東京の土人形 今戸焼? 今戸人形? いまどき人形 つれづれ

昔あった東京の人形を東京の土で、、、、

気は焦れど、、、。

2018-01-17 16:48:35 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 年末に我が家の焼成窯がいかれてしまい、そのメンテも早急な対応は無理そうなので、決心して発注した小型の焼成窯が家にやってきました。すぐにも貯まっている素焼きを済ませたいのですが、電機屋さんに頼んで専用のコンセントを設置してもらうことにしました。今日見積もりしてもらい、わかり次第工事してもらうつもりです。それにしても何ごともひとりではできないというのは辛いことで、窯本体が70キロ弱あるのですが、若い頃ならともかく普段から足腰の痛みで通院している現在のわが身では「ひとり」は無理です。仕方なく1メートル移動させるため「便利屋」さんを頼んだのですが、結構な料金なんですね。ちょっとびっくりしました。早く素焼きがしたいです。

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日曜日の夜なべ

2018-01-08 12:24:00 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 昨夏あたりから、作業は自宅に道具を運んできて、狭いながらもやっています。昨年中に素焼きしたものはほとんど塗って出してしまったのでまた型抜きをしています。これからは初午向けの狐とかお雛さまが加わりますが、まだ干支の戌の追加とか猫ものもお呼びがあります。

 焼成窯がいかれてしまって、旧年中に代用にしたい小型の電気窯は発注してあるのですが、家に届くのはまだ先になりそうです。

材料の粘土もこれからたくさん使うことになるので、使いやすい状態にして蓄えておかなければなりません。今ブリッジにしてある土は、先の晦日に沈殿バケツの中身を払い出して、石膏鉢に寝かせていた分です。ブリッジしている中でもライトを浴びて反射の仕方が違いますが、土の水気の違いによるものです。

 とても狭いので玄関先に暖房器具を置くのは不安で、隣の部屋のエアコンの熱風を扇風機でこちらへ送っています。

 隣の町内の仕事場では専らラジオから流れてくる懐かしい曲をBGMにしていました。ミーハーですが、ラジオからキャロル キングとかマービン ゲイとか流れてくると「待ってました」という感じでした。

 自宅で作業するようになってからは専らNHKの深夜放送の音を聞きながら作業しています。深夜2時頃までは先週の番組の再放送がありますが、そのあと3時半くらいまで「空中散歩」とか「美しき日本の山々」とか「京の音」「花火散歩」「水族館」「SL」などのヒーリングっぽいきれいな動画と癒しのBGMを組み合わせた番組が流れて、いい感じに作業ができます。

 ラジオではJ-WAVEをつけていましたが、日曜の深夜(正確には月曜の早朝)点検か何かで放送が打ち切られます。NHKのTV放送も第一日曜の深夜は同じような理由で放送が止まります。子供の頃にはTVは結構早く放送を終了していたような気がするので、それに比べれば贅沢な話ですが、放送が終わって「ピー」という音が嫌で消しますが、まったく静かすぎる真夜中の作業は、集中するにはいいですが、やっぱりもの寂しい感じがします。

 

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大晦日の水簸(すいひ)

2017-12-31 15:04:24 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 秋以来、忙しかったので水簸の作業から遠ざかっていました。それでもこれまでは、粘土不足もなく、寝かせてあった分で何とかなっていましたが、この先土がないと困るので、寒中ですが根性でやっています。

 お天道様がでているか否かで外気にさらされている水温の差がかなりありますね。昨日は思ったほどでもなかったですが、今日は厚手のゴム手袋超しにも冷たさが伝わってきて手が麻痺してくるような感覚。作業を終えて手を洗って後も指先のあちらこちらに霜焼けのようなむず痒さを感じます。しかしこれだけは蓄えておかなければ仕事にならないのでやらないわけにもいかず、、、。

 手前の沈殿用のバケツは一晩おけば、粘土は水位の半分くらいまで沈殿するので、上澄みを汲み上げてから沈殿分だけ、別のバケツに移して更に沈殿させ、隣の撹拌用のバケツから次のどろどろを篩にかけて満タンにさせていきます。

