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諏訪大社 御柱祭り

2016-05-05 10:57:40 | Weblog

不景気の割には忙しく中々更新できなかったが、ゴールデンウィークの休みに友人に誘われ諏訪大社の御柱祭りに行ってきた。

鎌倉の八幡様のおひざ元で生まれたのでお祭りはしょっちゅう見ていたので、余り最初は気乗りしなかったが高速道路もそれほど混んでいなかったので遊び半分で家内と出かけた。茅野市の南東にある諏訪大社の本宮と前宮の御柱を合計8本立てるという壮大な祭りで八幡宮の雅さとは全く違う死者が出てもおかしくないような豪快さと精密さが一体となった祭りで、これには圧倒された。御柱屋敷という所に集合した前宮の4本のうち前三という柱について歩いて行ったのだが、まず驚いたのが喇叭隊、太鼓隊、子供木遣り隊、そして60トンと言われる御柱、約2キロの道路を元綱と言われる直径30CM位の綱から我々の引く先綱に約500人位が引いていくのである。

驚きはその組織の連携の良さで今の時代無線や携帯、文明の利器を一切使わないで白、赤の旗や伝令が走り回り時間調整や先達たちへの礼儀正しさ、我々他者への対応など良く出来上がった組織がきちんと機能している前三のグループでした。引いていく途中で前後の人たちと世間話をしたり、酒を飲んだりゆるい交流が続き三時間引いてやっと前宮に到着、これからが本番でこの階段と坂道を上がるクライマックスにできるだろうかと心配になってきたが、それでも人間の力は凄いものだと感心してしまった。

途中休み休みだったが、水も飲まず、トイレも行かず荒縄を離さず約50mの標高差を上げ切ってしまったのだ。待ち時間もあり、飲まず食わずで誰も文句も言わず夢中になって御柱を上げ切った爽快感は何とも言えない気持ちでした。まるで高校野球の応援団のような鼓隊と喇叭隊の鼓舞でなんか涙が出そうな興奮がありました。皆さんにお勧めしたいが、申年6年間を開けて7年目に次はあるそうなので、次回は行けそうもないが是非一度は参加されることをお勧めする。誰でも里曳は参加できるので、軍手持参で行けば荒縄を頂けるので信州人になったつもりになれるかもしれない。

文化的に考えるならばこの辺りは渡来人の多くが住んだ土地のようで大陸系の神様の影響があるのかもしれない。旧約聖書の中にも4本柱を立てて地上の生き物をすべて入れるというようなこともあるし、空に向かって柱をたて、しかもその先は三角錐にきれいに仕上げ、(冠落しという)宗教的な呪術的な意味もあるのだろう。伊勢神宮や明治神宮(天皇系)とは違う先住民族系(出雲系)のような何か諏訪湖の神秘性がこの地方にはあったのではないだろうか?

ちなみに諏訪大社というのは4つの社からなる総合名称なのだそうだ。諏訪大社本宮、前宮、諏訪大社下社 春宮、秋宮と別れているので一つの社では無いとのこと、上社は男神、下社は女神、木落で有名な行事は下社なのだそうで、上社は川越し、と里曳きが有名で、それに夫婦で参加できたことは幸せであった。

翌日の建柱の神事はこれまたすごい木こり技術の粋のような離れ業であった。恐らくとび職や木こり職人は少ないのであろうが、若い人たちが10人位柱につかまって横乗りから徐々に立てていく工程は落ちないかヒヤヒヤのパフォーマンスであった。時間はかかったが、朝から始めて3時には建御柱神事は完了。まだ今日5日は本宮の4本が今まさに立てている最中なので、事故無く無事に終わって欲しいと願うばかりだ。

信州の一地方のお祭りではあるが、古式ゆかしい、文明の利器を一切使わず、人力のみで行うこの祭りはもっと知られていいのかもしれない。只、時間のある人だけが参加した方がよい。観光バスでスケジュールに追われる人たちには無理なのでじっくり祭りを楽しみたい人たちが参加するのが諏訪大神も喜ばれることだろう。少し落ち着いたら自分たちが運んだ御柱を見に行ってきたいと思っている。





















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