英語と書評 de 海馬之玄関

KABU家のブログです
*コメントレスは当分ブログ友以外
原則免除にさせてください。

懐かしい英語教材(4) 『試験にでる英単語』

2005年06月11日 21時27分59秒 | 英語教材の話題

◆『試験にでる英単語』
:森一郎・青春出版社、1967年10月 (CD付きで販売中)


形も価格も手ごろな新書サイズ(現在の版は少し大きめ。)ということもあって、おそらく、日本の英語教材のベストセラーの一つだと思います。とりあげられている単語が約1800語と類書の中では収録単語数が比較的少ないこと、収録単語に例文がついていないこと(それと最近出版された類書に比べればですが、ごく最近まで音源が別売だったこと。2003年1月にCD付き『耳から覚える 試験にでる英単語』版が販売開始。)という致命的な弱点を抱えつつ売れに売れてきた単語集です。流石に、大学受験用単語集のシェア第一位の座は『DUO』(アイシーピー)や『ターゲット』(旺文社)に奪われてしまったとは思いますが、本書『試験にでる英単語』はいまだに根強い人気を誇っています。

何故かくも『試験にでる英単語』はマーケットに支持されてきたのか? これは中途採用で英語教材の編集者を採用面接させていただく際には最適な問いの一つかもしれません。それくらいこの問いは業界では定番の話題であり常識の一つだと思います。

『試験にでる英単語』はなぜベストセラーになったのか? 
当時はまだ珍しかった、接頭辞・語根・接尾辞の語源の紹介を導入した点も(特に、販売当初の頃は)本書の特徴の一つではありました。しかし、『試験にでる英単語』がブレイクした理由は、何と言ってもそれが、それまでの「よく出る単語」ではなく「重要な単語」を収録したことと、著者の超人的な努力によって(当時の)日本の大学入試問題のほとんどをカバーする母集団の中から収録する単語を選んだこと。これ言うは簡単だけれど、パソコンも存在しなかった半世紀近く前にこれを独力でなし遂げられたことは(★)、正に、驚異的な業績です。


★註:コーパース
コンピューターのデータベースを使った単語の頻度決定や個々の単語に何らかの「重要さ」の度合いを表す数値(Value)を与えて分析することは現在ではそう珍しいことではなくなっています。というか現在の辞書編纂の方法論でもある「コーパース」とはこれそのもののことです。よって、『試験にでる英単語』は、現在のコーパースの手法を使った辞書作りの作業と本質的には同じ方法論を使って作成されたと言えると思います。



再度書きます。「コンピューター」なるものが<庶民の辞書>には存在していなかった40年から50年前に、「データベース」と「重要さ」という概念を自力で確立し(これが凄い!)、かつ、これらの概念を使い切ることで膨大な過去の大学入試問題の中から宝物(=試験にでる「重要な」英単語)を手作業で拾い集められたこと(これが偉い!)は、少なくとも<プロジェクト・X>もんの業績ではないでしょうか。パチパチパチ♪


本書の斬新さをもう少し具体的に考えてみます。硬く言えば、追体験的と歴史的なアプローチによる『試験にでる英単語』の考察。まずは追体験的アプローチ(?)から。次の動詞群を見てください。

be, say, include, have, make, take, use, give, tell, accord, finish, want, pay, provide, work, allow, become, call, know, dispatch, find, raise, come, consider, expect, follow, increase, add, hope, improve, offer, pass, plan, set, base, concern, hold, introduce, live, think, ask, bank, believe, close, collect, extend, get, help, need, learn


これは2003年の7月16日から8月4日の"Daily Yomiuri"に掲載され記事に含まれる総てのセンテンスの述語動詞を書き出し、その母集団の中の要素(動詞)を頻度順に並べた上から50番目までのリストです(細かな採取ルールは私の「企業秘密」なので公開はいたしかねます♪)。実に、この50個までで全対象センテンスの約42%をカバーしていました。次に別の動詞群を見ていただきましょう。

telephone, send, sell, request, receive, read, meet, indicate, handle, force, file, exist, establish, enclose, discuss, decrease, declare, deal, damage, tend, contact, complete, cite, check, change, certify, cancel, build, book, arrive, arrange, appreciate, answer, announce, agree, accept (36個)


これは3回分のTOEIC過去問題を対象に、そのパート7(読解問題)の課題文に含まれる全センテンスを上と同じ方法で分析して得たリストです。ただし、上の"Daily Yomiuri"の頻度順50個に含まれなかったもののみ列挙しています(ということは二つのグループに共通な単語は14個しかなかったわけです。ちなみに、TOEICの場合、上位の50個の動詞で全センテンスの述語動詞の約48%を占めていました)。

