
(金亀城 滋賀県彦根市 国宝 国指定重要文化財 特別史跡 琵琶湖国定公園 2003年5月4日)
慶長五年(1600)井伊直政は関ヶ原の戦いの功により、十八万石で佐和山城に入城した。直政は手狭な佐和山城から移転する計画を立てたが、慶長七年(1602)に死去。子の直継が幼少であったため、家老の木俣守勝が徳川家康と相談して直政の遺志を尊重し、現在地に彦根城の築城を開始、元和八年(1622)彦根城が完成し、譜代大名最高の三十五万石の藩となった。四代直興のとき、庭園楽々園・玄宮園を整備。また、十五代直弼(なおすけ)は世に知られるところである。 二の丸佐和口多聞櫓
主郭から琵琶湖方面
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