世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

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小さな小さな神さま・6

2017-05-25 04:17:49 | 月夜の考古学・第3館


  4

 虫椎の神の森を去ると、小さな神さまたちはまた、東へ東へと飛んでゆきました。しかしはるかなにんかなの峰は、なかなか姿を現してはくれませんでした。
「にんかなの峰とは、どのような峰だろう」
 小さな神さまが尋ねられますと、白い珠の中の美羽嵐志彦が答えました。
「美しい峰だとしか言いようがありません。実際にごらんにならなければ、その美しさはお分かりにならないでしょう」
「ふむ。ではにんかなの峰に鎮まれるにんかなの神とは、どのような神であろう」
「お美しい神です。お会いになれば分かりましょう」
「ふむ」
 小さな神さまたちは、竜の背のように峰を連ねる長い連山に沿って、風のように飛んでおりました。眼下には時おり、肥やしをやりすぎた草の群落のように膨れた大きな町や、谷間の隅に掃き集められたような貧弱な町が、次々と過ぎてゆきました。小さな神さまは、にんげんを育てている神はたくさにるのだなあと、感心しながら通り過ぎてゆきました。
 川や谷や山をいくつか見、銀盤のような湖もいくつか見ました。世界はどこも緑で、それなりに美しく、すばらしく、恵みに満ちておりました。旅は楽しく、世界へのほめたたえの言葉は、小さな神さまの中からいくつも生まれました。ただ、少し気にかかることが、一つだけありました。
「美羽嵐志彦よ」
 小さな神さまは、白い珠の美羽嵐志彦に尋ねられました。
「なんでしょう」
「気が付いておるだろうか。先ほどから……」
「はい。しかし今は気になさらぬほうがよいでしょう」
「そうだろうか」
 小さな神さまは、一抹の不安を拭い去ることができませんでした。何と言うに、虫椎の神の森を去ってからというもの、何か、蟻のように小さく、しかしずばやい影のようなものが、自分たちの後からついて来るような気がしてならなかったからです。
 小さな神さまが、振り向かれれば、その気配はさっと、煙が空気に溶けるようになくなりました。しかし、小さな神さまが前を向けば、それは背後で再び、水気が凝結するように固まるのでした。小さな神さまは気味悪く感じられましたが、美羽嵐志彦の言うとおりに、気にしないようにと図りました。
 ふと、小さな神さまは、ゆく手の高い山の向こうから、今までに聞いたこともないような酷い叫びが聞こえて、天を突き刺すように太い柱が、黒々と大地に傾いて立っているところに、出くわしました。小さな神さまは、何だろうとお思いになり、少し近づいてみられました。
「おや、あれは、煙だ。火から出る煙だ。何と大きな煙なのだ。いったい何が燃えているのだろう」
 小さな神さまがおっしゃいますと、美羽嵐志彦がいくぶん悲しげに答えました。
「あれはたぶん、戦でしょう」
「戦?」
「稲佐の神の町と、久香遅の神の町が、争い、殺しあっているのでしょう。彼の真tのにんげんたちの反目のしようは、風聞には聞いてはおりましたが、もう戦になったのですね」
 それを聞いた小さな神さまは、印字られないというように目を見開きました。
「殺しあい? まさか、神がそんなことをにんげんにさせているのか?」
「神は戦など好みません。あれはにんげんがやりだしたのです」
「なんと……」
 小さな神さまは、竜に命じてしばし空中の一点にとどまらせました。小さな神さまは竜の背の上で背伸びをしながら、煙の根元から聞こえてくる声に耳をそばだてました。
(コ、ロ、シ、テ、ヤ、ル……)
(カエセ……ツマヲ、コヲ、カエセ……)
(ウランデヤル、タタッテヤル)
(コノシウチ、ワスレルモノカ)
(トキノカギリ、ノロッテヤル……)
 小さな神さまは、言葉を失われました。こんなにまで他者を呪い壊すほどのおそろしい言葉を、今までに聞いたことはなかったからです。胸が空洞のように冷たく痛み、言いようのない寂しさが、湿気のように小さな神さまのお体にはりつきました。美羽嵐志彦が、ぼそりと言いました。
「よくあることなのです。少々知恵が大きくなると、にんげんはすぐ得意になって、暴走してしまいがちなのです」
 その時、小さな神さまの脳裏に、昨夜の虫椎の神のお顔とお言葉が稲妻のようによみがえりました。
「しかし、なぜだ。神が厳しさをもって十分に言い聞かせてやれば、そんなことは避けられるのではないのか?」
「己が知恵に有頂天になっているものに、神が何を言ってもむだなのです。彼らは厳しさを憎悪と受け取り、愛をごますりと思うでしょう。自分以外の何者をも信ぜず、神の心から離れていく……。つらいことですが、にんげんを育てる神なら、一度は味わう悲しみと申せましょう」
 小さな神さまは、まだ信じられぬという風で、苦しげに眼前の風景を見つめておられました。煙はいくぶん薄くなり、先ほどの酷い声も、もうあまり聞こえませんでした。しかし小さな神さまの御身にはりついた悲しみだけは、重く残っておりました。
 小さな神さまは、やがて意を決されたようにおっしゃいました。
「いってみよう。そしてどんなことが起こったのか、見て来よう」
「はい」
 美羽嵐志彦が答えました。
 竜が一つ山を越えると、そこには山裾に石の板をしいたような、みょうに固く乾いた町がありました。にんげんはたくさん住んでいて、それなりに豊かな町らしく、みなふくふくと太っていて、笑っていました。何かが燃えたような跡はどこにもなく、ただ、あちこちで、ピキピキと何かがひび割れるような不快な音が、響いていました。
「ここは稲佐の神の町です。どうやらこちらの町が勝ったようですね」
「稲佐の神はどこにおられるのだろう? 気配が見えないが」
 眼下の町のどこを探しても、神の御座たる社は見当たらず、涼しい気をもつせせらぎや、森さえありませんでした。町は、石や、レンガや、むき出しの土ばかりで、ひどく乾いていて、ただ、町外れに染みのように残っている小さな竹藪ばかりが、苦しげな飢餓の叫びをあげていました。
「なんと、ずいぶんと荒れている。これではもはや、この町に神はいらっしゃらないのではないか?」
 小さな神さまがおっしゃいますと、どこからか、石を割るような声が聞こえてきました。

  (つづく)




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