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森友・加計学園疑惑の徹底究明を!

2017-03-13 19:20:55 | より良き我国のために
 韓国の朴槿恵大統領がついに罷免されました。大統領という地位を利用して己の友人に様々な便益を与えていました。この事件の詳細を知るにつけ、いま我が国で騒がれている森友、加計両学園疑惑の構造と似たところがある様に思えてなりません。

 森友学園の籠池理事長は日本会議大阪の役員でした。その日本会議の国会議員団特別顧問が安倍総理です。余談になりますが、2015年度の茨城県表彰にある一般社団法人の代表者が選ばれました。勿論その法人代表としての功績で表彰されたのですが、二つ目の肩書として「日本会議茨城会長」と記載されていたのです。これには違和感を覚えました。日本会議は民間の右派系政治団体であり、これを地方自治体が表彰の際の肩書として記載することは、県民に対してこの団体での活動を奨励する事になると思うのです。

 森友学園傘下の塚本幼稚園では園児に教育勅語の暗唱をさせ、「海ゆかば」などの軍歌を歌わせ、運動会の選手宣誓では「尖閣列島、竹島、北方領土を守り、日本を悪者として扱っている中国、韓国が心を改め、歴史教科書で嘘を教えないようお願いします。安倍首相ガンバレ、安倍首相ガンバレ、安保法制国会通過よかったです」と言わせています。これらは戦中の教育現場を彷彿とさせる内容です。中国、韓国のくだりは鬼畜米英でした。これらは明らかな洗脳教育であり偏向教育であり、これを反省して作られた今の憲法、教育基本法の精神に反しています。

 森本学園はこの春開校を目指していた小学校名を当初「安倍晋三記念小学校」として生徒募集し、寄付を募っていました。総理夫人はその名誉校長に就任し、その際に「…こちらの教育方針は大変、主人も素晴らしいと思っていて…」とスピーチしています。今日現在籠池理事長は小学校開設を断念し、自身の理事長辞任を表明しています。安倍政権はこれを以ってこの問題の幕引きを図りたいのでしょう。これを先月末に安倍総理が赤坂飯店でメディア各社に依頼したのだと考えられますが、決してそうさせてはなりません。

 一方の加計学園の加計理事長は安倍総理自身が40年来の「腹心の友」と言う程の深い間柄であり、更に育鵬社教科書の採択運動を展開する「教科書改善の会」の賛同者でもあって安倍総理と思想的にもかなり近いようです。また総理夫人も加計学園傘下「御影インターナショナルこども園」の名誉園長として関わっていました。上記森友学園でのケースと癒着の構造が良く似ています。

この二つの疑惑の特徴は共に学園理事長が安倍総理の親しいお友達だということです。総理夫妻に親しいということが錦の御旗となり、政治家や役人を靡かせ、忖度させてこれらのお友達に便益を与えたのでしょう。或は総理夫妻が直接又は間接的に指示を出していた可能性もあります。先の茨城県表彰の件は地方自治体が靡き、忖度した結果でしょう。靡き、忖度する側も政治家、役人として情けないですが、靡かせ、忖度を許す側は権力者として言語道断です。権力者たる者決してこれを許してはならないのです。

 権力者がその親しいお友達に便宜を与えることは間接的に自らを利することでもあり、事実上の汚職に他なりません。それ故に韓国大統領は国民の怒りを買い罷免されました。安倍総理についてもこれらの疑惑を徹底的に究明してその責任を問わねばならないのです。
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共謀罪法の成立を阻止しよう!

