葉山の海と森

葉山町の自然と日々の暮らしのスケッチ

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おめでとうございます。

2017-01-04 13:02:41 | Weblog

明けましておめでとうございます。

半年ぶりに時間ができての更新です。昨年の後半から新しい機械の開発が始まり時間の余裕がなく、書かなければと思いながらも忸怩たる思いを持ちながらの半年でした。

東京では小池都知事の登場、それに伴う豊洲やオリンピック問題、国政では相変わらず阿部ちゃんの独演会、世間ではスマップ解散、覚せい剤、おまけにトランプ旋風と情報があふれ出て何を信じていいのやら住みにくい世の中になったものだとくたびれた半年でした。

箱根駅伝が終わってやっと正月が終わり今年の決意を少し記したいと思います。先日近くの万福寺の門前に書いてあった印象的な言葉で、自分が生まれて来るには父方、母方両方合わせて200万人以上の先祖がいるという意味の事が書いてありました。

暇なので父、祖父、曾祖父、高祖父など紙に書いたら10代遡ると100万人を超える先祖がいるという結果が出ました。つまり母方を加えると本当に自分の存在には200万人以上の先祖がかかわっているのだと実感しました。

だから、自分の命は自分だけのものではなく自分に続くものに対する責任があるのだという自覚が湧いてきました。福島から避難した中学生がいじめにあったという記事を読んで怒りが湧いてきたのは自分だけではないと思います。でもこの中学生はえらい、亡くなった多くの人たちの為に自分は生きるといじめられても決心したという。こんな素晴らしい子供を持った親御さんは世間と是非戦ってほしい。心情的な応援と祈りしかできないが多くの人がバックにいることをわかってほしい。

環境の良い葉山という所に住んでいることに改めて感謝したいし、これからこの国を作っていく若い人たちを育てるためにも、老齢者は多少の我慢をして若い人たちへの環境を整えてほしいと思っている。只、どうしようもないバカな若者もいるのでこれらには厳しくして日本人の常識というものを再構築したいと思っている。

今年は健康に注意をして新しいことに挑戦しようと思っています。新しい機械の開発をしてマスタベーションではありますが、世に問いたいと思っています。70歳過ぎてからの挑戦をお見せしたいと思います。

皆様のご多幸をお祈りいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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これでいいのか日本

2016-07-18 15:32:13 | Weblog

一寸大仰な言い方ですが、本当にこれで良いのと皆さんに問いたい。参議院選挙も終わり、今は都知事選挙にマスコミは大方の時間を割いている。おととしの暮れの衆院選挙の時に私は危機感を持って、子や孫が戦争に駆り出される危惧をもって野党に投票したが、またしても参議院選挙において2/3の憲法の発議に必要な当選者が与党に多くなり、これで何でもできる政治体制が出来上がってしまった。

若い人たちに言いたい、『おい、本当に選挙権をもらえたのにこれで良いの?』と、確かに経済問題、保育園問題、老齢化問題など大切な問題は沢山あるが、これらを前面に押し出して本当の根っこにある部分を隠して、つまり国民をだまして選挙に臨んだのだ。私は40年以上もの造りの現場に居たから経済の大切な事は十分に分かっているつもりだ。我々が社会に出た昭和40年代は高度成長期のイケイケどんどんの時代であったから、仕事に集中してさえしていれば何とか食ってはいけた時代ではあったが、それはアメリカとの安全保障条約により、安心して仕事に集中できたからであった。そして今の日本の骨格ができ、肉が付き世界に冠たる国力が実力としてついたのです。

ところが2001年9月のNYのテロ以来全く、世界の構造が変わってしまい、悪い方に悪い方にと歯車が回り始めたのです。国内でいえば小泉改革以来経済重視、アメリカ重視、後進国軽視の風潮がはっきりとして日本としての外交、経済、文化、など金をかけずにできる全方位の対外政策が全くと言っていいほどできていないのです。

追い打ちをかけるように東日本大震災で民主党の体たらくにより、屋台骨がまたまたぐらついてしまったのだ。政治の劣化が国民に伝播し、この国の民度の低さが露呈される結果になったのではないのでしょうか?金の問題の二人の知事、その前は声だけでかい作家知事、政治資金規正法に違反していなければ不適切という言葉でオブラートでくるみ実態が究明されないザル法をそのままにしている議員たち。これでは国民は選択肢もなければ入れたい人が出てこなくなり、個人個人が我が道を行くというアメリカ式個人主義が跋扈する世の中になって当たり前です。