どうでしょうか? この実験から二つのこと(細かく言えば三つのこと)が言えると私は思っています。①:頻度順による単語選定という同じ方法論を使っても母集団が異なれば、その結果は全く異なってくること。また、②:これらの頻度の高い単語を全部知っていたとしても、おそらく英字新聞やTOEICの英文の意味はほとんど理解できないだろうこと。ならば、②-1:英字新聞の記事やTOEICの課題文を読んで素早く正確に意味を取れるようになるためには頻度順に選ばれた単語ではない別の基準によって選ばれた単語を(頻度順の単語リストに加えて)覚える必要があること。


前に予告しておきました「歴史的なアプローチ」による『試験にでる英単語』の考察を通じて、上の②と②-1のポイントを敷衍したいと思います。単語の知識とコミュニケーション能力の関係についての古典的な統計研究:"An English Word Book" (E.L. Thorondike, 1950)は概略こう言っています。

英語のネーティブスピーカーが、英単語1万語で話したり書いたりする総ての言語生活を行っていると仮定した場合、その言語生活に現れる単語を頻度順に並べてみると、最初の500語で当該のコミュニケーションに登場する全文の82.05%がカバーされ、最初の1,000語では89.61%、3,000語ではなんと全文の97.66%をカバーできる、と。

統計学の専門家からはこのThorondikeの統計分析にはかなりラディカルな批判がなされていますし、統計学マニアの私から見ても"An English Word Book"の理論的基礎はかなり危ういと言わざるをえません。しかし、それがいかに古い調査でありいかに非現実的な仮定の上になされていようとも、「3,000語で97.66%の英文がカバーされている」という結果は強烈です。この結果に基づいて浜島書店の『基本単語3500』、『必修単語6000』などは制作されているくらいですから。

しかし、3,000語も覚えれば英語のネーティブスピーカーと対等に英語でコミュニケーションが可能でしょうか? おそらく、インターナショナルビジネスの経験者なら誰しもが「No」と応えるのではないかと思います。

実際、日本の(学力低下の元凶として悪名高い)現行の学習指導要領でも、中学校で約900語、高校では約1,300語(英語1で400語、英語Ⅱで900語)を子供達に学ばせるようになっています。それは、Thorondikeの統計分析によれば約95%の英文をカバーする単語数ではあるのですが、中学と高校で習った英単語を完全に覚えている若者がTOEICで何点取れるかと想像した場合(リスニング能力や文法の知識はそこそこ備わっていると仮定したとしても)、どの英語教師もそう愉快なスコアは予想できないと思います(笑)。まして況や、TOEFLや英字新聞やビジネスコミュニケーションにおいておや! 何故か?

単語の面では95%をカバーしていながらも、英語でのコミュニケーションがそう楽観視などできないこと、いわば<95%のパラドックス>とも言うべきこの現象の要因は何でしょうか? 文法や語法の知識を度外視して単語だけに問題を絞る場合、<95%のパラドックス>の原因は残りの5%の方にあるとしか考えられません。

要は、2,200語を超えて(あるいは、Thorondikeの仮定の10,000語を超えて)愚直にボキャブラリービルディングに邁進する剛毅な道か、英文の意味把握を難しくしている「重要な単語」をピンポイントで覚える怜悧なやり方でしか<95%のパラドックス>は解消できないと思います。そして、『試験にでる英単語』の著者、森一郎の独創は後者の方法で<95%のパラドックス>を解消しようとした点にあると私は思っています。

本書の著者は「重要な単語」の定義についてこう書かれています。重要な単語とは「一口で言えば、今日の知識人が、日常好んで口にするような知的・抽象的な単語で、しかも、あまり専門的でないもの」であり、「もしこれらの語の一つでも知らなければ、その問題全体の意味をつかむこと」が不可能になるような単語である(★)、と。見事だと思います。


★註:『試験にでる英単語』に収録されている単語の例
fascinate, exploit, interpret, recollect, astonish, constitute, perceive, trespass, extend, discourage, exceed, dismiss, cultivate, repair, associate, reproduce, contain, mock, coincide, mold, resent, thrive, usher, beware, discard, capture, infect, provoke, rebel, withstand, accumulate, aspire, abandon, implore, portray, regulate, guarantee, plead, reprove, lade, beguile, precede, ally, vouch, deposit, pant, assign, disdain, invert, warrant 

前に列挙した二つの頻度順の単語リストと比較するために『試験にでる英単語』の第3章「試験にでる重要単語」の動詞の節(148-172頁)から、πをキーとする無作為抽出で50個を選択したものです。



