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書評と作品舞台探訪:もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら

2010年05月10日 12時55分28秒 | 書評のコーナー

ためになるけれど肩の凝らない読書。これ本好きの至福の一つではないかと思います。本書、岩崎夏海『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(ダイヤモンド社・2009年12月)はそんな至福の数時間を与えてくれました。本稿は書評と本書の舞台と思しき日野市を探訪した報告です。

本書の舞台は、「東京の西部、関東平野が終わって多摩の丘陵地帯が始まる」(本書p.7)エリアにある架空の都立高校「都立程久保高校」です。ある事情から2年生の夏休み前に野球部の女子マネージャーになった「川島みなみ」が本書の主人公。程久保は多摩モノレール線の程久保駅の近辺、京王動物園線の多摩動物公園駅と高幡不動駅の間の地域。

そして、「大小さまざまな丘の連なる一角」にある程久保高校の校舎は、「見晴らしのよい高台の上に建っていた。教室の窓からは、遠く奥多摩の連山や、晴れた日には富士山まで見通せた」(p.7)こと。また、程久保高校は「進学校だった。偏差値は六十を超え、大学進学率はほぼ百パーセントで、毎年数名の東大合格者を出すほどだった」(pp.7-8)ことから、偏差値は若干足りないものの、本書の舞台である架空の都立程久保高校のモデルは程久保地区と隣接する日野市南平地区にある都立南平高校ではないかと思いました。

・都立南平高校
 http://www.minamidaira-h.metro.tokyo.jp/

架空の高校が舞台ですから南平高校と程久保高校には幾らか違いはあります。しかし、そういう想定を立てて、昨日、本書の<舞台>を散策してきました。私の連載記事「ウォーキングde新百合ヶ丘」の読者の方にはお馴染みでしょうが、日野市と新百合ヶ丘との位置関係については下の地図画像をご参照ください。





■書評
最初に本書を読了した際に感じたことは「この程度の書籍なら自分でも書ける」というもの。けれど、本書を反芻していく中で、材料が同じだとしても自宅で作った牛丼と吉野家の牛丼には天と地の開きがあるように、やはり自分には書けないと思い返した。彼我の間には、正に、<マーケティング>において小さな一歩かもしれないけれど決定的な差がある、と。

推理小説ほどではないでしょうが小説のストーリーを紹介するのは掟破り。よって、必要最小限の粗筋をまとめると、それは大体次の通り。

①ある事情があり高校2年生の夏休み前にみなみは野球部のマネージャーになる
②みなみは野球部を甲子園に出場させる目標を持っている
③ドラッカー『マネジメント』にみなみが偶然出会う
④野球部は甲子園を目指すどころのレベルではないことをみなみは思い知らされる
⑤ドラッカー『マネジメント』を読み込む中でみなみは野球部を改革する
⑥魔法使いではないみなみの力で魔法のように野球部は強くなる
⑦・・・
⑧みなみはドラッカー『マネジメント』の意味を更に深く反芻する    


本書の粗筋は、みなみが『マネジメント』を読んでいることを知った、前々から経営学を自学自習してきた起業家志望の野球部員・二階正義の次の言葉に集約されているのかもしれません。「野球部の女子マネージャーが、野球部のマネージャーに。『マネジメント』を読んで、野球部をマネジメント・・・・」(p.49)、と。しかし、みなみと『マネジメント』の出会いはまったくの偶然。私は本書の成功は女子高生と『マネジメント』の組み合わせを無理なく演出したこの出会いの部分で半ば決まったように思います。本書で私の一番好きな箇所の一つ。少し長いですがその箇所を引用しておきます。

野球部のマネージャーになって、みなみがまず初めにしたことは、「マネージャー」という言葉の意味を調べることだった。それがどういう意味かということさえ、彼女はよく知らなかったのだ。そこで、家にあった広辞苑を引いてみた。(p.12)

次に、今度は近所の大型書店に出かけていった。・・・本屋さんまでやってきた彼女は、店員にこう尋ねた。「何か『マネージャー』、あるいは『マネジメント』に関する本はありますか?」

するとその若い女性店員は、一旦店の奥に引っ込むと、すぐ一冊の本を手にして戻ってきた。それを差し出しながら、彼女はこう言った。「これなんかいかがでしょうか? これは『マネージャー』あるいは『マネジメント』について書かれた本の中で、最も有名なものです。世界で一番読まれた本ですね。もう三十年以上も前に書かれたものなんですが、今でも売れ続けているロングセラーです」(p.13)

本を買ったみなみは、家に帰ると早速それを読み始めた。しかし、読んですぐに後悔し始めた。本の中に、野球についての話がちっとも出てこなかったからだ。それは、野球とは無関係の、「企業経営」について書かれた本だった。おかげで、みなみは自分にうんざりさせられた。・・・それでも、すぐに気持ちを切り替え、その先を読み進めた。せっかく二千百円も出したのだから、読むだけは読んでみよう。(p.14)   




みなみが『マネジメント』を買ったと思われる書店候補の一つ

・啓文堂書店豊田店
 http://www.keibundo.co.jp/toyoda/



JR豊田駅北口すぐの啓文堂書店豊田店さんにも「もしドラ」が!