これから必ず二枚舌の阿部ちゃんは憲法改正を言い出すでしょう。大きな公約でなかったものが最大の焦点になりこれからの若い人たちを縛り始めていくことは自明の事だと覚悟をしてほしいのです。あの時投票しておけばという後悔をするだろうと予言をしておきたいと思います。三遊亭圓楽が浮気をしてなぞかけで『航海(後悔)の真っ最中』と返した、それとはまったく違うことを思い知って欲しい。

人生は後悔の連続だが、自分の人生を時の政府が変えようとしているのに権利放棄で将来泣きを見るようなことにはなって欲しくないので、若い人たちには本当に『これで良いのか日本』と問いたい。就職することが人生の目的ではない事、愛する人と生活するにはお金がいることは十分に分かるが、価値観を少し変えるだけで人生の見え方が変わってくるのではないだろうか?私はあと数年で仕事を辞めようかとも思っているが、毎日新製品の設計を考えているし、自分でものづくりをやってみたいと思う人には会社を譲ってもいいと思うほど、生きるという事の意味を考え始めている。

どうか想像してほしい。愛する子や孫が徴兵によって人殺しの訓練を受けるなどという事を。海外でテロで亡くなった人たちにも家族はいるのですから、またテロリストにも母親はいるわけです。一度しかない人生を政治家に翻弄されることを想像してください。いずれ戦争法案は通るでしょう。私も専守防衛ならば自衛隊だろうが、防衛軍だろうが構わないが海外派兵までする、この政権のやり方には承服できないと思ってます。

若い皆さん!年寄りは我慢できます。食べるものは少なくても、物はなくても文句は言いません。皆さんの為なら我慢をします。だから勉強してください、よく遊んでください、本を読んでください、本物を見分ける目を養ってください。スマホで繋がらず会って議論してください。人と会って会話して人間関係を作ってください。この国を背負って立つのは皆さんなのですから。最低限の権利行使をお願い致します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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鎌倉懐古15

2016-07-18 14:28:37 | Weblog

ここのところ忙しく鎌倉懐古も休みがちでしたが、6月に長兄が急逝し一段落したので今回は小町から材木座にかけての観音巡りを交えて少し思い起こしてみたいと思います。

私と六歳違いの兄は長男であるが故に爺さん婆さんに猫っ可愛がりされて育てられたそうで、昔の家父長制度では長男は本当に優遇されていました。年が離れていたので比較的喧嘩などはしなかったが、わがまま放題の兄であったのはなくなるまでは治らなかったが、比較的我が家の4人兄弟は仲良く、両親が亡くなっていても小町の家に集まっていたものでした。今は二階堂に引っ越しているが実家を呼ぶのに『小町に行ってくる』という言い方は今もって常套句であり、小町という響きは我が家にとっては誇りで今でも子供たちも使っている。

父の会社を継がず、自分で電気工事屋を立ち上げて、鎌倉中を駆けずり回り、三菱や関特鋼などの工場施設、消防施設など外での仕事に頑張ったようである。義姉によれば10kg以上の腰道具をぶら下げていたので腰の骨が変形していたようである。人生の終焉で女房と子供に感謝の気持ちを伝える間もなく、救急車で湘南鎌倉照合病院に運ばれてその日に逝ってしまったというまことに潔い、家族思いの逝き方であった。人生棺を蓋いて定まるといわれるが、まことに見事であったと思っています。

そんなこんなで、朱印巡りが中々進まないのだが、やっと半分までたどり着いたのであと半分は今月から、来月にお参りし9月には円覚寺の最終寺院まで頑張ろうと思っている。皆さんは鎌倉は禅寺か日蓮宗が多いと思っていると思いますが、私も認識不足を感じているところです。と言いますのは意外と時宗が多いのです。藤沢の遊行寺は有名ですが時宗の総本山である同寺は鎌倉に末寺を沢山持っていたのです。

こじんまりとしたお寺が多くて和尚が会話しながら、朱印帖に書いてくれるお寺もあれば、ハンコで済ますお寺もあり、信仰に対する姿勢などもわかるので、是非涼しくなったら三十三観音巡りをお勧めする。ここまでで私の好きなお寺は時宗の西御門の来迎寺、『魚籃観音』の別願寺、お大師さんの補陀落寺、光明寺塔頭の蓮乗院などで和尚の達筆さが光っているのです。(運が良ければ光明寺の本殿でピアノのライブも聴けます)

