コニタス

書き留めておくほど重くはないけれど、忘れてしまうと悔いが残るような日々の想い。
気分の流れが見えるかな。

憧れのひと。

2008-02-16 09:47:28 | 
ワンナイトミュージアムと言うのもなかなか。

一人の出展者として参加させてもらったのだけれど、「発表会」の骨格は、私も話をするらしいことぐらいしか全く知らされてなくて、「バトン」を渡されて少し焦ったけれど、主催者グループはなかなか演出上手だった。これも、門前塾の一つの成果だろう。

宣伝時間がほとんど無かったにもかかわらず、立ち見の出る盛況で、特に社会人参加者が非常に多かったのは喜ばしい。大学関係者が少ないのも相変わらずだけれど、学長がいつもおいでになるのもありがたい。いつか突破できるものと。

一つ一つの発表について、展示についての評判はまだ聞いていないのだけれど、タクちゃんは実演販売のお兄さんのようにいきいきと説明していたし、それぞれに工夫も見られた。
論文のみの展示も、座ってゆっくり読む姿も見られて良かったと思う。

私の展示に対する興味は「手書き」ということ、それから丸善の原稿用紙に集中していたなぁ。確かにあの紙は良い。

多分、文科系の卒業論文をテーマにしたイベントは、前例がないのではないか。
その意味でも、一つの里程標を立て得たものと思う。

素直に喜びましょう。

しかし、
空前であっても絶後にしてはならない。


さて、私の話は、自分としては珍しく人の文章を読む事に殆どの時間を使った。

萩谷朴にご登場願おうかとも思ったのだけれど、展示用に眺めていた『解釈と鑑賞』の記事の中に恐ろしく的確な文章を見つけたので。

『國文學 解釈と鑑賞』1957,5、「論文への道」特集にある、大学別の「どのように評価されるか」という記事。当時の多分国文の主任教授クラスが執筆したものと思われるけれど、それぞれに含蓄があって面白い。

そのトップが、昨日読んだ時枝誠記(東京大学)の一文。

全文を電子データで掲載するのは著作権上も気が引けるので、多少読みにくいスキャン画像を掲げることにした。


卒業論文に関わるすべての人に熟読玩味していただきたい名文だと思う。

「学士様」と言われた旧制大学時代からは遙かに隔たってしまった。
しかし、それでも、卒業研究に没入する時間や環境があること、そのものを幸福だと思わねばならないし、それは、あこがれの対象であり続けるべきなのだ。



何度も言ってきたことだけれど、教師に必要なのは、説得する技術ではなく、喜びを感染させる力だと思っている。

その感染力は、「憧憬」と言う病原体を持っているらしい。

あぁ、ずいぶん前に、ゼミOBのN君が「先輩風邪」をまき散らしに来てくれたことがあって、そこからも感染者が幾人か出たっけ。これもきっと原因物質は同じだ。

培養せよ!

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2 コメント

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楽しかった~ (オルベア)
2008-02-17 23:36:32
『卒論ミュージアム☆』、とっても楽しい時間を過ごすことが出来ました。

何より、学生達が好きな様にやるのがイイ!?誉めるばかりがいいとは思わないけれど、今回は、誉め言葉しか見つかりません。

唯一の要望としては、コニタ先生もおっしゃり通り『絶後』にしないこと!でしょうか。
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ありがとうございました。 (コニタ)
2008-02-18 01:08:46
どういうカタチで引き継がれるか、どういうカタチで広がっていくか、と言うことですね。

受験を控えた若者達にも見て欲しいし、採用を考えてる大人達にも見ていただきたい。

これからもよろしくご指導の程。
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