尚、本稿で使った二つの頻度順の単語リストは、ある大手予備校の依頼により私がプロジェクトチームを指揮して得た結果の一部であり、無断引用はご遠慮ください♪


ブログ・ランキングに参加しています。
応援してくださる方はクリックをお願いします


 ↓  ↓  ↓

にほんブログ村 英会話ブログ

コメント (11)    この記事についてブログを書く
« On Intercultural Communication | トップ | OMUTA, my Hometown »
最新の画像もっと見る

11 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
懐かしい響き (editorialwriter)
2005-06-12 14:39:09
「出る単」「出る熟」、何だかすごく懐かしいです。高校時代せっせと暗記した覚えがあります。私自身もLAに2年、タイのバンコクに2年仕事の関係で住んでいましたが最初はアメリカの友人に「お前は堅苦しい言い方をする」と散々冷やかされていました。どうやら私の言い回しが手紙やレポートを書くような英語の言い回しだったようです。新聞を読んでも省略された見出しとかが最初は全然解りませんでした。映画を観たりアメリカの友人と親しくなるにつれて「ああ、言葉ってコミュニケーションツールなのだから決定的な正しい言い回しというのは存在しないんだ」と気がつかされました。日本語でもそうですが拝啓、敬具のような手紙文を話していたら「変な奴」ですものね。どういう英語の勉強がベストなのか試行錯誤しながら現在に至っています。英語は本当に難しいです。
シケ単、シケ熟の時代。 (リビエール)
2005-06-12 15:08:25
僕は、その昔、「シケ単」「シケ熟」と言いました。森一郎と言えば、とても懐かしい響きですよね。アルファベット順になっていた、旺文社の豆単より、覚えやすかったような気がします。ボロボロになったので、2,3回買いなおしました。
投稿御礼 (KABU)
2005-06-13 06:15:04
>editorialwriterさん&リビエールさん> コメントありがとうございます。このブログは英語と書評を中心に気楽にまたできるだけ短めの記事を書いていく場にしようと思っています。まだまだ、記事が長いです。頑張って(笑)、短いもの書かないとね。ところで『試験にでる・・』を「シケ+」と呼ぶか「でる+」と呼ぶかは、うどんとそば/餅の丸と四角と同じで東西を分かつかな? 世代かな? と思っています。ご両人と私は同世代なのですが、九州出身なもので私は「シケ+」系ですね。今後とも宜しくお願いいたします。
英語のベストの勉強方法 (KABU)
2005-06-13 06:29:05
>editorialwriterさん 貴ブログの英語の文章はうらやましいくらいわかりやすいです。多分海外で、いっぱい書いてきて話してこられた方なんだろうなと思っていました。上の記事読んで納得。私は、語学のベストな勉強法は、顧客の(笑)予算と目的によってさまざまである、けれども、さまざまではあるがある目的と予算を与えられれば大体決まってくると思っています。ここでいう予算は文字通りの「費用」だけではなく「日々使える時間」と「目標達成の期限=納期」を含みます。

ALTなどのアクセサリーは論外としても英米人と日常的に話をするチャンスがほとんどなく、英語の新聞や文献が読めることを目標としてきた(しかも、教育の機会均等を全国を範囲にして確保する)今までの日本の英語教育では、「拝啓」「そうろう」「失礼つかまった」でもしかたがないと思います。むしろ、一度も英語話したことのない18歳の子がアメリカの高校生でも悩むような高度な英文を読めることは(=受験英語なるものも)それはそれで見事なものでしょう。もちろん、もうそんな古き良き受験英語(だけ)では駄目なんでしょうけれども。この点に関しては、皆様からの要望もあり(いったりきたりで面倒という要望)、本家ブログの英語教育関連の記事の幾つかも今週末にはこちらに転載しますので、その際にはご意見をまた聞かせてください。
豆炭じゃなかった『豆単』も傑作 (KABU)
2005-06-13 06:38:43
リビエールさん>

『豆単』もそれが登場する前の状況を激変させた名著です。それまでは、あやしい単語帖を除けば、旧制高校の受験生にとっては文字通り「辞書」が単語集でした。『豆単』はそれを頻度順という切り口で劇的にコンパクトにした。また、旺文社の心意気ですが、先代の赤尾先生は、「世界で通じる英語が使えるように」という目的も盛り込まれた。単語の選択に英会話や(当時の)新しい単語も入れられています。実用用語辞典の側面もあり、そのためもあってアルファべテイカルな配列になっています。逆に言えば、『豆単』の志は「受験ツール」を超えていた、で戦後世の中が効率を追いかけるようになると淘汰された。春秋の筆法のようですがこれが実情と思います。
「出る?」「シケ?」 (yのママ)
2005-06-13 09:59:07
私は「出る単」「出る塾」でした。(東京です)周りがやってるんで一応やろうとしたのに挫折ばかりでした。「しけー」と呼ばれていたのは初めて知り、びっくりです。