あと十三カ寺残っているので萩の季節までに結縁したいと思っているので、これをお読みの皆さんに手ごろなレジャーと思いお出かけ下さい。歩きながら鎌倉の老舗巡りも面白いので、にぎやかな通りだけでなく、材木座方面の一寸さびれた感じの食堂やお店に立ち寄るのも一興と思いますので、これもお勧めです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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諏訪大社 御柱祭り

2016-05-05 10:57:40 | Weblog

不景気の割には忙しく中々更新できなかったが、ゴールデンウィークの休みに友人に誘われ諏訪大社の御柱祭りに行ってきた。

鎌倉の八幡様のおひざ元で生まれたのでお祭りはしょっちゅう見ていたので、余り最初は気乗りしなかったが高速道路もそれほど混んでいなかったので遊び半分で家内と出かけた。茅野市の南東にある諏訪大社の本宮と前宮の御柱を合計8本立てるという壮大な祭りで八幡宮の雅さとは全く違う死者が出てもおかしくないような豪快さと精密さが一体となった祭りで、これには圧倒された。御柱屋敷という所に集合した前宮の4本のうち前三という柱について歩いて行ったのだが、まず驚いたのが喇叭隊、太鼓隊、子供木遣り隊、そして60トンと言われる御柱、約2キロの道路を元綱と言われる直径30CM位の綱から我々の引く先綱に約500人位が引いていくのである。

驚きはその組織の連携の良さで今の時代無線や携帯、文明の利器を一切使わないで白、赤の旗や伝令が走り回り時間調整や先達たちへの礼儀正しさ、我々他者への対応など良く出来上がった組織がきちんと機能している前三のグループでした。引いていく途中で前後の人たちと世間話をしたり、酒を飲んだりゆるい交流が続き三時間引いてやっと前宮に到着、これからが本番でこの階段と坂道を上がるクライマックスにできるだろうかと心配になってきたが、それでも人間の力は凄いものだと感心してしまった。

途中休み休みだったが、水も飲まず、トイレも行かず荒縄を離さず約50mの標高差を上げ切ってしまったのだ。待ち時間もあり、飲まず食わずで誰も文句も言わず夢中になって御柱を上げ切った爽快感は何とも言えない気持ちでした。まるで高校野球の応援団のような鼓隊と喇叭隊の鼓舞でなんか涙が出そうな興奮がありました。皆さんにお勧めしたいが、申年6年間を開けて7年目に次はあるそうなので、次回は行けそうもないが是非一度は参加されることをお勧めする。誰でも里曳は参加できるので、軍手持参で行けば荒縄を頂けるので信州人になったつもりになれるかもしれない。

文化的に考えるならばこの辺りは渡来人の多くが住んだ土地のようで大陸系の神様の影響があるのかもしれない。旧約聖書の中にも4本柱を立てて地上の生き物をすべて入れるというようなこともあるし、空に向かって柱をたて、しかもその先は三角錐にきれいに仕上げ、(冠落しという)宗教的な呪術的な意味もあるのだろう。伊勢神宮や明治神宮(天皇系)とは違う先住民族系(出雲系)のような何か諏訪湖の神秘性がこの地方にはあったのではないだろうか?

ちなみに諏訪大社というのは4つの社からなる総合名称なのだそうだ。諏訪大社本宮、前宮、諏訪大社下社 春宮、秋宮と別れているので一つの社では無いとのこと、上社は男神、下社は女神、木落で有名な行事は下社なのだそうで、上社は川越し、と里曳きが有名で、それに夫婦で参加できたことは幸せであった。

翌日の建柱の神事はこれまたすごい木こり技術の粋のような離れ業であった。恐らくとび職や木こり職人は少ないのであろうが、若い人たちが10人位柱につかまって横乗りから徐々に立てていく工程は落ちないかヒヤヒヤのパフォーマンスであった。時間はかかったが、朝から始めて3時には建御柱神事は完了。まだ今日5日は本宮の4本が今まさに立てている最中なので、事故無く無事に終わって欲しいと願うばかりだ。

