Victor J. Katz,
The History of Stokes' Theorem,
Mathematics Magagzine, VOL. 52, NO. 3, May 1979, 146--156.
読んだ分量:全部
理解度:☆☆☆☆★
論文の長さ:短
参考文献リストも含めて11ページあるが,まあ,短いといえば短いので,論文の長さは「短」とした。
著者の Victor J. Katz 氏は "A History of Mathematics, An Introduction" という,900ページ近い大部の本の著者である。
今回取り上げた論文は,ベクトル解析において Green の定理,Gauss の定理,そして Stokes の定理と呼ばれるものが,実はその名が付けられている人たちに由来するものではなく,もっとさまざまな人が関与していたことを明らかにしたものである。
これら3つの定理は,n 個の変数に関する重積分と n-1 個の変数に関する重積分とを結びつけるものであるが,そのようなものの原型は 18 世紀末の Lagrange と Laplace の著作に片鱗が見られるという。
今日,Gauss の定理あるいは発散定理と呼ばれるものの3つの特別な場合が1813年の Gauss の論文に出てくるそうだが,Gauss はその後 1833年と1839年にも別の特別な場合について述べたという。
Gauss のそれらの仕事の合間の1820年代に,ロシアの数学者 Ostrogradsky が今日発散定理と呼ばれているような一般的な形での定理を発表した。
Ostrogradsky の論文を審査した Poisson や,Sarrus(おそらく,2次と3次の行列式を求める計算法でお馴染みのサルス(サラス))などのフランス人学者と,イギリスの数学者 Green が1820年代の終わりごろに相次いで類似の結果を発表した。
当時は,発散定理を単独で重要なものとして取り上げるのではなく,電磁気学や弾性体,浮力の問題などを考察する過程で得られた補助的な結果として取り扱うだけであったようだ。
これらのことを考慮すると,発散定理は Gauss の名を冠するよりも,Ostrogradsky の名を冠する方が妥当だと思う。
平面内の閉曲線に沿う線積分と,その曲線に囲まれた領域内での重積分に関する結果として知られる Green の定理は,実は Green 自身が述べた痕跡は残っていないという。したがってその定理を Green の定理と呼ぶのは全くふさわしくないわけであるが,では誰に帰すべきかというと,それは Cauchy であるように思われるとのことである。Cauchy は複素関数論における,その名を冠した有名な定理の証明において,今日 Green の定理と呼ばれているものを使用しているそうだが,残念ながら Cauchy による「Green の定理」の証明は発表されずじまいだったようである。
その後,Riemann が Gettingen 大学における就任講演において,「Green の定理」およびそのいくつかの変形を証明と共に述べた。
これらの事情をふまえると,Green の定理は Cauchy の定理,ないしは Cauchy-Riemann の定理と呼ぶべきかもしれない。
テーマである3つの定理のうち,最後の Stokes の定理の名も大きな問題を抱えている。今日 Stokes の定理と呼ばれているものは,William Thomson(絶対温度の単位にその名を留めた Kelvin 卿)が Stokes に宛てた手紙の中に書かれていたという。したがって,Thomson の定理,あるいは Kelvin の定理と呼ぶべき代物である。
Stokes がその手紙を受け取った後,the Smith's Prize という名のついた Cambridge 大学の試験問題としてその定理を証明する問題を出題した。そのことが Maxwell の電磁気学の著作にも述べられているという。その問題を証明した学生が実際にいたという記録は残っていないらしい。Stokes の定理の証明がこの世に出たのは Maxwell の著作が出版されるより前のことで,Hankel が出したモノグラフに書かれているとのことである。
これら3つの定理の黎明期の歴史を検証した後,それらが一般化されていく過程が述べられている。
イギリスにおいて Hamilton の四元数が大流行したときに,Hamilton 自身や,四元数の伝道者であった Tait の仕事を経て,Maxwell によって,divergence の原型である convergence,そして curl という名称が提起された。そのアイデアは二十年ほど経ってから,今日のベクトル解析の父たちである Gibbs と Heaviside によって整理されたようだ。
これら3つの定理を統一的な視点に立って捉えるという試みは,すでに Ostrogradsky に萌芽が見られるようだが,本格的な取り扱いは Volterra の 1889年の論文が最初らしい。ちなみに,Volterra の独特の記法による積分定理は現代の我々には読みにくいが,Katz 氏は簡単な場合について具体的に式を書き下してくれるという,教育的な配慮を見せてくれる。読者にとっては大変ありがたいことである。
Volterra の結果は,その後 Poincaré がよりシンプルな形に書き換えた。それらの結果と,Pfaff の問題の考察を合わせて,19世紀末から20世紀初頭にかけての一連の著作において,Cartan が微分形式という新しい分野を創始して,発散定理の仲間達の統一理論を作り上げていく。
ここまでで話は一段落し,最後はこれらの3つの定理が当時の教科書にどう取り上げられていたかに関する短い報告で締めくくられている。そこでは,アメリカで出された教科書だけでなく,フランスやロシアの教科書でどのような名で呼ばれているかも述べられている。Katz 氏が調べた範囲では,Cauchy の名を出しているのは Vogt の本だけであったという。
ちなみに,Vogt という名を見て思い出したが,テンソル (tensor) という名を最初に導入したのが Cauchy と Voigt(Vogt とは別人なのだが) のどちらなのか,気になっているところでもあるので,そのことに関連した文献があれば是非読んでみたいものである。
こういう話題のときにいつも参考にさせていただいているサイトでは,tensor の項目に Cauchy の名が出ていないので,Voigt に軍配が上がりそうである。
この論文には実は同じ著者による続編があり,そこでは Cartan から DeRham に至るまでの微分形式の歴史について述べられているようだ。それもぜひ読んでみようと思っている。微分形式の理論のよい入門的解説でもあることだろうと大いに期待している。