関西では「マック」を「マクド」というのは本当ですか? あと東京では「ラーメン食べよう」が一般的なんですが、大阪では「お好み焼き」「焼きソバ」が一般的だとか……東西文化の違いにどうも目が行ってしまうクセがあって話題をそらせて申し訳ないんですが…

それから入試問題がよくないのはいけませんね。うすうす感じてはいたんですが、KABU先生に論証していただきました。

 
犬が西向きゃ尾は東 (KABU)
2005-06-13 13:12:02
はい。関西では「マクドでも行こか」です。ただ「ラーメン食べよう」はどんなシュチエーションなのかわかりませんが、やっぱ、関西は「お好み焼き」でしょう。大阪はこれに「たこ焼き」も加わります。私は、東京に出てきたときは、関西の「お好み焼き」に該当するのは「もんじゃ焼き」だと思いました。ただ、納豆の分布も含め、西日本Vs東日本というより、関西Vs関西以外の違いのような気もしますね。特に、最近は。あっ、「ういろー」と「味噌カツ」の名古屋を忘れてたがね。わしはたわけか、と愛知県人に言われそうですね。
一応異文化論ゆえ脱線ごめんなさい (yのママ)
2005-06-13 13:59:53
ラーメンの件ですが、そこそこの肩書きを持つ方々が飲み会などで女性陣が帰ったあとに、「赤坂(or新橋)のどこそこのラーメンを食べてから帰宅しましょ」というシュチエーションをご紹介するのがわかりやすいかもしれません。「関西vs関西以外」は理論的にわかります。地方へ行くと東京への憧れがつよいのですね。なぜ新潟テレビ21で「世田谷の住人がどこそこで惣菜を買っている」のような番組を見なければいけないの? という違和感を感じたことはあります。あと、最近は「名古屋キライ」というと嫌われそうな勢いがあり、なかなかよいですね。名古屋人のしたたかさを学ばなければならないのでしょう。
へ~面白いですね。 (editorialwriter)
2005-06-15 20:34:25
>yのママ様

僕も生まれたときから東京ですが普通に「出る単」「出る熟」と呼んでいました。

関西でしけ単とかしけ熟というのは初耳です。

マクドナルドは「マック」ケンタッキーはそのまま「ケンタッキー」かな?高校時代はマックでビッグマックとフライドポテト、マックシェークを帰宅時に食べるのがちょい贅沢(笑)という感じでしたね。

当時そのセットで600円くらいだったかな?

普通だと駅の立ち食いそばが200円くらいだったような記憶があります。高校時代のお小遣いは1万円でした。アルバイトの時給が450円くらいだったと思います。(昭和50年中盤です)

食べ物関係だと一般的に何か誤解されているようなのですが「もんじゃ」ってお好み焼きのような主食になる高級なものじゃないです。昔(昭和40年代前半)は駄菓子屋の店頭に鉄板があり給食のアルミのおわんのようなものに小麦粉溶いた薄い液があってお好みで裂きイカとかベビースターラーメン、あんこ玉(スーパーボールくらいの大きさの羊羹?のようなもの)を入れて焼いて食べる子供のおやつでした。当時10円か20円くらいだったと思います。ラムネも同じくらいだったかな?そういう駄菓子屋って築地とか月島とか下町の方に多かったです。当時でもかなりローカルな駄菓子でした。

完全に子供のおやつという感じでした。お好み焼きとかのように卵とか肉とか入っていない貧乏臭いものでしたよ。

だからグルメブームでもんじゃの高級店見たときはびっくりしました。東京については多分地方から大学で上京した人のほうがよほど詳しいと思います。東京ウォーカーとか読んで情報持っていましたからね。

意外と東京人は東京の事知らないものなんですよ。自宅近辺と中学、高校、大学の周辺程度かな?

>KABU様

僕は自分の英語力って全然自信無いです。とりあえず他人とコミュニケーション取れる最低限のレベルだと思っています。中学3年で英検2級とったくらいまでは良かったのですけれど。

その後英語には受験の平均偏差値の足を引っ張られまくりました。いまだに受験英語と言われるものは苦手ですね。ですからKABU様の英語は美しい英文で羨ましいです。
Unknown (Unknown)
2005-06-17 16:49:38
>editorialwriter様

面白がっていただいてありがとう。してやったりです。私は東京でしたがじつはもんじゃ焼きを食べたのはグルメブームになってから。下町でも品川とかあっちだったもので。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

英語教材の話題」カテゴリの最新記事