 明日の仕事はじめはまず水簸から、、。

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危機一髪

2017-12-28 12:03:10 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 被官様の鉄砲狐を済ませて、年内最終の王子の「狐の提灯行列」向けの「装束稲荷」から授与される「招き狐」を型抜き乾燥させていたものを素焼きしようとしたところ、焼成窯の電源が不調で稼働しなくなっていました。

 昔の人形では(今戸人形でも)焼を省略して彩色したケースはありましたが、そういう場合は人形はムク(土びっしり)になっているのですが、焼くつもりで用意していた招き狐はガラ入りの中空なので焼かないととても脆いので無理です。

 電気窯を製造、納品した業者は調べてみると既に他社に統合されて今はなく、辛うじてその会社に問い合わせたところ、当時納品、設置を担当された方がいらしたのですが、現在の会社では陶芸窯の取り扱いがなくなっているとのことで、それでもその方が時間をみて動いてくださるとのことでお願いしましたが、1月中旬以降になりそうです。

 その間、焼成ができないのは納期を考えてもご迷惑をおかけするので、当座向けに小型の電気焼成窯を購入することにしました。それでも年内の納品が難しいとのことなので、大晦日の「装束稲荷様」には申し訳なく、先方に事情をお話したところです。

 同時に「装束稲荷」向いの「王子 ヤマワ」さんからも狐ものを頼まれていたので今までに素焼きして残っていたものをかき集めてお持ちしようとしているところです。画像がそれですが、「はは呑気だね」といいますか、久しぶり楽しみながら塗っています。どれも今まで手掛けたもので大きな変化はないのですが、手前から2列目の浅草型の「招き狐」を色変わりにして塗ってみました。どうでしょうか。「袖なし」が「くさのしる」(または鶯色)のものです。砂子(真鍮粉)を蒔く代わりに、宝珠模様を散らしてみました。今戸にこうした模様があったかというと、全く同じではありませんが、宝珠チラシの模様の人形は見たことがあります。それよりもどこの人形かわかりませんが、巨大な狐拳型の狐で宝珠ちらしの模様の入ったものを観た記憶があり、それを思い出して描いてみました。

 窯のことで崖っぷちですが、とりあえず代用の窯の注文は済ませたので、年内は無理でもいずれ納品されるので、それまでは彩色とか土いじり、あるいはぴいぴいの鞴作りだけでも作業は山のようにあり、それで時間をつないでいこうと思います。

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お納めの納め

2017-12-28 11:56:50 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 梱包した被官様の狐をお納めに行ってきました。

 いつものように土手通りを通過中。

お納めの納めです。

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髭を描き終わって、、、。

2017-12-24 14:15:04 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 例年、羽子板市向けの支度の追い込みをする前に稲荷の狐をお納めしてから、という順番で年内に仰せつかっていた数の約4分の3をお納めして、残り4分の1は羽子板市向けの納めが済んでから、とお伝えをし、さて干支や他の人形をぎりぎり仕上げなければ、、と思っていたところ、これでは足りない追加100組(200体)という仰せに、正直目の前が真っ暗になりましたが、それをやらない訳にもいかず、羽子板市向けに着手する前にとにかく型抜きを素焼きを済ませ、その裏で羽子板市の準備をすることにしました。その分羽子板市への出品するつもりの人形の完成が間に合わなくなり、残念で切ない思いをしました。
 まずは済んだので、再び狐の素焼きとやすりがけ、地塗りと彩色を進め、今やっと髭を描き終わりました。(髭は面描きと同様、墨で入れるので目と同時に入れてしまうのが能率的ではありますが、自分の場合髭だけは塗った狐の顔や雰囲気でペアを作ってから髭あり、髭なしのバランスを考えて描いています。)
 狭いスペースでの作業なのでここまで来るのも不効率なんですが、これからこれらの狐をペアで薄葉紙で包んでいきます。包み終わったら、急いでお納めしないと部屋の中の立ち居ができないので、早く済ませてしまいたいです。
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鉄砲狐と招き狐

2017-12-18 03:57:48 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 羽子板市向けの準備が落ち着いたところで、次の狐類の支度に入っています。大晦日の王子 装束稲荷神社で授与される「招き狐」の型抜きとバリ取り、尻尾の貼り付けをしているところ。急ピッチで抜き出しています。