信州の一地方のお祭りではあるが、古式ゆかしい、文明の利器を一切使わず、人力のみで行うこの祭りはもっと知られていいのかもしれない。只、時間のある人だけが参加した方がよい。観光バスでスケジュールに追われる人たちには無理なのでじっくり祭りを楽しみたい人たちが参加するのが諏訪大神も喜ばれることだろう。少し落ち着いたら自分たちが運んだ御柱を見に行ってきたいと思っている。





















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鎌倉懐古14

2016-02-16 10:49:42 | Weblog

久しぶりの更新です。暮れに孫の誕生やら何かと忙しく立春を過ぎてやっと更新です。世の中、目が回るくらいの回転の速さで進んでいるので、何から書こうかと思っていて、少し立ち止まる意味で鎌倉懐古14と致しました。世界も日本も殺伐としてきているので思い立って『鎌倉観音霊場三十三カ所巡り朱印の旅』を暮れに思い立ち、計画を立て歩き始めました。条件は仕事のない日の良い天気の日に歩く、基本は鎌倉までの交通機関は電車バスはOKで、駅からは基本全部歩く。月に1度は必ず歩くようにする。以上の条件で歩き始めた。そして子供の頃からある古い店舗を訪ね、その歴史を聞いて歩くことを決めた。

第一番杉本観音から始まって歩き始めたが、順番が道路沿いのようにきちんとなっていないので、とんでもなく離れていたり、行った道を又戻ったりの難行であったが、必ず順番に歩こうと思っていたので、覚悟を決め順序どおりに歩き始めた。子供の頃のような荒れ寺でなくなった杉本観音は今は改修の工事をやっていたが、さすが行基菩薩の開山とあって風格と雰囲気は随一であった。

第2番は雪ノ下の宝戒寺であるが、その道筋には何代も続く続く老舗がある大蔵ストリートなのだ。分かれ道の魚屋魚三、昭和4年からやっている3代目(ここは天日干しの開きが美味いので有名だが)、いつ来ても活気がある店だ。少し先に行くと大丸肉屋、これも三代目昭和7年、その並びは江戸末期嘉永年間創業の五代目山田酒店がある。ここのご主人は日本酒にこだわり、多くの地方の酒を吟味して店に並べているので、その薀蓄も楽しく説明してくださる。私も暮れには宮城の『浦霞』を買い込んだ。余談だがこの店の前には以前、先代の松本幸四郎宅があり、今で言うカフェレストラン(LEI)をやっていて、当時市川染五郎(現松本幸四郎)とカウンターでよく会ったものだった。大学前の和菓子や旭屋本店は明治36年創業の五代目で豆大福の老舗であった。

ここの地域は源頼朝が大蔵幕府を開いた土地で古くから鎌倉でも開けた土地柄であったようだ。八幡宮にも近く朝比奈越えで要衝の地でもあったので今のように立て込んでいなかったのが、幕府の政所としては最適であったのではとおもわれる。頼朝の墓が大蔵の北側にあるのもその地域を見て守っていたいと言う思いだったのかもしれない。ここ大蔵にはご存知、師範学校があった。つまり横浜国大の教員養成学校である。鎌倉の子供たちは師範学校の付属小学校に入り、中学を卒業して湘南高校に入り、そして東大へというのが一番の出世コースとして親からは尻を叩かれていたのだった。何しろ入学の選考はこよりのくじ引きだから、籤運の強い子供だけが受かったようなもので、私などは一発で不合格であった。負け惜しみだが、おかげで『名門御成小学校』に入ることが出来た。私の兄と姉は付属に入り、兄は中学を出て湘南に入ったがそれ程出世はしなかった。

第2番の宝戒寺は北条家の菩提寺としてその菩提を弔っているが、最近では萩の寺としてのほうが有名できれいに整備されている境内は気持ちの良い空間になっていた。どこの寺でも最近は入山料を取るようになっていて子供の頃のように脇から入ること出来なくなっているのが一寸寂しいが、観光都市としては仕方のないことだろう。ここでは女性の坊さん?が朱印書いてくださった。杉本観音と言いここでも中々の達筆であった。待つ間の本堂で足を伸ばして仏さんとの対話も面白かった。ただ、北条さんも裏山での自刃は苦しかったろうな、と思ったりして子供の頃の腹切りやぐらを思い出していた。

辻説法通りから第3番安養院までは次号に続く

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なぜにあなたは軽減税率? 

