flow Trip -archive-

「漂い紀行 振り返り版」…私の過去の踏査ノートから… 言い伝えに秘められた歴史を訪ねて

米子城

2011-07-01 00:00:45 | 城郭・城下町

(久米城 湊山城 鳥取県米子市久米町 国指定史跡)
 山陰歴史館から国道を西に向かうと、米子城の麓に辿り着く。大正14年に置かれた、四国八十八ヶ所の石仏に沿って巡った。
   
 米子城は、中海に面する標高90mの湊山に築かれた山城である。米子城の前身は、文明年間に東隣の飯山に築かれた城であり、天正十九年(1591)吉川広家のときに、城域が湊山にも拡張された。慶長五年(1600)豊臣秀吉の三中老であった中村一氏は、駿府城下内膳屋敷で徳川家康と会談し、東軍徳川方に加わった。この論功により、一氏の嫡子中村一忠は伯耆国十八万石で移封し、米子の城下町と四層五重の天守を築いている。然し、慶長十四年(1609)二十歳の若さで一忠は急死し、代わって美濃黒野より加藤貞泰が六万石で入封した。元和三年(1617)貞泰は伊予大洲に転封となり、米子藩は廃藩となったが、以後鳥取城の支城として城代が置かれた。
    (鉄御門跡)  (天守礎石) (大山方面)(弓ヶ浜方面)(中海方面)(主郭北側虎口)      (水手門跡) 内膳丸へ)


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