クラシック音楽オデュッセイア

2009年の大病以来、月1回程度の更新ペース。クラシックに限らず、身の回りの事なども、気の向くままに書いております。

歌劇<オイリアンテ>(2)

2006年07月22日 | 作品を語る
前回の続きで、今回はウェーバーの歌劇<オイリアンテ>の残り部分。その第3幕の内容から。

〔 第3幕 〕

岩が切り立つ峡谷。アドラールが剣を抜き、オイリアンテをその手にかけようとしている。彼女は必死に無実を訴えるが、聞き入れてもらえない。その時、巨大なヘビが出現する。オイリアンテはアドラールを守ろうと、大蛇の前に飛び出す。アドラールはそのヘビと戦い、そして打ち倒す。「愛していただけないなら、いっそ殺して下さい」と言うオイリアンテに背を向けて、アドラールはそこを去って行く。やがて彼女は国王に発見され、それまでの経緯を話すことになる。「私がお墓の秘密をしゃべった相手は、エグランティーネです。リシアルトが指輪を手に入れたのは、エグランティーネの仕業なのです」。王は彼女の話を信じ、身の潔白を証明してやろうと約束する。

(※アドラールが去った後、一人残されたオイリアンテは悲しい思いを切々と歌い出す。ここでのサザーランドの歌唱にはあまり感心しないが、一応このオペラの聴かせどころの一つではあろう。そこへ通りかかった国王の一行に事情を話し、オイリアンテも元気を取り戻した様子。)

(※ここで国王を歌っているのは、クルト・ベーメ。さすが名歌手の名に恥じない、貫禄十分の声を聴かせる。ただ残念ながら、この王様に特別なアリアみたいなものはなく、また出番も少ないので、全曲中での存在感はそれほど大きなものではない。)

場面は変って、ネヴェールの庭園。リシアルトとエグランティーネの結婚式が行なわれることとなり、今その準備がなされているところ。黒い甲冑(かっちゅう)に身を包んだアドラールが、そこに入ってくる。鎧の面頬(めんほお)を下ろしているので、彼の顔は見えない。エグランティーネは内心まだアドラールのことを熱烈に想っており、リシアルトとの結婚には嫌悪を感じている。しかし同時に、オイリアンテを失墜させたことの快感はしっかりと味わっていた。

(※今回参照させてもらった英文サイトの短い解説によると、ここに黒い甲冑で登場するアドラールの姿は、<パルシファル>の終幕で見られる主人公パルシファルのモデルになっているものと考えられるそうだ。ワグナーとのつながりがここにも見られる、という訳である。)

アドラールが素顔を見せて、リシアルトに決闘を申し入れる。そして、お互いに剣を抜こうとした時、国王が登場。オイリアンテを信じようとしなかったアドラールを叱責する目的で、王は嘘をつく。「オイリアンテは、死んでしまったんだぞ」。それを聞いたエグランティーネは狂喜し、それまでの自分の謀略を得意になって暴露する。しかし、その話に怒り狂ったリシアルトが、彼女をその場で殺害する。続いてオイリアンテが現れ、愛するアドラールの腕に飛び込む。一方リシアルトは捕えられ、連行されていった。墓に眠るアドラールの姉(妹)にもようやく、本当に安らげる時が来た。彼女の指環が、無実の罪に泣いたオイリアンテの涙で濡らされたからである。(終)

(※音声だけでも場面の展開がよく伝わってくるのは、喜び勇んだエグランティーネの強烈な声による謀略暴露と、それに怒り狂うリシアルトの反応だ。やはりこのオペラ、悪役の二人が目立つ。そして終曲は、オイリアンテとアドラールを中心にした喜びの合唱。しかしこれ、それなりに力強い音楽になってはいるのだが、<魔弾の射手>で聴かれるあの素晴らしいエンディングには遠く及ばない。)

―以上見てきた通りだが、結局このオペラが埋もれることになったのは、何よりもその台本に原因があったと言えそうだ。多くの人々が、「いくらオペラだからって、ここまでお粗末では・・」と感じたのであろう。しかしここには、ワグナーを予見させる要素が複数確認できるという歴史的な意義がある。特に第2幕の「悪の二重唱」などは、結構な迫力があって聴き栄えがするものだ。どなたも是非ご一聴を、などとはとても言えないけれども、存在価値は十分に備わっている作品だと思う。

なお、今回材料にしたシュティードリー盤以外にも、<オイリアンテ>の全曲録音というのは現在いくつか存在するようである。HMVさんのネット通販サイトを先日検索してみたら、とりあえず5種類見つかった。日本のクラシック・ファンに名前がピンと来るものとしては、若い頃のジュリーニが指揮したフィレンツェ5月音楽祭の古いライヴ盤、ヴィントガッセンが出演しているライトナー盤、ジェシー・ノーマンやニコライ・ゲッダといったお馴染みの名歌手が揃ったヤノフスキ盤といったあたりが、代表的なところだろう。(※ところで同じテノールでも、ゲッダとヴィントガッセンでは随分声の質が違う。アドラールという役は、単なるリリコ・ドラマティコの範疇には収まらないワグナー的ヘルデン・テナーの原型になっていたのかも知れない。)その他にも、ツァリンガーという指揮者による古い録音もあるようだ。アドラールとオイリアンテの二人と思われる男女がジャケット写真になっているコルステン盤は、見たところ割と新しい録音のようである。これらの中のどれかに、独英の対訳ブックでもついたものがあればいいのだが、さてどうだろうか。

