クラシック音楽オデュッセイア

2009年の大病以来、月1回程度の更新ペース。クラシックに限らず、身の回りの事なども、気の向くままに書いております。

歌劇<ドン・キショット>

2008年04月26日 | 作品を語る
当ブログで語ってきたマスネ歌劇のシリーズも、今回の作品で一応打ち止めということにしたいと思う。最後に採り上げるのは、作曲家晩年の傑作<ドン・キショット>(1910年)である。このオペラの主人公は、あの有名なドン・キホーテをモデルにした人物だ。参照演奏は、カジミエーシュ・コルト指揮スイス・ロマンド管、他による1978年のデッカ録音。

―歌劇<ドン・キショット>のあらすじ

〔 第1幕 〕

デュルシネ(S)の家の外にある広場で、パーティが催されている。今や宴たけなわ。デュルシネに求婚する4人の男たちが、彼女の美しさを讃える。やがて本人がバルコニーに姿を見せ、艶やかなアリアを歌う。彼女が去った後、ホアン(Bar)とロドリゲス(T)の二人が、自分たちのアイドルについてあれこれと語り合う。そこへ、人々の歓声とともにドン・キショット(B)と家来のサンチョ・パンサ(Bar)が登場。

(※何とも華やかで、けたたましいオープニング。“Alza!Alza!”という人々の掛け声とともに、スペイン・ムード満点の舞曲が始まる。歌劇<ドン・キショット>は、現今普通に上演されるマスネ・オペラの中では殆ど最後の作品だが、このダイナミックな開幕の音楽を聴くと、作曲の筆は枯れていないようだ。しかしまあ、<ル・シッド>や<ナヴァラの娘>もそうだったが、マスネせんせーはスペイン情緒を描き出す音楽が実に巧い。)

(※今回のCDで指揮をしているカジミエーシュ・コルトという人に私は全くなじみがなかったので、ちょっと古い本で調べてみた。この人は1931年生まれのポーランド人で、レニングラードや故国のクラクフ音楽院で学んだ指揮者だそうだ。録音はあまり遺されていない様子だが、ここでの仕事ぶりは上々。マスネが音楽で巧みに描いたスペイン的な雰囲気を、とてもよく出してくれている。デッカの録音も優秀。)

人々の歓迎を受けて、ドン・キショットは良い気分。施しを求めて集まった人たちにお金を配るよう、彼はしぶるサンチョに命令する。やがて舞台から人々が去り、サンチョも気晴らしを求めてどこかへ出かける。一人になったドン・キショットは、デュルシネの家の下でセレナードを歌い始める。が、その歌を、嫉妬に燃えるホアンが中断させる。両者は険悪なムードになるが、「歌がまだ途中なので、決闘はそれが終わってからじゃ」と、ドン・キショットはあくまでマイペース。やがてデュルシネが下りてきて、決闘を再開しようとする二人を止める。彼女はホアンに、「私のマントを取りに行ってちょうだい」とその場を立ち去らせ、続いてドン・キショットに、「本当に私を想っているなら、盗賊テネブランを追って、彼が私から奪っていったネックレスを取り返してきて」と難題を持ちかける。ドン・キショットは、その依頼を引き受ける。

(※ここで聴かれる『ドン・キショットのセレナード』は、なかなかの佳曲である。今回参照しているコルト盤ではニコライ・ギャウロフがタイトル役を演じているが、さすがにこういうメロディアスな曲を朗々と歌わせると、この人は抜群の巧さを見せる。サンチョ役のガブリエル・バキエも、ヴェテランらしい闊達な表現を聞かせる。デュルシネを歌っているのは、レジーヌ・クレスパン。結構名高いソプラノ歌手だが、この録音での出来栄えは、正直、今ひとつといった感じ。)


〔 第2幕 〕

田舎の風景。夜明け。愛馬ロシナンテにまたがったドン・キショットが、デュルシネに捧げる新しいセレナードを作り出そうと、楽しげにあれこれと歌っている。現実的なサンチョはそんな主人を尻目に、「俺たちは、あの娘っ子にからかわれているだけだ。だいたい女なんて・・・」と、長広舌をぶち始める。やがて朝靄(もや)が晴れて視界がすっきりしてくると、ドン・キショットの目に巨大な風車が飛び込んでくる。それを打ち倒すべき巨人だと思い込んだ彼は、サンチョの制止も振り切って全速力で突撃。しかし逆に、その風車によって空中高く吊り上げられ、何とも情けない姿をさらす結果となる。

(※ここは、原作となっているセルバンテスの『ドン・キホーテ』の中でも、おそらく最も有名なエピソード。この「風車への突撃シーン」の音楽は、とても面白い。どんな楽器を使っているのかは不明だが、ピコピコピコピコ・・・と繰り返されるユーモラスな伴奏音がぐんぐん加速していって、ドン・キショットの滑稽な突進ぶりとその後の悲惨な結末を見事に描いている。)