 年内に浅草 被官稲荷神社向けにお納めすべき鉄砲狐(神社では「お姿」と呼んでいます)は目標数は既に揃えて素焼きまで進んでいるのでこれからやすりがけをしてから地塗り→彩色と運んでいきます。年内といっても残り13日を数えるだけなので、のんびりしているとまずそうです。何とかセーフで間に合わさねければ、、、。

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羽子板市 2017 初日風景

2017-12-17 21:28:25 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 本日羽子板市の初日。午後3時過ぎに吉徳さんのご出展ブースを覗きに出かけてきました。流石日曜日とあって、地下鉄も駅も、観音様までの道筋もものすごい人出でした。ぶつからないよう人をよけながら境内まですすんだところ、、。

 観音様に一番近い立地の吉徳さんの露店。にぎわっていました。そして気になる拙作の人形のその後の行方は、、、?

 3番目の画像左端のピンク色の毛氈の段が毎度拙作の人形を並べていただいているスペースなんですが「丸〆猫(小・臥)」4体と「馬」1体のみ。

他の人形はすべてお買い上げいただいたとの事。干支の犬も丸〆猫もその他の今戸の招き猫、その他少しいろいろお納めしたのですが、それらが全てお買い上げいただいた、というのはありがたいこと。作っている本人冥利に尽きます。それにしても観音様のお導き、吉徳さんのおかげ、そして昔の今戸人形に関心を寄せていただいているお客様のおかげです。

 体がいまいちへとへとなので吉徳の皆さんにお礼申し上げてから寄り道しないで帰途につきました。年内にお納めすべきものがまだあるので何とか恙なくお納めできるよう頑張ります。みなさまありがとうございました。

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浅草 納めの観音 羽子板市 2017

2017-12-14 22:47:46 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 本日、浅草橋の「人形は顔が命」の「吉徳」さんへ羽子板市向けの人形を納めに出かけてきました。

その羽子板市は今年も例年どおり12月17日(日)・18日(月)・19日(日)の三日間 浅草寺観音様の境内で開催されます。吉徳さんも露店を出され、その中で拙作の土人形を並べてくださいます。

 観音様の境内は古くからご参詣をはじめ人の行き来のあるところで、庶民の文化の展開されてきたところ。その中で今戸焼の土人形(今戸人形)をはじめ「ひねり鳩」とか箱庭細工や張り子人形をはじめ様々な浅草由来の人形玩具が鬻がれてきた舞台でもあり、最古の招き猫発祥の発祥として嘉永5年(1852)の「丸〆猫」(まるしめのねこ)を境内で売る老婆の話や大流行の記録やその実物の存在、描かれた錦絵が示すとおり、本家本元の「招き猫発祥由縁の地」はここ観音様の境内です。

 また、「東京風俗誌」の中に描かれている観音様境内で今戸の人形を鬻いでいるおばさんの姿というものも伝わっています。観音様境内の重要文化財に指定されている堂宇のひとつ「六角堂」が昭和の終わりに位置を移動された折、お堂の地面から大量の裃雛が出土した、という話も聞いています。

 それと羽子板市以外でも歳の市では今戸焼の恵比寿大黒が鬻がれていたそうです。

 そういう歴史の中での観音様の境内という位置と歳の市との今戸焼の人形のつながりを踏まえて、吉徳さんの露店で昔の今戸人形の再現として拙作の人形を並べてくださるという訳でありがたい、かたじけないことです。

 今日、お納めの折に吉徳さんの方々と雑談していて、毎度のことなのですが、夢のような話ですが、せっかく丸〆猫の古型を作っているのだから、自分自身がお婆さんの姿(またはパロディーとしての広重の錦絵の西行法師の姿)に扮して露店で「丸〆猫屋さんごっこ」をすることができたらいいな、、、という話になりました。あくまで夢ですけれど、、。