2017-02-28 19:29:11 | より良き我国のために
 共謀罪法の制定を審議する国会答弁の中で、安倍総理を始めとする政権側は「一般の人が対象になることはない」と再三弁明して来ました。国民を安心させて成立を図る算段でしょう。多分殆どの国民は自分を「一般の人」だと思っています。
しかしこの法律が成立した暁には「一般の人」も思想、言論、行動にかなりの制約を受ける時代が来るのではないでしょうか。

 例えば沖縄の辺野古や高江で米軍施設建設反対の座り込みをしているあなた、各地の脱原発運動に参加しているあなた、各地の集団的自衛権容認反対や安全保障関連法反対の運動に参加しているあなた、各地で憲法改悪阻止の運動に参加しているあなたを将来の政権が「一般でない人」に分類する危険性があります。

 かつての悪名高き治安維持法についてお浚いしてみましょう。この法律は当初共産主義革命運動を取り締まる為のものでした。検挙対象が払拭すると、特高警察などの組織を維持する為にやがて宗教団体、自由主義者など政府を批判する全ての人を対象とするように改定されて行ったのです。かくして反戦の声を抑え込んで国内外に数百万人の戦争犠牲者を生み出した先の戦争を引き起こす為の鋭利な刃物となりました。

 この共謀罪法も小さく生んで大きく育てる政権側の意図が隠されている可能性があります。仮に現政権にその意図が無くても将来拡大解釈や拡大改定は為されます。治安維持法の例を見れば明らかでしょう。この法律を決して成立させてはなりません。

 「私は偉い人たちや政治家や資本家だけに戦争の罪があるのだとは思いません。一般の人たちにも罪があります」これはかつての十五歳の少女アンネ・フランクの訴えです。私達「一般の人」は将来、第二のアンネ・フランクに同じ言葉を言わせてはならないのです。 
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インド紀行

2017-01-02 15:04:54 | ジェットの丸窓から
 インドへの旅はニューデリー1回、ムンバイ2回ですが、何れも会社の出張旅行でした。

1.ニューデリー
 まず最初は1993年10月から11月にかけての東南アジア、インド、中東地域への出張の中でニューデリーとムンバイを訪ねました。
 ニューデリーの空港には頭に鮮やかな黄色のターバンを巻いたジータ氏が迎えてくれました。今回尋ねるウェストン社のマネージャーです。空港からホテルまでの道は片側2車線の舗装道路でしたが、車の前後を豚や鶏などが横切ったり先導してくれたりするのには驚きました。それは昔の話で今は無いと思っていたのです。
 やがて市街地にあるホテルメリディアンに着きました。全体が円筒形の高層ビルでその内側をスケルトンのエレベーターがせわしなく上下していました。
 案内された10階の客室からは市街地の中に森が点在する景色を眺めることが出来ました。更にその森の木の間をクジャクが飛び交う様子も見えたのです。まさに異郷を感じ、旅情に浸る私でした。
 夜10時に就寝して間もなく、窓の外から音楽と拡声器を通した声が聞こえてきました。それもかなりの音量でとても寝ていられない程です。すぐに止むかと思い10分、20分、30分待ちましたが止みません。堪らずフロントに電話して部屋を変えてもらいました。明日大事な仕事を控えていたからです。フロントの話ではこの時期、一年で最大の祭りがあり、その会場の隣にこのホテルがあるとのことでした。
 翌朝ジータ氏の車でウェストン社を訪ねました。玄関のロビーに祭壇があり、小さな火が燃えていました。多分ヒンズー教様式なのでしょう。来訪者はその信仰の如何に関わらず、この祭壇を拝まねばならないのでした。インドの技術者は皆さん英語が出来ます(私以上に)。私の仕事も通訳なしで無事に済みました。

2.ムンバイ(1回目)
 ニューデリーからムンバイに飛びました。ムンバイはかつて英領時代にボンベイと呼ばれ、西側をインド洋に面しています。明日訪ねるパラス社の社員に案内されたホテルはバックベイに面したマリーンドライブ沿いに有りました。大きな弧を描く防波堤沿いの道は格好のデートスポットの様で、月明かりの中大勢の男女で溢れていました。
 テレビでは「踊るマハラジャ」のような感じで、美男美女が幾つかの困難を乗り越えた末に目出度く結ばれるという内容のミュージカル風のものを流していました。
 翌朝社員氏の車でパラス社に向かう途中のことです。車が信号で止まる度に脇から数人の子供が走り寄ってきます。窓ガラスをたたき、指を口に持っていく動作を繰り返します。「食べ物を買う金をくれ!」というジェスチャーの様でした。社員氏はその度に顔を怒らせ、身振りで子供たちを追い払うのでした。
 パラス社ではニューデリーのウェストン社と異なり、玄関での宗教儀式はありませんでした。2日間の仕事が済んだ翌朝、社員氏に空港まで送ってもらいました。当時インドの空港では赤帽を頼んではいけないというジンクスがありました。荷物を隠されたり、法外なチップを要求されるらしいのです。そこで私はニューデリーでもムンバイでも全ての荷物をカートに載せて自分で運んだのです。

