Hurwitz の定理。 Hurwitz の定理。(続) Hurwitz の定理。(続々)
結局なんだかすっかり怠けてしまった。
日に日に何もしなくなってゆく。
夏休み明けのリハビリが怖いので,やはり全く何もしないのはまずいだろう。
運動しないと体がなまるというのと同じように数学から離れるとそっち方面の頭の使い方が鈍ってしまう。
さて,ようやく Hurwitz の定理の全容がつかめてきた。友人 gk 氏が興味を持って話を聞いてくれたおかげである。
まず,Conway-Smith の本の記述をよく見たら,2次形式(代数学ではノルムと呼ぶそうな)が非退化 (nondegenerate) であるとは,関連する対称双線形形式が非退化であるということであった。この定義は
Planet Math というサイトの項目にも述べられているので,代数学では標準的なものなのだろう。
この「非退化」の定義を僕はそもそも誤解していたので,それを訂正しなければならなかった。
なんで非退化性が2次形式を直接用いた定義ではなく,それに付随する双線形形式の言葉で定義されるのか腑に落ちないが,そこにはきっと事情があるのだろう。
ここで,僕が何に悩んでいたかというと,実数体を含む代数 A の真部分代数 B に対して,それに直交する単位ベクトル i が必ず取れるのだろうか,という疑問である。
自分で考えてみたところ,i のノルム [i] が正であることはどうにも証明できないような気がするので,「直交する単位ベクトル」の存在は仮定せざるを得ないのではないかという結論に至った。このような問題点があることは薄ぼんやり気づいていたが,gk 氏にも指摘されるに至ってはっきり認識したのである。
このとき考えたことのおかげで,Hurwitz の定理のそもそもの出発点である,実数 a, b, c, d に対して成り立つ恒等式
(a
2+b
2)(c
2+d
2)=(ac-bd)
2+(ad+bc)
2
とは似て非なる恒等式
(a
2-b
2)(c
2-d
2)=(ac+bd)
2-(ad+bc)
2
を発見することができた。これは僕は以前に見たことがないが,上の恒等式の b と d のところを √(-1) b と √(-1) d に置き換えたものに他ならないので,大発見というものの程ではないし,古くから知られていたに違いない。ただ,Conway 氏の証明を参考にして自分なりに少し考えを進めたら,このような新しい景色が開けたことは嬉しかった。もっとも,Conway-Smith の本の記述をちゃんと読んだら,6.9節にこのあたりの事情についてもちゃんと書いてあったのだが。
前にもどこかで述べたが,知りすぎもせず,知らなすぎでもない,ほどほどの情報量のときに最も考察が進むのである。van der Waerden 氏が述べたそうであるが,Hamilton 氏が四元数を発見した背景には「知らなかった」という側面があるらしい。上に述べたような恒等式が,文字数 3 では成り立ちえないことを実際に反例を構成して示した Legendre 氏の仕事を Hamilton 氏が知っていたら,四元数の発見には至らなかったのではないかという話である。
知っていたらあきらめたかもしれないが,知らなかったがゆえに一歩先の境地まで到達しえたという同じような事例はたくさんありそうなものである。
例えば,Einstein 氏の相対性理論の発見(発明?)などもその類かもしれないと思うのだが,違うかなぁ。
また,ごく最近知った事例としては,熱力学の公理論に関する Giles 氏の結果を知らずに,30年ほど後に Lieb 氏と Yngvason 氏がよく似ているが一味も二味も違う公理論を構築したことが挙げられる。
知ってしまうと独創性が発揮されにくくなり,知らなければ独創性が存分に発揮される,ということである。もっとも,既存の結果を超えられないことの方が多いかもしれないが,無知が故に構築した理論だからと言って,既存のものに比べて劣っているとも限らないのである。
ともかく,Hurwitz の定理を正確に述べるとするとどういう言明になるか,だいぶわかってきたように思う。A5版でたったの5ページ足らずに書かれた証明であったが,それを解読し,それに刺激を受けてあれこれ考えているうちに,はや二週間は楽しんだことになる。
そう考えると,やはり,数学の本や論文を読み解くのは,実に悠長なものであると改めて思う。