2015-12-05 15:47:47 | Weblog

公明党の意地が勝つのか、自民党の意地が勝るのか?変な展開になっている。本当であれば自民圧倒の情勢で切り捨てても良い公明党を説得できないでいるのは、来年の参議院選挙のためなのか全く政治の世界は判らない。自民党の宣言の冒頭は『政治は国民のためにある』との文言があるそうだが、何をやってもピント外れだ。今、消費税の再来年4月の10%上げの実施に関しての公明党の駄々っ子ぶりがひどいものだと思っている。おそらく公明党のいう国民というのは創価学会の会員の事だろう。

私も税金は払わないほうが良いとは思っているが、国民の権利を行使するには義務が生じる事は学校で教わってきたが、あまりにも実態を知らない公明党の幹部はピント外れと思っている。反自民である自分でも今回は自民党よ『公明を蹴っ飛ばせ』と言いたい。

何故かというと今回の増税は年金保証、福祉目的と財政再建のための増税と理解しているからだ。そして国民全体に薄く広く課税されるからに他ならない。もうひとつは経理の負担軽減で各企業の作業が膨大になるからだ。もし軽減税率が採用されれば企業の経理部門は甚大な不利益を得るからだ。自民を含め公明党は会社の仕事というものをおそらく誰も判っていないのだろうと思うのだ。

子供でも判る10%UPという単純計算ですべて処理すれば如何に経理処理が楽になるか、基本的に帳簿がすっきりするのだ。(余計はソフトは不要になる)

軽減税率などが導入されたら、おそらく経理処理がめんどくさくて税収が減るだろうし、輪をかけて脱税する輩が増えるに違いない。

おまけに高額所得者にも大きな恩恵が与えられ、低所得者はもっと厳しい生活を強いられる。そして給付金という訳の分からない金をばらまくのだ。おそらく選挙対策のバラマキだろうが、会社の中で8%と10%のいわば二重帳簿を作って大変な負担を強いるのは大反対である。

公明党のゴリ押しは後で創価学会からクレームが入るに違いない。国民(創価学会)のためと言いながら創価学会から梯子を外される事を先読みできない執行部は無能と言わざるを得ない。その時になって気がついても遅いのである。

この構図は安倍政権についても言える。安保法案についての強行採決でもTPPについても、特に辺野古の埋め立てについてもアメリカが『こんなに反対があるのならやめましょう』と梯子を外されるのが想定しないのもおかしいのである。

企業でも経営者が変わると思わぬ方針転換が在るのである。それを想定しないで経営など出来るはずないのである。確かにここの所企業の劣化は著しいが、基礎杭のデータ偽装であり、東芝の経理偽装、高田のエアーバッグ事故、東洋ゴムのデータ改ざんなど大きいところでこんなにあるのだから、これで国までも軽減税率の問題でミソをつけ素人の私でも判る事が国会の先生方に理解できないのであろうか。

テロがどこでも起こりえる世の中、警察警備や自衛隊の活動費用(災害や国境警備)も考えると少しでも税収を増やし、手元流動性を良くしておかないとこの国は潰れるのだという事を国家運営に携わる人たちに考えてほしいのだ。軽減税率は大反対!!!

 

 

 

 

 

 

 

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TPPを考える

2015-11-09 10:39:39 | Weblog

3年という時間をかけてTPPが妥結したという。この問題は交渉の過程が全く見えないので、どういう交渉をしたのか、何がどう国益に資するのか外から見ては何も分からない。甘利氏が代表という事で、当時黒かった髪の毛が最近白く変わったが、白髪染めだけのせいではないような苦労があったようだが、国民には全く理解ができない。

我々民間人は物事を決める時は、まずお互いの要求を出してこちら側とそちら側の妥協点を探るのだが、12カ国もあるとそれは大変であったろうと思われる。しかしながらこのTPPという協議はとどのつまり、対中国封じ込め作戦の側面もあろう。最初、日本が入っていなかったからアメリカの圧力で入るざるえなかったのだろうが、こんなに時間と金を費やした会議も他ではないだろう。

下種の勘繰りのようで嫌だが、甘利大臣以下の交渉団の出張費用が一体いくらかかったのか、公表をしてほしいものだ。民間の会社であれば利益が出る事が判れば、多少の経費は捻出するかもしれないが、本当に利益が出るのか?この場合国民に大きな利益をもたらすのか、また被害を受ける業界の救援策はちゃんと担保できるのか。全く判らない。

