語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【米国】における公的サービス民営化の悲惨(2) ~社会保障~

2013年10月30日 | 社会
(3)政府の食糧支援が商品に 
 低所得層用の食糧援助プログラム「SNAP(旧・フードスタンプ)」も、公共サービスが利益重視のビジネスに化した例だ。
 教育バウチャー制度と同様、「国民に与えられる自由な選択肢」が強調されている。どこで食料を買うかは受給者に委ねられているから、「SNAP提携店」という看板を出す店側は熾烈な競争にさらされる。
 だが、月平均受給額上限が100ドル程度しかないので、受給者が選択できる店は限られる。中小の店は単価で勝負できず、大量生産大量納品ができるウォルマートのような大企業の独り勝ちだ。
 SNAPは毎年兆単位の利益をもらたすため、関連業界は巨額の献金を惜しまない。斯界から献金を受けている政治家や農務省は、SNAP受給者を増やすため受給条件を下げ、宣伝に力を入れる。年間十数億円(連邦と州政府が折半)のSNAPプログラム導入費用は、すべて1社の金融機関に支払われる。ここもまた、企業利権の温床になっている。
 SNAP受給者が増えるほど財政が圧迫される州は、公共サービスを廃止し、底なし沼に落ちていく。公務員の失業率上昇と、民間委託による利用料値上がりが、今度は州民の負担増になる。その結果、税収が下がり、SNAP受給者がさらに増える、という悪循環にはまる。

(4)公共サービスの叩き売り
 デトロイトは、自動車産業ビッグ3があり、かつて「黄金の町」と呼ばれた。ここでも、SNAP受給者の拡大が自治体の財政を大きく悪化させた。税収が激減し、警察、刑務所、消防署、学校、図書館、公園などありとあらゆる公共サービスを売却し、そのあげくデトロイトは2013年7月に破綻した。
 最後は、維持費節約のため刑務所から解放された囚人たちが町にあふれ、失業した元警官たちが「全米一危険な町」と書かれたビラを配った。住民たちは州外に逃げ出した。
 かつてはあんなに栄えた町が、今では夕方以降は外出できなくなった。公共サービスを切り捨てれば切り捨てるほど、住民の暮らしや共同体はやせ細り、最後にはスカスカになってしまう。
 デトロイトは氷山の一角だ。全米の自治体の9割が5年以内に破綻すると言われる。こうした現状の中、ウォール街の投資家たちは、公共部門の解体を各地の首長や地方議員に強く働きかけている。公共から民間に委託されれば、それだけ企業の株価が上昇し、関連投資商品の価値も上がるからだ。かくて、1%層の収入は以前よりさらに増えている。
 ロビイングを受けた政治家たちは、税収不足補填の名目で企業誘致を狙う規制緩和に走る。財政難の自治体では、首長が任命した危機管理人に独裁的な権限を与え、バランスシート改善のために片っ端から公共サービスを廃止させていった。短期間で市の財政支出を減らして帳簿上の数値を是正するために、管理人は徹底した合理化を独裁的に進める。将来を見据えた長期的展望による建て直しではなく、予算のかかる公共部門から最安値で叩き売り、短期間でできるだけ企業収益を上げるのだ。
 組合への加入と支払いの義務化を廃止する「労働権法」が成立し、2012年現在、全米の半数の州が導入している。これにより、企業は組合との交渉を持たずに一方的に労働条件を定めることができる。組合は、全米各地で解体された。労働権法を導入した州は企業誘致が容易になり、政府は新規雇用の拡大と失業率の改善を手柄として大々的に宣伝した。
 実のところ、ここ数十年で爆発的に増えたのは、労働組合や福利厚生がなく、海外移転が不可能な8大低賃金サービス業(ウェイター・ウェイトレス、レジ係、小売店店員、メイド、運転手、調理人、用務員、介護士)だ。製造業や技術職などの専門職は、低賃金・低給料の地域に海外移転され、ワーキングプア人口による大幅な人件費切り下げで、経営陣とその株主はますます富裕化している。
 自治体の公共サービスが株式会社経営に変わるとき、その最大の特徴は、地域住民にとっての公益を追及するという公共サービス本来の目的が、「株主利益の最大化」に取って代わられることだ。
 公共交通のグレイハウンドバスが民営化された後、利用者が少なく採算が取れない全米の地域が次々に路線ルートから外された。賃金が大幅に下げられた運転手の労働時間は週100時間超となった。事故件数が急増した。公共交通のときは自治体に責任を問うことができたが、その場合と異なり、民営企業は多くの場合、豪腕の企業弁護士や計画倒産などで逃げ切る。被害者たちが泣き寝入りするケースが増えている。

(5)民営化で刑務所から消えた「更生」
 刑務所関連ビジネス業界の熱心な働きかけにより、1993年、刑務所内の囚人を時給17セントで働かせることを合法にする「テキサス刑務所産業法」が成立した。続いて、刑務所産業の規制当局も公から民に移された。
 国内の派遣社員や途上国労働者より遙かに安い労働力に国内産業はこぞって飛びつき、刑務所労働者は10万人規模の巨大市場となっている。全米各地で刑務所建設ラッシュが起こり、投資信託が爆発的に売れ、刑務所に閉じ込める囚人を増やすため、薬物取締法が厳罰化され、移民排斥法や服役延長法などの法案が次々に成立していった。
 刑務所が企業利益と結びついたとき、「囚人の人権」「更生」「社会復帰」といった公共のための概念は雲散霧消する。
 民間刑務所では、大規模な工場式農業の家畜のように、囚人が高密度で詰め込まれ、運動やリハビリの時間は削られ、刑務所内の食材も最安値のものに変わっていった。
 利益拡大のため、学校は不出来な生徒を追い出し、刑務所は囚人を増やしている。人間を犠牲にして、短期の売上げを優先するシステムが確立した。

□堤未果(ジャーナリスト)「株式会社化する国家 奪われる私たちの選択」(「世界」2013年11月号)
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 【参考】
【米国】における公的サービス民営化の悲惨(1) ~教育~



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