作曲家・趙 顕市の「愛別釜山港」

私が作詞・作曲した「愛別釜山港」「野ばらあなたたち」の紹介。歌は韓国の「ソン&リー」という姉妹歌手が歌っております。

私の病状その4「えっ!腫瘍」

2022-07-15 10:34:12 | Weblog
 診療内科の医師に紹介状を書いて頂くことになったのですが
その前に簡単な、認知症かどうかのテストがありました。
そのテストと言うのが、自身の氏名や年齢、生年月日を言わせたり
現在の年号や月日を言わせたりするようなものから、簡単な加減算を
させたりと言った類ものでした。
そうそう、各位の中には私の年齢をご存じ無い方もおられるかと思いますので言っておきます。1948年11月生まれの73歳でございます。あっ話が横にそれました。ごめんなさい。
 さて、次の日に大病院の脳神経内科を尋ねて行きました。
その病院は普段なら我が家から車で20分前後で到着する距離にあり
朝9時から診察していただくために、8時には我が家をでましたが、もうすでに4~5人
待っておられました。上には上があるものですね。
待つこと2時間少々、やっと名前が呼ばれて診察室に妻と共に入り、診察室の椅子に腰掛けました。
 そこには年の頃60歳くらいで、眼鏡をかけた白髪交じりの先生が座しておられました。
互いに簡単な挨拶の言葉を交わした後、本題に入りした。
こちらでも簡単な認知症の検査の後、ドクターは言いました。
「検査をしましょ。血液検査とMRI検査です。外でお待ちください」
 血液検査は2時間たらずで結果は出ましたが、MRIは結果が判明するのはお昼をまたいでと言うことでしたので、院内の一角に設けられたコンビニで軽食を買って、
昼食は済ませました。 そして、午後の何時くらいだったしょうか、待ちに待った待果がでたのは。
私の大脳が写った画像をシャウカステンに貼り付けながら、
ドクターは説明を始めました。
説明を聞くまでは「何ともないはずや」と、変に自信を持っていたのですが、
ドクターの説明に、粉々に砕け散っていきました。
ドクターは「脳梗塞の影があります。そしてもう一個所ここにもあります」と
前頭葉の反対部分 、後部頭葉とでも言うのでしょうか、を指摘しました。
「それとですね、一つ目の脳梗塞の傍に(腫瘍)らしきものもみえるんですよ」
もう、その言葉を聞くや否や、私の頭の中は真っ白。
ドクターの一言一句に辛うじて相槌を打ってはいたものの
心ここにあらずの状態で、次回の精密検査を約束して、病院を後にしました。
いや正確に言うならば、そのあと脳神経外科の先生を紹介して頂き
そのドクターから検査入院を勧められ、妻も憔悴気味だったこともあり
明日以降付添って貰うのは可哀そうだと判断した結果、検査入院を約束して
とりあえずわが家へとかえってきました。
 帰宅した私たちは疲労の極みにありました。そうであるにかかわらず妻は
愚痴ひとつこぼさず半日も付添ってくれ、内心いかに有難く感じたことか、
本当に言葉にできないくらい、感謝の気持ちで一杯でした。
さて、当の私は 腫瘍だったらどうしよう。腫瘍が悪性だったらどうしようかとか等々
あれやこれやと思い煩い、食事も喉を通らず、寝床に就いても、あらゆる不吉な思いが交錯し、ほとんど眠れない状態でした。
認知症から脳梗塞そして腫瘍の疑い。
憂愁は際限なく広がって行きます。(続く)

*  さて「私の歌の再生回数」ですけれども、前回に引き続き今回も
簡単に紹介しておきます。
「哀別釜山港」  視聴回数18405人 高評価数13人
「宇治川未練」  視聴回数14666人 高評価数 6人
「宇治川未練(本人画像)」 視聴回数828人 高評価数3人
           以上2022年7月14日現在
引き続きご支援のほど宜しくお願い申し上げます。




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