3.ムンバイ(2回目)
 2度目のムンバイ滞在は1997年8月から9月にかけての中東・インド・東南アジア出張中のことでした。訪問先は前回同様パラス社です。今回は同社の技術者が空港でのピックアップ以降ずっとアテンドしてくれました。ホテルは前回同様バックベイのマリーンドライブ沿いでしたが、前回とは別のホテルでした。1階のレストランでは民族衣装を着たグループが民族音楽を奏でていました。
 翌朝車でパラス社に向かいましたが、この時は前回と異なり、車に群がる子供たちの姿はありませんでした。4年の間に暮らしが良くなったのか、或は規制されたのかのどちらかでしょう。多分後者だと思います。
 2日目の仕事が終わった後、技術者氏は私を市内観光に連れ出してくれました。インド門を見物した辺りで私の靴が壊れました。左足の踵が剥がれてパカパカになったのです。実はこの踵は直前の滞在地カラチで既に剥がれていました。そこのホテルの地下にある靴屋で接着してもらっていたのです。その際、「長くは持たない」と言われてはいました。
 技術者氏は道端にいた靴磨きの前に車を寄せました。私の靴は技術者氏の手を介して靴磨き氏に渡され、数本の釘で修理された後、再び技術者氏の手を介して戻ってきました。その際技術者氏は「握手は不要、その男に触れないで!」と私に注意したのです。そして当人も触れることなく靴をやり取りし、料金を払ったのです。インドにはカーストを含む身分差別制度があり、この靴磨き氏はその最下層レベルの不可触民だろうと推測しました。
 私がムンバイを発つ日の前日、技術者氏はホテルの前で客待ちするタクシーの運転手を品定めし、そのうちの一人の車のナンバーを手帳に書き留めてから、運転手に翌朝私を空港まで無事届けるよう依頼しました。生憎技術者氏は翌朝の都合がつかなかったのです。
 翌朝私を乗せたそのタクシーは無事空港に着きましたが、そこで少しトラブルがありました。運転手は「超過料金を払え」と言うのです。その理由はと尋ねると「荷物が多い」でした。ボストンバッグ1個とショルダーバック1個しか持たない私は即座にこれを拒否しました。数分間の沈黙の後運転手が諦め、メーターの料金にチップを加えて支払いが済みました。昨日技術者氏が車のナンバーをメモしていなければ、もっと取られていたことでしょう。
 


 
  
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手ぬぐい浴衣

2016-12-31 16:01:32 | セピア色の日々
 1955年私が小学校に上がる頃のことです。母は家族の布団や褞袍、ちゃんちゃんこ、寝巻などを手作りしていました。ただし材料は新品では無く、大抵は古着をほどいて洗い張りした布や打ち直した綿を使っていました。綿入れの際には私も手伝わされたものです。
 夏も近づく頃、母は私の為に浴衣を拵えました。布地は珍しく古着では無く新品でした。ただし新品は新品でも全て手ぬぐいです。それも「北西酒造」と大きく紺色に染め抜かれていました。これを何枚もつなぎ合わせて浴衣にしたのです。
 北西酒造は我が家に醤油を収めていました。醤油が残り少なくなったころ、藍色の前掛けをしてメガネを掛けたおじさんが醤油ダルを担いでやって来ます。新しい木樽の平面外周近くに直径3センチほどの丸穴をあけ、古い樽の栓をコンコンと叩いて外してはそれを新しい方の穴に取り付けます。その作業はガラガラ声での世間話の合間に終わるのでした。「まいどあり!」と言って古い樽を担いで帰る時、例の手ぬぐいを置いて行くので、我が家にはかなり新品が溜まっていたのです。
 仕上がったのはまるで「北西酒造」の宣伝用のような浴衣でした。それでも私は新品の浴衣を気に入り、それを着て夏祭りに出掛けたのです。盆踊り会場で同じ年恰好の女子とすれ違いました。先方は色鮮やかな花柄の浴衣を着ていました。
 「それ寝巻?」その子は私に尋ねたのです。彼女から見れば寝巻にしか見えなかったのでしょう。私はそれに答えず、黙って踊りの輪に入りました。踊りながらも少し離れていた母にそれが聞こえたかどうかが気がかりでした。
 弾んでいた心が急に落ち込んでしまったあの夜の光景は今でも脳裏に浮かびます。しかし1997年に亡くなった母には勿論ずっと内緒で通し、母もそれに触れることはありませんでした。
 
