今回は、ヤナーチェクの歌劇<イェヌーファ>の第2回。第2幕と、第3幕前半の内容。
〔 第2幕 〕・・・第1幕の出来事から6ヵ月後。コステルニチカの部屋。
あれからずっと、私はイェヌーファを家にかくまってきました。世間様には、「あの子はウィーンへ、奉公に行きました」と、嘘を言いましてね。シュテヴァの子供?産まれましたよ。私は望みませんでしたが、産まれてしまいました。で、その子がまた、あのろくでなしにそっくり。私はどれほど悩み、苦しんだか。あとは何としても、イェヌーファとシュテヴァの二人を結婚させねば大変なことになります。このままでは、家名の恥ですからね。いえ、何より、私の恥です。「ああいうふしだらな娘を育てたおばさん」と、人々から後ろ指さされるようになるのは明らかですから。そこで、イェヌーファがよく眠っている間、私はシュテヴァをこの家に呼んで直談判しました。でも、彼の返答は次のようなものでした。
「イェヌーファと結婚しろって?そりゃ、無理だよ。あいつだんだん、あんたに似てきてさ、やけにキツくなったんだよね。それに、あの頬の傷。あれ見たら、思いっきり冷めちまったね。あ、子供のことなら、俺ちゃんと金出すからさ、俺の子だなんて表沙汰にはしないでくれよな。だって俺、村長さんとこのカロルカとこないだ婚約したし。・・・でも、あんたホント怖いよ。まるで魔女みたいだ」。
これだけのことを言われた私がなおもすがって、「イェヌーファを幸せにしてやって、どうか」と哀願しても、シュテヴァは聞き入れず、そのままぷいっと出て行ってしまいました。そして、その姿を見かけたラツァが、入れ替わりにやって来ます。私はありのままを、彼に話しました。「1週間前に、イェヌーファはシュテヴァの子を産んだ」。ラツァもさすがに、この話にはショックを受けて表情を曇らせました。「イェヌーファと一緒になったら、俺がその子を育てることになるのか」って。私はしばらく黙ったまま、じっと考えました。そして考えあぐねた結果、ある決意をしたんです。まず、ラツァに一つ嘘をつこうと。「子供は産まれたけど、間もなく死んでしまった」ってね。シュテヴァがあんな男ですから、あとはラツァの真心にすがるしかないんです。
ラツァが去って私は一人になり、先ほどの決意を改めて自分の心に言い聞かせました。そして、イェヌーファとシュテヴァの間に生まれた赤ん坊をショールでくるみ、外へ出ました。【※1】その私の留守中に、イェヌーファが重い眠りから目を覚まし、祈りの歌を歌います。【※2】
やがて帰宅した私に、イェヌーファが尋ねます。「ねえ、私のかわいいシュテヴァちゃんは?」(あの子は、産まれた赤ん坊に父親と同じ名前をつけていたんです)。私は答えました。「お前、まだ知らずにいたんだね。あれから2日間も、お前は熱にうなされていたんだよ。その間に、子供は死んじゃったんだ」。そして、先ほどのシュテヴァとのやり取りについても、すべてをありのまま彼女に話しました。
そこへラツァがまたやって来て、ショックを受けているイェヌーファを慰めましてね、変わらない愛情を訴えるんです。私も、「シュテヴァのような男のことは忘れて、ラツァと一緒になりなさい」って、イェヌーファに勧めました。でね、イェヌーファもラツァの本当の心に触れて、その愛を受け入れることに気持ちを決めたんです。ああ、良かった。これで良かったんですよ。・・・でも、その晩から、私の精神は次第に不安定な状態に陥るようになりました。風の音にさえ怖気づき、「死神がここを覗いている」などと口走ったりしましてね。無理もありません。この日は本当に、私の一生のトラウマになるような事があったのですから。
〔 第3幕 〕・・・コステルニチカの家。
あれから3ヵ月経ち、春先の良い季節になりました。今、ラツァとイェヌーファの婚礼の準備が行なわれているところです。私の方は相変わらず、いいえ、前よりずっと状態が悪くなっておりました。お祝いに来てくださった村長さん(B)も、私の変わりように驚き、心配そうな様子を見せました。その後、あのシュテヴァが婚約者のカロルカ(S)を連れてやって来ました。(この憎らしい男!私は心の中で、呪いの言葉を吐きました。)ラツァが招待したらしいのですが、私はシュテヴァの姿を見て一層気分が悪くなりました。
