かみさんを羽田空港に見送りに行った帰り、なんとなく風呂に入りたくなった。
スマホで検索すると「入船湯」という銭湯がヒットした。
その名前を見て、なんとなくどんな場所にあるのか想像できた。恐らく河口の近くだろう。
海に面した地域ならば、大概のところに入船という地名はある。その由来は、読んで字の如く、船の入る場所だ。
モノレールで天空橋まで。
駅を降りると、空港の敷地が見えたが、川を渡ると、景色は一変した。
どこかで見たような気がする懐かしい風景だった。
川沿いには釣りを興じる親子が集う。しかも景色は抜群だ。
ボクも堤防沿いにあがってみると、川の向こうに鳥居が見えた。
「あぁ、あれが有名な穴守稲荷の鳥居か」。
現在は岬のような場所に鳥居がある。青い空に赤の鳥居が美しく映える。
しばらく歩くと、多摩川に出た。
船が繋留されている。入船の由来になったところである。
どこかで見た風景を思い出した。
浦安である。
釣り船屋があり、古い家並みが続く。
どこかで心がホッとしているのが分かる。
もうそろそろ、銭湯があるはずだ。
漁師町に銭湯が何故か多い。
前述した浦安にある堀江川沿いの「松の湯」。
そういえば、船橋の「湊湯」もそうだ。この銭湯も船のドックの目の前にある。そもそも、名称からしてもう湊を名乗っている。
やはり、漁師らは仕事が終わると、こぞって風呂に浸かったのだろうか。
恐らく、この羽田の「入船湯」もきっとそうだろう。
青と白のツートンの看板はおよそ銭湯とは思えない。
けれど、どこかそのカラーリングは大漁旗を思い起こさせる。
外観は前近代的。タイル貼りの外観だが、古典の銭湯ではない。
恐らく、数十年前に建て替えたのだろう。
脱衣所に入ると、そのクラシカルさに驚いた。
もしかすると、入船湯は部分的な建て替えを行ったのかもしれない。
脱衣所は板張りで、ロッカーがアイランド方式である。これは古い銭湯の伝統のようなもの。
けれど、浴場は、これまた白いタイルが貼られ、ペンキ絵ではなく、どこか北欧を思わせる雪山のタイル絵だった。
形のあるものはいずれ陳腐化する宿命を負っている。
例えばクルマがいい例だろう。
新車と呼べる期間は初度登録から約3年くらいだろうか。3年以降10年くらいまでは中古車という期間となり、それ以降は陳腐化する。その陳腐化期間をくぐり抜けると、晴れてクラシックカーとなる。
この陳腐化する期間は意外に長い。10年から20年くらいはあるだろうか。
人によってはここで我慢ができず、新しいクルマに乗り替えたり、或いは手っ取り早くクラシックカーを買ったりする。
「入船湯」はちょうど、陳腐化期間にあるような気がする。
どこもはじめはモダンだが、それは時代とともに風化するのである。
けれど、アルプスを想像させるペンキ絵はちょっといただけなかった。
藤子不二雄の名作漫画「まんが道」で、ペンキ絵が「ぶんぶく茶釜」だったことを批判するシーンがある。保守的かもしれないが、ボクは断然国内の景勝地であることを望む。
「入船湯」はサウナが無料だった。
決して広くはないが、有料で提供する銭湯が多い中、おおいに評価に値するサービスだと思う。
気持ちよく、風呂に浸かり、表の下駄箱で近所の方と思しき、おばちゃんに会った。
「こんにちは」。と声をかけると、おばちゃんもにっこりして挨拶を返してくれた。そして一言、「気をつけてお帰りなさいや」と優しい言葉。思わず、いい気分。
だからなのか、思わず画像を撮り損ねてしまった。写真なしである。
多摩川を渡れば、もう川崎。東京の端の銭湯で体も心も十分に温まった。