(PS) 「オベロン」の語源学

今回の締めくくりに、シリーズ開始のきっかけとなった「オベロン」という名の語源について、ちょっとした薀蓄話を一席ご披露させていただきたいと思う。

英語圏でよく見かける男性名の一つに、アルフレッド(Alfred)というのがある。前半のアルフは、自然界の神秘を司る妖精エルフ(elf)が変化したものらしい。そして後半のレッドは、もともとのアングロサクソン語ではroedと綴るもので、「指導者、王」を意味する言葉だそうである。だからアルフレッドという名前は、「妖精(エルフ)の王」ということになる。で、このアルフレッドに対応するドイツ語が、アルベリヒ(Alberich)だ。『ニーベルンゲンの歌』で活躍する小人族の勇敢な王の名で、ワグナーの作品でもすっかりお馴染みになっている名前である。このアルベリヒが、古フランス語でAuberiとなり、ノルマン人によってイングランドにもたらされてオーブリー(Aubrey)となった。そしてこのオーブリーが、シェイクスピアの戯曲『真夏の夜の夢』の中で、オベロン(Oberon)になったという訳である。(※直接的には、古フランス語のAuberonを元にしてOberonが作られたそうだが・・。)

―という訳で、以上をまとめてみると、アルフレッド=アルベリヒ=オーブリー=オベロンで、これらはすべて、「妖精の王」を意味する同じ名前なのであった。だから英語でオリジナル版が書かれたウェーバーの歌劇<オベロン>は、もしドイツ語にこだわったタイトル付けをされていたら、歌劇<アルベリヒ>になっていたかもしれない(?)のである。

【 参考文献 】

『ヨーロッパ人名語源事典』梅田修・著(大修館書店)

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4 コメント

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なんか.... (ちゃーちゃん)
2006-07-22 21:00:53
オペラの男性って女性の訴えには耳をかさない人が多いですね。

まぁ、昔はそういうものだったのかもしれませんが(-_-)

ヴェルディの「仮面舞踏会」もレナートが妻の言い分に耳をかさず、勝手に不倫したものと思い込んだために起こった悲劇ですよね。

みんな人の話はちゃんと聞こうね...って言いたくなっちゃいます(苦笑)



このお話、ハラハラ・ドキドキの展開...かと思いきや、意外とあっさり終わってしまうんですね(^^;

ワーグナー繋がりでいくと、この終結部分にもう少し捻りと奥行きを与えたのが「ローエングリン」ってところでしょうか(^^)



ニコライ・ゲッダの甘い声はピンカートンや「カルメン」のドン・ホセみたいな優男系が似合う気がします(私は好きですけど)。



オベロンの語源の話は面白いですねぇ~。

興味津々で読ませていただきました。

言葉って本当に面白い!!

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ほほほほほ (甚六)
2006-07-28 22:52:44
ちゃーちゃんさん、なーにをおっしゃいますか。聞く耳持たない男女が、思い込みで突っ走るからオペラはおもしろいんじゃあーりませんか。(笑)



なんて、それはさておき、ゲッダは本当に良い歌手

でしたね。この方、大変に語学堪能だったそうで、フランス、ドイツ、イタリアは勿論のこと、ロシア物までこなせた人でした。(英語はちょっと下手だったようですが・・。)



この人がデビュー間もなく録音したアリア集には、ナディールやロミオ、ウェルテルなどのほか、レンスキーまでありました。私が一番買っているのは、クリュイタンスがステレオで録音した<ホフマン物語>と<ファウスト>の両タイトル役(EMI)ですね。勿論他にも、良いものたくさん。特に、1960年代のEMI録音に優れたオペラ全曲盤が多いように思います。
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そうだそうだ、 (Junco)
2006-07-31 15:19:28
一方的な男が多すぎるぞぉ。というか、英雄とはそんなヤツが多いのかもネェ。



あとストーリーは単純なほうが音楽にゆったりと浸れるということがあるのかな。複雑怪奇な哲学的ストーリーに美しいアリアは似合わない。少なくとも私は2つのことをいっしょに出来ない(^_^;)



そういえば「ねじの回転」ってオペラになってるじゃないですか。ぜんぜん面白くなかった~(^w^)



でも甚六さんの文章はよく判って楽しいですよぉ。(^o^)

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ねじの回転 (甚六)
2006-08-07 23:44:36
ブリテンの作品ですね。オペラというより、何か音楽付きのラジオ・ドラマ風ですね、これ。ピアノ・ソロも、そこかしこに出て来るし・・。



え、ぜんぜん面白くなかったですか?じゃあいつか、このブログでトピックにしてみましょうか。ひひひ。(←ひねくれ者)



だからアクセスが来ないんやあっ!
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