続いて、水車屋の召使パレナ(S)と村の娘たちが、婚礼祝いの歌を披露します。民謡風の、とても楽しげな曲です。そして、ブリヤのおばあさんに続いて私が新郎新婦を祝おうとした時、外からひどく騒がしい声が聞こえてきます。牧童のヤノ(S)がばたばたと駆け込んできて、皆に伝えます。
「氷が溶けた川の中から、赤ん坊の死体が見つかったよ!ビール工場の氷切りが見つけたんだ。今、板に乗せて運んでくるけど、きれいな羽根布団にくるまれてさ、赤い帽子かぶって、まるで生きているような死体なんだ」。
―次回は、歌劇<イェヌーファ>の最終回。ドラマの幕切れ部分と、ブログ主さんによる2つの全曲盤の聴き比べのお話です。どうぞ、お待ちくださいまし。
【※1】 「少ししたら、戻ってくる」と言ってラツァが立ち去った後、その言葉を引き継ぐようにしてコステルニチカの独白が始まる。ここは、このオペラを代表する名シーンの一つである。ナーヴァスな弦の運動に導かれ、「少ししたら、私は永遠の命も、救いさえも捨てなければならないのか」と、彼女は悲痛な心情を歌いだす。将来世間から笑いものにされるであろうイェヌーファと自分自身の姿を想像し、「この赤ん坊は、神様にお預けしよう」という決意を口にしてから、改めてシュテヴァを呪い、彼女は子供を抱えて外に出て行くのである。
【※2】 それに続くのは、「頭が重いわ」と、つらそうに起きてきたイェヌーファの独白。甘美なヴァイオリン・ソロが、絡むように流れる。「シュテヴァはまだ、会いに来てくれない」とこぼし、次いで、赤ん坊の姿がないことを知った彼女は、「おかあさんが、シュテヴァのところへ連れていったのかも」と考え、「イエス様、マリア様、私の可愛い子供をお守り下さい」と祈りの心を歌い始める。このあたりの展開は、すぐ手前にあるコステルニチカの暗鬱な独白と鮮烈な対比をなし、非常に劇的な効果を持っている。
〔 第2幕 〕・・・第1幕の出来事から6ヵ月後。コステルニチカの部屋。
あれからずっと、私はイェヌーファを家にかくまってきました。世間様には、「あの子はウィーンへ、奉公に行きました」と、嘘を言いましてね。シュテヴァの子供?産まれましたよ。私は望みませんでしたが、産まれてしまいました。で、その子がまた、あのろくでなしにそっくり。私はどれほど悩み、苦しんだか。あとは何としても、イェヌーファとシュテヴァの二人を結婚させねば大変なことになります。このままでは、家名の恥ですからね。いえ、何より、私の恥です。「ああいうふしだらな娘を育てたおばさん」と、人々から後ろ指さされるようになるのは明らかですから。そこで、イェヌーファがよく眠っている間、私はシュテヴァをこの家に呼んで直談判しました。でも、彼の返答は次のようなものでした。
「イェヌーファと結婚しろって?そりゃ、無理だよ。あいつだんだん、あんたに似てきてさ、やけにキツくなったんだよね。それに、あの頬の傷。あれ見たら、思いっきり冷めちまったね。あ、子供のことなら、俺ちゃんと金出すからさ、俺の子だなんて表沙汰にはしないでくれよな。だって俺、村長さんとこのカロルカとこないだ婚約したし。・・・でも、あんたホント怖いよ。まるで魔女みたいだ」。
これだけのことを言われた私がなおもすがって、「イェヌーファを幸せにしてやって、どうか」と哀願しても、シュテヴァは聞き入れず、そのままぷいっと出て行ってしまいました。そして、その姿を見かけたラツァが、入れ替わりにやって来ます。私はありのままを、彼に話しました。「1週間前に、イェヌーファはシュテヴァの子を産んだ」。ラツァもさすがに、この話にはショックを受けて表情を曇らせました。「イェヌーファと一緒になったら、俺がその子を育てることになるのか」って。私はしばらく黙ったまま、じっと考えました。そして考えあぐねた結果、ある決意をしたんです。まず、ラツァに一つ嘘をつこうと。「子供は産まれたけど、間もなく死んでしまった」ってね。シュテヴァがあんな男ですから、あとはラツァの真心にすがるしかないんです。
