三日間(火水木)入院しいったん退院、週明けから長期入院」と決まる。

2月25日・・・病名確定。



大腸がんとは無関係な原発性の血液がんでした。

このがんの病期区分は臓器がんなどとは違って、1期~3期に分けられます(臓器がんなどは4期)。
3期は臓器障害の有無などにより3a、3bに分けられる場合もあるようです。
私は「3期a」と診断されました。
2月に撮ったCTでは背骨や肋骨にあらたな骨病変がいくつも見つかり、短期間にどんどん進行していることが分かりました。


2月27日(木)・・・本人への説明、退院。

3月3日(月)・・・入院。治療開始。



記憶違いによる誤記を一部訂正しました(22時55分)


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