 吉徳さんの帰り、毎度のことですが、雷門と観音通りの角の羽子板市の絵ビラを撮影してきました。

 毎年のことながら、9月から12月までの間は特に人形作りで忙しくしていますが、今年は特別忙しい感じで例えが適当かどうかわかりませんが、ハードルの数がとても多かったような気がします。その中でもこの「羽子板市」は自分にとっては「学芸会」「学習発表会」のように特に大切にしたい機会です。はじめに記しましたとおり、この場が歴史的にも今戸人形に由縁の深いところだからです。そういう意味では今回は当初予定して作って出そうと思っていたものが100パーセント納められなかったという残念さを感じています。具体的にいうと「招き猫発祥の地 浅草寺 観音様境内」つながりとして招き猫の数はまあまあたくさん作ったつもりですし、「来年の干支 戌(犬)」ものも3種類作ってお納めしてありますが、その他のもの(狐のいろいろ、今戸人形としてオーソドックスな古典ものなど)まで手が届かなかったという感じがします。「招き猫」と「洋犬」のぴいぴいは途中まで進めて作っていたのですが残念ながら間に合いませんでした。それでも何とか出来上がったものをお納めできたことにはほーっとしています。今晩は久しぶりに十五夜さんと一緒にたっぷり眠ってみようと思います。

 羽子板市になると毎度寒さが急に厳しくなる、というイメージのとおり、今年も寒くなりました。お近くの方、お時間ございましたら、羽子板市へお立ち寄りください。何時かわかりませんが、自分でも覗きに行ってみたいと思います。

 

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日本民藝館展 2017

2017-12-07 23:35:53 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 本日、駒場の日本民藝館で今年度の公募である「日本民藝館展」の表彰式と講評会があり、出席してきました。

自分にとっては今回で3回目。べにや民藝店さんのお世話により13点の人形を出品したのですが、そのすべてが入選したということでうれしいです。

「3度目の正直」といいますから、はじめての出品の際の全部入選、昨年の出品作品に対して「日本民藝協会賞」を賜ったというわが身にとって嬉しすぎな2回のあとなので、今回こそは厳しい現実というものが巡ってくるのではないか、、、?と内心思っていたので「3度目の正直」がうれしいことになってくれて、ありがたや、かたじけなや、の気持ちでいっぱいです。

 館内は既に入選作品が展示されており、拙作の作品も素敵に展示していただいてうれしかったです。自分の作品に限り撮影OKということで手持ちのバカチョンで撮ってあるのですが、主催者からのお話で画像は展示が一般公開に供されて以降にしてください、とのことなので初日である12月10日(日)以降にこの記事に挿入させていただきます。

会場には琉球張り子の豊永盛人さんもいらっしゃっていて、お昼のお弁当をご一緒させていただきました。午後の各部門の講評会のあと乾杯とかあるのだと思って楽しみにしていたのですが、このところの夜なべが祟って調子がすぐれず、後ろ髪引かれる思いで途中で失礼して帰宅しました。

日曜日が初日です。お近くの方、お時間ありましたらよろしくお願いいたします。

12月10日 画像を追加します。

 

 今回は選に入れていただいた13点をケースの2段に分けて展示していただいています。

上段向かって左(手前)から 

「諫鼓鶏」(かんこどり)「鞠猫」「招き猫のぴいぴい」「娘河童」「羽織狐」「丸〆小判猫」「本丸〆猫」「洋犬のぴいぴい」「御幣猿」「赤犬」「鉄砲狐」「月見兎」

下段 

「犬」「丸〆猫」(昭和戦前風型・朱)

 会場が混みあっていたので、じっくり個別に接写するのを忘れてしまいました。

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干支の戌(犬)づくり③ 「ひねりの犬」②

2017-12-02 12:23:57 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 毎年のことですが、一年中で一番あわただしい季節です。今回はそれに輪をかけてしんどいな、、、という実感です。当然、干支を中心に招き猫だの狐だのをまわして作業しているのですが、今年は早く犬や猫の納めを仕上げたいところなのですが、蟻地獄ならぬ狐地獄というべきか、いくらきばっても明かりがみえず、さらに深みにめり込んでいくような感覚です。とはいえ、先日組み立てていた「ひねりの犬」をやっと塗ってみました。鼻を描かなければ、口も墨の一本線なんです。お手本がこういうものなのでそれに従っているところですがどうでしょうか。首輪が黄朱色のほうが、お手本の配色で、実物は当時鉛丹で塗られたものが、経年や空気中のガスに反応して茶色っぽくなったという状態です。胡粉の白を混ぜた藍色のほうは試しに塗りました。他に白緑とか紫土色などで塗っても悪くないのでは、、とも思います。