驚くべき事に各国で議会の承認と批准という関門があるというのだ。しかもそれは言いだしっぺなアメリカ議会が賛成しかねるという、つまり保護貿易をしようというのだ。大臣同士が交渉し、決まったらそのまま実行に移されると思っていたら、ひっくり返る可能性があるというこんな貿易協定というものがあるのだろうかと不思議でならない。一般論では身内の確約でこう行こうと決めて交渉に臨むのが外交交渉だと思うのだが、、、、

目立つ農業関係者はおそらく梯子を外された事で怒っているだろうが、自動車関係者は喜んでいるのだろう。この乖離をどう埋めるのか甘利大臣や交渉担当者はどうするのだろうか。政府が決めた事と常套手段で強引を貫くのか。数年後の見直しで無関税の商品や作物が押し寄せた場合、この国の安全保障は大丈夫なのだろうか?

万が一、食糧難になった時いきなりの生産が出来ない食物は、間違いなく輸入に頼らざるを得ないのだが、それさえも戦争の武器として日本が飢えるという現実が起きて来るのである。輸出国の裁量で日本が兵糧攻めにあうのは自明の事だと思うが、その対策はTPP関係者には理解しているのだろうか。

紋切り型の政府のやり方は沖縄問題にしても、原発再稼働にしても、福島原発の問題にしても行き詰まる事は目に見えているのに、自民党が強いというためになんら手を打てない政治をますます国民から遠いものにしていないか。安保法案に関しての逃げ切り策で国会を開かないという暴挙も、もはや国民に政治は諦めてくださいと言っているようなもので、安く牛肉が食べられますよと言っても老人大国の日本でそうは大量に肉は食べないし、品質管理の不明な食料が沢山出回る可能性も出てくるのは覚悟せねばならないだろう。

アメリカの狙いは日本人の個人資産の吐き出しだという事に気がつかねばならないだろう。そして公的年金の巨額の積立金、医療、薬品、保険等々あまり話題に乗らない分野も気をつけなければならないだろう。こうした情報やその過程が見えない条約は勉強しておかなければ対処できなくなるので、警鐘を鳴らしたい。

何よりも国内産を多少高くても安心な食材を購入するか、自身で作るかして対応を考えておくしか防御が出来ないので、多少不自由になっても将来の孫子の時代に、より良いこの国の在り方を残しておきたいと思う。身近な事で言うと宴会での食べ放題や飲み放題はやめる事。ある同窓会に出たが、八千円で飲み放題という会であったが、もうそんな飲み食いができる年でもないし、必ず大量の残り物が出る。今後はそういうような会には出ないように自分ではしている。

このTPPは自分たちの生活に直に効いてくる条約だから、今後とも注視していこうと思う。官房長官の菅氏、TPPの甘利氏ともに神奈川選出の政治家なので彼らの言動や見識をこれからも注視していきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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鎌倉懐古 14

2015-10-22 17:11:17 | Weblog

夏から仕事が忙しく久しぶりの投稿です。この2カ月の間日本の進路が大きく変わってきた感があるが、いずれも次の選挙まで安倍チャンは好きなように泳がせておくしかないと思い、鎌倉懐古の話題に致しました。

久しぶりに光明寺のお十夜に行ってきました。いつも行きたいと思いながら仕事で行かれず、この古式豊かな修行の様子は見る人にとって日本の宗教文化の遺産と言えるのではないかと感激してその所作や声明は素晴らしいものでした。

子供のころは一年中どこかの町内でお祭りや祭事、仏事をやっていてそれを見るのが好きで母に頼んでよく連れて行ってもらった思い出があります。巳の日には必ず銭洗弁財天、11月には坂の下の荒神様、8月10日の黒地蔵など古い町だからこそあった様々な行事を思い出します。

思い出す儘、記憶をたどり歳時記代わりに書き連ねてみたいと思います。蛭子神社の夏祭りが終わり、9月の鶴岡八幡宮、御霊神社のはらみっと、光明寺のお十夜など年末に向けて沢山の祭りがありました。母が信心深い人だったので、戸塚の日限地蔵にも連れて行かれ子供の足で泣き泣き歩いた思い出があります。

