ジェッツな「実践と実感の笑っちゃう日々」日記

「ありがとう」「先祖供養」感謝実践での経験を元に綴ります。神計らいと宇宙のリズムを実感すると生き方がオモシロくなります。

木内鶴彦さんのいない“木内ツアー” エピソード6

2010年07月13日 16時19分46秒 | 

さすが龍神様☆
その時だけ、見事に雨でした♪
この時以来、私は、雨もさらに楽しめるようになりました♪

 ツアー二日目。長崎・島原半島から熊本・天草へフェリーで渡り、熊本・不知火(しらぬひ)で昼食をいただきました。そして、幣立(へいたて)神宮に向かおうとした時、強い雨が振り出しました。それは、幣立神宮を出発するまで降り続きました。さすが、龍神様と縁のある幣立神宮です♪参拝する私達のために、お清めしてくれたカンジです(笑) この時の雨は、“ウエルカム”を感じました(笑) よい雨でした。この時ほど、雨を意識したことはありません。これ以降、私は、雨がさらに楽しくなりました♪

 さて、幣立神宮とは・・・

 一般の人には、馴染みの少ない神社ですが、スピリチュアル系の方々には、有名な神社です(笑)
 では、スピ系とはまた違う、木内さん的には、どういった場所か?

 ここは、古代に、中東から人々がやって来たところだそうです(その前は、大洪水から避難するために人々がアフリカのある地に集まりました)。この時、流れてきた大きなグループは3つありました。青森(今の三内丸山遺跡あたり)にやって来たグループ。この幣立神宮・高千穂あたりの地にやって来たグループ。それと、鹿児島にやって来たグループです。
 その後、三内丸山グループから離れて、南下したグループがあり、出雲に移り、文明を開きました。その時代に生まれたのがスサノオさんです。3500年前、スサノオさんは、出雲→姫路→京都→奈良と移り、各地で政(まつりごと)を行っていました。そして、九州に軍団を率いてやって来たのです。幣立グループと対峙しました。もともとスサノオさんは、征服するためではなく、和議を結ぶために来たのです。しかし、幣立グループの人たちは、スサノオさんが攻めてきたと思い込んでいました。スサノオさんの圧倒的な強さはウワサで聞いています。「スサノオさんは強い。自分達は滅ぼされてしまう。どうしよう」 一方、高千穂から進軍したスサノオさんたちも、相手の軍勢の多さに、自分達はやられるんじゃないかと思う。「どうしたものか」と。結果的に、これがよかったようです。話し合いで解決することになりました。そして、和平を結ぶために、親戚関係になろうと。そこで、幣立グループ一族は、スサノオさんに娘を嫁がせることにしたのです。16才の末娘でした。木内さんいわく、“じゃじゃ馬娘”だったとか(笑) スサノオさんにとって、20才も年下の女性でした。その女性は、のちにアマテラスさんといわれる女性です。スサノオさんの第二夫人となりました。

 話は変わりますが、幣立神宮の裏手に断層があります。

 断層を見ると、クッキリと炭の帯が見えます。現代の考古学者によると、これは、“火事”の跡だということです。しかし、木内さんの解説は違います。ここは、田畑の跡です。スサノオさんが提唱した田畑です。作物の生育に必要な、空気中の窒素を取り込むために、田畑の下に炭をひいたそうです。
 そんな、太古に文明があった幣立神宮エリアです♪

(つづく)


※ちなみに、幣立神宮の菊の御紋は黒です。スサノオさんと縁あることを意味しています。

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