 今、他の犬たちや猫ものの地塗りを進めているところですが、何とか際に間に合わせたいと焦っています。

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干支の戌(犬)づくり ② ひねりの犬

2017-11-17 11:54:20 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 今素焼き済みのものに足や尻尾を差し込んで組み立てているところです。

お手本になる犬が我が家にあるのでそれに忠実に作っています。この犬、浅草のひねり鳩と同じような感触の人形なので自分としては浅草由来のものだと思っているのですが、「うなゐの友」の第一巻に同じ感じのものが描かれているんですが「摂津の国住吉」とか記されているんです。関西のローカルなことに関しては情報不足なんですが、懇意にしていただいている昔の郷土人形にお詳しい方によれば、「うなゐの友」の記述って今からみると結構いい加減だったりするから、案外そうではなかったりするんでは、、、。というご意見。まあ、面白いし、浅草っぽい感じもするので作ってみます。「ちゃち」でチープな感じで作っていても楽しくなってきます、彩色したらまたアップしたいと思います。

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発送のお知らせ

2017-11-16 14:44:41 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 去る9月の北区伝統工芸展で体験製作なさったみなさま、素焼きしたものを本日、規格外郵便物として発送してきましたのでお知らせいたします。先月中には素焼きも済んでいたのですが、締め切りの迫ったものや納めを優先せざるを得ない状況だったので、発送が今日となり、みなさまにはお待たせいただきまして申し訳ありません。都内区部の方であれば明日には配達されるだろうとのことでした。

 まずはお知らせまで。

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鞠猫の割型がみつかりました

2017-10-29 02:19:45 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 昨日、隣の町内の仕事場に割型を探しにいって奥のほうをチェックしていたら、長年探してもみつからなかった「鞠猫」の割型が出てきました。早速いくつか抜き出しています。このブログを開設したのが7年前で、その当時作っていたものの、型が行方不明になっていたのでした。以来、たくさんの方々にご希望をいただきながら、型が行方不明なので、見つかったら作ります、という返事しかできなかった次第です。伏見人形を原作とする人形で、それからの抜型で今戸でも作られていたというもののひとつです。我が家に全く色のとれてしまった今戸版の「鞠猫」があるので、それを手本に原型を起こしたものです。伏見の原作は耳がもっと尖っていますが、今戸版のお手本は比較的耳がなだらかです。

 「お人形は顔がいのち」の浅草橋の「吉徳」さんの資料室ご所蔵に国芳の「江戸じまん今戸のやきもの」という画題の錦絵(弘化年間・1845~1848頃?)です。今戸焼の土人形の絵付けをしているお母さんの様子が描かれていて、描かれている人形の種類が実在していたものばかりです。まさに筆を運んでいるところの人形が「鞠猫」です。配色はおおかた伏見に準じている感じですね。他にも竹串に刺して「藁づと」で乾燥中と思われる人形が4つ。右端の上は「三方狐」、下はおそらく「鳩笛」のように見えます。左上は「馬」、下は何というのか、「頭巾を被った庄屋さま」か「長者さま見立ての大黒様」です。これら弘化年間には今戸で作られていたということですね。

 お手本を見ながら型を起こし、配色は上の錦絵を頼りに塗った、ほぼ7年前の画像です。今見てみると、まがい砂子(真鍮粉)の蒔きすぎで、ちょっとうるさい感じがしますね。当時はまだ植物の煮出し汁による彩色を手掛ける前だったので、今度はきはだを塗ってみようと思います。基本的には丸〆猫(嘉永安政風型)の配色によく似ていると思います。丸〆猫は「武江年表」や「藤岡屋日記」それから広重画「浄るり町繁華の図」により、嘉永6年(1852)に登場して大流行した、ということになりますが、この「鞠猫」は嘉永年間の前の「弘化年間」にはあったということになるので、猫の人形としては丸〆猫に先行したものと言えると思います。