銭洗には巳の日には必ず行って砂をもらってきて庭に撒いていました。また庭にコンクリートで作った白蛇のとぐろを巻いた置物があってお酒をおいて拝んでいました。出入りの植木屋さんが作って持ってきたようで私は嫌でいつもよけて歩いていました。このころの鎌倉は草深く隣のおんめ様の池からはガマガエルが出て来るは、それを追って青大将が出て来るはで、庭は自然の宝庫でした。これで鎌倉駅から2分のところですから、時代が変わったものです。

さて、お祭りですが私の住んでいた小町は八幡様、蛭子神社、八雲神社、葛原が岡神社、八坂神社、五所神社位までがテリトリーでこれらの町内には友達がいたので祭りというと出かけて、遊びに行っていました。これらの他にお寺の行事、稚児行列やお会式、寒修行の満行など歳時記にすると本当に多くの行事が目白押しでした。

これとは別に8月10日には鎌倉カーニバルが久米正雄氏らによるパレードが大々的に行われていたのが特筆されますが、残念ながらここ数十年このようなおしゃれな行事は行われていません。今ならアイドルの登竜門のようなこの行事を何とか蘇らせる事は出来ないのか、スポンサーとして数ある名店が音頭をとって出来ないものか、いささか残念である。

思い出すまま頑張っている店、残念ながら閉店をした店を書き出してみたいと思い、下記に並べてみました。(閉店と書いてあるところ以外は営業中)

辻説法通り 谷口屋米店、漆原米店、若宮大路 渋谷米店 (米屋さんは頑張っている)

若宮大路  ケイト屋(閉店) 浅羽屋(閉店) 清水屋酒店、湯浅物産館、 紅谷、島森書店、

        豊島屋、

思い出すまま次号から、順次お店や行事を書いていこうと思います。人の流入が多くてうわべだけの鎌倉散策では本当の良さが理解されないので、少しずつ The KAMAKURAという所を書いていきたいと思います。紅葉の季節散策のお役にたてればと思います。

 

 

 

 

 

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新国立競技場を考える。

2015-07-27 11:34:39 | Weblog

安倍チャンの鶴の一声で白紙に戻った新競技場建設問題。笑っちゃうねというのが私の感想だ。何故かって言えば、建設問題というよりは政治家や役人の無責任体質が国民の前に明らかになったという事だけでも、大いに意味があったのだ。当然不人気な安保法案の為に少しでも点数を稼ぎたい安倍チャンの見え見えのパフォーマンスの結果だが、基本これで良かったのではないだろうか。

ついでに言えば、どうせ恥をかくならば、オリンピックの返上をIOCに『日本にはオリンピックを開催できる自信はありません』と言ったら安倍チャンの人気はウナギ登りだと思うのだが、如何なもんだろう。2兆円くらいあるオリンピック予算を東北復興、少子化対策、経済対策(特に零細、中小企業対策)、地方再生などオリンピック以上に日本の国益に資する事ばかりではないだろうか?

日本はもう十分に先進国を堪能したのでそろそろスピードダウンして中進国程度にスローな国になっても良いのではなかろうか。これを政府が標榜したらグンと人気が上がると思うのだが、そうはいかないのが日本の体質で、何事も成長路線を歩まなければという亡霊が政治家、役人、大企業経営者に蔓延している亡国病なのだ。

私なりの新国立競技場問題を考えるに、まず国際デザインコンペは開かれている国としては仕方がないのだろうが、少なくても予算を決められている中での決定がなされて当然だ。金を出せばどんな建築でもできるというのが技術屋の誇りだろうが、そこには予算という壁もあり、製法や機械設備などという図面では見えてこない縛りがあるのだ。うちも小さなもの造り屋だが紙の上ではどんなものでも書けるし作れるが、実際作ってみたら出来ないものが沢山あるのだ。

文部科学省がこんな道理が判る筈がないと言って、もし開き直るならそれこそ能力不足だ。判らばければ国土交通省に訊けばいいのだ。先端建設の技術を持っている日本のインフラの本山で大概の事は教えてくれるはずだ。また、もし判らなくてもゼネコンや大学の先生などに訊いてもどの位の基礎的知識を持って3000億円もの予算が出てきたのか?

誤解を恐れずに言えば、ゼネコンの営業はここぞとばかり吹っかけているのではないだろうか?阿吽の談合が在りはしないか?これだけのプロジェクトだから暗黙の了解が出来上がっていたのではないだろうか?設計業界の中の指導権争いは無かったのだろうかなど考えられる事すべて想定して巨大プロジェクトを考えなければならなかったのではないだろうか?

