おはようございます。生き生き箕面通信2706(160609)をお届けします。
・なんとしても「安倍政権を倒すのだ」と、小林節さん
「安倍首相に参院選で3分の2を与えたら、かならず憲法9条の2項を壊す」と、小林節さんは”打倒安倍首相”にいわば生命を賭けているようです。箕面市のメイプル・ホールで昨日5月8日に行われた講演会は、実は軽妙な口ぶりで、生命を賭けているとは思えないのですが、あまり刺激が強すぎると、どこからタマが飛んでくるやら。
すでに、NHKなどから追放されたキャスターが多く、ジャーナリストの報道の自由を奪うことは、主権者国民の知る権利を封殺するものです。政府にとって耳の痛いことを言う言論人は、順次、論壇から追放しています。これこそ民主主義の前提である言論の多様性を保障された社会の圧殺です。小林さんも、いずれそのうちに何らかの手をうってくるのではないでしょうか。
小林さんは、選挙法と安保法との違いについても、るる説明し、安倍首相は新聞でもテレビでも「安保法」を厳しく指定し、「戦争法」という使い方は取り締まっています。小林さんは、からなず「戦争法」で通します。しかし、会場からは、「『戦争法』で通すと、はたからはあの人たちは『安保法』と言わないのだろうと違った目で見られる」と、困った苦情も寄せられました。そこまで、言葉の違い方も変わってきているのでした。
今回の講演では出なかったのですが、質疑に入って、最初に質問した人が、「小林さんも選挙に出るのですか」と聞き、小林さんは「選挙対策としてさまざまな人にこうすればいいではないか、と持ちかけましたが、結局、乗ってこなかった。選挙まであまり時間がないので、自分から出ることにした。10人くらいは、私と一緒に出る人がいる」ということです。
小林さんによると、「私たちは、『比例区』で推すことにしており、仮に5人が当選すれば、その分は自・公の方から持ってくるものだ。そのぶん、自・公の方が減ることになるので、その差は大きい」と皮算用用しています。この「比例区」でのソロバンがうまくはじけないらしいと、民主党の幹部にも不平たらたらです。
いずれにしろ、参院選の告知まであと2週間あまりです。とにかく自公で3分の2を取らせないようにがんばりましょう。
先生を囲んでワッと沸き立つものが必要です。憲法学の権威の警鐘が活かされますことを。
日本国憲法君主たる勤労納税主権者国民仏教徒一人一人が、
常に政府首相官邸へ仏心仏教メールして、
月月火水木金金の太陰暦で仏道にのっとった仏心政治を
日本国憲法公僕日本政府に毎日たゆみなく行なわしめる。
アメリカ政府ホワイトハウスにもメールして仏心仏教政治を行わせる。
これが本当の、仏心地球憲法日本国憲法を奉じる菩薩による「IT政府」であります。
今日の首相官邸とホワイトハウスとスプートニクへの仏心メールは、
『拝啓 安倍晋三総理大臣殿/オバマ大統領殿
仏教聖典_はげみ_第二章、実践の道_第二節、さまざまな道_より
七、華厳経・大般涅槃経・雑宝蔵経
六波羅密とは、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧の六つのことで、
この六つを修めると、迷いの此の岸から、さとりの彼の岸へと渡ることができるので、六度ともいう。
布施は、惜しみ心を退け、
持戒は行いを正しくし、
忍辱は怒りやすい心を治め、
精進は怠りの心をなくし、
禅定は散りやすい心を静め、
智慧は愚かな暗い心を明らかにする。
布施と持戒とは、城を作る礎いしずえのように、修行の基となり、
忍辱と精進とは、城壁のように外難を防ぎ、
禅定と智慧とは、身を守って生死を逃れる武器であり、それは甲冑に身をかためて敵に臨むようなものである。
乞う者を見て与えるのは施しであるが、最上の施しとはいえない。
心を開いて、自ら進んで他人に施すのが最上の施しである。
また、ときどき施すのも最上の施しではない。
常に施すのが最上の施しである。
施した後で悔いたり、施して誇りがましく思うのは、最上の施しではない。
施して喜び、施した自分と、施しを受けた人と、施した物と、この三つをともに忘れるのが最上の施しである。
正しい施しは、その報いを願わず、清らかな慈悲の心をもって、他人も自分も、ともにさとりに入るように願うものでなければならない。
世に無財の七施と呼ばれるものがある。
財なき者にもなし得る七種の布施行のことである。
一には身施(しんせ)、肉体による奉仕であり、その最高なるものが次項に述べる捨身行である。
二には心施(しんせ)、他人や他の存在に対する思いやりの心である。
三には眼施(げんせ)、やさしきまなざしであり、そこに居るすべての人の心がなごやかになる。
四には和顔施(わげんせ)、柔和な笑顔を絶やさないことである。
五には言施(ごんせ)、思いやりのこもったあたたかい言葉をかけることである。
六には牀座施(しょうざせ)、自分の席をゆずることである。
七には房舎施(ぼうしゃせ)、わが家を一夜の宿に貸すことである。
以上の七施ならば、だれにでも出来ることであり、日常生活の中で行えることばかりなのである。
八、金光明経二六、捨身品
昔、薩埵(さった)太子という王子がいた。
ある日、二人の兄の王子と森に遊んで、七匹の子を産んだ虎が飢えに迫られて、あわやわが子を食べようとするのを見た。
二人の兄の王子は恐れて逃げたが、薩埵太子だけは身を捨てて飢えた虎を救おうと、絶壁によじのぼって、身を投げて虎に与え、その母の虎の飢えを満たし、虎の子の命を救った。
薩埵太子の心は、ただ一筋に道を求めることにあった。
「この身は砕けやすく変わりやすい。
いままでは施すことを知らず、ただわが身を愛することにばかりかかわってきた自分は、いまこそこの身を施して、さとりを得るために捧げよう。」
この決心によって、王子は飢えた虎にその身を施したのである。
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敬具 豊岳正彦拝』
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四正勤____仏教聖典(仏教伝道協会出版)
これから起ころうとする悪は、起こらない先に防ぐ。
「悪を予防するFluワクチン皮内接種」
すでに起こった悪は、断ち切る。
「悪を断ちきる断捨離NHK解体廃棄」
これから起ころうとする善は、起こるようにしむける。
「竹箒塵取和顔愛日本語masa-ho@sky.icn-tv.ne.jpフルオープンCCネット口コミ三宝帰依活動」
すでに起こった善は、いよいよ大きくなるように育てる。
「三宝帰依仏心仏法日本国憲法を地球憲法にしましょう」
拈華微笑 不二院顧心正顔居士ほうがくしょうげん拝
南無釈迦牟尼仏
南無阿弥陀佛