 国芳の絵の中の他の人形の配色は群青色と赤系の色とを使う以前の配色なんだろうと思われますが、ちょっと不思議に思えるのは「吉徳」さんに伝わっている「玩具聚図」(天保3年)という人形玩具の配色手本の中にみられる今戸人形の配色指定に既に群青が登場していることです。天保は弘化の前です。今戸周辺には人形の絵付けに携わる人は落語の「今戸の狐」(骨の賽)にでてくるように内職でやっていた人がたくさんいたと想像でき、そのために配色規格の統一のため「配色手本帖」が存在したと思えるのですが、天保以降である弘化の錦絵に描かれている人形の配色が群青以前の配色というのが不思議です。人形の問屋さんの指定で配色の規格が決められていただろうし、あるいは問屋もあまたあって古い配色を続けていたところもあったのかもしれない、ということでしょうか。ある日すべての今戸人形の配色が一斉に変わるということはありえませんよね。

まずは、「鞠猫」ご希望だった皆様、これからまた再開できますので、できましたらお知らせいたします。

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干支の戌(犬)づくり

2017-10-25 20:23:50 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 今年は上半期に身辺にいろいろあったり、例年に増して催事の準備や納め、特に狐の数が増しているためもあり来年の干支の戌の準備はやや滞っています。本来出来上がったものを画像に撮ってご紹介すべきですが、いまだ型抜き中のものもあり過去に記事で取り上げた画像で完成状態をご推量いただくという予告編のような話ですみません。

 自分の場合、昔の今戸焼で作られていた古い人形を今に再現することを大切にしたいので、干支によって古い今戸のお手本が無い場合には創作することはあっても、積極的に新しく創作したものを今戸人形をいって出したいという欲求は二の次の話です。来年の干支に限って言えば、戌(犬)の人形は今戸焼では過去にかなりたくさんのバラエティー富んだ作例があるので、あれも手掛けたい、これも再現したいというものが山積しているのですが、なかなか時間がとれないので、とりあえず、前の戌年に作ったものなど4種類の人形を準備して、今後できたら今戸のクラシックの人形を更に追加したいと考えています。

 上の画像は現在型抜き中だったり、地塗り途中、彩色途中のものを並べた様子で「犬」「羽衣狆」と「赤犬」それと「洋犬のぴいぴい」の途中品です。

「犬」の画像です。前の戌年の画像だったかと思います。東京の犬張り子の古い型といってもいいかと思います。顔が真ん丸な犬張り子は明治になって定着した造形だと聞いていまして、江戸の古い絵には「ワン」と吠えているような口を開けた姿です。都内各所の近世遺跡からこのタイプに似たものがいろいろ出土していまして、微妙に耳の開き具合の異なるものがあります。画像のものは最後の生粋の今戸焼の人形師であった尾張屋・金沢春吉翁(明治元年~昭和19年)のお作りになったものを手本にしました。明治の同じ型で首輪が群青色のものも確認しています。この人形は従来の2枚の割型で抜き出してから、耳の谷間や前後の脚の谷間を切り出してなめして作ります。出土品には耳を後付けにしたものもあります。

 次の画像の右手前に並んでいるのが「赤犬」です。ぶちを墨にしないでベンガラで塗ってあるから「赤犬」なんでしょうか。これも尾張屋・金沢春吉翁のお作りになったお手本の倣って作らせていただいています。左足先で「お手」をしています。これと同じ型の色のとれた人形が台東区内から出土しているので、古い型のようです。

 上の画像の左端に「羽衣狆」右端中断に「犬」の途中のが映っています。「羽衣狆」は京都の伏見人形が各地に伝播していろいろな土地で作られていますが、今戸の明治できのボロボロの人形をお手本があるので、それに倣って作りました。そのお手本では足先に水色を置いた上に朱で爪を描いているのでそのとおりにしています。羽衣狆にはもっと大きな型違いのものがかつてはあって、右手で「お手」しているものもあるのでやってみたいと思っていますが際に間に合うかどうか、、。

「洋犬のぴいぴい」です。これはもともと一文人形よりやや大きな人形があり、それを大きくしてぴいぴいにしたものです。何年か前「ブルータス」でとり上げてもらったことがありました。「洋犬」は明治の始め、西洋の人が飼っていて"Come on!"と呼んでいるのが「カメ」と聞こえたので洋犬のことを「カメ」と呼んでいたとか聞きます。

 

とりあえず既成の型の4種類の予告編的ご紹介です。現在、狐と同時進行で作っているところです。後に改めてご紹介できればと思います。

 

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