日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

『ふるさとの四季』から『愛国心』へ

2005-02-25 13:34:50 | 音楽・美術
カレンダーを見て、木曜日はブログがお休みであることに気がついた。
ああ、そうか、と思った。
木曜日は忙しいのである。

9時前後にいそいそと家を後にする。
地下鉄、JRと乗り継いで、行く先は歌のレッスン場、30人ぐらい入れるスタジオである。10時に始まり休憩時間を挟んで正午まで、クラスの仲間とみっちりヴォイストレーニングを受ける。お昼は気のあった、そして声の合った男性5人で食事を共にして、1時から3時まで、今度は男性重唱の練習に勤しむ。

これだけ声を出していると疲れる。といっても心地よい疲労感で、帰宅後もその余韻に浸っている。ブログがお休みになる所以である。

私は子供の頃から歌が好きであった。そのせいか学芸会でも独唱をした。
戦時中であったが、亡母が女学校で習った歌であろうか、折に触れて口ずさんでいるのを耳にしながら育ったせいもある。母の好きな歌の一つが

♪ぶなの森の 葉がくれに         
 宴ほがい 賑わしや       
 松明あかく 照らしつつ      
 木の葉敷きて 倨居する♪    

で始まるRobert Schumannの「流浪の民」、訳詞は石倉小三郎である。
歌い進んで、♪慣れし故郷を放たれて(ハナタレテ)♪のくだりに差しかかると、鼻の下に人差し指と中指を当てて、ズルッと鼻汁の垂れ下がる仕草をするのである。先生に隠れて悪さをしていた昔を思い出していたのであろうか、その母の姿が今の私には懐かしい。

私が人と一緒に歌を歌い出したのは大学に入ってからである。
混声合唱を楽しんでいた。
「流浪の民」のテナーソロを受け持ったこともある。

しかし、我流で始めて我流を通したものだから、発声は滅茶苦茶、長時間は歌えない。喉が疲れてしまうのである。それに『縮緬ビブラート』。なんとか気持ちよく声を出したいと思い、ヴォイストレーニングを受け始めたのが定年になってからである。

私の属しているヴォイストレーニングのクラスには男性が5人いる。女性が10数人で、このような『カルチャー・スクール』はどこもかしこも『天鈿女命(あまのうずめのみこと)』に制覇されてしまったこのごろ、男性の高い比率は珍重すべきで、それだけに仲間意識が高い。

このクラスに通い出して5年は経過している。1回が2時間で年に40回、とすると延べ時間が年間80時間、5年間で400時間。音大で声楽の実技が1回45分で年間25回程度とか耳にするので、それだと年間20時間にも満たない。となると、時間数だけでは私は音大の大学院をもとっくに修了していることになる。

確かに歌い続けていると疲れはするけれど、喉が疲れるという感じはしなくなった。そうこうしているうちに、この鍛え抜かれた『美声』でもって、ハーモニーを楽しみたいとの思いが湧き上がってくるのは当然の成り行きであろう。ヴォイストレーニングはあくまでも発声練習が主体で、歌も歌うがいわゆる斉唱だからである。そこで昨年秋に立ち上げたのがわれわれ男性5人の重唱グループである。いずれ披露するがすでに立派な名が付いている。

今取り組んでいるのが源田俊一郎編曲の、男声合唱のための唱歌メドレー『ふるさとの四季』である。「故郷」から始まり「春の小川」「朧月夜」「鯉のぼり」「茶摘み」「夏は来ぬ」「われは海の子」「村祭」「紅葉」「冬景色」「雪」と四季を辿り、最後に再び「故郷」で締めくくる。練習を重ねるにつれてお互いの声も聞こえるようになり、ハーモニーも楽しくなって来だした。馬齢を重ねてきたもの同士、あまり先のことを考えるのは現実的ではないので、できるだけ早い時期に人前で披露したいと考えている。

ところで話は変わるが、この「われは海の子」、今時、知る人も少なくなっていると思うので、その最後の歌詞を紹介しておく。

♪いで大船を 乗出して
 我は拾わん 海の富
 いで軍艦に 乗組みて
 我は護らん 海の国♪

かっての『軍国少年』である私は、『愛国心』をこういう形で涵養された世代に属することを、誇りに思っているからである。

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