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先進諸国の皆さんへ

2016-11-14 12:46:18 | より良き世界のために
 先日米国大統領選挙でトランプ氏が勝利しました。彼はメキシコ国境に壁を築き、関税障壁も強めて「強い米国を取り戻す」としています。去る6月には英国の欧州連合(EU)離脱が決まり、英国は国境を高くして移民や難民流入を制限しようとしています。英国民は自分たちの収めた税金が東欧・南欧諸国の救済、中東からの移民や難民の為に使われることによって自分たちの生活が苦しくなることを嫌ったのです。米国民も同様で、メキシコからの移民や北米自由貿易協定(NAFTA)、環太平洋経済連携協定(TPP)によって自分たちの仕事が奪われることを恐れたのです。

 1993年、EUが誕生しました。欧州域内で国と国との境界を低くし、人や物の往来を自由にしていくグローバル化の先駆けでした。95年に設立された世界貿易機関(WTO)は世界の物やサービスの貿易自由化を目指しましたが、ドーハラウンドで行き詰り、世界はNAFTAやTPPなど、二国間、多国間の経済連携を志向してきたのです。これらは規模は異なりますが、何れも世界のグローバル化につながる流れでした。

 2016年の今年、世界のグローバル化の流れは止まりました。英米のみならず、仏独など先進諸国でナショナリズムの風が強まりそうです。これはこれまでのグローバル化が抱える問題点(例えば所得が下がる先進国の中間層)を世界がこまめに手当して来なかった結果と言えるでしょう。世界はこれからこれらを是正していかねばなりません。

 EU離脱を決めた英国民、トランプ氏を選んだ米国民、そして我日本国民を含む先進諸国の皆さん、考えて見て下さい。皆さんの中の貧困層の生活レベルを世界の最貧国の皆さんのそれと比較して見て下さい。彼我の間にはまだ絶大な差があることに気付かれることでしょう。一方はセイフティネットに守られた貧困、他方はそれが無くて死に直結する貧困です。世界は幾つもの曲折を乗り越えつつ徐々に統合に向かいますが、そこでは人々の暮らしぶりも平準化されていくことになります。

 世界の上位62人の資産が世界人口の半分の下位36億人の資産と同じという富の偏在も問題です。世界はタックスヘイブン(租税回避地)を無くし、公平な徴税システムを構築し、強烈な累進課税で所得の再配分を実施しなければなりません。そして世界の貧困層をセイフティネットで保護するのです。現在の先進諸国による政府開発援助(ODA)やビル&メリンダ・ゲイツ財団のような慈善団体による援助はそれはそれで尊いものです。しかしそれらはあくまでも慈善事業に他ならず、恒久的に保障されるものではありません。世界の貧困層には世界税制度に基づいたセイフティネットが必要なのです。

 世界がそうなる為にはもう数段階のグローバル化、民主化が必要でしょう。今はこれまでのグローバル化が若干後戻りをしているのです。EU離脱派の皆さんやトランプ氏を選んだ皆さんが、自分たちの生活レベルを幾らか落としてでも世界の最貧国の皆さんにセイフティネットを提供しなければならないと気付いた時、世界の真のグローバル化は始まります。所得格差や差別に起因する地域紛争や戦争の解決、地球温暖化防止、核兵器廃絶、原発廃絶、世界総人口、水・食糧などのグローバルな諸問題が本格的に解決を見るのはその後になるのではないでしょうか。 
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