ラツァが去って私は一人になり、先ほどの決意を改めて自分の心に言い聞かせました。そして、イェヌーファとシュテヴァの間に生まれた赤ん坊をショールでくるみ、外へ出ました。【※1】その私の留守中に、イェヌーファが重い眠りから目を覚まし、祈りの歌を歌います。【※2】
やがて帰宅した私に、イェヌーファが尋ねます。「ねえ、私のかわいいシュテヴァちゃんは?」(あの子は、産まれた赤ん坊に父親と同じ名前をつけていたんです)。私は答えました。「お前、まだ知らずにいたんだね。あれから2日間も、お前は熱にうなされていたんだよ。その間に、子供は死んじゃったんだ」。そして、先ほどのシュテヴァとのやり取りについても、すべてをありのまま彼女に話しました。
そこへラツァがまたやって来て、ショックを受けているイェヌーファを慰めましてね、変わらない愛情を訴えるんです。私も、「シュテヴァのような男のことは忘れて、ラツァと一緒になりなさい」って、イェヌーファに勧めました。でね、イェヌーファもラツァの本当の心に触れて、その愛を受け入れることに気持ちを決めたんです。ああ、良かった。これで良かったんですよ。・・・でも、その晩から、私の精神は次第に不安定な状態に陥るようになりました。風の音にさえ怖気づき、「死神がここを覗いている」などと口走ったりしましてね。無理もありません。この日は本当に、私の一生のトラウマになるような事があったのですから。
〔 第3幕 〕・・・コステルニチカの家。
あれから3ヵ月経ち、春先の良い季節になりました。今、ラツァとイェヌーファの婚礼の準備が行なわれているところです。私の方は相変わらず、いいえ、前よりずっと状態が悪くなっておりました。お祝いに来てくださった村長さん(B)も、私の変わりように驚き、心配そうな様子を見せました。その後、あのシュテヴァが婚約者のカロルカ(S)を連れてやって来ました。(この憎らしい男!私は心の中で、呪いの言葉を吐きました。)ラツァが招待したらしいのですが、私はシュテヴァの姿を見て一層気分が悪くなりました。
続いて、水車屋の召使パレナ(S)と村の娘たちが、婚礼祝いの歌を披露します。民謡風の、とても楽しげな曲です。そして、ブリヤのおばあさんに続いて私が新郎新婦を祝おうとした時、外からひどく騒がしい声が聞こえてきます。牧童のヤノ(S)がばたばたと駆け込んできて、皆に伝えます。
「氷が溶けた川の中から、赤ん坊の死体が見つかったよ!ビール工場の氷切りが見つけたんだ。今、板に乗せて運んでくるけど、きれいな羽根布団にくるまれてさ、赤い帽子かぶって、まるで生きているような死体なんだ」。
―次回は、歌劇<イェヌーファ>の最終回。ドラマの幕切れ部分と、ブログ主さんによる2つの全曲盤の聴き比べのお話です。どうぞ、お待ちくださいまし。
【※1】 「少ししたら、戻ってくる」と言ってラツァが立ち去った後、その言葉を引き継ぐようにしてコステルニチカの独白が始まる。ここは、このオペラを代表する名シーンの一つである。ナーヴァスな弦の運動に導かれ、「少ししたら、私は永遠の命も、救いさえも捨てなければならないのか」と、彼女は悲痛な心情を歌いだす。将来世間から笑いものにされるであろうイェヌーファと自分自身の姿を想像し、「この赤ん坊は、神様にお預けしよう」という決意を口にしてから、改めてシュテヴァを呪い、彼女は子供を抱えて外に出て行くのである。
【※2】 それに続くのは、「頭が重いわ」と、つらそうに起きてきたイェヌーファの独白。甘美なヴァイオリン・ソロが、絡むように流れる。「シュテヴァはまだ、会いに来てくれない」とこぼし、次いで、赤ん坊の姿がないことを知った彼女は、「おかあさんが、シュテヴァのところへ連れていったのかも」と考え、「イエス様、マリア様、私の可愛い子供をお守り下さい」と祈りの心を歌い始める。このあたりの展開は、すぐ手前にあるコステルニチカの暗鬱な独白と鮮烈な対比をなし、非常に劇的な効果を持っている。