『不思議の国のアリス』の著者ルイス・キャロルは、ヴィクトリア女王から「どうやってこんな奇想天外な小説が書けたのですか」と聞かれて、「チョッキを着た白ウサギが穴に飛び込む場面を思いついたら後は自然とお話ができてしまいました」と答えたとか。而して、本書もみなみと『マネジメント』のこの出会いから先は、名人の古典落語や団十郎の歌舞伎十八番と同様、予想通りの展開が豊穣であるにもかかわらず気持ち良いほど軽やかに進んでいく。次はそうしてストーリーが軽やかに滑り出した出会い直後の一文。

ところが、そうやって読み進めてみると、その本は意外に面白かった。また、単に「企業経営」についてだけ書いてあるわけではないというのも次第に分かってきた。そこには、企業を含めた「組織」経営全般について書かれていた。そして、それなら野球部に当てはまらないこともなかった。野球部も、広い意味での組織だった。だから、組織経営について知ることは、野球部の経営を知ることにもつながった。(p.15)    


これ以降、試行錯誤を繰り返しながらもみなみは、(1)「組織の定義づけ-顧客と事業の絞込み」、(2)「マーケティングとイノベーション」、(3)「専門家の戦力化」、(4)「自己目標管理制度の導入」、(5)「社会貢献」、(6)「人事戦略の断行」等々、『マネジメント』を導きの糸として野球部の改革を進めて行くことになります。而して、ビジネス書としてみた場合の本書のメッセージは、おそらく、

あらゆる経営学の著書と同じくドラッカー『マネジメント』も魔法の書ではない。『マネジメント』から魔法のような成果を引き出すためには、だから、読者が主体的に、つまり、自分が解決したい問題に引き付けて『マネジメント』を血肉化しなければならない。   


というありきたりのものに尽きていると思います。けれど、これまたありきたりな物言いだけれど、それは言うは易く行なうのは難しいこと。而して、この観点からは、本書が『マネジメント』から引用している、約17項目、細かく数えて40数箇所のドラッカーの言葉は、本書のコンテクストの中に置かれることで(要は、川島みなみという読者の分身を与えられることで)覚えるだけの知識からいつでも使える知識に血肉化しやすいものになっている。それは確実に言える。ならば、それは想定される読者層を本書がきちんと定義していることに他ならず、ここにも優れたマネジメントが発揮されている。蓋し、素人が吉野家に牛丼で勝つことは不可能に限りなく近い。本書を二回読了した今、そう私は考えています。



■探訪
JR登戸から分倍河原に出て、京王高尾線に乗り換え、お目当ての南平に向かいました。下は私が勝手に「都立程久保高校」のモデルと想定している都立南平高校。日曜日なのに部活が盛んでした。











次に本書の重要な登場人物、みなみの幼馴染で同級生、かつ、1年生の時から野球部のマネージャーを務めている宮田夕紀が入院している市立病院。その市立病院にお見舞いに行く際にみなみが目にしたかもしれない風景。






「終業式の日、学校を出たみなみは、家には帰らず、バスを乗り継いで市の中心部にある大きな総合病院へと向かった。そこに入院している友人を見舞うためだ」(pp.19-20)

「二時間後、みなみは市立病院の玄関を入ったところにあるロビーにいた」(p.227)   




みなみも乗ったと思われる南平高校と市立病院方面を結ぶバス









尚、「程久保」「南平高校」「①日野市立病院」「②啓文堂書店豊田店」の位置関係に関しては次の地図を参考にしてください。





本書『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』を読んでもう一つ感心したことがあります。それは、「野球部を甲子園に出場させる目標」をみなみは『マネジメント』と出会う前にもう明確に意識していたということ。しかも、このことはみなみと野球、みなみと野球部との関わりが明らかになるにつれ非現実的なものではないと読者に感じさせる本書の構成です。

マネージャーになったみなみには、一つの目標があった。それは、「野球部を甲子園に連れていく」ということだった。彼女はそのためにマネージャーになったのだ。それは夢などというあやふやなものではなかった。願望ですらなかった。明確な目標だった。使命だった。みなみは、野球部を甲子園に連れて「いきたい」とは考えていなかった。連れて「いく」と決めたのだ。(pp.5-6)   




実は、「実現できない目標は夢ではなく妄想である」「実現可能な目標を意識させ、その実現のためにステップ・バイ・ステップで進ませることが教育である」と。これが広い意味の教育産業に従事している私の持論ですが、この「目標の自己管理指導」を巡る私の経験からも、明確な目標を既に抱いている主人公が『マネジメント』に出会って以降の展開。「砂漠に水を与えるが如き」、そして、「鬼に金棒の如き」みなみの急激なレベルアップとそんなレベルアップしたみなみの魔法のような野球部改革の成功はリアリティを備えている。本書の状況設定はつくづく見事だと思います。くどいですが、やはり素人が吉野家には勝てん、とも。本書のご一読をお薦めします。






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1 コメント

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Unknown (Unknown)
2010-05-31 01:20:07
今日「もしドラ」読み終わりました。

実在していたかのような書き方だったので、検索したらここへ辿り着きました。

この本は必見ですね!

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