つまり10トントラックに倍以上の荷を積んで全力で走れと言っているようなもんで、初めから無理な要求だったのではなかったのだろう。老人ににコンピューターを与えてこうするんだと言って使い方を教えるような能力的に無理がこの結果を生んだような事であろう。通常もの造りは客の要求を聞き、ニーズを確認しデザインや機能、特長、維持管理を考えて設計に入り途中何度もコンセンサスを各部門とすり合わせを行うのが本来なのだが、入り口で潰れるというのは何をか況やである。

多分、文部大臣の首を切ってこの件は落着しそうだが、これを反面教師にして他の開催国の競技場を見習いコンパクトでコストをかけないオリンピックにしてほしいのだ。私は今でもオリンピックは返上しても良いと思っているので、何年かかっても復興なった『東北』でと言われるような事のほうが国益に資するような気がしているのだ。

安倍チャン決断しましょう!!!

 

 

 

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梅雨があけてもしっくりこない。

2015-07-20 10:19:15 | Weblog

昨日、梅雨明けしたがどうもしっくりこない夏が来た。これから2か月の暑い日々が続くのだが、国民すべてがしっくりいっていないのではないだろうか?ご存じ安保法制に始まる諸々の問題が夏休みの宿題として山積なのだ。小学生の時は溜めておいて8月末に辻褄合わせをしたが、今年はそうはいかない。何しろ国の行方を決める大きな問題の、しかも答えが簡単に出そうもない事を宿題として国民に背負わされたのだから、、、、

今度の国会審議で確実に判った事がある。それは各大臣の能力の無さと理解力不足、公人としての認識不足がはっきりわかったという事で、その意味では今国会は良かったのである。安倍チャンの必ず使う、、、『わけでありまして』というフレーズは能力のなさの一端で、多弁に過ぎるは自分の正当性を主張する嘘隠しで、本音が見えてこれは見透かす事が出来る証拠であった。先日、髭の隊長と呼ばれるイラクに派遣された元自衛隊の幹部(今は国会議員)がテレビの番組でそれこそ誰にもしゃべらさないぞという態度でイラク派兵が安全であったと詭弁を弄していた。現場にいた人間が国会議員になって、論理破たんで見苦しい醜態を見せていた。

本法案を国会に提出している防衛大臣が全く理解していなくて、総理大臣が代わって答弁するなどもってのほかで、この大臣も制服から国会議員になった人で、ディベートには不慣れでおまけに人の良さそうな防衛大臣で、コイツ戦争の指揮がとれるのかと心配になってくる。新国立競技場の問題の文部大臣も右往左往してみっともないったらありゃしない。このデザインでやりますと言って数日後、安倍チャンに白紙と撤回され、カッコ悪いったらありゃしない。

国民の不快指数は上がる一方でこの他に重要問題が多々あるのだ。私の知っている事だけでも原発再稼働、北朝鮮拉致問題、円安経済問題、若年層の就職問題、年金問題、少子化、保育問題、終戦70年談話など数えきれないほどの問題があるのだ。論理的に考える議員が自民党に居るのか、数合わせのためにコマのように動かされ自身の政治的良心は行ったのか、答えてもらいたい。この選挙区もY氏が京都から鞍替えしてきたが、何とも若さがない爺さんっぽい人だが、陣笠の域を出ない。

立憲主義という国是があり、日本の知力は世界最高の水準であるはずが、今や政治によってその前提が崩れようとしている。今、NHKで『花萌ゆ』というドラマをやっているが、長州人の性格の一端を垣間見ているようで、視聴率は悪いそうだが面白く見ている。殿様が『そうせい』としか言わないのだが、安倍チャンはこれにヒントを得ているのではないかと思うのだ。現代の殿様、僕ちゃんの言う事聞け、弁チャラ取り巻きが耳に良い事言うと『そうせい』と言っているのではないかとその為にNHKの会長の首を挿げ替えて、長州の宣伝をさせているのだろうと思うのはうがち過ぎだろうか?

兎に角、能力のない連中にかじ取りを任せたらロクな事にはならないというのは70年前の反省で判ったはずなので、この轍を踏まないように、この夏は我々国民も知力を上げる事に致しましょう。

因みに当社の社是は『体力、知力、行力』でした。健康な体に神宿るは言いえて妙な格言でした。暑くなってきました、ご自愛ください・

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