(1)今年6月、全国の消費者物価指数【注1】は、前年同月比0.4%上昇となった。前年比プラスは、2012年4月以来だ。安部政権発足前(2012年11月)に99.5だった物価指数は、6月に100.0になった。
物価上昇の主要な原因は、円安だ。
(a)輸入燃料(液化天然ガス)価格上昇により、電気代が前年比9.8%、ガソリン代が6.4%、都市ガス代が4.7%上昇した。
(b)生鮮食品以外の食料も、魚介類(ツナ缶)が9.3%、カツオ節が10.9%上昇した。
(2)2013年度『経済白書』は、「デフレ圧力が解消しつつある」とした。多くの人が、安部政権や日本銀行が目指す「デフレ脱却」に一歩近づいた、と考えている。
しかし、実際に起こりつつあるのは、望ましいとはまったく評価できない方向だ。いま日本が突入しつつあるのは、スタグフレーション【注2】だ。
(3)円安による消費者物価の上昇は、2005年ごろからの円安期にも生じた。
(a)為替レートは、2005年夏の1ドル=110円台から、2007年夏には120円台にまでなった。
(b)円ベースの輸入物価指数は、2005年6月から2007年6月まで28.4%上昇した。消費者物価指数は、輸入物価指数に1~2年のタイムラグをおいて、輸入物価の10%ポイントの変化に対して0.5%ポイントの変化が対応した。
(c)この間に「決まって支給する給与」指数【注3】は、2005年平均を100とすると、2006年99.9、2007年99.4、2008年99.2、2009年97.1と推移した。つまり、消費者物価指数が上昇する一方で、賃金は下落した。
(4)現在も、円安によって輸入物価が上昇しつつある。円ベース輸入物価指数は、2012年11月~2013年6月の間に、ほとんど円安が理由によって13.9%上昇した。したがって、為替レートがこの水準を続ければ、一定のタイムラグを伴って、消費者物価指数が0.7%ポイントほど上昇するだろう。(1)は、このプロセスの半分程度が進行していることを示す。
(5)ただし、現在は、2007年ごろまでの円安期と違う点がある。現在は、当時より条件が悪い。
(a)円安で電気代が上昇する効果が顕著だ。発電の火力シフトによって、輸入燃料費が高騰するからだ。
(b)円安であるにもかかわらず、輸出量は増えない。円安は、経済活動を拡大する効果を持たず、所得の再配分だけを引き起こしている。
(6)従業員数5人以上企業の「決まって支給する給与」は、調査産業計で5月に259,839円であり、前年比▲0.4%だ。製造業では▲0.6%だ。2005年ごろと同じ現象が発生している。
そして、消費者物価が今後どうなろうと、賃金は上がらない。
原材料価格が上昇 → それを製品価格に転嫁させないため、企業は賃金を抑制
・・・・という構図だ。
2005年ごろには、輸出増大によって経済全体は成長した。しかし、今は円安であるにもかかわらず輸出量は増えず、したがって経済活動は顕著な成長を示さない(スタグフレーション)。
(7)「異次元緩和政策」は、マネーストックを目立って増加させていないで、「空回り」している。
よって、円安は金融緩和で生じたことではなく、投機資金の世界的な動きによるものだ。ただし、安部内閣が円安を無制限に受け入れる姿勢を示しているため、投機の対象になっている可能性はある。
政府は、円安が日本経済を破壊しつつあることを認識し、これまでの円安容認姿勢から転換すべきだ。円安を抑止し、円安が引き起こすスタグフレーションを止めることが、最優先の課題だ。
消費支出が継続的に増加するためには、人々が将来の生活に安心感を持てることが必須の条件なのだから。
【注1】生鮮食品を除く総合指数:コア物価指数。
【注2】価格上昇と賃金下落が並存。
【注3】基本給に残業代などを合わせた額の指数。毎月勤労者統計による。
□野口悠紀雄「デフレ脱却ではなくスタグフレーション ~「超」整理日記No.672~」(「週刊ダイヤモンド」2013年8月24日号)