〔 第3幕 〕

『ドン・キショットのセレナード』をモチーフとする間奏曲に続いて、場面は夕暮れ時の山脈。盗賊たちの足跡を熱心に追うドン・キショットだが、サンチョの申し出を受け入れ、ちょっと休憩をとることにする。「武者修行に励む者は、いつ何が起きてもすぐ対応できるようにしておかねばならん」と、ドン・キショットは槍に体を預けるようにして、立ったまま眠る。が、やがて音もなく姿を現した盗賊たちによって、二人はいともたやすく捕えられ、縛り上げられてしまう。

盗賊たちから突っつかれ、「殺しちまおうぜ」と囃(はや)されて、ドン・キショットは寂しく神への祈りを歌い始める。ところが何が幸いしたものか、その歌に盗賊テネブランが痛く感動。彼はドン・キショットの話を聞き、デュルシネから奪ったネックレスをあっさりと手渡してやるのだった。

(※この第3幕で音楽的に面白いのは、盗賊たちが声をそろえて歌う合唱の部分。最後にドン・キショットとサンチョを見送るシーンで、彼らはまるで修道士たちの祈りみたいな敬虔なコーラスを聞かせるのだ。w )

〔 第4幕 〕

デュルシネの家の外にある庭園。パーティが再び催されている。デュルシネは、「あなたたちって、退屈なのよ」と言い寄る男たちを袖にして追い払い、一人物思いに沈んでいる。その後気分を変え、彼女はギターの伴奏に乗ってスペイン色豊かな歌を歌い始める。そこへ、ドン・キショットとサンチョが登場。老騎士が本当にネックレスを取り返してきたことに、誰もがびっくり。デュルシネも、「あなたは、あのアマディス【※1】をも超えたわ」と絶賛する。気を良くしたドン・キショットは恭(うやうや)しくデュルシネの前に進み出て、彼女にプロポーズ。しかしデュルシネは、彼との二重唱でやんわりとその申し出を拒否する。パーティの客たちがしょんぼりするドン・キショットを笑いものにするが、サンチョは激しい勢いで彼らの無神経さをどやしつける。

(【※1】アマディス : ガルシア・ロドリゲス・デ・モンタルボが書いた『アマディス・デ・ガウラ』という騎士物語の主人公。本の内容は、アーサー王伝説でおなじみの騎士ランスロットを300年後のスペインに復活させたお話。アリオストの作による『狂えるオルランド』ともども、ドン・キホーテ誕生のきっかけとなったものである。セルバンテスの原作中でも、しばしばこの名前が主人公たちの会話に出てくる。「ラ・マンチャの男ドン・キホーテ」を名乗るようになった田舎紳士アロンソ・キハーノにとって、アマディスはいわば彼が追い求める理想であり、崇拝の対象であった。ちなみに、マスネが生涯最後に書いたオペラも<アマディス>というのだが、内容的には全く別物。)

〔 第5幕 〕

森に続く小道。星のきれいな夜。木にもたれて休むドン・キショット。サンチョは火を起こしながら、主人の夢がいつか叶うようにと祈る。しかしドン・キショットは、自分に死が近づいていることを悟っている。ここまでよくついてきてくれた家来に老騎士は心からの感謝を述べ、思い姫デュルシネの幻を見ながら、静かに息を引き取る。嘆き悲しむサンチョの声とともに、オペラの全曲が終了する。

(※演奏時間約10分の第5幕は、ある意味、全曲中で一番のハイライトかもしれない。原作とはだいぶシチュエーションが違うけれども、全編に流れるしんみりした音楽が妙に泣かせる。この部分については、ドン・キショットとサンチョの二役を一人で歌ったフョードル・シャリアピンの歴史的な録音がある。そこでは特に、サンチョを歌うときの大歌手の役者ぶりが見事。最後に「モン・メートゥル(=だんな様)!モン・メートゥル」と泣き崩れるところなど、ちょっと普通の歌手には真似の出来ない味がある。これは1927年という太古の録音だが、現在「シャリアピン・プリマ・ヴォーチェ」と題されたNimbus Recordsの2枚組CDの中で聴くことが出来る。ついでながら、同CDにはイベールの作曲による<ドン・キホーテの死の歌>も収録されていて、そちらは1933年の録音。いずれもマニア向けの音源ではあるが、一応参考までに。)

―以上で、当ブログのマスネ歌劇シリーズは終了。実は、私が今全曲盤を持っているマスネ・オペラはまだ他にもあるのだが、これまでに語ってきた作品群に比べると明らかに遜色がある。そんな事情から今回のマスネ・シリーズはここで打ち止めということにして、今後はまた目先を変えた新しいトピックを立ち上げていくことにしたい。ただし、次回は特別編。今回語ったマスネの<ドン・キショット>とセルバンテスの『ドン・キホーテ』を比較しつつ、最近読んだ本の受け売り話みたいなものを、ちょっと書いてみようかと思う。

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2 コメント

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マスネ ドンキホーテ (太田和夫)
2016-03-03 06:43:03
今から、観に行くのに、大変参考になりました。これで、落ち着いて、じっくりと、楽しむことが出来そうです。
こんばんは。 (当ブログ主)
2016-03-30 19:50:04
当ブログの記事がお役に立てましたようで、嬉しいです。
またいつか、何かでご縁がありましたら、よろしく。

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