宿への帰り道、リキシャーワーラーのアジェイはわたしに尋ねた。
「今日は楽しかったか?」
とりあえず、わたしは答えになっていない返事を返した。
「イエス」。
インドに入国してから10日間。わたしは少しずつ、インドの実像が見え始めてきたのかもしれない。
「もし、君がアーグラーの砦に興味を持ったなら、次はジャイプルに行ったらいい」。
アジェイはわたしにアドバイスをした。
わたしは、それには何も答えなかった。
「ジャイプルの街は一面、ピンクさ」。
「ここから、そう遠くもないし」。
わたしは、さっきと同じ返事を返した。
そろそろ、アーグラーを出てもいいかな。
わたしはそう思い始めていた。
観光地特有の気忙しさみたいな空気にわたしはすっかり疲れてしまった。
「ジャイプル」。
わたしは、心の中で反芻してみた。
宿の前にアジェイがリキシャーを止め、アジェイに約束した金を払うと、彼はすぐさま走り去っていった。
その姿を見送り、わたしが宿の門をくぐろうとしたとき、誰かに声をかけかれた。
「ハ~イ、ウィッキーです」。
イントネーションはおかしかったが、確かに日本語だった。振り向くと、赤いベースボールキャップを被った男がニコニコして、わたしを見つめている。
まだ、少年だった。
「ウィッキーだって?」
わたしが彼に言うと、「ハイ」と日本語で流ちょうに返答する。
わたしは思わず、噴き出してしまった。
子どもの頃に流行ったテレビの英会話番組のような話しぶりである。
「ウチに来ませんか?」
彼はまた日本語で尋ねた。
確か、あの英会話レッスンに登場する人物はスリランカ出身だったはずだ。もしかすると、インドにも同名の人がいるのかもしれない。
「ウチに来ませんか?」。
彼はまた同じ言葉を発した。
「何で?」
おかしな質問だったが、わたしは逆に彼に尋ねた。
すると、彼は、英語に切り替えてこう言った。
「あなたとお話したい」。
わたしは彼の流ちょうな日本語にすっかり警戒心を解いてしまった。いや、もしかすると、掴みのような彼の英会話レッスン調の言葉に騙されたのかもしれない。
彼は裕福な家に住んでいた。わたしは彼が淹れてくれたチャイを飲みながら、質問に答えた。
「どこから来たか」
「何歳か」
「仕事はなんだ」
「どこに行くか」
わたしは、その質問に対して、ひとつひとつ丁寧に答えた。答え終わると、彼はおもむろに、提案をしてきた。カードゲームをやらないかと。
「ノー」
わたしははキッパリと断ったのだが、彼は「もうすぐ友達が来る」と何度も言った。すると、ものの5分で友達3人が現れた。
がらの悪い連中である。
まずい展開になったと思った。
彼は、わたしが金を持っていることを知ったうえで、ゲームを勧めている。ここは下手に動揺すると、彼らの思うつぼだ。
わたしは、彼らにすっかり囲まれてしまった。
彼らのうちのひとりが、トランプを刻むと、他の仲間らは、ポケットから小銭を出してテーブルに置いた。やはり、金を賭けるのが目当てらしい。
わたしは、「宿に戻って金をとって来る」と、言った。実際にわたしは金を持っていなかったのだ。信用していない彼らのために、財布とウエストポーチの中身を見せた。わたしの所持金は10ルピー札が1枚と僅かな小銭だけである。すると、体つきがいい男が、ウィッキーに対して、「一緒について行け」と指示した。
かくして、わたしはウィッキーを連れて宿に向かった。宿に着くと、運よくサリ―ム を見つけることができた。
「サリ―ム!」
わたしがサリ―ムを呼ぶと、ウィッキーは、いちはやく、姿が見えなくなった。
「サリ―ム、おかしなやつらから賭けゲームに誘われたよ」。
早速、サリ―ムにその報告をすると、彼は急に真面目な顔つきになり、こう言った。
「やつらはシークだったか」。
どうやら、アーグラーは何か問題を抱えている素振りに見えた。
わたしとアーグラーの相性はあまりよくないようだ。
この地が、インド有数の観光地であることも関係しているのだろう。
ともあれ、わたしはそろそろアーグラーを出て行く気持ちに傾きつつあった。インドの正体が少しずつ明らかになっていくのを感じながら。
色々経験してるなあ・・・。
それにしても、ケチケチ軍団の本領発揮で金を持ってなかったというのが良かったね。しかし、所持金10ルピー(約30円)って・・・。(笑)
アーグラー、超観光地だから、擦れてるヤツはメッチャ擦れてたし、悪いやつはかなり悪いやつだったもんなあ。
さてこの次、師はどこに行くのかな、癒されインドに果たしてたどり着けるのか・・・。インドで癒されは無理だと思うけど。(笑)
冗談はさておき、このとき、かなりヤバいと思った。インドではいきなり、ボブネッシュに会って、悪い輩に免疫がなかったよ。
金は、リキシャーワーラーに払ったから、なくなったんだ。
余計な金を持ってたら、ろくなことないからね。