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物価上昇の主要な原因は、円安だ。
(a)輸入燃料(液化天然ガス)価格上昇により、電気代が前年比9.8%、ガソリン代が6.4%、都市ガス代が4.7%上昇した。
(b)生鮮食品以外の食料も、魚介類(ツナ缶)が9.3%、カツオ節が10.9%上昇した。
(2)2013年度『経済白書』は、「デフレ圧力が解消しつつある」とした。多くの人が、安部政権や日本銀行が目指す「デフレ脱却」に一歩近づいた、と考えている。
しかし、実際に起こりつつあるのは、望ましいとはまったく評価できない方向だ。いま日本が突入しつつあるのは、スタグフレーション【注2】だ。
(3)円安による消費者物価の上昇は、2005年ごろからの円安期にも生じた。
(a)為替レートは、2005年夏の1ドル=110円台から、2007年夏には120円台にまでなった。
(b)円ベースの輸入物価指数は、2005年6月から2007年6月まで28.4%上昇した。消費者物価指数は、輸入物価指数に1~2年のタイムラグをおいて、輸入物価の10%ポイントの変化に対して0.5%ポイントの変化が対応した。
(c)この間に「決まって支給する給与」指数【注3】は、2005年平均を100とすると、2006年99.9、2007年99.4、2008年99.2、2009年97.1と推移した。つまり、消費者物価指数が上昇する一方で、賃金は下落した。
(4)現在も、円安によって輸入物価が上昇しつつある。円ベース輸入物価指数は、2012年11月~2013年6月の間に、ほとんど円安が理由によって13.9%上昇した。したがって、為替レートがこの水準を続ければ、一定のタイムラグを伴って、消費者物価指数が0.7%ポイントほど上昇するだろう。(1)は、このプロセスの半分程度が進行していることを示す。
(5)ただし、現在は、2007年ごろまでの円安期と違う点がある。現在は、当時より条件が悪い。
(a)円安で電気代が上昇する効果が顕著だ。発電の火力シフトによって、輸入燃料費が高騰するからだ。
(b)円安であるにもかかわらず、輸出量は増えない。円安は、経済活動を拡大する効果を持たず、所得の再配分だけを引き起こしている。
(6)従業員数5人以上企業の「決まって支給する給与」は、調査産業計で5月に259,839円であり、前年比▲0.4%だ。製造業では▲0.6%だ。2005年ごろと同じ現象が発生している。
そして、消費者物価が今後どうなろうと、賃金は上がらない。
原材料価格が上昇 → それを製品価格に転嫁させないため、企業は賃金を抑制
・・・・という構図だ。
2005年ごろには、輸出増大によって経済全体は成長した。しかし、今は円安であるにもかかわらず輸出量は増えず、したがって経済活動は顕著な成長を示さない(スタグフレーション)。
(7)「異次元緩和政策」は、マネーストックを目立って増加させていないで、「空回り」している。
よって、円安は金融緩和で生じたことではなく、投機資金の世界的な動きによるものだ。ただし、安部内閣が円安を無制限に受け入れる姿勢を示しているため、投機の対象になっている可能性はある。
政府は、円安が日本経済を破壊しつつあることを認識し、これまでの円安容認姿勢から転換すべきだ。円安を抑止し、円安が引き起こすスタグフレーションを止めることが、最優先の課題だ。
消費支出が継続的に増加するためには、人々が将来の生活に安心感を持てることが必須の条件なのだから。
【注1】生鮮食品を除く総合指数:コア物価指数。
【注2】価格上昇と賃金下落が並存。
【注3】基本給に残業代などを合わせた額の指数。毎月勤労者統計による。
□野口悠紀雄「デフレ脱却ではなくスタグフレーション ~「超」整理日記No.672~」(「週刊ダイヤモンド」2013年8月24日号)
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